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2009年4月27日 (月)

12)、雨とユースホステル(ドイツを走る)Leave the hostel in the rain, running in Germany.

 『 日本のユースホステルは(電話さえ入れておけば)到着が8時でも大丈夫なのだが、ヨーロッパのユースは6時までにチェックインしないと夕食にはありつけない。 夏時間採用でなければ、実際には5時! お天道様はまだ空高くある。 見たり走ったりするにはまだまだおいしい時間帯であり、この8日間、ユースでの食事に一度もありついていない(これは自転車乗りの宿命かもしれない)。おまけにユースは山の上とか町外れなど、不便な所が多く、はなはだ都合が悪い。』とは言うものの、ケチケチ旅行の宏にとってユースの魅力は大きい。飽きもせず似たような失敗を何度も繰り返していくことになる。
 6月 3日
 ヨーロッパには三寒四温は無くて天候は変わり易い。《 特にドイツは急変する。》 とは聞いていた。しかしこうも激しいとは思ってもみなかった。ショックは大きかった。
『 今朝、電車でオランダの北の町リューデスハイムを立ち、昼過ぎにライン下流の街エメリッヒに着いた。 元々風の強い日ではあったが、日差しは暖かだった。広場の人々も歌を歌って楽しくやっていたら、急に雨がパラついてきた。これはすぐに止んで晴れて来た。さあスイスまでライン上り( 川上に向かうのでライン下りではない )の出発! と意気込んだ直後に大雨に打たれた。晴れた後にまたまた大雨に遭う。
 わずか5時間の間に、晴⇒小雨⇒快晴⇒土砂降り⇒晴⇒大雨 と、3回も繰り返された。この年は異常気象であったらしく、この後もたびたび雨に祟られることになる。この日は、ほうほうの体でユースにたどり着いた。 夕食にありつけなくて、山を降り、帰り道にまた大雨にあった。
 6月 4日
『 頭のてっぺんから足の先まで濡れた。とにかく寒い。泣きたい思いだ。』 この反省の下に、雨具を買い込んで万全の体制を取ったつもりだった。『結局雨の中を数時間走ってユースにたどり着いたのは、9時過ぎだった。 びしょぬれで、リュックの中まで水がしみこんでいて、地図や下着など、部屋中に広げて寝た。』(ジュイッスブルグ)
 6月 6日
『 今、バス停で雨宿り中。ひどい雨だ。 今日・明日は天気が悪いそうで、明後日の日曜日は回復するとの事。 スーパーで肉のフライとジュースなど買い込んだが、外で食べるのは無理のようだ。余り遠くまで行けそうにない。 昨夜は道路沿いの小さな居酒屋兼ゲストハウスに泊まった。 ビールを大ジョッキ2杯(2杯目は親父の目を盗んで息子がサービスしてくれた)。 一昨晩の洗濯物を部屋中に干して寝た。』
 6月 X日
『・・、ペダルが重い。向かい風である。おまけに雨。 あそこの感覚が無くなる。 サドルから伝わってくる振動のせいだ。時々手で触って(存在を)確かめる。座る位置をずらしながら、ペダルを踏み続ける。』
 6月10日
『・・、また雨である。ついさっきは晴れ間が見え、日が射していた。ケールの町で昼食をすませ、橋を渡ってフランス入りした途端の雨だ。国境警備詰所の大きな建物で雨を避けながら日記を書いている。フランを持っていない。買物はしないでシュトラスブールの大聖堂だけを見て、ドイツに引き返して来よう。 目の前にラインが流れている。連日の雨で流れはかなり早い。』
 6月11日
『・・、雨をやり過ごすのはかなりうまくなっていたのだが、やられてしまった。雷を伴う横殴りの雨を避ける所もなく、ずぶ濡れ。 荷物にビニールをかける暇さえなかった。 少しでも濡れないようにと、自分のウインドブレーカーで荷物を抱え込むようにして耐えた。』と、まあ、こんな具合でドイツ縦断の間中、宏は雨に祟られた。気まぐれな神と、電車で乗り合わせ「貴方は黒雲を運んでいる」と占ったジプシー女性を、恨めしく思った。
 たまには快晴の日もある。 6月 7日
コブレンツのユース(山頂にある大きなお城を改造し、市内を流れるライン川を一望のもとに見渡せるユース)を出発した。 じきに青空が広がってきて夕方には快晴になり、珍しく暑い一日となった。
 ライン川沿いには多くの城があり、見応え充分! 当然ローレライの人魚も見たが、勢いよく流れる川の流れの方が印象的であった。 『相も変わらず毎夕方、ユースを探しをやっている。 昨夜は雨の中を探しまくった末、山の天辺のユースにたどり着いた。夜10時を過ぎており、流石に辺りは暗い。( 夜景は奇麗!)。ベットは鉄製でギシギシと音がし、No Good。 しかし、お城の中ということもあって旅の雰囲気はまずまず! 明くる朝は素晴らしい景色の中で、ユース仲間同士で写真を撮り合い、ユース城を出発。 一路、マインツを目指す!
 ビンゲンまでは快調であった。そこでアウトバーンに入り込んでしまった。 引き返すことも出来ず、まごついた。 この辺りからマインツまでの道は単純ではなく大変! 親切なサイクラー(おじいさん)がマインツ近くまで案内してくれた。 その後は親切なサイクラー(おばさん)が、マインツ市の中央部まで一緒に走ってくれた。 「2度あることは3度ある」とは良く言ったもので、この日はもう一回親切な御夫婦に出会う。
 マインツ市の南方にあるユースでは宿泊を断られてしまった。「この市の北12、3キロ先のビースバーデンのユースに行ってくれ。」との事。 後戻りであり気は進まないが、地図を見ながら訪ねて行くことにした。途中で、日産の四輪駆動車に乗り込もうとしている御夫婦に遭遇。
「その自転車を後ろに積みなさい。送ってあげましょう」 「その親切は有難いが受けられない。場所と方角を教えて下さい」 「まだ10キロ以上あります。道は複雑で説明するのも非常に難しい。私達はその町に帰るところです。送ってあげましょう」 「申し訳ない」 「いいんですよ。以前私達がパリを旅行していた時、道に迷って途方に暮れていました。雨も降っていました。その時地元の人に大変お世話になりました。いつかお返しがしたいと今までズーッと思っていたのです」
 確かに道は複雑怪奇で、自転車では到底たどり着けるしろものではなかった。「この親切は一生忘れません。日本に帰って困っている方に逢った時、この恩返しをさせて頂きます」 「そうして下さい。アオフヴィーダーゼーン(さようなら)」 「ヴィーダーゼーン」
 6月 8日
翌朝は一路カールスルーエを目指して行った。とにかく距離を稼ぎたかった。『・・、20時30分 シュパイアーが限界であった。 食べているか道を聞いているか以外は走り続けたように思うが、これが限界であった。自転車の走れる道があまりに複雑で、外から来た者には非常に困難を伴う地域だ。 12時間、130キロ以上を走っているであろう。 今、シュパイアーのユース玄関先でペアレント(事務員)を待っている。チェックインタイムが5時~7時までの2時間と、9時30分~10時までのわずか30分と限定されていて、まことに厳しい。ガイドブックではベット数も少なく、泊めてもらえるかどうか不安。 もう一人自転車で来たという女性が待っている。 お互いに雨に濡れ、彼女も寒そう。』

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