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2009年11月

2009年11月30日 (月)

豪勢な昼食・食事抜き(食糧調達)

 朝起きて顔を洗ってご飯を食べて・・・と書く日記を”飯食い日記”という。
私が最も嫌う文章パターンだが、なにせ[ 衣 食 住 ]は生活の基本だ。
旅の中ではこれがどんどん変化する。この食事の話に触れない訳にはいかない。
( 脱線ついでに書きましょう。) この1か月の旅の中で、宏はたった3度だけ、レストランで豪勢な食事を取っている(ベルギーで2回、スイスで1回)。いずれも日曜日の珍事件。

ベルギーでの豪勢な昼食・夕食

 朝食をユースでしっかり取ってブリュージュに向かった旅の最初の日。
途中のアールストの町まで来ると12時近い。自転車に取ってのガソリンは飯だ。
さすがに空腹を覚えた宏は、オープンしている店を探してグルグルと回る。
たまに大衆レストランを見つけて入ろうとするが、中はごった返しており、「あと30分待って」と、申し訳なさそうに宣告される。

『 一人ぐらいなんとかなるであろう。』と思うが、若いマドマーゼルは中に入れてくれない。
『 身なりがいけないのかな?』とも思い、リュックからズボンを取り出して短パンの上に重ね着して、頼み込んでみた。が、駄目!
どうやら彼女達はテーブルを一人で占拠されることを嫌がっているらしい。
 宏は(相席)でも構わないと思っている。『相席の方がいい』と考えているのだが、その地方の習慣の違いからか、フランス語圏のため よく分からない。
 宏は次第に焦ってくる。

 ついに意を決して高級レストランのドアを押した。
ここでは空いたテーブルがあり、奥の方に導かれて行った。
7、8人が窓際のテーブルで、食事を共にしている。
奥は薄暗く、テーブルに着くとすぐに真新しい蝋燭(ろーそく)に火が灯され、辺りが少し明るくなる。フランス語のメニューを渡されるが、読めない。
 わずかに通じる英語と、わずかに思い出せるドイツ語とで、「自転車でブリュッセルから来たところで、大変お腹が空いている。」と伝える。

 「これが美味しい」と推薦してもらったステーキ料理は、確かにおいしかった。
ワインも勧められるままに取った。
ドイツ語で「1グラス分でいい。」と伝えたつもりであるが通じないで、勢いよく一本抜かれてしまった。
美味しい白ワインではあった。空腹感はなくなった。

 ウエイターもリップサービスに努めてくれたので、(旅行ガイドブックの知識に従い)10%のチップを付ける。 随分と高い昼食となった。
 窓際のグループの食事はまだ続いている。ヨーロッパの人々の食事の楽しみ方ビックリすると同時に、『昼食にこんなにお金を使っていたら持ち金が足らなくなる。夕食は質素にしよう。』と思った。
そう思いつつも、「俺は酔っぱらっただ~。 ・・ 天国にいちまっただ~(日本語の歌)」と歌いながらペダルを踏みだしていった。

 ブリュージュのユースに到着し、同部屋となったドイツ人・フランス人の二人と少し会話を楽しんだ。 6時過ぎになった。
「後で食事に出掛けるが、君も一緒にどうか?」と誘われた。
「市内見物に出かけたいので」と言って、宏は断った(内心では夕飯をケチりたかったのだ)。

 広場の大時計の針が8時を回った頃、あの二人と出くわしてしまった。
当然、「一緒に」と話がまとまる。 またまた暗いレストランに連れて行かれてしまった。 『・・、夕食の440ベルギーフランは辛かった。今後は工夫すべき。』と日記に、反省の弁を書いておいた。

『明日朝まで食事抜き?』の恐怖

 次の日曜日はドイツのケルンで迎えたが、何とかお金をかけないで夕食を済ますことができた。 その次の日曜日がスイスのバーゼル近郊。
ドイツ国境を朝方越え、いきなりの日曜日の昼食だ。(宏は朝飯抜きだった)。
勿論バーゼル市内には大衆レストランはあった。が、スイスフランにまだ慣れない宏は「高い」と感じ、通り過ぎた。

 1時を回って2時近くになっても、沿道で食料が手に入らない。
手持ちのチョコレートなどは既に食べつくしている。
突然思い出したように、『 今日は日曜日だ。下手をすると明日朝まで飯抜きになる!』 と、焦り始める。

 こうなると人は弱い。
とにかく食事にありつける所を手当たり次第に探しはじめ、沿道から1キロ以上離れた一軒のレストランにたどり着いた。(以下はその日記)。

『 昨日の日曜日は最悪で、スイスに入った直後だ。 街中の教会の鐘があちらこちらで鳴り響き、皆さん休みの日。 食べる所どころか食料品を販売している店がほとんど開いていないのだ。 2時過ぎになって、『こりゃあ大変』と思い、レストランに飛び込んだら、ボンジュールのかわいいお姉ちゃん!
隣のテーブルで配膳した後の余った料理までどんどん運んで来てくれて、私の皿に盛り足してくれる。 たら腹食い貯めたが、最高に高い物についた。 チップを10%あげたが、あの喜び様から察するに、スイスではチップの習慣が薄いようである。』
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ヨーロッパ旅行中の乞食?

 ドイツのバーデンバーデンの近くであろうか、小さな村で夕方を迎えた。
少々空腹を覚えた宏は、小さなスーパーを見つけて自転車を止めた。
明かりは点灯してなかったが(中に人影があったので)ドアを叩いてみた。
50才前後の背のあまり高くない"おばさん"が、いぶかしげに ドアの隙間から顔を覗かせた。

「日本から来た旅行中の者です。食糧が欲しい。入ってもいいですか?」
「・・どうぞ・・」と、躊躇気味にドアを開け、店内の蛍光灯のスイッチを入れてくれる。
 宏は気にもかけずにドアを押して入り、商品棚を物色していく。
おばさんは恐る恐る(?)宏について歩く。
食パンを取り、バナナを取る。更に缶詰棚の前に立ち、「(缶切りを持っていないが)これを食べる事ができるか?」
「これを食べたいのですか?いいですよ。開けてあげましょう。こちらに来なさい。」と、レジの奥に案内してくれる。

 缶切りとお皿を出してくれ、ナイフとフォークまで貸してくれる。宏は缶詰を開けて食べ始めた。(おばさんはそばで見ている)。
食べながら昨日はどこどこ、今朝はどこそこから走って来たと話をする。
 その内に水が欲しくなって、「ヴァッサー(水)が欲しい」

 「わかった」と言いながら、商品棚からミネラルウオーターの瓶を持ってきた。
「違うんだ。コップの水が欲しい。」と、蛇口をひねるパントマイムをする。
「ウン、ウン」と うなずきつつ、コップに水を汲んで来てくれた。
「バターをパンに付けますか?このオレンジ(機内食で出てくる小さなパック)は食べますか?」
 「ありがとう。」
段々とテーブルの上が豪勢になってくる。満腹になったところで、「残りのパンを持って行ってもいいかな?」と聞くと、包み紙をくれた。
「満足しました。いくらですか?」と聞くと、「お金はいらない」 との返事「・・?」。
 この時点になってやっと、自分が乞食に間違えられていることに気が付いた。

 宏は笑いながら、「お金を払わない訳にはいかない。これら食べた物は貴方の店の商品だ」 「いい。あげます」 と、押し問答している内に、「ちょっと待って」と言って、電話をかけ始めた。
 「今、私の息子がやってくる。ウニヴェルジテート(大学)に行っており、英語が喋れる」。

 既に誤解は解けていたが、おばさんはまだ、「プレゼントする」という。
「わかった。バターとオレンジは有難くいただく。しかし缶詰とパンは払わせて下さい。いくらですか? ここに値段をリストUPして下さい。」と言いつつ、ウエストポーチからボールペンを取り出し、皿の上に乗っていたナプキンを渡す。
 しぶしぶ値段リストを書いてくれた。
やって来た息子に事情を説明し、みんなで大笑い。
 (握手して)宏は、その店を出て行った。

朝の食糧調達の習慣

 スイスでの2日目の朝は、料理しないで食べられる食品を手に入れるのに苦労した。
スイスにその習慣が薄いらしい。
朝食なしのボロのペンションに泊まっていたこともあって、お腹がペコペコ。
 9時過ぎになってようやく食料品店を見つけた。

「サンドイッチが欲しいんだ」と叫ぶように言う。
察しの良いおばさんが、「肉を選びなさい」と指差しながら何か言う。
「この肉を!」と、宏も指差す。
大きな肉塊をスライスしてくれる。
彼女が更にパンを指差して挟む仕草をする。
「そうだ」と宏は首を縦に振る。

「ここで食べてもいいか?」
「いいですよ」と言いつつ首を縦に振る。
もう一つ作ってもらい、ジュースやバナナなどを仕入れて、ローザンヌへ向け出発して行った。
 朝から大量に食料を仕入れると荷物にはなるが、これだけは必ず実行する習慣が身に付いた。

 ケチケチの貧乏旅行も、既に半ばを過ぎている。
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2009年11月28日 (土)

制服警官の職務質問、チョコ・ウエハスのお爺さん

バーゼルは、スイス・ドイツ・フランスが国境を接する町で、ライン河畔にモニュメント(ドゥライ・レンデ・レッケ)が立っている。 何の変哲もない低い塔であり、がっかり。 それはともかくとして、三か国が近い地点であり、この日一日で、3ヶ国の警察官と出会った。 次の話は、アウトバーンを走っていて ドイツの警察官に職務質問 された話。
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 国境に架かる橋を渡って、バーゼルの看板に従いながら勢いよく走り込んだら、"またも"アウトバーンに紛れ込んだ。("またも"、と付けるのは、これで3回目だから)。 『 まあいいや。多分、アスファルトの2車線が高速道路で、端のコンクリート道路が一般道路であろう。』と、勝手な解釈をして走っていると、黄色っぽい(日本で言う道路公団の)車が、追い越した先、百メートル前方でストップした!

『 やられるな 』と思ったら、案の定、「ここはアウトバーンだ。この道とライン川との間に、自転車が走っていい道がある。次の休憩所で出なさい。」と、きついお叱りを受けた。
 「危ないので後ろを伴走してあげよう」。 しかたなく宏は前を走る。
黄色い車は後から付いて来る。
休憩所に着き、示された方向に走って行く。事件はこの後である。
別れ際に(よせばいいのに)、「そっちの道はデコボコのみちじゃないのか?」と、渋ったせいかも知れない。
 ライン河畔に出た。
何人かの人が、のんびりと散歩を楽しんでいる。
宏はそのまま少し進んだ所で自転車を止め、川岸で休息していた。
自転車との距離は50メートルばかり離れていた。
 そこに来た来た、パトカーが唐突に現れる。

 ゆっくりと宏の自転車に近付いて行き、停まった。
制服警官が二人、ニヤニヤしながら宏の方に近づいて来る。
 二人共、ガッシリとした体格で背も高く、迫力 がある。

「私か?」
「そうだ。アウトバーンを走っていたのは、おまえだろう」
「そうだ。」と、正直に答える。
「どこから入った?」
「フランス側から橋を渡って来て、紛れ込んでしまった」
「6マイル(約10キロ)走っているぞ」 と、笑いながら言う。
笑ってはいるが隙がない。
腰にぶら下げているピストルがちょっと気にかかる。
「どこから来たか・・(と続いた後)、パスポートを見せろ」と来た。
「はい。はい。」と言って差し出す。

 一人がパトカーに戻って電話でチェックしている。
待っている間、宏はもう一人の警官と、「ドイツの天候は変わり易い。朝晴れていても、突然大雨だ。・・・」と、世間話をしている(沈黙が妙に怖かった)。

 ベルギーでしか入国審査をしていないのに身元確認がもう済んだ様子で、警官が戻ってきた。
「OK!」
「ヨーロッパでは国境を越えてもパスポートチェックされたことが1回もなかった。通用するのかどうか不安だった。サンキュー」 と言って、例のセブンスターを一箱差し出した。 《 笑って受け取っていく警察官。》
後で、たばこの残りが少ないことに気が付き、『 やるんじゃなかった。』と思ったが、後の祭り。 何処かで落としたらしい。
 他にも6ヶ国語の会話集もなくしているが、この時には、まだ気が付いていない。
紛失物と言えば、2,3日前に買ったばかりの財布を落とした。
『 財布を拾った奴は、初め喜んで跳び付き、後でがっかりしただろうな。何にも入っていないのだから。』と、酸っぱいブドウのイソップ狐のごとく、自分に言い聞かせた。

凄いお爺さんに会った。65歳・・』
荷物を込めて50Kgの自転車に乗り、20年間で4万キロ以上を走っていると言っていた。
このお爺さんに会う直前(警察官に職務質問を受けた直後)に、セルフタイマーで自分の写真を撮った。
 そこにこの面白いお爺さんが現れる。
 65 話がはずみ、互いのカメラで撮りあった。更に通りすがりの3人が加わり、またまた話に花が咲く。
結局、5人でまたまた写真を撮った。(フィルムの残り本数が少々気にかかる頃ではあったが、、)
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『 ようやく本日の洗濯も終わった。 既に23時30分。 少々(?)お腹は空いているが、今夜の夕食はチョコレートの"かけら"と、昼間会った自転車お爺さんがくれた「チョコ付きウエハス」で我慢する。
もう眠くてしょうがない。
明日はスイス入りし、ジュラ山脈を越える。
 少々日程が遅れているので、峠越えの近道をしよう。 南に下ったせいか、もう外は真っ暗だ。』

夢中
 生まれてこのかた、家庭でも会社でも宏は気難しい奴、取っ付きにくい奴で通っていた。本人はそうは思っていないのだが、真面目一本の態度がそういう見かたを誘っていた。
 高校時代のある日の教室で、空間の一点を見つめたまま、また何か考え込んでいる。
付近に居た、2,3人の同級生が「(邪魔になるといけないから)あちらに行きましょうよ」と言い合って去って行く。
『違うんだ。ゴメン』と、頭の隅で思うのだが、言葉や行動にならないまま(いつの間にか)また考え事に引き込まれていく。そんな自分を『馬鹿な奴。損な奴』と思いつつも、
『それでいいんだ。これが自分なんだ』とも思うのである。

 とにかく誤解を生み易い行動の持ち主であった。
妻からは、「話を聞いてくれない」とグチられ、娘からは
「お父さんはシカト(無視する事)が上手い」と、からかわれる宏であった。
 そんな熱中症の宏は今、旅に夢中である。

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2009年11月27日 (金)

輝く教会の屋根(畑の遥か彼方)

