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2009年6月 8日 (月)

自殺未遂--記憶喪失(大人のイソップ-7)

自殺未遂?         大山(宏・久美子)・綾(長女)  山本夫妻(御主人・奥様)

2009、3/7 6:50 妻の一言で、朝食が喉を通らなくなった。食卓を叩き付けて、宏は安マンションを飛び出した。背後から「そんな勝手な事をするのなら、死んでやる」という言葉が追っかけて来た。一瞬 宏は ためらった。しかし、引き返せなかった。”怒り”の方が勝っていた。
『ガス栓をひねりかねない(近所迷惑だ)。』『隣りの住人に止めてもらおうか?』『否々、それこそ大騒動が巻き起こってしまう』。頭は怒りで割れそうであった。『そうだ、山本さんの奥様に止めてもらおう。それが一番良い。』と思い付き、百メートル離れた山本邸のベルを鳴らす。朝の7時であった。
 
何度も何度もベルを押す内に2階のカーテンが動き、御主人が顔を覗かせられる。「大山です。朝っぱらから恐れ入ります!」との声に応じて、寝巻き姿のまま玄関口に出て来られた。「奥さんに至急お願いしたいことがあるのですが、。」程なく、寝巻きにガウンを羽織った奥様が出て来られた。
「朝っぱらから申し訳ありません。今、私は家を飛び出して来ました。家内は『自殺する!』と、わめいています。ガス栓をひねりかねないので、大急ぎで家内の所に行ってやってくれませんか?」と言いつつ、マンションの鍵を渡した。20年間、家族同士で近所付き合いをしてきた間柄。寝巻き姿のまま奥様は、マンションの方へ駆けて行かれた。
 御主人が宏を手招きされ、ベランダから応接室に通されて、暫くそこで待機することとなった。お茶を出して下さった。事情を説明する必要があった。出来得る限り冷静に”事のいきさつ”をお話する必要があった。
 小一時間後、山本邸の電話が鳴った。奥様からであった。「車修理を頼んでいた人が風邪を引いていて、修理が済むのにあと5日かかるとのことです。5日後の水曜日の朝、私(奥様)と、久美子さん(妻)とで取りに行きますが、それまで待ってくれませんか?」「分かりました。修理の済んでいない車を"強引"に引き取りに行くのは止しましょう。」という事に落ちついた。
 そうはまとまったが、まだ、マンションに帰る気にはなれなかった(妻とは顔を合わしたくなかった)。タバコを吸いたくなった。気が付くと財布と車のキーは持って出たが、携帯電話もタバコもライターも持っていなかった。
 御主人「私は顔を洗ったり歯を磨いたりと、バタバタしますが、ゆっくりしていて下さい。」「申し訳ありません。ちょっとタバコを買いに行ってきます。御主人は吸われなかったのは知ってますが、ライターか何かどこかにありませんか?あったら一つ分けて下さい。」「マッチがここら辺りにあったはず。あった!どうぞ。」「有難うございます。(こんな朝早くでは)タバコは買えても、ライターは買えません。助かります」。宏は街角の”雑貨店”に向かった。
 近くの小さな公園前でタバコを吹かしているちょうどその時、パトカーがスーッと走って来て、その”雑貨店”の角を、宏の住むマンション方向に曲がって行った。宏は慌てて、街角まで走り、パトカーの行方(ゆくえ)を追った。幸か不幸かパトカーは、マンション前をゆっくりとそのまま通り過ぎて行った。宏はほっと胸をなでおろした。
