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2009年6月 4日 (木)

34)、現場から消えた女。 「なに、バスが正面衝突?」

重なると言えば本当に事件は重なるものらしい。今度は田舎の父親が救急車で入院したとの連絡が入って来た。娘の帰国からまだ幾日も経ってはいない、10月初めのことであった。宏の家族は大騒ぎの渦の中に入っていく。

東京のおじさんが亡くなり、部下のお父さんが亡くなり、田舎の親戚のおじさんも亡くなっていた。つい最近では、会社で目をかけて頂いていた重役のお母さんの葬式にも参列したばかりであった。

田舎の母は「心配要らない」と言ってはいるが、当然、「万一のこと」も、頭をよぎる。熱はまだ下がってはおらず、大阪の姉が3日間世話して帰ったとの事。足の不自由な母が、例の頑張り気を起こして無理している様子であった。その母も風邪をひき、熱もありそうな声。

気が気ではない。動こうにも連絡さえもままならない。(話し中なのだ)。つくづく東京と田舎の距離を感じる。妻も宏も勤めがあり、働いていながらも心配だけは2人前にしている。「会社に辞表を出して(田舎に)帰ろうかしら」 「そこまでは田舎も望んでいないよ。そんなことまでされたら、母さんだってたまらないよ」

「長男の嫁はつくづく嫌ね。結婚しなければよかった」 「それは言うなよ。どうせ日本は長男か長女がほとんどの国なんだし、。」 感情が高ぶるとすぐ、この議論になってしまう。冷静になって待つ必要があった。

何日か後になって 電話がつながった。近所の方々に相当御世話になっている様子だった。母は自転車に乗れないし、もちろん運転も出来ない。病院は西条町(現在の東広島市の中心部)のはずれにあって、実家から30キロ離れており、バスを使うと往復5時間はかかる。

宏は一晩考え、翌朝5時前に起き上った。「今日の結婚式への参列は取り止めて、田舎に帰るよ。病院の送り迎えだけでも助かるはずだ」 「それなら私が帰る!」 「・・?、そうしてくれるか。すまん。」

話はすぐにまとまり、妻が支度を始めた。この夫婦の行動力には目を見張るものがある。30分後には妻は電車に乗り、広島に向かっていた。昼頃には広島駅から「これから田舎に向かう」という電話が入った。その連絡を受けた後、おもむろに、宏は部下の結婚式へと(何事もなかったかのような顔で)出かけて行った。

妻は田舎で大活躍 をしたらしい。一週間後、「今夜12時頃、駅まで迎えに来て!」という電話が入った。その日は「体育の日」であった。妻の帰りを待っていると、突然、マンションの階段を駆け上る足音がしてきた。妻であった。

「ただいま」 「どうしたんだ。電話をかければ迎えに行ったのに」 「電話をかけてる暇がなかった。タクシーで帰って来た」 手荷物の紙袋などが破れており、服も乱れ気味であって、一種異様な雰囲気が漂っている。妻は興奮気味に話し始める。

「ちょっとちょっと、事故に遭ったの。正面衝突で、相手の運転手は血だらけになってたの」 「どこで事故を見たんだ?」 「田舎でよ。乗ってたのよ、そのバスに」 「なに、バスが正面衝突? それで、怪我はなかったのか」 「私は運転席のすぐ後ろに座っていて、前を見ていたのよ。ちょっと眠かったけど、薄目を開けて前を見ていたら、向こうから来た乗用車が急にバスの前方に曲がって 飛び出して来たの。

『 危ない。ぶつかる!』と思った瞬間に手すりを握ったの。"無傷"だったのは私だけで、隣の男の子は頭を抱えて「痛い。痛い。」て、泣いていた。後ろの方に座っていたおばあさんは、通路に転がって倒れていた。」 「それでどうなったんだ」

乗用車はぐちゃぐちゃに壊れてた。バスの運転手もちょっとの間動かなくなってたので、窓を開けて叫んだの。『済みませ~ん。助けて下さ~い。警察に電話して下さ~い。救急車呼んで下さ~い。』

「でも冷たいもので、なかなか止まってくれないのよ。坂を登ってくる対向車線の車が数台通り過ぎて行ったわ。薄情なものだわ。下りの車はバスが進路を塞いでるからスピードを緩めて追い越そうとするでしょ。その中の一台の赤い車がやっと止まってくれたの。」(窓を開けて顔を出してくれたらしい)。

「『 警察に電話して下さい。救急車を呼んで下さい。』と叫んだら、頭を大きく縦に振ってくれたの」
「それで救急車は来たのか?」
「分からない。私、"非常口"から出たのよ。運転手が気が付いて、大丈夫ですかって話しかけて来たの。『今、警察を呼んでもらうように頼んだから、救急車も来る。』と、言ったの」
「久美子、おまえは本当に大丈夫だったのか」 「ちょっと腕を打ったみたいだけど、大丈夫だった。他の乗客は6人いたけど、みんな痛がっていた。運転手と一緒に、倒れている人を起こしてあげたりしたけど、気が気じゃなかった。だって、東京に帰る新幹線に間に合わなくなるでしょ。