天候の良い昼間は、それなりにドイツの旅も楽しい。

Scan0002マインツの南、ヴォルムス辺りであった。小高い坂を登り詰めた道路わきで、数人の人がビールを楽しんでいる。
道を尋ねるついでに、宏は「売ってくれないか?」としゃべってみた。
「全部か?」
「1本」
「プレゼントするよ」
栓を抜き、宏はすぐに仲間に加わっていく。道路わきの駐車場である。
『君のような輩(やから)が何人も来てはたまらない』という素振りで、足元にビールを隠す仕草をしてみせる。
一緒になってワーワー騒ぎつつ喉を潤した。
珍しい遠方日本からの客だ。しかもヨーロッパ縦断中である宏の話題は豊富だ。
「アルプスをこの自転車で越える」
「ヘーー」
「ローマまで行く」
「無理。無理!」 と、半信半疑顔。
 日欧文化の違い(昼間から路上で酒を飲んでいることなど)を論じ合った。
何かお礼がしたかった。
ふと思い出してリュックから日本のたばこセブンスターを取り出し一箱プレゼントする。
代わりにポーランド製とかのたばこを勧められて吸った。
セブンスターと似た味で、うまい。これはフィルター付き。
 前にどこかの街角で、やはりポーランド製の紙巻きたばこをを勧められて吸ったことがあった。あれはフィルターなしだったけど、少し軽かった。
ドイツへの電車の中でジプシー風の女性から手ほどきを受けて、紙巻きたばこを自作して吸ったこともあった。
 そんな事を思い出しながら、みんなと一緒になってワーワー騒いだ。

辺り一面には麦畑が広がり、畑のはるか向こうの方に、教会の屋根が明るく照り映えていた。

動く看板
 快調に自転車を飛ばしている。辺り一面にいちご畑が広がっていた。
前方に直販売の小屋がある。
 「グーテンターク(こんにちわ)」 と、声をかけながら止まる。
「いくら?」
「3.5マルク」
「私には量が多い。半パックだけ売ってくれないか?」
「3マルクにしてやるから、そこで食べてってくれ」
「心得た。OK」 と、みずから動く看板になる。
気持いいほどに次々に車が止まり、イチゴを買っていく。
車からバケツを取り出して来て、いちごを取りに畑に入って行く!
『 もうチョイ、まけさせても良かったかな?』 と、思いつつ、うまそうに宏はイチゴをパクついた。
口の周りがイチゴで真っ赤だ。
 真夏の太陽がまぶしく光り、宏の顔や手足を明るく照りつけていた。
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バーゼル近くのホテルにて

6月11日 『 21時過ぎ。 洗濯をしている真っ最中。 所はバーゼル(スイス)直前の中国系ホテル。 洗濯はこれで四回目だ。 黄色いウインドブレーカーも洗った。 洗濯液が真っ黒! 気持ちが悪くなるほど汚れている。 特に襟首(えりくび)がひどく汚れている。』

昔、ながら族 という言葉があった。今宏は洗濯をしながらこの日記を書いている。随分と器用になった。『 家内にみせてやりたい。』と、思った。
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悪路

 今朝はラストという小さな田舎町を立ち、ブライザッハから再度フランス入りした。そこから宏は大変な悪路に迷い込んでしまった。
いつもの如く、橋のたもとでブラブラしている人を捕まえて、道を尋ねた。
(雨上がりでもあり少し不安を感じて)「悪路じゃないのか?」とは聞いてみたが、そこはフランス人(?)である。
地面を指しながら「ノン。ノン。この位の道が続き、悪くない。」
その返事を鵜呑みにしたのが最悪だった。 折からの雨で泥道、砂利道の連続である。 『もうちょっと進めば良くなるのだろう。』と進む内に、引き返せなくなった。
というよりも、引き返すのは何か損をしたみたいで、引き返す代わりに強引にでも前進するのが宏は”好き”なのである。

 これが祟って、とうとう15キロ余り、悪戦苦闘する羽目に陥った。
両側から山が迫っているコブレンツ~マインツ間は、川沿いの道をただひたすらに走れば道に迷うことはない。 しかし、中原の平野部は違う。 三日月湖あり、砂州の原あり、水路ありで、川沿いに走るのは容易なことではない。

 今、宏は水路とライン川とに挟まれた、細長く延々と続く帯状の砂利道を走っている。 物凄い振動!
段々と雲行きが怪しくなってくるし、宏は気が気ではない。
時折、車の走っている音が右手に延びる水路の向こうの方から聞こえてくる。
意味は分からないが、注意書きらしい看板がたびたび現れる。
「行き止まり」である可能性も充分にあった。

 幸い行き止まりではなかった。 やっとの思いで水路引き込み用の建物までたどり着き、その悪路から抜け出せた。 アスファルト道路にホッとする。
 束の間、宏は異様な音に気が付いた。自転車を止め、調べてみた。
荷物台の金具が2本とも折れていた! 改めて振動・衝撃の大きさにびっくらこいた。
ゴムバンドでサドルにくくり付けるという応急処置をする。
 心配はしたが、そのまま走り続けることが出来、『 パンクもせず、かわいいやつ。』と思った。
Scan0003

英語を話すのは英国人だけ。

 雨も上がり、舗装道路ともなれば、気持はいつもの陽気さに変わる。 菜の花畑が綺麗に広がり、思わず写真に収める。

 付近の子供達を相手に「アン、ドゥウ、トゥウ、カトゥル、・・、ボンジュール」と、フランス語のレッスンに余念がない。
ついでに日本語では「いち、にい、さん、しい・・」だと、指折って教えてあげる。
どこの国でも子供は呑み込みが早い。発音も正確に捉えられる。
 子供達に飽きられない内に切り上げて「さよなら」を言い、またサイクラーに戻っていく。

 遠くの田舎町がまるで箱庭のように見える。 その向こうの山波はドイツ。
ライン川を挟んだこの地域も、歴史の中でフランスになったり、ドイツになったりと激しく揺れ動いて来たのであろう。素直に乙女チックな感情を味うのであった。

 『 数多くの教会や城を見て来た。大聖堂もいいが、片田舎の教会や崩れかけた城も、なかな良い。 ライン川も下流から上流にかけて数百キロ見てきた。 ローレライで有名な[コブレンツ~マインツ]間もいいが、途中途中の変化も仲々良かった。 この1週間、エメリッヒを起点としてドイツ国内をライン川沿いに上って来た。 毎日のように「雷」を伴う大雨が降り、段々と水かさが増したせいもあるのだろうが、なんだか上流に行くほど川幅が増したように思えるのは気のせいであろうか?

『 昨日(6/11)で、ちょうど2週間が過ぎた。 旅半ば。 旅慣れたと言えばその通り。 日本人にはめったに逢わない。 知っているわずかな単語とパントマイムの世界で、ドイツ語の学習が続く。 たまに日本語を耳にするとびっくりしてしまうし、返事を英語やドイツ語で発声しようとしてしまう。』

 コブレンツのユースで日本人の女の子(スペインに3年間、遊学中)に声を掛けられた。 朝食時にたまたま座ったら、日本語で話しかけて来たのだ。 それまでの印象は、スペイン系か南米系というイメージだったのでびっくりした。(以下は久々の日本語)。

「随分と大胆だなあ。親がよく許してくれたね」
「もう慣れているでしょう」
「私の長女も大胆娘で、一年間アメリカに行ってたんだ。親は心配なものだよ」
「アメリカの何処?どの辺り?」
「ユタ州だ。ソルトレークシティー。ロッキー山脈の辺りだ」
「留学ですか?」
「交換留学生として行ったんだ」
「それは良かったですね」
「日本に帰って来て一ヶ月後に、例の服部君射殺事件があってね。知ってるかな?」
「ええ、聞いてる。親が電話で知らせてくれて、うるさかった」
「親ってそんなもんだよ。既に自分の娘は帰って来てはいたんだけど、ぞーっとしたよ」
「私は大丈夫。色もこんなに黒いし、日本人にみられないから、その点安全!」
「気をつけなさいよ」
 「ありがとう」

彼女の食事が進まなくなった。
まだ皿の上には大きなサンドイッチが一つ乗っかっている。
周囲に気を配っている目つきでチラチラと見廻している。
(どうしたのか)と、いぶかしく思って見ていると、足元に置いてあったリュックサックを引き寄せチャックを開けると同時に、皿の上のサンドイッチを静かにさっと仕舞い込んでしまった。 宏はちょっと興醒めした。
「昼御飯にするの」
「あんまり品の良い行為じゃないね」
 「へへへ」 少しばつの悪そうな顔が、せめてもの救いであった。
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 『 そのユースには韓国からの三人娘もいた。その一人は日本語を勉強中とのことで、盛んに日本語で話しかけてくる。返事は他の二人にも分かるように英語が中心になる。自然にそうなるから不思議と言えば、不思議だ。』

 ケールのユースでは香港より三日前に来たという学生と一緒になった。 ここでも英語・ドイツ語のチャンポンである。
 面白いことに、Japanese English という言葉があるが、中国人は Chainese English を話すらしい。
同様に、これまでに会ったドイツ人・フランス人は、それぞれに母国語の発声法を含んだ発音をしている。

「日本人が Japanese English でも悪くない」と、思った。 要は自信を持って(足らないところを身振り手振りで補いつつ)自分の意思を表す事であろう。 不思議なもので、何をしゃべっているか、特に自分の関係するものならピンと来るようになり、瞬間的にヤー(Yes)とか、ナイン(No)とか応答できるようになってくる。
少し後のイタリアでの話だが、ある数名のグループとケーブルカーに乗り合わせた。その時随分と綺麗な英語で話しかけられたので、瞬間的に、「あなた方は英国人か?」と聞いてみた。 その通りだった。
そんなものだ。English English を話すのは英国人しかいない。 アメリカ人でさえ、アメリカン・イングリッシュである。』
 それまで宏は外国人コンプレックスもあって、小さい頃から英語の発音にはひどく神経を使っていた。 宏は急に、悟ったような境地になれた。
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2009年11月26日 (木)

ライン川、雨とお城とユースホステル

ライン川です。下流に近くて、かなり大きな輸送船が、上下しています。
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最初の写真はこの塔から撮影したものです。次の写真も同じくこの塔から撮影。
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『 日本のユースホステルは(電話さえ入れておけば)到着が8時でも大丈夫なのだが、ヨーロッパのユースは6時までにチェックインしないと夕食にはありつけない。
夏時間採用でなければ、実際には5時! お天道様はまだ空高くある。
見たり走ったりするにはまだまだおいしい時間帯であり、この8日間、ユースでの食事に一度もありついていない(これは自転車乗りの宿命かもしれない)。
おまけにユースは山の上とか町外れなど、不便な所が多く、はなはだ都合が悪い。』
とは言うものの、ケチケチ旅行の宏にとってユースの魅力は大きい。
 飽きもせず似たような失敗を何度も繰り返していくことになる。
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 6月 3日 ヨーロッパには三寒四温は無くて天候は変わり易い。
《 特にドイツは急変する。》 とは聞いていた。
しかしこうも激しいとは思ってもみなかった。ショックは大きかった。
『 今朝、電車でオランダの北の町リューデスハイムを立ち、昼過ぎにライン下流の街エメリッヒに着いた。 元々風の強い日ではあったが、日差しは暖かだった。
広場の人々も歌を歌って楽しくやっていたら、急に雨がパラついてきた。これはすぐに止んで晴れて来た。
『さあ、スイスまでライン上り( 川上に向かうのでライン下りではない )の出発!』 と意気込んだ直後に大雨に打たれた。
晴れた後に、またまた大雨に遭う。
 わずか5時間の間に、晴⇒小雨⇒快晴⇒土砂降り⇒晴⇒大雨 と、3回も繰り返された。この年は異常気象であったらしく、この後もたびたび雨に祟られることになる。この日は、ほうほうの体でユースにたどり着いた。
 夕食にありつけなくて、山を降り、帰り道にまた大雨にあった。

6月 4日
『 頭のてっぺんから足の先まで濡れた。とにかく寒い。泣きたい思いだ。』
この反省の下に、雨具を買い込んで万全の体制を取ったつもりだった。
『結局雨の中を数時間走ってユースにたどり着いたのは、9時過ぎだった。
 びしょぬれで、リュックの中まで水がしみこんでいて、地図や下着など、部屋中に広げて寝た。』(ジュイッスブルグ)
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6月 6日
『 今、バス停で雨宿り中。ひどい雨だ。 今日・明日は天気が悪いそうで、明後日の日曜日は回復するとの事。 スーパーで肉のフライとジュースなど買い込んだが、外で食べるのは無理のようだ。余り遠くまで行けそうにない。 昨夜は道路沿いの小さな居酒屋兼ゲストハウスに泊まった。 ビールを大ジョッキ2杯(2杯目は親父の目を盗んで息子がサービスしてくれた)。 一昨晩の洗濯物を部屋中に干して寝た。』

6月 X日 『・・、ペダルが重い。向かい風である。おまけに雨。 あそこの感覚が無くなる。 サドルから伝わってくる振動のせいだ。時々手で触って(存在を)確かめる。座る位置をずらしながら、ペダルを踏み続ける。』
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6月10日 『・・、また雨である。ついさっきは晴れ間が見え、日が射していた。
ケールの町で昼食をすませ、橋を渡ってフランス入りした途端の雨だ。国境警備詰所の大きな建物で雨を避けながら日記を書いている。
フランを持っていない。買物はしないでシュトラスブールの大聖堂だけを見て、ドイツに引き返して来よう。
目の前にラインが流れている。連日の雨で流れはかなり早い。』

6月11日 『・・、雨をやり過ごすのはかなりうまくなっていたのだが、やられてしまった。雷を伴う横殴りの雨を避ける所もなく、ずぶ濡れ。荷物にビニールをかける暇さえなかった。少しでも濡れないようにと、自分のウインドブレーカーで荷物を抱え込むようにして耐えた。』

 とまあ、こんな具合でドイツ縦断の間中、宏は雨に祟られた。気まぐれな神と、電車で乗り合わせ「貴方は黒雲を運んでいる」と占ったジプシー女性を、恨めしく思った。
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 たまには快晴の日もある。
6月 7日
 コブレンツのユース(山頂にある大きなお城を改造し、市内を流れるライン川を一望のもとに見渡せるユース)を出発した。 じきに青空が広がってきて夕方には快晴になり、珍しく暑い一日となった。
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 ライン川沿いには多くの城があり、見応え充分!
( 写真の「533」という大きな看板は、上流のボーデン湖から此処までの距離だとのことだったと教えてもらった。この看板が確か1Km 毎に、配置してあった記憶があります。15年も経つと、記憶は曖昧になるものだと、改めて思いました。ついでですが、その上の写真は、コブレンツのユース(お城を改造して造ったユース)のある山だったように思いますが、不確かでごめんなさい。ボケたかな?)