パトカーがマンション前で止まったら、何がなんでも、走り帰るつもりであった。が、もう その必要もなくなった。
 携帯電話を取りに帰りたかったが、まだ妻と顔を合わせるのは嫌だった。その内に、トイレに行きたくなる。朝飯を食べそびれていたので、お腹も空いてきた。既に8時を過ぎていて雑貨店のシャッターも開いていた。
「ミルクティーの熱いやつある?」「これしかないけど、。」「奥の方が、暖かいかな。」と、触りながらそれを取り出す。店を出て、1口,2口飲んだ所で、トイレに行きたかったことを思い出す。『まあいいや。そうそう、公園に簡易トイレがあった。そこで・・』と、公園に向かう。大人数人と子供達が一緒になって清掃作業が始まっていた。多分ドッチボール練習の準備であろう、かまわず簡易トイレのドアノブを回そうとした。鍵がかかっていた。
『しかたない。付近の雑木林で済ませよう。』と、歩いていった。雑木林でも、人々が清掃作業の真っ最中で、とても"用足し"が出来る雰囲気ではなかった。いよいよ尿意は激しくなって来る。『そうだ。この時間なら公民館が開いているはず。そこのトイレを借りよう。』と、うる覚えのその場所に向かう。
 仕事に忙しくて公民館活動(地域活動)は、全て妻まかせであった。迷った末にたどり着き、用足しを済ませる。時間つぶしに展示室を見て回る。油絵・俳句・陶器などが並んでいて、しばしの暇つぶしは出来た。
 どういう訳か、その公民館でも大勢の人達が掃除をしておられた。「何かあるのですか? 今日は一斉掃除日なのですか?」と、聞いてみた。「公民館祭りです。10時から昼までは”映画”があります。午後からは”エレキギター”の演奏会があります。有料ですが、よろしかったら、どうぞ。」「!来ます!来させてもらいます。暇なものですから。」宏は喜んだ。
これで十分暇つぶしが出来る。』『今 9時40分。山本邸にその後の様子を聞きに行こう。(このまま消えてしまっては失礼だ)。』と思って、引き返した。ちょうど山本夫妻が玄関口に出て来ておられた。
「良いのを見つけました。公民館祭りで暇つぶし出来そうです。」「そうよ。主人はこれからその準備のために、公民館に向かうところ!」「そうでしたか。ところで、久美子(妻)は綾(長女)のところに1泊2日で行くと言ってましたが、既に出かけたでしょうか?」「綾ちゃんの所に出かけられたはずですよ。」「そうですか。申し訳ないけど、ちょっと電話で確かめてみてくれます?」
「いいわよ。電話してみて留守ならいいのね。」と言って奥に引っ込まれる。(しばらくして)、「まだ居るみたい。もうじき出かけるらしいわよ。」「それじゃ、"携帯"を取りに帰るのは止めます。このまま公民館に行きます。」「じゃあね。」
 上映映画は3本立てで、その一本が「ちびまるこちゃん」であった。お母さんが贈答用に買って来た高価なお菓子を、ちびまるこちゃんがうっかり食べてしまって、”うそ”の上に”うそ”を重ねていき、最後にばれてしまって、わーと泣き出すというストーリーであった。
 妙に、家内の行状とオーバーラップしていて、おかしかった。ちびまるこちゃんの如くの結末になることを期待する気持ちも、心のどこかにあったようだった

