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2009年4月14日 (火)

信原医院での筆談が示唆した未来。・・・どうしてこうなるの?(平和って難しい)

2018/12/01(土)、中山保健師殿、9年前に書いた以下の記事と、今回の『澄子の願いをかなえて署名活動』とが、切っても切れない関係にあった、なんて信じられますか? コメントは後回しとして、先ずは以下、9年前の大山宏の公開ブログ記事(日記)をお読み下さい。
 ”義母・義父の検査結果をきかされる?”
 2009328日(土) 義父邸に着いて、飛び込んできた光景にびっくりした(自分の目を疑った)。義父が古い母屋(おもや)の軒下に座って居られたのだ。出発の支度は既に済んでいる様子だった。昨日介護支援(援助)して下さった小池さんという女性も傍に居られた。
小池「・・・、私も今来て(古い御母屋に居られたのでびっくりしたんです」
朝御飯を御母屋で取ったのだそうだった。『昨日あれほど苦労して義父に転居してもらったにもかかわらず、元の木阿弥じゃやあないか』と、宏はいぶかしく思った(理解に苦しんだ)。 が、しかし、『信原医院に出発するのが先決!』と思い直し、その準備に移った。・・・ 

運転しながら宏は、少しいらだってしゃべりだした「長兄さんに正確な情報を流されて、その判断/指示の下で、動かれた方いいですよ」
「長兄さんが家長なのですから、家長の判断/指示の下で、まとまった行動をされるべきでしょう」
「・・・」

「長兄さんも長兄さんだ。先日日比谷公園近くでフランス料理をごちそうになった折、色々と問題を抱えた私に向って『 ゴルフをしろ。ゴルフが良い』と、盛んに話されていたけど、仕事の一部とは言え、ゴルフに一生懸命になられているべきではないのではないでしょうか?」
運転しながら、他にもしゃべったようにも思うが、宏にははっきりとした記憶はなかった。ただ少し感情的であった記憶は残った。信原医院に着くとすぐ、看護婦さんが車椅子を持って来て下さった。乗せ換えもやって下さった。診察になった。
患部を見て先生は「・・・、私が往診しましょう」と発せられて、何か調べものに出かけられた。・・・
戻ってくると「火傷(やけど)では往診が無理のようです。介護タクシーを使って通院してくれませんか?」

『"国民健康保険の適用が無理"という意味だろう』と、宏は推測した。義母がその受け答えをされていた。
 先生が宏を手招きされた。別室に通されて、宏はびっくりした。 先生が説明され始めたのは、"義母と義父の両者の血液検査結果"であった。