 当然ローレライの人魚も見たが、勢いよく流れる川の流れの方が印象的であった。
『相も変わらず毎夕方、ユースを探しをやっている。
昨夜は雨の中を探しまくった末、山の天辺のユースにたどり着いた。
夜10時を過ぎており、流石に辺りは暗い。( 夜景は奇麗!)。
ベットは鉄製でギシギシと音がし、No Good。
しかし、お城の中ということもあって旅の雰囲気はまずまず!
 明くる朝は素晴らしい景色の中で、ユース仲間同士で写真を撮り合い、ユース城を出発。 一路、マインツを目指す!
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 ビンゲンまでは快調であった。そこでアウトバーンに入り込んでしまった。
引き返すことも出来ず、まごついた。
この辺りからマインツまでの道は単純ではなく大変!
親切なサイクラー(おじいさん)がマインツ近くまで案内してくれた。
その後は親切なサイクラー(おばさん)が、マインツ市の中央部まで一緒に走ってくれた。 「2度あることは3度ある」とは良く言ったもので、この日はもう一回親切な御夫婦に出会う。

 マインツ市の南方にあるユースでは宿泊を断られてしまった。
この市の北12、3キロ先のビースバーデンのユースに行ってくれ。」との事。
後戻りであり気は進まないが、地図を見ながら訪ねて行くことにした。
途中で、日産の四輪駆動車に乗り込もうとしている御夫婦に遭遇。
「その自転車を後ろに積みなさい。送ってあげましょう」
「その親切は有難いが受けられない。場所と方角を教えて下さい」
「まだ10キロ以上あります。道は複雑で説明するのも非常に難しい。私達はその町に帰るところです。送ってあげましょう」
「申し訳ない」
「いいんですよ。以前私達がパリを旅行していた時、道に迷って途方に暮れていました。雨も降っていました。その時地元の人に大変お世話になりました。いつかお返しがしたいと今までズーッと思っていたのです」。

 確かに道は複雑怪奇で、自転車では到底たどり着けるしろものではなかった。
「この親切は一生忘れません。日本に帰って困っている方に逢った時、この恩返しをさせて頂きます」
「そうして下さい。アオフヴィーダーゼーン(さようなら)」
 「ヴィーダーゼーン」

6月 8日 翌朝は一路カールスルーエを目指して行った。とにかく距離を稼ぎたかった。『・・、20時30分 シュパイアーが限界であった。 食べているか道を聞いているか以外は走り続けたように思うが、これが限界であった。
自転車の走れる道があまりに複雑で、外から来た者には非常に困難を伴う地域だ。
12時間、130キロ以上を走っているであろう。
今、シュパイアーのユース玄関先でペアレント(事務員)を待っている。
チェックインタイムが5時~7時までの2時間と、9時30分~10時までのわずか30分と限定されていて、まことに厳しい。
ガイドブックではベット数も少なく、泊めてもらえるかどうか不安。
もう一人自転車で来たという女性が待っている。 お互いに雨に濡れ、彼女も寒そう。』

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2009年11月25日 (水)

ライン川沿い教会のステンドグラス

『6月4日、クサンテンのステンドグラスは小さいながら、印象に残った。
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教会の外壁に日時計があり、親しみを覚えた。
雲が大きく流れており、時間が読めたり、読めなかったり・・・。
一時間以上遅れている。夏時間採用の為である。
ベルギー、オランダ、ドイツと夏時間を採用しており、日本との時差は7時間。経度が同程度なので、これから訪れるスイス、イタリアでも同じであろう。』

 時間と言えば、宏が頭を悩ましている事がある。どうも毎日の出発時間が遅れるのである。身支度に手間取るし、朝食時間の遅いユースやペンションもある。早く出発したいがその一方では、朝食時の会話を大事にしたいとも思っている。
 例のインド人の館では、二組の御夫婦と一緒に五人で朝食を取り、まことに有意義であった。が、食後の会話は一時間以上に及んだ。
 時には部屋の鍵をうっかり持ち出し、返却するため引き返したこともあった。以降、鍵の返却には相当神経を使うようになる。
「あの大きな柄が付いた鍵をどうして?」と、他人は不思議がるが、その辺りが宏の愛すべきところなのかも知れない。

 この出発時間遅れ以外にスケジュールが狂う大きなところは、立ち話・道を尋ねる回数が多い・つまらない処でもついつい覗いてみたくなる・等々、沢山あるようだ。
 宏にはパック旅行は無理かもしれない。他の人とは時間感覚が異なっているようである。今回の旅行も、5段階に分けた大きな計画は立てたものの、
『一日平均100Km 走る!』、が、基準である。
宿の予約は一切やって来なかったし、多分これからもやらないのであろう。スケジュールの遅れは、『着くまで走る!』ことで調整している。
 この点では、太陽がいつまでも天空にある6月のヨーロッパは、気ままな自転車旅行にぴったりであったようだ。Photo_26

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2009年11月24日 (火)

関東を走り回る(心身を充実)

清水の舞台から飛び降りる思いで、折りたたみ自転車を買い、体力増強を図った頃の写真です。歳が歳ですから、不安なのでした。果して体力が持つかどうか?
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相模原から129号線で少し南下した所です。遠くに「大山」が見えています。

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買い込んだばかりの折りたたみ式自転車です。

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荷造りが完了したところです。青いバッグの中に自転車が折りたたんで入っています。
 そばに、体重計がありますが、これで、航空機の貨物制限ギリギリを計りました。いよいよ明日、出発です。

続きを読む "関東を走り回る(心身を充実)"

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貴方は黒雲を運んでいる?(ジプシー女性の占い)

 アイセル湖北端を抜け出て10キロほど進んだ所に小さな港町があった。ハーリンゲンの港である。 熱いコーヒーとトーストにあり付いた宏は、その駅から電車に乗ることにした。旅の北限の町。と同時にオランダでの最後の町となる。 少なからずの達成感はあった。いよいよ南下だ。

 計画は、五段階に分かれていた。
第一は、今終えたベルギーからアイセル湖北端までの、北海沿いに走る旅。
第二は、ライン川沿いにスイス国境のバーゼルまで、ドイツ国内縦走の旅。
第三は、スイス国内のアルプス越え。
第四は、イタリアのピサの斜塔までの旅。
第五は、「おまけ」というか、ゆとりとしてローマ辺りで時間調整。

 安い航空券の関係から、6月23日夜のローマ宿泊は絶対であった。その他、一切の時間的制約は排除してある。
 宏は保険嫌いであった。
ただ、日本から持ち込む自転車の盗難は心配していた。
『自転車を盗まれると、全ての計画が狂う』。
このたった一つの理由から28日間の保険に加入した。
 成田到着の25日は適用外。計算を誤ったかもしれない。
「神は気まぐれ」は、宏の口癖である。
この辺りを大自然という神はどう審判なさるのか。
 ともあれ、第一段階は無事終了。第二段階は今、始った。
宏はドイツ国境の街エメリッヒ行きの切符を手にしている。
 車中では装飾品を造って売り歩くというジプシー風の若い女性と、隣り合わせに座った。

「どこに住んでいるんですか?」
「オランダの北の方。ドイツ国境に近い辺り」
「装飾品はどうやって手に入れるんです?」
「父が造るのよ。父が出かける時は私が造る」
「そー。じゃあお父さんが居ないときは、君が社長さんなんだ」
「そんなところよ。フフフ」 「いつもあちこち売り歩くのですか? 楽しそうですね」
「それなりにね、楽しんでる」

 彼女は手提げ袋からタバコの包みを取り出す。まだ紙にくるんでない千切りタバコであり、それを器用に紙巻きタバコに仕上げて吸っている。
巻き上げたあと、細い舌を出して唾でくっ付ける仕草がなんとなく色っぽい。
 宏はもの珍しそうに見ている。
「あなたもやってみる?」
「トライしてみよう」。
 すぐ乗って行く。 道具一式を受け取り仕掛ったが、仲々うまくいかない。
「こうやって巻くのよ」 彼女は巻いて見せ、舌を出そうとして一瞬動作を止め、宏を上目使い見た。
「自分でやりなさい」と手渡す。
吸ってみるとかなり軽いタバコであった。
詰め方で強さが変わるらしい。
 座席の回りに煙が立ちこめていく。

 しばらくして彼女はまた何か、白い粉薬のようなものを取り出した。
「やってみる?」 これにはちょっと躊躇した。
「こうやるのよ」 彼女は手の甲羅に少し粉を乗せ、鼻の近くに持って行き、反対側の手で手首を叩いて、タイミングよく飛び跳ねた粉を吸い込んで見せた。
「やってみなさい」 とさらに勧める。
しかたなくトライしてみた。メンソレータムのようなきつい味と臭いがした。
 ハッカの刺激にも似ていると思った。

 「私、時々占いもやるのよ。占ってあげようか」
「やってみて」  しばらく沈黙が続いたあと、おもむろに彼女は少しいたずらっぽく宏に向かって言う。
「あなたは雲を運んで来ているわね」
「雲?」
そう、黒雲。雨に遭うわよ、きっと!」
「嬉しくないね、自転車乗りには」
「何回も遭いそうね」
「天気予報がそうなっていたのか?」
 「違うわ。占いに出てる!」

 窓の外はうす雲はかかっているものの、お陽さまが出ており、今日は降りそうにない。宏は話題を変えていった。 旅の中で数多くの女性にあったが、彼女は少し恐い女性のような印象が残った。
Photo_23 ( このブログに写真を添付していて気が付いたのだが、確かに私の頭の上辺りに、黒雲が迫って来ている?!)

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2009年11月23日 (月)

砲台跡での野宿(アイセル湖北端)

 右手向こうの方にコンクリートの崩れかけた小さな建物がチラッと見えた。
『まさかそんな好都合なことが、』と思いつつ通り過ぎようとしていた。そのまま100mも進んだであろうか、宏は急にブレーキをかけた。
 『泊まるところが必要なのだ。可能性は全てチェックすべし!』 引き返して草むらの中を自転車を押しながら、建物の方向に進む。

 ちょっと泊まれそうにないほど中はゴミ箱状態であった。『無理だな。』
そう思いつつ建物を出る。 周りには小さな低い丘がいくつかあった。
何の気なしに近くの丘に登ってみた。
くぼみに隠れるように別の建物がある。 がっしりとした”かまぼこ状の”かなり大きな建物で、外壁には錆びた鉄製のはしごが残っている。
どうやら第二次大戦時の建物のようだ。ドイツ軍が残したものだろう。
 更に近づいて見た。
縦横1メートル位の四角い穴が横っ腹に開いており、出入り可能である。
穴を覗いてみる。 入ってみる。

 2つ、3つ空き缶が転がっており、焚き火の跡があるくらいで、中は比較的きれいだ。外壁の厚さは1メートル位はあろうか。
 出入り出来るところは1箇所だけ。
  多分他は封鎖されているのであろう。 床は土、・・・

 『先ほどのゴミ箱建物の中に長い板が2枚あった。あれを運んで来よう。』
既に宏は8割方”野宿”に腹を固めている。
一旦穴から這い出した宏は、自分と同種の珍入者発生確立を計算しつつ、雨に濡れた草原を歩き回った。 既に9時近い。
 どんよりとした雲は辺り一面を覆い、先ほどからの小雨は依然として降り続いている。
『人影はゼロ』
 宏はおもむろに長くて重い木の板を運び込んだ。
雨よけに使っていたビニールを板の上に広げ、その上に寝袋を広げる。
 自転車も建物内に入れ、外からは見えない位置に立て掛けた。
板を運び込もうとした時、重い板が太股の上に落ち、今も痛みがある。
 『骨にひびが入っていなければいいが、』と、その箇所をマッサージした。

 建物内は既に足元が見えないほど暗くなっていた。
懐中電灯を取り出し、天井や周囲を照らしてみる。
さそり・戦死者の亡霊・、と妄想が起きる。
 宏は『 やばい!』と想い、直ぐその想念を打ち消した。
『 内部探検は明日だ!』 頭の切り替えは早い。
 チョコレートを3かけら食べて、あっという間に寝入ってしまった。

 次の日は5時前に目が覚めた。 幸い雨音はせず、昨夜の寝る前よりは明るい。 宏は寝袋を抜け出し海岸線を歩いた。 何千羽という海鳥が防波堤で羽を休めている。 宏が近付くにつれ、ざわざわと海面に滑り降りていく。
Photo_21
 沢山の石で造られた防波堤は黄緑色の海草の衣をまとい、禅寺の"古石"のように見えた。
石の隙間の貝殻のかけらや透明感のある丸い小さな石をいくつか拾い、それを彼は旅の記念とした。
さわやかな風の朝であった。
妙に暖かいコーヒーを飲みたくなった。

 昨夜の打撲箇所にはまだ痛みが残っていた。が、出発前に一応建物内部の探検はやっておくことにした。
天井が低いのは、どうやら土で床を埋めたためのようである。
土の下に何があるのか想像もつかない。
 左手奥に四部屋あって、感じではベッドルームというところか。

右手奥には少し大きな部屋が3部屋あり、鉄はしごと何やら重い物を上下移動する装置の残骸がある。
『 大砲の弾でも上げ下ろししたのであろう。』 錆びた鉄の色が時の経過を感じさせる。

どの部屋にも光の漏れ入ってくる所はなく、懐中電灯の光の当たった処だけが、ぼんやりと浮かび上がってくる。
 少し息苦しさを感じて、あわてて昨夜眠った部屋まで駆け戻り、数回大きく深呼吸した。

『 密閉に近い建物だ。何かの関係で酸素が薄いのかもしれない。長居は無用。』
宏はそう思い、出発することにした。 外はまだ雨がパラついていた。 自転車を押し、20,30歩進んだ所で振り返って見た。

『 ここで一夜を過ごしたんだ。』という証拠写真を撮るべきか、少し迷った。
「 止めた!」  何故とははっきりしないが、なんとなく写真を取るべきでははいように思えた。
 堤防上の道路に戻り、北端の水門を渡り切って、北海を見る。
左手後方には緑の丘が見えるだけで、そこに凹みがあって宏が野宿した建物があるとは、とても想像出来ない。
海岸近くに昨夜草原から見えたような建物があった。
 何故か安心したような気持ちになってシャッターを押した。
Photo_22

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2009年11月20日 (金)

元気なお姉さん(アイセル湖大堤防ダイク)

 インド人の館を出た後、まっすぐアイセル湖に向かった。
少しずつ、少しずつではあるが、辺りの風景は荒涼さを増してくる。
それでも人情は変わらない。ただ、いよいよ出会う人が少なくなってくる。
 アイセル湖の大堤防南端に着いたのは夕方5時ごろであった。
     そこに小さな売店があった。
「こんにちは」
「いらっしゃい!何にいたしましょう。」
高いカウンターの向こう側から元気の良いお姉さんがにっこりと笑っている。義理の姉妹が日本に遊学しているとのことで、このお姉さんは英語が堪能だ。

「何がおいしい?」
「何でもよ。こっちのソーセージのフライもいいし、あっちのフライドポテトも最高よ。すぐに揚げてあげるわ」
「それじゃあ、これとあれと。それからポテトサラダなんかある?」
「あるわよ。こっちにあるけど、どれにする?」
「そのハムのはいったやつ!」
「どのくらいほしい?」
「小さいパック分入れてくれる?」
「わかったわ。ちょっと待っててね。」
他には誰もいない。「ここで弁当の残りを食べてもいいかな?」
 「ええ、いいわよ」