運転手は、『あんたには居て欲しいんじゃがのー』と言ってて、悪いとは思ったんだけど、『東京に帰らなければならないので、ごめんなさい。豊栄の大山と申します。私、見てましたから、何か必要でしたら、明らかに向こうが悪いと証言してあげます。電話して下さい。』と言ってあげたの」
「それで?」
「バスのドアが開かないのよ。それで運転手が"非常口"を開けてくれて、そこから出たの。(衝撃のため)バスも路肩に寄っていて、谷底に落ちそうだった。落ちてたら私も、無事じゃあ済まなかったと思う。」
「久美子は本当に何ともなかったのか?」 「大丈夫よ。この通りピンピンしてる。」 妻が飛び跳ねてみせる。 「3日ぐらい経ってから痛くなることだってあるから、気を付けてなさいよ。それにしても不思議だねえ、一人だけ無傷だなんて
「この子はまだ生かして置いて、親の面倒を見させなければならないから、今死なせる訳にはいかない、と、神様が思われたのよ、きっと!」
「そうだろう。そうだろう。無事で良かった」
「アッ、そうだ。お母さんに電話しとかなきゃあ。」

 谷底に向かって開いた非常口から出た妻は、バスにしがみつくようにして回り込み、アスファルト道路に出た。乗用車の運転手も気になるので、前に回って見た。目を覆うようなつぶれ方で、若いドライバーの鼻からは血が流れ出し、目は開いたままだった。首の辺りの血管がピクピクと動いていたので、まだ息があるらしい。
エンジンから煙が上がり、油も道路に流れ出ていた。バスの運転手も非常口から出て来て、車に火が着かないようにと、ブルンブルンと動いているエンジンを切ろうとした。が、どうしようもなかった。幸い雨が降っていて、煙は段々と治まっては来ていた。
 何時までも見ている訳にはいかなかった。事故現場の横を何台もの車がすり抜けていった。
『済みませ~ん。止まって下さい』と叫んでいる女性を避けるようにして通り過ぎるとは、何とも薄情な世の中だ。
濃い緑色の車が止まってくれた!
「済みません。どうしても新幹線に乗らなくてはいけないのですが、乗せて下さい」
「どこまで?」
「西条駅までお願いします」
「そっち方向には行かないんだが、。そこから先、どこまで行くんだ?」
「広島駅から新幹線で東京に帰ります」
「ちょうどいい。広島駅まで送ってあげよう。乗りなさい」。
 45歳くらいのおじさんだった。
白竜子カンツリークラブ(ゴルフ)からの帰りだった。久美子は名前を聞いたが、教えてはくれない。「 困っている時はお互い様です。」 有難いと感謝したが、それでも何か、お礼がしたかった。

田舎から沢山の"おみやげ"を貰ってきていた。事故の時に紙袋も破れ、柿や栗なども散乱し大半は失っていたが、幸い手元に"栗が一包み"が残ってる。それを差し上げて、新幹線改札口の方に駆けて行った。
救急車が来たかどうか?』心配であった。名前と電話番号を運転手に教えてあった。『突然、警察から(田舎の母に)電話が入って、仰天されても困る。』 広島駅まで送ってもらったお陰で、少しユトリの出来た妻は、電話してみた。
「あなたは無事だったの?どこも怪我してないの?」
「私は大丈夫。不死身だから」
「今は大丈夫と思っていても、後で後遺症が出て来ることもあるのよ。・・・」
「それじゃ、東京に着いたら、もう一度電話します。」


 自宅に着いてから、
突然思い出したように掛けた電話が、それであった。
後日談では、若い運転手は亡くなったとのこと。19才の若さだった。バスの運転手も入院したとの事。 地方の出来事で、中国新聞にその事故の記事は載ったそうである。 但しその記事には「乗客が6人」となっており、全員重軽傷を負って、運転手と一緒に入院したと出ていたそうで、一人、現場から消えた女性 がいたことには触れられていない。

2日後に田舎から電話がかかってきた。「もし後遺症が出て来た時に、乗客リストに記入されていないと困るので、私が電話を掛けといてあげる。」 宏の母の言葉である。その後、宏の母は俄然元気が出て来たようで、あちこちに電話を掛けまくって、妻を乗せて広島駅まで送ってくれた"親切なおじさん"を突き止めるところまでやった模様であった。

この事件のお陰で肝心の父の陰(話題)が薄くなったが、歩けるまでに回復した。74歳。まだ、お腹には"膿み出し用の管"が取り付けてあり、体力が回復したところで、「本格的な手術」だそうだ。

その時は、妻も手伝いに帰るし、宏も帰ることになるであろう。 まだまだバタバタした日が当分の間、続きそうだ。

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