「お母さんの方の結果は正常値です。お父さんの方は、"貧血"です。肉・魚類をもっと食べさせてあげて下さい」といいつつ、10日前からこの状態に至った見解を、医者の立場から紙に書いて説明された。
「私は婿(むこ)なのですが、たまたま訪問してこの事態を知り、お連れしただけなのです。義父は明治元年生まれの97歳ですが、どうやら義父は、『このまま死ねるならそれでもいい』と、お考えになっておられる様子でした。」
「・・・、私は外科医です。やれる事は"火傷"の治療だけです。」と、ぽつりと言われた。
 重苦しい空気が少しの間流れた。
 点滴が始まった。栄養点滴ではなくて、化膿止めの抗生物質点滴とのことであった。
宏はこの時間を利用して、先生から説明のあった"義父母の血液検査結果"を、義母には言葉で、義父には筆談でもって説明した。
 義父はその筆談ノートを義母に見せてくれということを、言葉で表現された。そうしてあげた。更に、「これから何年生きられるか分かりませんが、長兄さんたち御兄弟に相談されて、皆さん一緒になってお父さんが『ああ、生きてて良かった』と、心から思われつつ天寿を全うされるようにしてあげて下さい」と、切々と話した。(心は通じ合ったと宏は思った)。
 家に帰り着くと、義母は予め用意されていた小さな封筒を手渡しつつ、宏に向って「ガソリン代です。受け取って下さい」と、おっしゃる。 宏は「お金の問題ではありません(このお金は受け取れません)。これから介護タクシーなど入用な事が多いでしょうから、そちらに使われるべきでしょう」と言って固辞した。
 その小さな封筒を宏が御母屋の土間に置きに行き、それを義母が取って返して宏の車の中に押し込む、またそれを宏がまたも御母屋まで返しに行くということを繰り返した。
 宏は逃げるようにしてその場を去った。
義父の痛々しい姿が眼(まなこ)に焼き付いていた。
妙に、自分と義父とがダブって見えた気がした。
 後日、東京の自宅に、次兄から電話が入った。
叱責(お怒り)の電話であった。45分間続いてガチャンと切れた。”技術馬鹿”で一本気の宏には、その意味するところが分からなかった。
『なんでこうなるの?』と、その夜は寝付けなかった。
 次兄から電話のあった次の日、宏と妻とは連れ立って"相模原の桜祭り"に出かけた。・・・ その帰り道、ふと宏は悟ったのだった『小さな親切.大きな御世話』どころか大きな親切.大きな大きな御世話をしてしまったのだ」と悟った。折しもその日、北朝鮮が「人工衛星を打ち上げた。」と発表し、新聞の号外が出た。
「平和って(幸せって)、本当に難しいもんだね。」と、二人はしみじみ語り合った。
(2009年4月14日、相模原のマンションにて記禄。造賀信原医院にはカルテが残っているはずです。信原医師は今から4年前(?)に死亡。豊栄診療所の氏家女医は、その長女さんです.)
★1:以上が9年半前の3月に豊栄町/福富町内で実際に起きた事件です。その後を差し支えない範囲で箇条書きしましょう。
【1】宏とその妻とは1年後に、4人の要介護者(義父/義母/義姉/澄子)を介護する目的で東広島市豊栄町に転居。中学校卒業後以来、実に45年ぶりに生まれ故郷に帰って来たのでした。
【2】澄子は(宏を豊栄町の我が家に定住させる目的のため)苦渋の決断で自らの意志にて、ドエル東志和(有料老人ホーム)に入居したのです。しかしその甲斐もなく直後(1ヶ月後)には、38年間連れ添っていた宏夫婦は熟年離婚に至りました。
【3】義父は、2年後?に死亡(102歳?)。義母は、更に2年後?に死亡。
【4】宏の元妻は現在、川崎に住む長女夫婦と同居中。宏は孫2人にも会わせてもらえず、長女次女とも《絶縁状態》。
【5】四面楚歌の状況下にて、宏は婚活会社に登録。全国行脚の末にひとみをゲット。⇒1年半の間にひとみを2度ヨーロッパ旅行に連れて行くが、直後に2度目の離婚に至る。
★2:この間のゴタゴタを宏の姉夫婦/弟夫婦は『全ての原因は兄(宏)の突飛な行動にある』と決めつけ、現時点においても尚、その考えを改めていないのです。
そんな中で、母澄子の命を懸けたハンガーストライキ事件は起きたのでした。
最新記事へと続く
 コメント2018/12/02  余りの事件の複雑さゆえ、中山さんが不審に思われるのは無理のない事です。私が貴女と初めて電話でお話したのは舞鶴の辺りでした。急遽方向転換して(署名活動を続けつつ)鳥取県⇒島根県⇒山口県を経由して東広島市豊栄町の我が家に戻って来たのですが(どういう訳か)、そこにひとみが待っていて「警察を呼ぶわよ。大声を出すわよ」と私に難癖を付けて来たのです。
 父の葬儀で喪主を務め、長期休暇で迷惑をかけた直後であり岡山の会社で仕事に精を出しているはずのひとみが豊栄町で(ジャスト・タイミングで)待っていたのですから・・・。どこで私の行動経路を入手できたのか?
 思い当たる節は、山口県で周南市に住んでいる元義兄(豊栄中学校の同級生:親友:最初の妻の兄)に電話を掛けた事です。 その直後に元義兄⇒元妻⇒東京の実弟⇒ひとみ、へと連絡があり、急遽ひとみが豊栄町の我が家にまで車を飛ばして来た、と推察するしかないのです。まさか、4日間も我が家の前で待ち続けている、なんて考えられません。
 事件の複雑さは、4つの家族(元妻・元義兄の家族⇔愛媛県愛南町の家族⇔東京の実弟家族⇔尾道の姉家族)が密接に連絡を取り合って、澄子の願い実現を阻止しようと目論んでいたのでした。
 名探偵コナンや、横溝正史や松本清張などの推理小説であっても、ここまで複雑だと『まさか、そんな作り話、ある訳ないだろう』って思われるような事が現実として起こっており、進行中なのです。
 まさしく『事実は小説よりも奇なり』でしょ。この舞台に中山さんは新たなヒロインとして登場して来たのです。このノンフィクション物語をハッピーエンドとなるように導いて下さいね。 
 大山宏より、中山保健師殿へ。2018年12月2日
PS, ポイントはやはり「中山さん達が大山宏を伴って東志和町:ドエルに赴き、母澄子に会って、その意志を確認される」ことです。早急にその計画の立案され、実施されることにありそうです。早ければ早いほど、四方八方がハッピーエンドに丸く収まって行くでしょう。
 最悪は、二人の不審死が発生するケースです。科学警察が動き出し、数十人の人々が事情聴取を受ける事態だけは避けさせて下さい。よろしく!

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