 コロッケやソーセージを食べながら、その気の良いお姉さんのいる売店で小一時間ほど雨宿りした。その間にも高齢の御夫婦が雨宿りに入って来てフライを食べ、また出て行った。
「そろそろ出かけないと日が暮れてしまう。じゃあまたね。」
「ありがとう。 そうそう、堤防に向うにはどっちにすすめばいいの?」
姉さんが外に出てきて手を高く挙げ、正面の道の方向に向かって振り下ろしながら、「ゴー、ストレイト(真っ直ぐ進め)」と、号令をかけてくれた。

 まだ雨は降ったり止んだりしていた。今日中に30キロを渡り切る必要に迫られていた。 幸いにも強い追い風だ。このオランダの海岸は偏西風の関係であろう、多くの場合「西風」が吹いている。その日は特に風が強かった。自転車のスピードと風の速度が同じくらいであり、辺りを飛んでいる鳥がまるで空中に止まっているように見える。

 鶴の一種であろう、太い首筋がU字型に曲がった、ぼってりした格好の鳥も3,4羽見かけた。その特徴ある格好から童話の世界で赤ちゃんを運んでくるという例の”コウノトリ”であろうと宏は思った。日本では見かけない。その写真を撮ろうとしたが、割合に臆病で、数十メートル手前で飛び立ってしまい近づくことが出来ない。

 宏は左手にカメラを持ち右手でハンドルを握って、走りながら撮ろうと考えた。数枚のシャッターチャンスはおとずれた。うまく撮れたようであり、うまくいかなかったようにも思える。日本に帰ってからのお楽しみだ。
Photo_19

堤防の中間地点は少し広くなっており、自動車道路の向こう側に休憩所がある。そのあたりで急に雨足がひどくなってきた。前方にバス停が見え、急いで避難する。 厳しい横殴りの雨だ。10m先も見えない程で、少し心細い。

20分も雨宿りしたであろうか、少し小降りになったところでまた走り始めた。 南端を出発してから1時間半後、堤防の北の端が薄靄の中ぼんやりと見えて来た。時計は8時を指している。

さあ、どうしようか?』と、宏はペダルを踏みつつ思案を始める。『この雨の中で濡れながらの野宿は無理。・・、泊めてくれそうな町までは10キロ、いや、20キロ・・、何処かにバス停でもあればいいのだが・・、いやいや、いい歳をして日本人の恥さらし。』と、学生時代の野宿の事を懐かしく思い出しつつも、自転車を進めていく。
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2009年11月19日 (木)

「明かりを消せ」?(インド人の館)

 『都会は嫌いだ!』 アムステルダムの市内観光の真似事をしている内に、そう思った。
人人人、車車車の洪水である。名所旧跡を訪ね歩くのは、宏には向かないようだ。
汗を流し、そこにたどり着いても、『 なあんだ。こんなものか 』と、がっかりすることが多い。アムステルダム駅前は非常に広々としているが、放置自転車の山!
それだけが妙に印象に残った。
旅の発見は田舎にこそある。』 改めて宏はそう思った。

 その日はもっと北の方まで走るつもりであったが、6時半頃、「あんたは部屋を探しているのじゃないか?」と、インド人風の客引きに捕まってしまった。
「一泊いくら?」
インド人の客引きは、手の平に数字を書いて見せる。「40ギルダー」
「ちょっと私には高い」
少し考えている風で、「 これではどうだ。」と、手の平の数字を書き直す。
「 35ギルダー」 「 ウーン、部屋を見てから決めよう 」と、やり取りしている内に、泊まる羽目になっていく。

 駅前からかなり離れた住宅街の中に、そのペンションはあった。
真面目そうで清楚なドイツ人夫妻が宿泊しており、宏は少し安心する。
部屋も”御殿”のごとくに綺麗であり、『割安』と判断した宏は泊まることにした。
 交渉がまとまると直ぐ、そのインド人の客引きはバイクに乗って出て行った。

宏は玄関口にいたドイツ人夫妻と、話をした。「一週間の連泊。」とのことであった。
「貴女達は一泊一人いくらで泊っているいるのですか?」
「一日当たり、27ギルダー」
 自転車乗りは毎日前進しなければならず(連泊は無理であり)相当に高くつく。

 インド人が帰って来た。後ろから乗用車が付いて来ている。
『 またお客を捕まえて来たな 』と思ったのもつかの間、
突然、「 駅から随分と遠いじゃないの。約束が違う 」と、運転していた女性が大声で叫び、Uターンして去って行った。
 懲りずにまたインド人は、バイクで駅の方角に引き返していく。 まことに仕事熱心である。
『 まあいいや。洗濯もサービスと言ってくれたし、私は少しゆっくりすることにしよう。』
 この数日間余りに色んなことがあり忙しく動き過ぎて、宏は日記を書くゆとりさえなかったのだ。

 夜中の11時であった。
どこからか、鐘の音が聞こえて来た。 白夜とはいかないが、空にはまだ薄明りが残っている。 その空を見上げながら、宏はオランダに入国してからの出来事を日記に書き綴っていた。
 初めてのペンションと宿のおばさんとの思い出などにひたっていたその時、突然に窓の外から声がして、現実に引きもどされた。
 真夜中の1時である。
窓辺にかけ寄ると、下から多分近所の方であろう、何かこちらに向かって叫んでいる。 黙っているのも変なので、勝手に宏も「 何が起こったのか?」とか、「 どうしたの?」とか質問を発する。

 どうも怒鳴られているらしい。「明るくて眠れない」という意味の事をしゃべっている。
「明かりを消せ」と命令されて戸惑っていると、一階に灯がともった。
宿の値段交渉をしたインド人と、その近所の人とが現地語で何やらしゃべっていて、その後、近所の人は帰って行った。
 インド人曰く、「 何時まで起きているんだ。早く寝てくれ。」
「(郷に入っては郷に従えだ)。分かった。そうする。」
 宏も悪かった。 ここに着いてシャワーを浴びた後、疲れて2~3時間眠っていたので、ついつい遅くなってしまった。
 おまけに暑いので、分厚いカーテンは開け放ったままだった。

 それにしても「 所変われば人変わる 」である。
日本では真夜中のドンチャン騒ぎは苦情の対象だが、ホテルや宿屋で「 ライトを消せ。早く寝ろ 」とは怒鳴られない。
『 はるかに怒鳴り声や、そのインド人が買っている数十羽の小鳥のさえずりの方が近所迷惑ではないか 』と 理屈っぽいことを思いつつも、宏はじきに深い眠りに落ちていった。
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2009年11月18日 (水)

地図とサイクリングロード(オランダ)

『 6月1日。 今日はとても暑い日であった。今朝のスタートはオランダの西、ノルトバイカーハウトのユースホステル。
自転車仲間が数人、しかもご年配の方ばかり。最高齢は60才の一人旅の方であった。
私の子供達より年上のお子さんを持つご夫婦も仲良くサイクリング。
私(45才)の自転車旅行は、この国ではちっとも不自然ではない。
まさに老いも若きも皆サイクリングを楽しんでいる。
真っ平らな地形は自転車に適しているし、本当に道路が良く整備されている。
但し、「サイクリングロードはここ!』と、決めてかかられているのがちょっと面倒である。
 詳しい自転車用の地図が必要で、よそ者にはまことに走りにくい。』

 ベルギーからオランダに入国するとき、日本で言う県単位の自転車用地図を薦められた。しかしそれでは、以降の行く先々で詳細な地図を買い続けて行くことになり(高くつくので)宏は断った。
当然の結果として、道の聞き方には早く慣れた。
 
とにかく自転車道はあちこちで曲折しており、標識をたった一つ見落としただけで、とんでもない方向に進んでしまう。
一昨日だったか、民家の前で道をたずねた時、「ちょっと付いて来なさい」と、その旦那は宏を家の中に連れて入り、棚の奥の方から何か引っ張り出して来られた。

 「これは俺が若い頃、妻と二人で走った時に使った自転車用の地図だ。君にプレゼントしよう」
「えッ、いいんですか?思い出の品でしょう?」
「いいんだ。この地図のグリーンのラインに従って走りなさい」
「有難うございます」
「私達はこれからスイス旅行に出かけるんだ」
 なるほど、旅仕度の最中らしく、荷物が散乱している。

 その旦那はさらに宏を奥の納屋に連れていく。
「これが今私が愛用している自転車だ。あっちが家内のやつだ。その向こうにあるのは息子の自転車だ。 この二人乗りの自転車を見てくれ。これで家内と一緒にオランダの海岸線を走ったんだ」
「これだと奥さんが楽されましたね」
   「そうだ。私も若かった。ハハハ」
再び表に出て、道の説明を受ける。
 「ここをこう走って、ここでこう曲り、そしたらこの橋が渡れる」と詳しい説明を受け、その地図を見ながら走り始めた訳だが、それでもなお且つ、自転車の走るべき道を見失ってしまう。

 地図をプレゼントしてくれた地元の人は、彼が去った後も(自分が教えた通りに宏が走って行くかを)ずーっと見ていたらしく、宏がまごついていると自転車に乗って追いかけて来た。
恐縮する宏! 『なんと親切な人達であろうか』と、感心した。
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2009年11月17日 (火)

地球の大きさ(ペンションにて)

 女の子が好みそうな 綺麗な二階の小部屋が今夜の宿であった。
窓の外には田園風景が”切り絵”の如くに広がり、一番星が西の空に輝いている。
地平線近くの空にはまだ赤みが残っていた。
あまりに素晴らしい出来事に感動して、最初で最後となる絵葉書を宏の家族に出した。
風車のイラストが描かれた、いかにもオランダらしい風景の絵葉書であった。
 翌朝、どういう訳か宏は早く目が覚めた。
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 ベッドから見える朝霧を浴びた畑の景色が、えも言えず素晴らしかった。
もう一つの窓から朝日が差し込んで来た。5時頃である。
飛び起きて身を乗り出しつつ写真に収める。
 日が沈んだ辺りとあまり変わらない方角から朝日が昇ってくる。 辺りの色合いが刻々と変わっていく様子を飽かず眺めていた。

 この20年間、とにかくヨーロッパ縦断の旅にこだわっていた。『同じ夏至の日でも、場所によって井戸に差し込む日差しの角度が異なる ことに気が付いて、地球の大きさを測った人がいる。』という話を若い頃に読んで、感動したことがあった。
 日時計製作に熱中した時期もあった。 今回の旅でイタリアのピサに進路をとるか、あるいはベニスを目指すべきか宏はまだ迷っていたが、この朝日を見ている内に”ピサ”と進路が決まった。

 『とにかく南に下りたい』。
ガリレオが大小二つの鉄球を落として見せた”ピサの斜塔”へのこだわりは、旅の目的と無関係ではなかった。
『僕は地球の大きさを自分自身の目と足で確かめるために、この旅をやってみたかったのだ』。
 朝日の昇るのを窓越しに眺めながら、そう思った。
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 宏だけのために整えられたボリュームたっぷりの朝食をとり終えたあと、おばさんと別れを惜しみながらそのペンションを去って行った。
 かなり昔に作られたと思われる小さな堤防の上を走り、人気(ひとけ)のない海岸線を走る。
たびたび鳥が飛び立ち、リスが道を横切っていく。
木々の緑は何とも言えぬ落ち着いた”光”を照り返している。
日本では見かけない色合い! 『レンブラントだったかな』(と宏は思うのだが定かではない)こんな風景画があり、そのときは造られた絵の世界ではないかと思っていた。
『現実にこんな世界があるなんて』と、走りながら感動する。
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 夕日はなかなか沈まない。
花の季節は5月中旬までだそうで少し遅いが、それでも田舎道沿いには赤いけしの花畑、黄色い菜の花畑、チュウリップの花畑が帯状に広がっている。
 通りがかりのスーパーマーケットや小さな店で食料を仕入れて、そんな風景に見とれながら休んだり、走ったり・・。
 ピサは南だ。が、宏はまずはアイセル湖の北の端を目指して北へ北へと進んで行く。

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2009年11月16日 (月)

ダム堤防(ダイク)上を走る。シマノ製変速機?

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ドイツ語のレッスン。

 フェリーを降りた後、少し都会らしい風景と、風車のある田舎の風景とを交互に楽しみながら、北上して行った。この辺りの田舎では英語が通じない。ドイツ語の実地レッスンが始まった。 会う人々はみんな親切で、宏の勉強に付き合ってくれる。忙しくもしていない。天気も良いので皆、のんびりしている。見かけない日本人が珍しい自転車に乗って来たという訳で、有難いことに、止まって休んでいると相手の方から話しかけて来てくれる。

「ちょっと聞いてもいいですか?(これは久々の英語)」
「いいですよ。こんにちは!」
「この自転車は珍しい形をしていますが、、」
「こうなるんですよ」と、宏は自転車を2つに折りたたんで見せる。
「こう折りたたんだ後、バックに納めれば持ち運べるんだ。」
「フーン。でもあまり頑丈そうではないですね。」
「私の旅にはこの程度で充分なんだ。荷物も多くないし、そんなにスピード出す訳じゃない。」
 突然、「この変速機はシマノではないのか」
恐れ入った。シマノはこんなオランダの田舎町にまでも知れ渡っていた。
「これはシマノ製ではない。日本の製品品質は皆良くて、どこの製品でもいいんだ。テレビでもビデオでも皆そうだ」と、負け惜しみ気味の答弁をする。
「フ~ン。ところでこれから何処まで行くの?」
「アイセル湖の北の端まで」
「200Km以上あるよ。無理だよ」
「勿論、明日か明後日だよ、着くのは。」
「ひとりで寂しくない?」
「ああ、でも結構楽しいよ。君みたいな人に会えるから」
「頑張ってね」
 「ありがとう」
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 たびたび道を尋ねているのを見かけられたのであろう、わざわざ通り道で待っててくれて道案内をしてくれるオジサンもいる。
車はほとんど走っていない。
危険は皆無なので並んで進みながら、結局2時間位そのオジサンから”ドイツ語”のレッスンを宏は受けた。

 元ドイツに住んでいたというそのオジサンと別れてから大きなダム(堤防)上を走った。
オランダの西側には幾つかの大きなダムがあり、海からオランダ国土を守っている。
中学生の頃、国土の4分の1は海面以下と聞いていた。
一番大きなのはアイセル湖を形成するダイク(オランダの人々はこのダムを特別に”ダイク”と呼ぶらしい)。
そのダイクは、全長が30Kmとのこと。今宏が走っているのは最近完成した2番目に大きなものであるらしく、宏の持っている古い地図には載ってなかった。

 近代的なスマートな風車(日本でも最近はおなじみになった型)が河口近くに幾つも立ち並び、勢いよく回っている。堤防の両端には沢山の水門が並んでいて壮観の一語に尽きる。たまたま海水を引き込んでいる時間帯らしく、勢いよく渦を巻きながら流れ込んでいた。その上を宏は走った。
太陽は左手北の海上にあるが、なかなか沈まない。海の照り返しが強い。
 初めの水門の並びを通り過ぎたあと、北海側に少し広くなったコンクリーの上を走った。誰もいない海岸。勿論堤防の一部だ。
 何千羽、何万羽の海鳥が羽を休めている。
自転車の進む数十メートル前方で、次から次へと波打つように飛び立っていく。
「邪魔してゴメンね」と、話しかけつつ宏は進む。
時々、自転車の直前をうさぎやリスが驚いたように数匹ずつ横断していく。
 こんな光景の中を数キロ走った。
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田舎道でペンション発見!