記憶喪失

 午後の部の”バンド演奏会”も結構楽しめた。若い館員に誘われるままにジルバを踊ったりもした。4時過ぎに解散。『いくらなんでも、もう妻は長女の所に行っただろう。』とは思ったが不安だった。確かめるため山本邸に足を運ぶ。
「もう家内は居ないよね。」「ええ。いくらなんでも居ないわよ。帰っても大丈夫よ。」「そうだよね。ありがとう。帰ってゆっくり寝ます」。安心してドアを開け、部屋に入って行った。ダイニングを通り抜け、干してあった洗濯物を取り入れようとベランダに鼻歌気分で2、3歩進んだ。何時も妻がいる部屋のドアが開けっ放しであった。
 何の気なしに中に目をやって宏は凍りついた。頭の中が真っ白になった。妻が上半身をうつ伏せにしてつんのめっていたのだった。今にも飛び掛って来そうな"虎"のようにも見えた。辺りには目新しい大きな袋や服などが散乱していた。宏はその瞬間、掛けるべき言葉を捜した。「びっくりした!何だ居たのか?綾(長女)の所に行ったのじゃあなかったのか?」「・・、私は病気かも知れない。・・」「気晴らしに行けばよかったのに。孫の顔でも見たら気が晴れただろうに。」「・・、何をしていたのか、記憶が無い。・・。お腹が痛くなって(帰って来て)寝ていた。」「・・・」「この服は何?この子供服は?」「久美子(妻)が買って来たのだろう?それとも仕舞い込んでいた服を引っ張り出しただけじゃないの?」
「知らない。こんな服、見たことも無い。これも見たことない。どうしてここにあるんだろう。」「知らないよ。その内思い出すよ。疲れたようだから寝たら。寝るのが一番だよ。」宏は買い置きの漫画を読もうとしたが、静寂が辛くて駄目。 ピアノを1時間ばかり弾いてみた。
 それでも"場"が持てなくなった。「ちょっと、漫画を買ってくる」と声を掛けて、外に出た。行きつけの古本屋で漫画を3冊取り合えず買って、山本さんと連絡を取ろうとした。『先ほど奥様は外出支度だった。旦那さんはまだ公民館かも知れない。』と思って、公民館に向かう。
「つい先っき、帰られました。」「緊急に話したいのですが、自宅の電話番号を教えてくれませんか?」「電話番号は教えられませんが、掛けてあげますので、それでお話下さい」。最もなことだ。山本邸と繋がったようで、宏は受話器を受け取る。「・・、奥さんとお話がしたいのですが、居られますか?」「やっぱり、あんただって。」という声が、受話器越しに聞こえてくる。
「はいはい。山本で~す!」「度々恐れ入りますが、久美子が部屋に居たんですよ。びっくりしました。それに『記憶が無くなった』と、わめいています。それで(大変失礼ですが)ひょっとして山本さんはこうなることを御存知だったのではないかな?と思ってそれを確かめたかった(お聞きしたかった)のです。」「え~?久美ちゃん居たの?知らなかった。それで私はどうすればいいの?」
「この事態になっては、対処するしかありません。今まで何度もこんな経験をしてますので、私が対処します。《 山本さんは何も動かないで下さい。》 念のため、緊急連絡が出来るように、電話番号を教えてくれませんか?私の番号はこれこれです。これに掛けてください。」「分かった。一旦電話切ります」。
 宏の"携帯"が鳴った。「繋がったようですね。これで、万一の時の連絡ができます。有難う」。宏は道々対策案をあれこれと考えつつ、急ぎ自宅に引き返した。何食わぬ顔で穏やかな明るい亭主を演じつつ、買ってきた漫画を楽しんでいるふりをしていた。妻は夕食のカレーを作り始めた。
 その時、妻の携帯電話が鳴った。着信メールのようだった(妻が読んでいる)。突然、睨み付けるように 宏に顔を向けた。「何で山本さんに電話したの?」「・・?・・」「ここに、『宏さんから電話があったけど、どうしたの?』って書いてある。」
「・・。見せて見ろ!」 妻はそれを拒む。宏は無理矢理、妻の携帯電話をむしり取った。そこには、妻が言った通りのことが書いてあった。《 山本さんは何も動かないで下さい。》というお願いは見事に裏切られていた。頭が割れそうだった。同時に言いようのない"怒り"が込み上げて来て、テーブルに向かってこぶしを振り下ろした。しょうゆビンが跳ねて、黒い液が飛び散った。
「"ぐる"だったのか!一緒になって俺を"おちょくってた"のか!」とわめいて、また、テーブルを力任せに叩き付けた。「俺達の家庭をメチャクチャにして、何が介護センターの開設だ。なるほど、久美子が発狂してしまえば、介護センターの最初の患者になるわな。儲けられるわな。そんな会社は叩きつぶしてやる。これから行って、あの看板を叩き壊してやる!」
「悪かった。お願いそれだけは止めて!警察沙汰になるからそれだけは止めて!」と、妻は必死になって止めようとした。必死で取りすがる妻を引きずったまま、宏は狭い玄関までたどり着いたが、必死の妻に引き倒された。右手が靴にはまった。左手で玄関タイルを思い切り叩き付けた。自分でも手の骨が折れるのではないかと思うほどの衝撃が走った。それでもこぶしを叩き続けた。
 涙がボロボロとこぼれ落ちた。悔しかった。ここまで馬鹿にされていたのかと、悔し涙が溢れ出た。泣くだけ泣いて、少し落ち着いてきた。『確かに、看板をぶち壊しに行ったら警察沙汰になる。』と思い(行くのは止めにして)自分の部屋の布団の中に飛び込んだ。手元にあった漫画で気を紛らわそうと思った。無理だった。
 
