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2009年5月20日 (水)

27)、"机"はあったが、"仕事"は無くなってた?I was doing, I was still working desk was gone?

 荷物や持ち帰った宿の領収書の整理を行いつつのワープロである。真夜中までかかった。 次の日の月曜日、さっそうと会社に出かけた宏は、会う人ごとに、「どうしたんだ。まっ黒じゃないか。何をやって来たんだ?」 と、一様に問いかけられた。
「ヨーロッパを自転車で駆けって来たんだ。実に面白かったよ。2500キロ!」 「ヘーッ どの位行ってたんだ?」 「チャージ休暇の1か月、丸々行ってた。昨日の朝、成田に帰り着いたところだ」 「一人で行ったのか。奥さんが怒ってただろう。勇気あるなあ。よく許してくれたな」
 確かに妻は心配もしただろうし、腹も立ったであろう。お土産くらい、ダイヤでも何でも買ってきてやれば良かったのだ。チャージ休暇を安くあげるためにユースの会員になり、野宿もした。しかし、お土産くらいはケチらなければ良かったのに、と、反省している。
直接の上下関係にはないが、通勤電車で度々一緒になる気さくなD重役が近付いて来られた。「おッ、無事生きて帰って来たか。お土産は無いのか。気の利かない奴だな。後で土産話くらいきかせろよな。」
 有難いと思った。まさか電車内の"おふざけ話"を記憶しておられ、帰って来るや否や、声をかけて下さるとは感激であった。即次の日、ベルギー・コインを届けておいた。 このD重役は2ヶ月後に一週間のチャージ休暇を取られたのだが、突然に「ハイ、お土産!、お返しだ」と、アメリカ・コインを持って来られることになる。そんな気さくな重役であった。
 直属の上司が近付いて来て、大声で宏に話しかけられる。「おおッ!真っ黒だな。自転車は無事だったか?」 「お陰様で、荷物台がこわれただけで済みました。」 「そりゃあ良かった。心配してたんだ」 「長い休暇をいただき、有り難うございました」
  机の上は回覧書類の山であった。
 
少しづつ目を通しながらかたずけ始めた。直属部下の係長を一人づつ呼んで、休暇中に何か変わったことはなかったか、と尋ねる。「何もありません」 「コンピュータ設備稟請の方は、その後どうなっている?」 「一向に進展していません。大山課長がやられた計算の根拠が分からず苦労しました」 「それは御苦労様でした。後で、その書き直した資料一式を見せて下さい」
 課内会議でも、「何か変わったことはなかったか」と課員に聞くが、異口同音に「ありません」との返事。?? 半ば、本当に何も進展していなかったのだと信じて、宏は書類の山をかたづけている。 2日経ち、3日経ちする内に、どうも妙な事に気が付く。
訳の分からない委員会名が書類のあちこちに出て来るのだ。『このEIS委員会というのは何なんだ? 「エイズ」とも読めるが、・・?』 まだ宏は積み上げられていた書類の全部には目を通していない。『彼なら知っているかもしれない」と、他部門のE課長に聞いてみよう』と、階段を下りて行った。
「あれ、知らなかったんですか。今度出来た委員会ですよ。部長会議で承認された資料が配布されていたでしょう?一般回覧でも回っていますよ。これですよ」 「わかった。まだ書類の下の方に埋もれているのだろう。ありがとう。」 自分の席に戻って書類を引っかき回して探した。「 あった!」
 なんと、休暇中に、宏が主宰して2年2ヵ月続いたコンピュータ関係の委員会が(エイズに侵されて)消えて無くなり、新しい委員会が発足していた。それがEIS委員会であった。更に消えていく委員会の解散会を近日中にやる予定になっていた。
 いっぺんに目が覚めた。 自分では『休暇ぼけも無く、現場復帰が早い。』と思っていたのだが、この丸3日間、眠っていたことになる。部下達もひどいもんで、御承知かも知れませんが・・と教えてくれればいいものを、と一瞬思ったが(怒りの気持ちはなく)、笑い出してしまった。
その気で周りの人達を観察すれば、課長である自分をすっとばして仕事をする習慣が付いているのに気が付く。『そりゃそうだろう、1ヵ月も居なかったんだ。自分が居なくても会社は動いて行くんだ。』 笑いが止まらなかった。
 一人机に座ったまま、『なるほど、形上の席は残っていたが、本当の席は無くなっていたんだ』 と、しばらくニヤニヤと笑っていた。 が、そう笑ってばかいもいられない。部下の掌握と、とりあえず"旧"となる委員会の解散式を、丸く収める準備に取り掛からなければならない。
 誰かが、「1か月休めば、現場復帰のリハビリには、1か月かかるよ。」 と挨拶していた。『そうかも知れない。』 素直にそう思った。 折しも睡魔が襲ってくる。「眠くてしょうがないんですが、どうしたもんでしょうかね?」 苦し紛れに度々海外に出かけられる隣席の御年配に、話しかけてみた。
「そりゃ時差ボケですよ。ヨーロッパに1か月も居たのでしょう、身体の方があちら時間に慣れ切っていますから、治るまでには、まあ1週間はかかるでしょう。気長にやりなさい。」
 顔を洗いにトイレまで、何度も通う日が続いた 

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