 既に9時を回っている。そろそろ今夜の宿の心配を始めなければならなかった。
『初めての野宿になるかも知れない』。
 そう思いつつ、段々と夕焼けの増す田舎道を走り続けた。
その時であった。ペンションの横文字看板が突然目に飛び込んできた。
『まさか』と思って見直したが、確かに”ペンション”と書いてある。
 そばには1軒の小ざっぱりした農家があった。全くラッキーであった。

 呼び鈴を鳴らすと奥から人の良さそうなおばさんが、不安そうに出て来られた。
それはそうであろう。宏の身なりは黄色のウインドブレーカーと短パン姿、頭はクシャクシャで全身ほこりまみれときている。しかも太陽こそ照り輝いているが夜中の9時半だ。

 英語は全く理解できないようなので、ドイツ語で日本人であること、ベルギーを朝発ち、自転車でここまで来たこと、廊下でも納屋でも何処でもいいから泊めてほしいと、一生懸命手真似を添えて話した。
Photo_12  いくらか安心できたのか、おばさんは宏を中に入れてくれた。胸元からパスポートを取り出し手渡すと、「30ギルダー」と、紙に書いてくれた。即払う。
 おばさんは嬉しそうにペンションの住所が書いてある”しおり”をくれた。

 奥から旦那さんらしい人が出て来られた。この人は多少英語が通じるようだった。
「シャワーを使いなさい。」
「おなかがすいている。先に腹ごしらえしたい。よかったらここで食べさせてはくれないか?」
「材料がない。2.5Km先にレストランがある。そこで何でも食べられる。」
 「わかった。」

 荷物を部屋に置き、直ぐに出かけて行った。小さな田舎町の広場に気のいいマスターが経営するセルフサービスのレストランがあった。なんとか満足な食事にありつけた宏は、暗くなりかけた夜道を引き返していった。
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2009年11月15日 (日)

ゲントのお城。ブリュージュ。オランダ国境

次の日(第2日目)、ブリュージュまで移動。

 ブリュッセルのユースの朝食は7時であったが、意外に出発に手間取った。 昨夜うろついた市内を一周したあと、『ヨーロッパ駐在の友達に電話しておこう』として電話ボックスを探したが見つからない。手当たり次第に訪ね歩いた(携帯電話が発達した現代では想像もできない世界だ)。実際にブリュッセル市内を離れたのは11時近くである。
Photo_6  ゲント市までの平坦な道50Kmを走った。自転車での第1日目だ。無理はしない。
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それでも見る物・聞くものすべてが珍しく、ついつい時間を忘れてしまう。
 後で見ると、なんでもない田舎の教会でした。
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ゲント市に到着。向こうに見えるのが有名な「ゲントのお城」です。日本人の観光コースにもなっているらしい。
宏も一人前に市内見学を試みた。
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Photo_8  隅から隅まで”お城”を見て回っている内に、5時近くになってしまった。もう走るのはあきらめて、鉄道駅を探した。すぐ見つかった。駅で自転車を折りたたもうとした時、駅の中を移動する2人の女性サイクラーが宏の目に留まった。英語で若い女性達に話しかける。

「こんにちは。ちょっと聞いてもいいかな?」 「はい。なあに?」 「貴女達は電車に乗ろうとしているのですか?」 「ええ、そうよ」 「自転車をバッグに納めないままで、電車に乗せてもいいの?」 話し方がぎこちないせいもあったであろう、彼女達は笑いながら、「必要ないわ。この切符を買ってくればOKよ」。と、手荷物切符売り場を教えてくれた。

聞いてみるものである。電車の構造自体が自転車をそのまま持ち込めるように出来ていた。日本で得た観光知識とは大きな違い!ヨーロッパの電車は特急列車を除いて自転車を乗せる特別なスペースが設けてあるのだった。

あっという間に電車はブリュージュ駅に到着した。余りに早くすっ飛んで行く景色を眺めながら、宏は「もっとゆっくりと景色を楽しみたい。やはり、自転車のスピードが自分には合っている」と、思うのであった。

ブリュージュのユースはすぐに見つかった。 人なつっこいドイツ人とフランス人の若者が同室で、夕食を共にした。
Photo_10   夜のブリュージュはとりわけ美しかった。 彼らから聞いた話では、ヨーロッパ第一の”美しい街”なのだそうだ。

ベルギーオランダ国境付近にて(第2日目、5/31)

8時前にブリュージュのユースを出発し、オランダ国境に向かった。少し小雨のパラつく寒い朝だったが、まずは快調に走り出した。 国境目前でたまたま見つけた肉屋さんでソーセージ・アバラ肉・サラダ2種類を運よく仕入れることが出来た。
Photo_9
国境はいつの間にか通過していた。付近で日本円のトラベラーズチェックを使って2万円分のギルダーを購入。 オランダの田舎町であり、日本人がめったに来ないらしい。交換には相当時間がかかった。以降どこでもそうであったが、日本と較べ銀行の警備体制は厳重である。

小さな公園のそばで、さっき仕入れた食糧で早々と昼食を済ませた宏は、北に向かった。

 向かい風であった。しかも寒かった。  『もっとも、暑くて向かい風では堪らない』と思う。時々太陽が顔を覗かせてはいた。何人かの人と挨拶は交わしたが、なにせ田舎道。ほとんど人家もない。牧場のほとりで用足しを済ませ振り向くと牛が数頭物珍しそうに近付いて来て、宏を観察する始末である。

また走り出す。 広い平野に道がどこまでも真っ直ぐ付いている。左手向こうの方に土手が見える。さっき会った人は、その向こうが海(北海)だと言っていた。とにかく広い。山らしきものはいっさい見当たらない。

地元の高校生と方角が一緒になり、道路をはさんで大声でやり取りしながら走る。船着場で一緒になり、前後してフェリーに乗り込む。地図を広げて2人は話していたが、アッと言う間にフェリーは向こう岸に着いた。

日本に比べ、オランダはフェリーが安いのにはびっくりする(67円)。ちなみにアムステルダムで対岸に渡るフェリーは無料。 マースルイス近くで 20分間隔で行き来しているフェリーは64円。 流石(さすが)は運河の発達したオランダ事情である。

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2009年11月14日 (土)

ナポリ・サンエルモ城・卵城・サンタルチア

 宏の両親は十数年前にヨーロッパ旅行ツアーを楽しんで来ている。その母が久々に田舎に帰って来た宏に話しかける。
「宏ちゃんが送ってくれた日記は面白くて、3回も読み返したよ。最初はざっと、その次はじっくりと読んでみた。3回目はお父さんが地図を出して来てくれたので、二人で地名を探しながら、ここかな?あっちかな?と、確かめながら読んだわよ。」
「3回も読み返してくれたの?そりゃあどうも有難う。疲れたでしょう」
「下手な小説よりもはるかに面白かったわよ。自分の息子が行って来たということもあるし、私らもヨーロッパ旅行をして来ているでしょ。特にスイスの山越えをしていく辺りの情景は良く分かる。私らは登山電車だったけど、本当に山肌にへばり付くようにして登って行くんだよね。もし元気だったら、もう一度、行ってみたいけど、もう駄目だよね」
「そんなことないよ。電動の車椅子でも買って、遊び回ればいいじゃないの」
「・・、ところでローマやナポリにもいったんでしょう、私らもいったけど」
「うん、行ったよ」
「旅日記では省略してあったけど、その時の話をしなさいよ。ピサ駅前から夜行列車に乗ったんでしょ。あれからどうなったの?」
「あれから夜行列車に乗り込んだんだけど、特急寝台列車なので、自転車を置く場所がないんだ。切符を買う時に自転車を持ち上げて「これを持ち込むよ」と言ったんだけど、駅員がひどく怒った顔をして、何やら喋ったんだ。・・、」

 何となく駅員が、「それをおれたちに運んでくれというのか。自分で運べ!」と言ったように思った。

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2009年11月13日 (金)

旅の終わり(前篇完)

ナポリからカプリ島に向かう高速艇より、後方ナポリを見ています。Photo_26
Photo_27
色が変なのは、フィルムの画質のせいかな?
Photo_28
ベスビオ火山の裾野、ポンペイの遺跡の中、円形競技場跡。ちょっと眩しかったようです。



ポンペイの遺跡のワンショット1_4
V1
思い出の一枚です。レマン湖からブリッグ目指して走っています。後方に雪山が連なっています。ずーとこんな景色!

 宏はその後数日を、ナポリ・ローマ辺りで過ごした。 観光の島"カプリ"で少し贅沢してみたり、散髪したり、ソレントからナポリへの途中でポンペイの遺跡に立ち寄ったりしながら、日程調整し、予定通り 6月24日朝、ローマ発ブリュッセル行きの飛行機に乗り込んだ。

窓側の席に座って外を眺めている。 飛行機は一旦海上沖合いに出、それから海岸線に沿って北上を始めた。 空は雲ひとつない快晴で、いくつかの島も海岸線も、まるで航空写真のごとくに、くっきりと見渡すことが出来た。

後ろにベルギーの娘さんが座っていて盛んに歓声を上げ、宏に話しかけて来た。フランス語はあまり良く分からないが、こちらは英語で感動をしゃべる。 お互いに窓の外を見つめながら!感嘆!の声を上げている。

見たことのあるような海岸線が現れて来た。 大きな半島が海に向かって突き出ている! 宏が苦労して越えたラスペチア付近の海岸だった。 「 飛行機は現在、ジェノバ上空を飛んでいます」と、機長のアナウンスが入る。

その通りであった。 この海岸線を走ったのだ。 このアペニン山脈を越えて来たのだ。 向こうの方に大きな湖が、幾つか見える。 イタリア北部の湖であり、そのほとりを走った記憶が蘇(よみがえ)る。 高い山々、雪山が現れる。

『 アルプスだ!』 入道雲が巻き起こり、山々の立体感を増している。視界を妨げない適度な雲であり、遠くの谷深くまで見渡せる。 宏は機内雑誌の航路地図を広げてみた。『 ローマ・ブリュッセル間を結ぶ航路からすると、そろそろ"レマン湖"の上空に差し掛かるはず・・』 と思っている内に、特徴あるV字形の谷が 現われてきた。 谷に沿って道路がくっきりと識別できる。幅の広いのが高速道路、並行して走っているのが、宏の走った一般道路だ。

また機長のアナウンスが入る。「ただいま我々はモンブラン上空を飛んでおり、まもなく本機は、ジュネーブ上空に差し掛かります。この湖はレマン湖 ・・・ 」

期待もしていなかった事だが、その飛行機は上空1万メートルの高さより 素晴らしく澄んだ好天の下で、宏の走ったスイス・イタリア間のコースを見せてくれた。 偶然とは とても思えなかった。『何か大きな力が働いて、大自然が自分にプレゼントしてくれたのではないか』 と 思った。

ジュネーブからはフランス上空を飛び、ライン川 こそ見えなかったが、それでも小さな家々、街、森、畑・・と、上空からの景色は存分に楽しめた。 『 つくづく自分はラッキーな男だ。』 と思った。

ブリュッセルであわただしく乗り継いで、今、宏は成田行きの飛行機の中にいる。隣には「目白に住んでいる」という年配のご婦人が眠っている。 ガタガタと、ひどく揺れる飛行機だ。 出発も30分以上遅れた。ふと、自分の自転車の事が気にかかる。

『 ブリュッセルで首尾良く、この飛行機に"積み替え"られたかな?』 またガタガタと大きく揺れ、隣のご婦人も目を覚ましたようだ。急にシートベルト着用のサインが点灯し、ちょっと周囲が ざわつき始めた。 アナウンスがあった。しかし宏は、自分でも不思議なほどに落ち着いていた。

もう何が起こっても満足である。が、出来る事なら、許されるなら、無事に日本に帰り着きたい。」 最後にそう書き留めて、日記と撮り終えたフィルムをビニール袋に仕舞い、少し膨らませたままチャックを閉じた。それをウエストポーチに納めてから、おもむろに前傾姿勢を取った。
 耳がツーンと鳴った。 (前篇 完)

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2009年11月12日 (木)

ソレント・ポンペイ・ローマ(写真付)

「それからどうしたの。ソレントへ渡ったんでしょ?
「そう、次の日の朝早く島を抜け出して、ソレントに回って行った。母さんたちも確か、ソレントには行ったんだよね」
「一晩泊ったのよ。カンツォーネをオペラ劇場で聞いた。すごい迫力だった!」
「僕は通過しただけ。でも、港は特徴があって、それなりに良かった。街は絶壁の上にあるんだよね。町から港まで、長い長い溝のような下り坂があって、ちょっと面白い雰囲気だった。」 ・・・、

カプリ島で散財してしまって、手持ちのお金(リラ)がほとんど無かった。万一のために持っていたドルで、ホテルの支払を済ませようとは試みたが、
「あなたは昨日の交換レートを知っているか?」
「いいや、知らない( "リラ"と"ドル"の交換レートなんか、毎日宏が見ている訳はない)。」
「銀行で替えた方が賢明ですよ」と言われ、船賃だけをわずかに残してリラを使い切っていた。銀行を探し当てての"交換手続き"である。
「どこから来たのか?昨夜どこに泊まっていたのか、書きなさい」
「どこって、島から来た。ウーンと、カプリ島だ(すぐ名前を忘れてしまう)」
どこに泊まっていましたか?」
どこでもいいじゃないか、と思うぐらいにしつこい。まるで尋問である。
ホテル名は、白い猫という意味であったことは覚えている。もっとも白い猫の代わりに、朝食時に"黒猫"が足元を走っていたが、。
「ホワイトキャットだ。ホワイトキャット」
「 ? 」
「有名なホテルがあるんだ。そこに泊まった。ウーンと、ガット(=キャット)・・、そうだ。ガトビアンコ」
 真黒に日焼けして風体の良くない宏が、前夜泊まったホテル名を思い出すのに苦労しているのを見て、周囲の人達が笑っていた。
 お陰でこの"ガトビアンコ"というホテル名は一生忘れられない名前となった。
Photo_47
 ソレントからナポリまでは約80キロある。海岸沿いの曲がりくねった道は、ゆっくりとした登り坂で、かなり高い絶壁の上の町"ソレント"は段々と低くなり、遠ざかって行く。
Photo_48
海の色を含めて仲々の絶景であった。