今にも発狂しそうであった。自分の頭が変になるのを回避するためには何かが必要だった。『確かに、看板をぶち壊しに行ったら警察沙汰になる。それなら向こうから来てもらえばいい。この現状を自分の眼で見てもらって、反省を促せばいい。相応の責任を取ってもらおう。』と思い、妻に向かって(そのことを)わめきながら、自分の"携帯"を持ってベランダに走る。
 妻が宏に取りすがる。服を引っ張られた。「この服が欲しいのか。やるよ。」といって脱ぎ捨てた。ズボンを引っ張られた。「そうか。ズボンを脱がしたいのか。ほら くれてやる!」と引っ張られるままに脱ぎ捨てた。強引にガラス戸を閉めて、山本邸に電話を掛けた。
「夜分恐れ入りますが、至急お話したいことがあります。御夫婦でそろって、我が家まで お越し願いたい。大至急よろしく。」と、伝えて電話を切った。(絶望からか)妻は台所の隅で泣いていた。宏は、夫妻を迎えるために応接間をかたずけ、「お茶くらい、用意しな。」と妻に言い放ちつつ、座敷布団を用意した。しばらく後に山本夫妻が来られ、丁重に迎え入れる。
 奥様は泣きじゃくっている妻に走り寄るにまかせ、宏は御主人を上座に導き、自分も座った。事の"いきさつ"を順序立てて(極力冷静な口調で)お話していった。最後に御主人は”ひざ”を打ち、「それで納得しました。後で、女房に説明してやりましょう。」と応じて下さった。
 この間1時間位であった。妻と奥様とが、男二人の座っているテーブルに寄って来た。突然に妻が声を発する。「どうして山本さん御夫婦がここに座っているの?」「・・・」「どうして? どうして? 何があったの? どうして来たの?」「遊びに寄って下さったのだよ。」「どうして来たの? どうして?」・・・「久美子が体調がすぐれないとのことで、心配して2人して来て下さったのだよ」。
「辛いことがあったんだろう。忘れていいんだよ。良いことだけ思い出せばいいんだよ」。「久美ちゃん、水曜日に一緒に車取りに行くんだよね」と、奥様。 妻はカレンダーの予定記入をしようとして、「この月曜の"安田さんと旅行"って何?」「・・・」「この安田さんって誰のこと?何時に何処で落ち合うの?」
「安田さんの電話番号が何処かに書いてあるんじゃない?それとなく聞き出したらどう?」約束した時刻と場所は聞き出せたようだった。山本夫妻が帰られた後も、妻の記憶は戻る様子はなかった。
 妻を寝かしつけたあと、宏は布団の中で「済まなかった。自分が狂ったら最悪だった。それを避けるには あれしかなかった。」とわびた。『料理さえ 忘れてしまう危険性もある。病気の進行が少しでも遅れるように、出来るだけのフォローはしてやりたい。』と思いつつ、涙が止まらなかった。
 1か月後でも、「あの時の事は思い出せない」と久美子は言う。「忘れていいって言ったじゃない!」とも言う。寝巻きにガウン姿で奥様が玄関に立っていて、震えながら「久美ちゃん無事だったのね。」と言いつつ(泣きながら)抱きついて来られた事は、思い出した様子だった。その思い出話の後で「久美ちゃん薬の効かし過ぎだよ。」と奥様が言ったと、ポロッと口を滑らせた。

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