 ポンペイの遺跡 は、ソレントとナポリの中間地点にある。その日はよく晴れており、進行方向にベスビオ山が見えてきた。その山に向って走る。休息も十分であり、久しぶりに気持ちの良い汗が流れ出る。



規模の大きさには"びっくり"。 こんな文明が紀元前に起こることも驚異だが、その強大な帝国が滅んでしまう歴史の流れも不思議なものだ。

 ローマの交通事情は良好であり、10時過ぎまで自転車で動き回って、ヨーロッパ最後の夜を満喫した。
共和国広場では、あるレストラン専属のバンド演奏が行われていて、広場中央の噴水のほとりで、宏はいつまでも聞き入っていた。

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2009年11月11日 (水)

カプリ島に来てしまった。----(写真追加)

 眠かった。安上がりだとは言っても夜行列車は疲れるし、充分な睡眠は取れていない。身動きできないほどの交通渋滞に飽き飽きして、王宮前の公園ベンチで仮眠を取った。「どこか静かな所でゆっくりしてみたい」と思っている内に、衝動的に船に乗ってみたくなった。
 大きな観光船が出入りするナポリ港は、すぐ近くにある。これまでケチケチしてきた反動で、宏はジェット高速艇に乗り込んだ。当時1000リラ≒80円で、片道 2400円。 自転車持ち込みのために、2人分の券を買わされてしまった。
 ナポリの近くに"ベスビオ山"がある。一瞬のうちに古代の都市ポンペイを滅ぼしてしまったというその山を、海から眺めてみたい。
島からはソレントに回り、そこから海岸線に沿ってポンペイの遺跡に立ち寄りながらナポリに帰ってくるという"にわか計画"だった。
 生憎(あいにく)と薄雲が出ていて、ベスビオ山はクッキリとは見えなかったが、世界的に有名な観光地を結ぶ高速艇の中である。案内書通りの眼を見張るような美人、スクリーンから抜け出して来たかのような ソフィアローレン張りのセンスの良い女性が、長い金髪を風になびかせていた。

 到着した島は"カプリ島"であった。小さな絶壁の孤島が近づくに連れて、『えらい所に来てしまった。』という自責の念にかられた。『このまま引き返そうか?』とも思った。
 自転車とは無縁の島ではないか、という"恐怖"が背筋を走ったのだ。
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 まあ、せっかく来たのだからと思い直し、一泊して帰ることにした。
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6月21日、 柔らかなベッドの上で目が覚めた。ナポリ近くにあるカプリ島のガトビアンコ(Gatto Bianco:白い猫)というホテルだ。年齢相応で、分不相応なホテルであった。そもそもが、島に渡ろうなんて思いつきで、切符を買ったのが間違いの始まり。自転車持ちなので2倍の料金を払い、ジェット高速船に衝動的に乗ってしまった。

『そのまま引き返すのはシャクだからと泊まったのがこのホテル。島の中腹に位置するこの有名なホテルは、島住民の誰もが知っていた。本日この島には、日本人は私だけだろう。とにかく眠かった。昨夜は夜行列車であり無理からぬ。島の坂を登った疲れもある。随分と暑い日だった。

『夕方、ごそごそと洗濯などを始めたが、陸に上がったカッパ同然で身動きが取れない。元々が自転車の無い(?)島なのである。タクシーとバイクが幅を利かせて走っている島。小さな島のくせにフニコラーレ(登山鉄道)が港と岡の上とを結んでいる。』

しかたなく今日は自転車を置いて、歩くことにした。

両手がしびれている。むくんでいる。毎日の振動で、自転車もカメラも相当の衝撃・衝撃を受けているのであろう。 とうとう日本から持ち込んだタバコが切れ、Marlboro を購入した。島のタバコ屋は少なかった。タバッキーと呼ぶらしい。

『ヨーロッパに来てほとんど見かけなかった散髪屋が目に留まった。イタリア北部で一度、本格的に探したが見つからず、あきらめていた散髪だ。"散財"ついでに入った。
 意外に安かった。(1600円位)。鏡に映る明るい海を眺めながらのヘアーカット。ここの散髪屋のおじさんは英語が話せた。』

 夕食を簡易レストランで済ませ、宏は島の端までぶらついてみた。"端"というのが300メートルはあろうかという絶壁であり、その絶壁にへばりつくように取り付けられた道だ。遥か下方にエメラルド色の海が見え、歩いていても少し恐い。
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 夕日は沈みかけていて島に灯がともり、綺麗な夜景に変わっていった。
13夜(いざよい)の月が出ている。
思えば満月の日に旅を始め、次の満月の日に終える。宏に取っては長い長い旅であった。
 充分に旅を満喫できたチャージ休暇であった。

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2009年11月10日 (火)

New viscous fluid calculation and the existence of Non-Flow-Layer

 from Hiroshima Hiro. Hiroo Oyama
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 I'll discuss about the natural convection, in which we can't neglect the viscosity. It occurs in a lamp within an electric bulb, or it occurs in a meteorological phenomena. It takes a long time to analyze the natural flow phenomena by the computer simulation.
 Heat-Fluid-Analysis dominated by buoyancy is a typical case. Partly departed the general method to solve it with the NAVIER-STOCKES' equation, I started to think about more convenient method.
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 In this paper, I'll introduce a method to solve conveniently these natural flow problems, especially dominated by buoyancy and viscosity. This method is in relation to the Poiseuille's law, used in the experiment to measure viscosity. But it shorten calculative time like an 1/100 or 1/10,000. This method has an assumption of non-flow-layer, which lays in the boundary near solids' surface, and has the calculations of local exchanging of heat fluid by the difference of buoyancy. This assumption bridges between the Limit of computer-simulation in which the space is departed only by finite division and the differential equation of continual fluid which is under the infinite division mathematically. Using this method, we can be free from the heat-translate-ratio and become to be able to do computation with speed and rationality.
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 Fig1(A) is the measured data(1) by Kondou, which is concerned to Logarithmic law. Its general formula is
    U = (U~/κ)*Ln(Z/Z0)      ・・・ (1)
,where U~; friction velocity{ =√(τ/ρ)},  κ ; Karman's constant, Z0 ; roughness height. Z ; observing height, U ; velocity on observing height.
If we assume that this equation is true in the nearest region from the ground, we can get Fig.1(B) under the condition (U~/κ) = 1m/s,  Z0 = 1.2cm.
Though this is a famous experimental equation, it contains an assumption that the air in some layer doesn't move substantially. We call it Non-Flow-Layer. Paying attention to the existence of this layer, I propose the new method( CURL ) for high speed heat-fluid-analysis.
 The definition of CURL
 There are 4 pieces of fluid element closed each other in Fig.2(A). This is the smallest model of natural convection, which is able to be happened by buoyancy. By 4 buoyancy(F1,F2,F3,F4), a rotational force is occurred in the center. The force C(the capital Letter of CURL) has the direction( counterclockwise : positive ), and defined by the following formula.
  C ≡ A*( F1-F2-F3+F4 )*L^3   ・・・ (2)
, where L is a side of small piece element, L^3 is the volume of one. Buoyancy(F1) has a unit of pressure force per volume, and A is a constant defined after. Except the C of the center, there are 8-CURLs, which are showed by sign "C". Each of them includes one or more solid matter, so C=ZERO is set automatically. Then, a half of the side (L/2) becomes to be defined as substantial Non-Flow-Layer.
Fig.2(B) shows "There are 6 small pieces of fluid matter, and they make influences with each other by buoyancy." For the fluid's moving volume, I want to suppose to be proportional to small time ⊿t, be proportional to the Difference of CURLs[C1-C2], be inverse-proportional to viscosity μ. A'/(4π^2) is a proportional constant which is described after. Then,
  D ≡ A'/(4π^2)*[C2-C1] ・⊿t/μ   ・・・ (3)
Exchanged A in (2) with { A'/(4π^2)・⊿t/μ }, then,
C ≡ { A'/(4π^2)・⊿t/μ・L^3 }(F1-F2-F3+F4) ・・(2')
       and,  D ≡ C2-C1            ・・・(3')
We can set 16-CURLs as C11~C44 in Fig.2(C), all except 3-CURLs around the center are ZERO. Through this treatment, for a composited flow as the arrows come up, which pattern, of course, changes according to the temperature distribution.
In Fig.3(A), there are two standing wall. When the gradient of temperature exists, a convection is occurred. According to the upper definition, nearest elements have the non-flow-layer(see C2: consists of A,B,C,D).
But this discussion is only concerned about the elements lined perpendicular to the wall, and is only concerned about the elements parallel to the Wall ( see C3 : of C,D,E,F, C1 : of G,H,J,K ).  So C3≠ZERO, C1≠ZERO. But C2=ZERO, because 2 elements(A,B) are inside of the wall.
Furthermore, Fig.3(B) is the case that several elements of wall are Lined diagonally, and the Non-Flow-Layer is happened as slant direction by the vector transaction. On a case that a mosaic model is set by the actual body's 3-Dimensional-surface, the surface of Non-Flow-layer happens to be like an off-set body's surface.
 Simulation examples.
 Fig.4(A) shows the finally determined flow. It shows the convection phenomena very nicely, especially in the nearest region of bulb, on which air moves bundling up the bulb, and the distribution of arrows of flow. 
(B) shows its temperature distribution. Nevertheless of simple and rough model, it has an reality. The center numeric of each square is the calclating result, and contour lines are drawn accurately from the numeric distribution. (A) and (B) are profiles. As this calculation was done in 3-definishion, any section's distribution can be drawn.
Generally speaking, there are three heat transmission types( radiation, convection, conduction). If the balance of three intensities is not suit to real world, the temperature's distribution become to be different far from the measured.
Fig.5 is the typical result of cylindrical lamp. Compared  the measured values ( X ) with the calculated curves, we can realize that they have a good coincidence and three intensities are treated in a good balance.
 Flow and Sequence of the calculation.
 (1) At first, Calculate the buoyancy distribution
    [ Fijk = Tijk/T0 -1 ]
Triple Do-loop[X,Y,Z] is set in program, and
 (2) Calculate CURL is memorized in CURL-DIMENSION-MEMORY one after another.
 (3) D-CURL is calculated as the difference of CURLs.
 (4) Subtract the heat-out from the element, and add the heat-in to it, and continue to calculate the distribution which is just after ⊿t.
 (5) Using these result, the upper (1)~(4) is repeated for the next ⊿t.
Compared to the general method with simultaneous equations, this method gives a very high speed calculation for you. The reason comes from that formula and calculation logic are extremely simple.
 Coincidence about CURL and P's Law.
 When we estimate the motion of fluid, we usually use the Absolute coordinates and the Relative coordinates. The former is the outlook of the observing phenomena, and the observing object, for example a flying-ball, moves on the screen. The latter moves with the observing object, and the ball can be seen at the center of screen and only the around air moves on it.
 Here at first, I'll describe about a Local coordinate, which belongs to the Relative. We make small cut pieces of observing space, and discuss about the average motion of substance in each cut piece.  ⊿t is a divided small time. the average velocity is called Vi. Here V0 is the vector of velocity which is averaged in nearest around area. In this ⊿t, suppose a corollary that moves with the vector V0. This is the local coordinates. If N is the number of cut pieces of observing space, there are N of local coordinates.
In the CURL method, we exchange and use the two corollary of calculation in every each ⊿t. Inertial force in this computation should be counted in only the absolute coordinates, and in the local coordinates it becomes to be nonsense. From the viewpoint of vector computation, Fluid path line is calculated as the total vector distribution, which is assembled with the distribution in local coordinates. In every each ⊿t, You can connect each vectors of local coordinates without contradicting to the law of continuation.
 The motion happened by buoyancy is the changing phenomena in the nearest region of observing point. The many local changing motions are combined, totalized without contradiction of the distribution of solid's element and of the temperature distribution of substance, and final stream line (exactly, path line) becomes to be appeared. For that reason that inertial force can be neglected on the each local coordinates, in each local coordinates in ⊿t, inertial force becomes to be negligible in NAVIER-STOKES' equation. This makes it very easy for the analysis of phenomena in the boundary layer.
 There is Hargen-Poiseuille's law concerning about the flow volume through a tube in ⊿t(sec.). ( G.Hagen,1839 ; J.Poiseuille,1840 )
 V = (π/8)・(r^4・⊿P・⊿t)/(μ・h)  ・・・(4)
where, V : the flow volume( cc ) in ⊿t, r : tube's radius( ㎝ ), h : tube's length( ㎝ ), μ : viscosity( gr./(㎝・sec) ), ⊿P : difference of pressure( dyne/(㎝・㎝)=gr/(㎝・sec・sec).
As this equation has a good coincidence to the experiment, it is often used as the method of viscosity measurement. That is why it is very famous. With this law, I leaded the equation how the flow volume should be estimated in the local coordinates where inertial force is negligible. Avoiding the details( ref. Fig.6 ), I'll describe the equation.
 D = A"/(4π^2)/・L^3・[ F23+F11-F13+F21 ]・⊿t/μ ・・・(5)
With C2 = (F23-F13-F12+F22)*L^3 and  C1 = (F22-F12-F11+F21)*L^3
the formula(3)  D ≡ A'/(4π^2)*[C2-C1] ・⊿t/μ ・・・ (3)
becomes to be
  D = A'/(4π^2)*[F23-F13+F11-F21]*L^3・⊿t/μ ・・・(3')
The constant A" is about 1, and we can set as A'≒A"≒1.
 ⇒ (5) = (3')
 So we can use the CURL-method as if adapting Poiseuille's law.
 Discussion
 Navier-Stokes' equation needs a lot of time and complicated calculations. This equation is perfect mathematically. But the practical division should be done and the practical model should be prepared. For me, it seems to be happened the unbalance between the accuracy of differential equation and the accuracy of mosaic modeling actually. CURL's theory itself is stepped with a moderate modeling. As the result, you can compute the flow with a moderate accuracy and with highest speed. You can be free from the Heat-translate-ratio, and CURL's method may have a value to be examined only for the convenience of first condition's setting.
 The boundary layer is defined as "1% less velocity range compared with the velocity of far from a solid surface." From this definition you can say that whole natural fluid phenomena is included in the boundary layer, and all observing space of phenomena is in it. In the nearest region filament coil in an electric bulb, Langmurer-sheath is known, which does not move substantially. It may be called Non-flow-layer. The CURL method is a theory that the layer like Langmuer-sheath exists in other flow phenomena.
 In the atmospheric boundary layer, Canopy-Layer is defined. It is explained to be a thin layer in which obstacles( buildings, trees, houses, etc.) are existed just on the ground, and a wind has a very different velocity and different direction in it, compared with the sufficiently upper wind. The wind in Canopy-Layer often blows to the opposite direction.
 We'll divide the air and the shallow ground into small cubes which each side has the double length of average Canopy-Layer. Suppose vi ; vector of average moving velocity in an i-element, Vi ; vector of sufficiently upper wind. Then |vi| << |Vi| !  When we discuss about an atmospheric natural convection including the influence of ground shape, I think it reasonable to treat the Canopy-Layer for Non-Flow-Layer.
 In the simulation of wings of airplane, we have to treat the air for a compressible fluid, and adiabatic change should be considered. In the shock wave which is happened around the wings non-reversible phenomena is happened like a viscous exothermic phenomena or heat conduction. As heat does go in and out locally, CURL's method in local coordinates seems to be favourable for it.
 There is D'Alambert's Paradox which means vortex never vanish forever. This paradox happens to be by the ignorance of viscosity. The CURL of this letter was proposed as a hypothesis to supplement the limit that space can be divided only by finite number in mathematical fluid calculation.
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References
1) Junsei Kondou : Introduce Meteorological Science, 1987, Tokyo-Daigaku-Shuppankai
2) Norihiko Sumitani : Continual fluid dynamics, 1969, Kyouritu-Shuppan-Sha
3) Takesuke Fujimoto : Fluid dynamics, 1970, Youken-Dou
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Fig.1 Logarithmic LawFig1_logarismic_law Fif2_definition_of_curl_dcurl

Fig.2 Definition of CURL & D-CURLFig3_nonflowlayer
Fig.3 CURL's occurrence on the nearest region around wall.

Flow_temperature Fig.4 Examples of computer simulation.
Comparison
Fig.5 When you turn the bulb, then the distribution changes.
In_a_local_reasion
Fig.6 In a local region, DCURL(Differential-CURL)=CURL2-CURL1 

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2009年11月 5日 (木)

境界層内の無流層の存在&高速の粘性流体計算法(まず絵図を繰って見て!)

1、はじめに
 自然対流と呼ばれる流れがある。小さくは電球熱源を内部に持つ灯具や、更に小さくはフィラメント熱源を内部に持つ電球内部の封入気体移動、逆に大きくは気象現象などもマクロ視点からは自然対流である。
 プランドル等によって流れ現象中の個体壁近傍に境界層が存在し、重要な意味を持っている事が明らかにされて来た。境界層は「物体から充分離れた流れ速度を基準にして、その99%速度限界内領域を言う」と定義されている。この定義からすると、自然対流は系全体が境界層内に埋没した現象 と言え、観測空間全体が境界層内現象 と言える。

 この論文ではまずローカル座標系について議論した後、境界層内現象の新しい捕え方を提案する。更には、例えばファン・クーリング・システムのような、強制対流現象を想定しつつ、薄い境界層を持つ強制対流問題に関しても、新しい提案が応用される可能性を示唆したい。論文全体を通して、熱流体に於ける熱伝達係数問題の解決の糸口を与える議論としたい。

2、ローカル座標系・絶対座標系・相対座標系
 流体の運動を計算する場合、絶対座標系と相対座標系とが一般的に使用される。絶対座標系は系を外から見た座標系であり、観測物体(例えば野球ボール)が画面上を動く系である。これに対し相対座標系は、観測物体と共に移動する座標系であり、野球ボールの中心位置は画面上で静止し、回りの空気のみが移動して見える座標系である。
 この章では、以下の章でたびたび用いるローカル座標系について、まず説明する。

2.1、慣性力が無視し得るローカル座標系の設定
 観測対象空間を小さな要素升に分割し、個々の要素升内に存在する物質の運動を考える。経過時間も微小分割し、分割された微小時間を⊿t、⊿t内でのある分割要素升内の物質平均密度をρi、平均速度をVi とする。
更に、ある要素とその近傍だけに着目して、その平均移動ベクトルをV0とする。
 ローカル座標系は、微小時間⊿t内で、このV0とともに平行移動を意味する事としたい。
空間構成要素がN個あれば、N個分のローカル座標が想定される。

 この論文で述べるCURL手法に於いては、⊿t秒毎に各要素近傍毎のローカル座標での計算と絶対座標での計算とを、交互に行う。即ち、各⊿t秒間内でV0とともに移動するローカル座標系で計算し、⊿t秒経過直後に絶対座標系に戻す変換を実質的に繰り返すことになる。
このように設定すると、完成力のほとんどは絶対座標系の中だけで考慮すれば良くなり、各ローカル座標系の中では、粘性力に較べ慣性力は無視し得る存在となる。

 乱流現象もこの観点で見ると、「ある要素とその近傍で構成されるローカル座標系が要素の数分だけ有って、流体各部の入れ替わり現象の結果が総合され、結合された流れ」として捕える事が出来る。
ちなみにボールと共に移動する相対座標は、ここでいうローカル座標がただ一つだけ有って、その大きさが系全体に広げられ、かつ経過時間全体に適用されたものと言うことが出来る。
 ベクトル計算の視点で説明し直せば、
絶対座標系での平均移動ベクトル分布(V0群)を計算し、その分布とローカル座標での速度ベクトル分布との合成ベクトル分布として、流れ現象を計算して行く事になる。
各種の連続の法則に矛盾しないように、各ローカル座標同士の”繋ぎ(つなぎ)”を⊿t秒経過毎に行って置けばよい。
 以下、度々、”ローカル座標”という言葉を使うが、上記の如く、”部分的な座標”という意味で使用しており、それが各場所毎に沢山あるのだと、御想像願いたい。

2.2、浮力はローカル座標において合理的に記述出来る。
 浮力によって起こる動きは、その要素近傍での入れ替わり現象である。その数多くのローカルな入れ替わり現象が、個体物質分布や流体の温度分布など、時と場合によって連続の法則に矛盾しないように組合わされ総合され、目に見える形の流れに表現されたものが流線(正確には道筋:Path Line)である。

 先ほど述べたように個々のローカル座標系内では慣性力が無視し得るので、このローカル座標系内に於いての流れは、”粘性力”が支配的である。ローカルにはその要素近傍のみの物性値と浮力によって物質移動が決定される流れであり、”完全粘性流体流れ”と呼べるであろう。それ故、⊿t秒内での個々のローカル座標系内に於いては、”ナビエ・ストークスの方程式”から慣性項を取り除く計算が可能となる。
 ローカル座標は、境界層理論でいうところの境界層内現象を分析するのに好都合な座標系である。

3、CURLの定義とシミュレーション計算例
3.1、CURL、DCURLの提案

(1) CURLの定義
Curl
 図1は4つの微小要素が隣り合っているところを示しており、浮力によって対流が起こる最小モデルである。4つの浮力(F1,F2,F3,F4)により、中央に回転力(:モーメント=力x距離)が働く。その回転力Cは反時計回りを正として、
 C≡(F1-F2-F3+F4)*L^3   ・・・(1)
        L^3:微小要素体積
これをCURLの定義とする。
浮力(Fi)は単位体積当たりの力とする。

Dcurl
 (2) DCURLの定義
 図2は6つの微小要素が隣り合って浮力が働いている状態を示している。隣り合う流体の移動量として、CURLの差分を用いたい。移動量は、[1] 時間⊿tに比例し、[2] CURL差分(C2-C1)に比例し、[3] 粘性係数μに逆比例するとする。比例定数とAとして、
DCURL≡A*(C2-C1)*⊿t/μ
  C2=(F23-F13-F12+F22)*L^3
  C1=(F22-F12-F11+F21)*L^3
∴ DCURL≡
A*{F23-F13+F11-F21}*L^3*⊿t/μ・・・(2)

 この(2)式は次の事を意味する。
・ C1とC2とで挟まれる部分の流体移動量(DCURL)には、F23,F13,F11,F21のみで、前後左右上下に隣接する要素範囲を越える部分に関しては(このDCURL部分には)影響を及ぼさない過程が設定されている。
・ (2)式の{ }内を整理すると、{F23-F13+F11-F21}={(F23+F11)-(F13+F21) }
Decleaseinclease_2  (F23+F11)がDCURLを加速し、
 (F13+F21)がDCURLを減速し、
その差がDCURL(空気移動量)に比例すると仮定された事になっている。

3.2 シミュレーション計算例
 具体的な実行例から説明しましょう。
次の図4、図5は、縦横高さが各々100mmの灯具と空中に浮かして設置し、灯具内中央に、24mm角の熱源を設置したモデル計算結果を示しています。
Photo
 熱源は電球を想定し、中央にフィラメント公言を配置し、24mm角の電球ガラス表面温度を図5の如く上面185℃、側面140℃、底面118℃と与えてあります。
Photo_2
灯具壁の厚さは2mmの設定です。周囲の環境温度(空気の温度)は28℃であり、灯具の周囲でも対流や伝導が起こっている。なお、全空間を12mm毎に区切り、要素数は約700個、処理時間は当時のコンピュータ(IBM4381-P02)で、約2分であった。(現在のコンピュータならば、”一瞬”の内に結果がグラフィック表示されます)。

 図4は安定状態に達した灯具流れの計算結果であり、各要素間の空気移動量(DCURL)から逆算された流線分布を示しています。
《非常に粗いモデルであるにもかかわらず、対流現象を上手に捕えているのが分かります。》
特に、熱源を囲むように流れる対流現象、熱源直上の流線が絞り込まれつつ上方に空気移動している現象、流線の密集度などが、注目に値します。

 図5はその温度分布ですが、これについてもモデルが簡単な割には随分ともっともらしい温度分布が得られています。等温線は各要素平均温度計算結果である立方体の中央の数値を元に作成してあります。なお、図4、図5は断面図ですが、計算は3次元計算がおこなわれており、任意の断面の分布も計算されているので、近年の3Dグラフィックス表示も一瞬の内に表示出来ます。
Photo_3
図6は、計算された灯具の温度分布を曲線で表し、実測温度と比較したものです。《実測結果に酷似した分布が得られています。》

 一般的に言って、熱の伝わり方には3タイプがあります。放射・対流・伝導の3つです。
シミュレーション計算時の条件設定において、もしこの3つのバランスが上手く取られていなくて、実世界に合っていなければ、計算結果は実測分布とかけ離れたものとなります。
電球の放射には指向性が存在しており、電球を90°回転させると、放射の影響が温度に現れて来ます。図6では、左側の(A)がフィラメントを水平にセッティングした場合であり、右側の(B)があ垂直にセッティングした場合です。
Photo_4

 図7は、図6の100x100x100の灯具の代わりに、100φx100の円筒灯具を設定し、実験とシミュレーション結果とを比較した図です。
  左半分はフィラメントコイルを横置きとした場合、右半分は縦置きとした場合の結果です。図6、図7の左右のグラフを比較することにより、放射・対流・伝導の強度バランスがほど良く設定されているのがご理解頂けると思います。

 4、ハーゲン・ポアゾイユの法則との関連
 粘性係数の測定に用いられるハーゲン・ポアゾイユの法則を用いてCURLとの対応関係を調べてみましょう。まずハーゲン・ポアゾイユの法則について概要を説明し、次にこの法則から求まるローカル座標での空気移動量式が、CURLから求まる式と”同じ形”になる事を示していきます。

4.1 ハーゲン・ポアゾイユの法則とは、
 細い管を通して一定時間内に流れる流体の量は管の両端の圧力差に比例し、管の半径の4乗に比例し、管の長さに逆比例するという法則です。(G.Hagen,1839;J.Poiseuille,1840)
式で書くと次のようになります。
 V=(π/8)・(r^4・⊿P・⊿t)/(μ・h) ・・・(4)
ここで、V:一定時間(⊿t Sec)内に流れる量(CC)、r:管の半径(㎝)、h:管の長さ(㎝)、⊿P:圧力差(dyne/C㎡)、μ:粘性係数(gm・㎝^-1・sec^-1)
 この式は実験と非常に良く合い、粘性係数μの計測手段としても常用されるという有名な法則です。

4.2 慣性力が働かないローカル座標系での流体移動量
 ハーゲン・ポアゾイユの法則を使用して、第3章にて検討したローカル座標系での流体移動量がどう表現できるか検討してみましょう。
第3章で用いた図3の中から、(F23+F11)のみ取り出し、図8のように表現してみる。
Photo
そうすると、煙突のようなパイプが形成されている事が分かる。
(F13+F21)に関しても同様の煙突が考えられるので、先ほどの図3は、その2つの流れがぶつかり合い、”力の大きい方に境界面が移動している”と考えて差し支えないであろう。更に、図9の様にパイプの中を細分化すれば、どの流路も同じ長さを持つ事が分かる。

 図10のような真っ直ぐなパイプと、図9のパイプは、流線に沿って細分化した流路超は同じである。今議論しているローカル座標内に於いては流体の慣性力は無視出来るので、粘性に「よる抵抗は、曲がったパイプでも真っ直ぐなパイプでも同じと見なせます。(注意:慣性力無視の意味は第2章でも予め述べましたが、分かりにくい処なの第6章にて再度議論を行う。此処はパイプが曲がっていても、真直ぐでも流管抵抗は同じと仮定して説明の筋を追ってほしい。)
 パイプの長さは、πL/2、便宜上、断面積はL^2=πr^2としてポアゾイユの法則を適用すると、⊿t秒間の空気移動量V1は
V1≒(π/8)・(r^4・⊿P・⊿t)/(μ・h)
=(π/8)・(L^4/π^2・⊿P・⊿t)/(μ・πL/2) ・・・(4)
浮力Fijは単位体積当たりの圧力なので、大気圧をP0とすると、圧力差⊿Pは、
⊿P=-(P0-F23)+(P0+F11)=F23+F11
と表せます。結局、
V1≒{1/(4π^2)}・L^3・{F23+F11}・⊿t/μ  ・・・(5)
同様に(F13+F21)に関して
V2≒{1/(4π^2)}・L^3・{F13+F21}・⊿t/μ  ・・・(6)
よって左右方向の空気移動量DCURLは
DCURL=V1-V2
≒{1/(4π^2)}・L^3・{F23+F11-F13-F21}・⊿t/μ・・(7)
が得られる。

4.3 CURL式とポアゾイユ式との対応
前節の(7)式と第3章のCURLの定義より導かれた(3)式とを並べて示す。
(7)⇒DCURL≒{1/(4π^2)}・L^3・{F23+F11-F13-F21}・⊿t/μ
(3)⇒DCURL=   A   *[F23-F13+F11-F21]・L^3・⊿t/μ
両者を見比べると、式の形は全く一緒であり、(3)式の比例定数Aが
  A≒ 1/(4π^2) ・・・(8)
であることが分かる。
 後の議論の関係上、浮力を気体の絶対温度で表しておく。
 Fij=(Tij/T0-1)・ρ・g ・・(9)
動粘性係数νは、ν=μ/ρなので、DCURLは温度の関数として次のように表せる。
DCURL(T)={1/(4π^2)}・L^3・
        {T23+T11-T13-T21}/T0・g・⊿t/ν・・(10)
ポアゾイユの法則とCURLとは密接な関係にあり、比例定数Aを適度に調整する事により、「CURL思想で計算する事=ポアゾイユの法則で流体計算する事」が示せた。
サフィックスを(i,j,k)と変え、ベクトル成分計算を行う事により、以上の議論は3次元空間でも成立する。

5 境界層問題と無流層の存在
 DCURL={1/(4π^2)}・L^3・
        {T23+T11-T13-T21}/T0・g・⊿t/ν
 この4章で導かれた空気移動量の計算式だが、{T23+T11-T13-T21}以外の項は、一般的に多くの場合、定数扱いが可能とされる変数である。CURL思想による空気移動量は、複雑な連立方程式を解く必要もなくCURL計算を繰り返し、その差分DCURLを計算していけば求まる事を説明して来た。
 上記の式ではCURL自体すらも計算式から消えてしまい、空気要素の温度の加減算を直接繰り返していけばよい事を示している。本当にCURL計算自体も不要なのであろうか?
 この章では、コンピュータ計算上設定されるモザイクモデルの、物質判断の考え方を検討しながら、境界層の中の問題がCURL思想の中でどう扱われているかを説明して行く。

5.1 モザイクモデルの物質判断とCURLの値
 結論を先に述べよう。
図1のCURL最小モデルで「4つの要素の内一つでも個体の所があれば、CURL=0[ゼロ]と置き、その場所では空気は入れ替わらない。」と規定する。
6要素モデル(2つのCURL)の図2を使って、この規定を付加的に説明する。
中段の1つでも(F12、F22の位置に相当する要素の内一つでも)固体ならば、2つのCURL(C1,C2)共に、ゼロとなる。また、左上隅のF13の所のみが固体ならば、C2がゼロとなりC1だけが残る。

 DCURLは[C2-C1]に比例すると定義してあるので、上式{  }内で消えていたT11、T22が、いきなりDCURLの式上に現れて来る事になる。これが{T23+T11-T13-T21}を直接計算してはいけない理由である。

 要素物質が何であるかを判断するためには、一般的に「物質分布を表すDIMENSIONメモリー」が設けられる。私は固体要素には負数を与えて置き、物質判断が短時間で行えるように計算プログラムを組んでいる。モデルがちょっと複雑になるだけで、分割要素数は1万個~100万個へと簡単に増えてしまい、物質判断計算と言えども馬鹿にならない計算時間が必要となるのを避けるためです。

 空気移動量計算の手順は概略以下のようになる。
1)、浮力分布[Fijk=Tijk/T0-1]を予め計算。
2)、縦・横・高さの3重の[Doループ]を組んで置き、
  片っ端からCURL[Cijk]を求め、CURL-DIMENSION-MEMORYに蓄えて行く。
3)、DCURLをCURLの差分として求めて行く。
4)、出て行った空気体積分の熱量を引き算し、入って来た空気の熱量を加えて、⊿t秒後の温度分布を計算していく。
  得られた温度分布を元に、1)~4)を繰り返す。

 連立一次方程式を解いていく従来の方法に較べ、この計算手順では驚くほど高速の流体計算が実現出来る。その理由は、式とロジックとが最高にSimpleであることに依っている。

5.2 無流層の存在
 電球内部のフィラメント近傍では、ラングミューアシースという実質上移動しない層(いわゆる無流層)が知られている。このラングミューアシースに相当するものが他の流体現象でも存在するという仮定が、このCURL思想内に取り込まれている。即ち、
「固体に流体が接している時、固体表面に実質上動かないと見なせる空気層が境界層内に発生する」という仮定である。これを無流層と呼ぶことにする。
強制対流下では境界層自体が薄いため、これまであまり問題とはされなかったが、自然対流下では観測したい系全体が所謂境界層内にあるため、この辺りの検討が重要な意味を持つ。

 CURL思想ではこの境界層問題が”設定モデルのち密さ・粗さ”と”数学上の理論の粗さ”とで精度を分担し、両者をバランスさせることによって、境界層問題の解決が計られていることを示したい。
*、図11は左上端の1ヶ所が固体の場合である。C11,C12,C22の3カ所のCURLは温度が一緒でない限りゼロではない有限の値をそれぞれに持つ。その結果温度分布状況によって、例えば→のような大きな流れが計算されることになる。
Photo_2
*、図12では、左端の2ヶ所が固体の場合である。CURLの定義からは、C11、C21間の空気部分にも流れは実質上起こらない事になる。

*、図13では、左上隅と右下隅の2ヶ所が固体の場合である。C11、C22の2ヵ所の回りでは流体移動が発生し得るが、流れは実質上分離したものとなる計算になる事を示している。

 このように見て行くと、CURL思想が境界層内の壁に近い部分での現象に対して、ある解決方法を提案してものであることが理解して頂けると思う。即ち、
Photo_3
CURL計算では、分割された最小要素の1辺長(L)の半分(L/2)がその現象での実質的な”流れが発生しない場所(無流層)”である、と決めている事になる。
 図14には、CURL思想での境界層概念について、特に壁付近の流速分布に関して、マンガ的に示してある。

5.3 対数則に於いても無流層がある。
Nonflowlayer
図15(A)は、近藤純正著「大気境界層の科学」P37より引用した、対数則に関する実測図である。横軸は風速を表し、縦軸に地表からの高さが対数にて取ってある。この対数グラフに観測値をプロットすると、ほとんど一直線上にデータは並ぶのである。この直線を下方に延長して、U=0となる高度が「Z0」であり、この「Z0」を空気力学的粗度高さ、または単に粗度という、と説明されている。

 3組の実測データは、水平方向に一様な平坦地という条件下での風速分布を表している。
この図で注目すべきは、U=0、Z0=1.2㎝ のポイントにて、3つの直線が集中(交差)している事である。
対数則を式で表すと、
 U = (U~/κ)*Ln(Z/Z0)  ・・・(8)
ここで、U~:摩擦速度(=√(τ/ρ)、κ:カルマン定数、
    Z0 :空気力学的粗度高さor粗度、
    Z :観測点高さ、U :観測点での速度
 この式を使って、(U~/κ)=1m/Sec、の場合に関して、速度Uを横軸にして書き直したものが、(B)である。この(B)と、図14とを対応させて見ると、「粗度の存在と無流層の存在とは本質的に同じ事を意味している」ことが分かる。

5.4 無流層であっても、壁面と平行な面内では流れが存在。
 図16には、X軸、Z軸に対し面直な2つの壁あ描かれている。
Curl
それぞれをX-Plane、Z-Plane とする。
 温度勾配が存在すると対流が発生するが、先ほどの議論からは壁に接する要素は無流層という事になる。(C2=0)。
 これは各々の面直方向に並ぶ要素間での議論であり、面と並行する要素並びに関しては(4つの面共に壁ではないので)CURLはゼロではないので、流体移動が起きる。(図16のC1、C3)。
Photo_4 この事は、図17(A)のような密閉容器に5x5程度の穴を開けたばあいには、ほとんど空気の出入りが発生しないのに対し、図17(B)のように、10x5の穴をあけると面積比よりは遥かに多くの空気の出入りが観測される経験と対応する。

 即ち、無流層とは面直方向に並ぶ要素間計算上の話であり、壁面と平行に並ぶ流体要素間では流体は動くのである。
なお、図18(A)は、対角状に配置された壁近辺に(計算上)発生する無流層が、ベクトル成分計算結果としては、斜め方向に現れる事を示している。
Photo_5
《 現実の物体形状をモザイク表現した場合に於いて、無流層は元の局面をオフセットした形で発生する事になる。》

6、議論
6,1 ステップ化が必要とされるモデリングと数学的正確さとのバランス

(1)、ナビエ・ストークス方程式に関して、
 ナビエ・ストークス方程式はあまりにも有名な方程式であり、色んな方面の流体現象の研究に使用されているが、非常に複雑な数値計算を必要としている。コンピュータ計算を行う場合に於いても、膨大な計算時間がかかることはともかくとして、境界条件や初期条件を再設定するだけで、数日の仕事になることは頻発する。
 その方程式は数学的には完全であるし性格ではあるのだが、実用上行い得る要素分割計算は要素がモザイク的にならざるを得ないこともあって、現実的には”モデリング精度と方程式精度とのアンバランス”を来たしていることが多々ある。

 ステップ化が適度に行われたモデリングの精度とバランスする形でCURL思想は理論自体がステップ化されており、実用上必要な精度内での、非常な高速計算を可能としている。初期条件設定が簡単という意味でも、検討に値するであろう。

(2) キャノピー層と無流層
 気象学では大気層内の地上に近い部分に、”キャノピー層”という薄い層えお仮定している。
Photo_6
キャノピー層とは、「ビルや林や木立ちなど地面に存在する障害物が存在する層」と説明されており、上空の風速・風向とは大きく異なる流速と持つ。極端な場合、上空の風とは逆向きに流れが観測される場合もしばしばである。
 大気層と地表面の凹凸を含む空間を「キャノピー層の平均厚さの2倍」で微小分割して、⊿t時間内での各要素のベクトル平均風速を vi とし、大気境界層より上空の風速を Vi とすると、|vi|<< |Vi|である。
 地形の影響を含めた大きな自然対流を検討対象としているのであるから、|vi |が非常に小さいこのキャノピー層を無流層として扱う仮定は、あながち不合理とは言えないと筆者は思うのである。

(3) ダランベールの背理からの脱却
 強制対流場に於いては、境界層は物体近傍の極薄い層である。プランドル等は、境界層近似を導入してナビエ・ストークス方程式を簡単化し、近代流体力学の道を拓いた。
現在、ナビエ・ストークス方程式を用いて、強制対流を扱おうという試みが各研究機関で盛んだが、特に熱伝達率の設定に於いて、使用上大きな障壁が存在する。極薄い層ではあるが、流れ現象で重要な境界層内の研究がもっと必要なのではなかろうか?
 筆者もナビエ・ストークス理論を覆す者ではないが、ダランベールの背理(D'Alambert's Paradox ; 渦は永遠に消えない)は越えるべきパラドックスと認識している。この論文んでのCURLの提案は、[連続流体の不確定性部分と、数値計算上避けられない”空間は有限数でしか分解できない”というジレンマ部分]を補う仮説として提案した。

6,2 ローカル座標での慣性項無視の意味
 第4章では、個々のローカル座標系内だけの議論に終始した。その中で慣性項は無視され、ハーゲン・ポアゾイユの法則を大きく捻じ曲げた管に適用した。ここでは第1章での結論「ローカル座標系では慣性項は無視出来る」を思い出しつつ補足説明を行っておく。
結論を先に述べる。
 左右の流れが入れ替わっても絶対座標系での平均速度V0には影響が出ない。ということである。

 計算中の要素個々のローカル三表系は絶対座標系から見ると、各々のローカル座標が持つ平均速度V0で移動しており、(分割された微小時間⊿t内では)系の重心がV0で等速運動している。この等速運動物体の塊(形が変形する流体)の中心付近で、右にある物体が点対称の位置関係に有った左の物体を入れ替わったとしても、平均速度V0には影響しないし、重心移動を加速する力も生まれない。回転加速度は起こり得るが、粘性力によって起きている回転加速度の方がはるかに大きいとので、打ち消されてしまう。粘性力による摩擦力や圧力が伝搬しあう部分的なバランス終始計算をCURL思想は支えていると言える。

6、3 CURLシミュレーションの応用と適用状の注意点
(1) 電球内部の自然対流例
 再度、小さな世界の議論を行いたい。
図20に、ある灯具内に電球をセットした場合のシミュレーション計算結果例を示してある。
Photo_7
・ 電球内部、灯具内、灯具外にて、対流現象が上手く捕えられている点。
・ ガラス球壁が灯具の壁での熱伝達現象が結果的に上手く表現出来ている点。
などに、注目して頂きたい。

続きを読む "境界層内の無流層の存在&高速の粘性流体計算法(まず絵図を繰って見て!)"

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2009年11月 2日 (月)

Compare with ground distance「地心距離」で比べると数占いの正しさが良く分かる. find better for a number of fortune.

2019/ 4/03 renewal Hiro. Oyama
(Japan geodetic society of supervision the Okubo s. (eds.), Asahi Shimbun) created more, 'is it true that the Earth is round "or" size and shape of the Earth-Yamaga Susumu" in was borrowed from the Web site. Thanks.

It is compared with ground distance in Everest is the highest peak of the mountain is not the "Best 10" as in the table below. Its highest peak is 6384.458 m.
地球が丸いってほんとうですか」(日本測地学会監修、大久保修平編著、朝日新聞社)より作成された《地球の形と大きさ-山賀進》Web site から拝借しました。感謝。
 地心距離で較べると、山の最高峰はエベレストではなくて、”ベスト10”は下表のようになるとのことです。その最高峰は、6384.458mとのことです。

山名(国) 緯度 標高(m) 地心距離(m)
チンボラソ(エクアドル: Ecuador) 1°29′S 6310 6384.458
ワスカラン(ペルー: Peru) 9°08′S 6768 6384.397
イェルパハ(ペルー: Peru) 10°16′S 6634 6384.125
コトパクシ(エクアドル: Ecuador) 0°40′S 5896 6384.054
キリマンジャロ(タンザニア: Tanzania) 3°05′S 5895 6383.952
カヤンベ(エクアドル: Ecuador) 0°02′S 5790 6383.947
アンティサナ(エクアドル: Ecuador) 0°30′S 5704 6383.860
ウイラ(コロンビア: Colombia) 3°00′N 5750 6383.855
チャンパラ(ペルー: Peru) 8°37′S 5753 6383.435
10 イリニザ(エクアドル: Ecuador) 0°40′S 5363 6382.270

ちなみに世界で一番深いマリアナ海溝のチャレンジャー海淵(北緯11°19′、標高-10920m、地心距離6366.324m)は、北極海海底(北緯78°46′、標高-5608、地心距離6352.000)よりも“浅い”、との記述もそのまま拝借すると、【マリアナ海淵(海溝)最深部の地心距離】と【地心距離最高峰】の差は、
6 384.458―6 366.324=18.134 ⇒18.134÷6370 x 100=0.285%
Challenger deep of the Mariana Trench by the way the deepest in the world (latitude 11 ° 19 ',-10920 m and 6366.324 m distance in mind) the Arctic sea (latitude 78 ° 46 ′, elevation-5608, 6352.000 in mind the distance) than "shallow", With and to borrow the description [of the Mariana deep (deep) deep in distance] and [land mind away Premier] the difference is
6 384.458-6 366.324=18.134 ⇒ 18.134÷6370 x 100=0.285%
 なんと、その差%は、ビー玉1個の3分の1(0.3333%)の更に0.85を掛けた値にまで小さくなるのですね。
 いよいよもって、一般相対性理論・数占いの正しさがわかりますね。~(^o~)~
 数占いは、月の引力や地球自転の引力の影響を内包した理論になっている模様です。
アインシュタインの相対性理論と占い師秘伝の数理論とは同じものだとの裏付けにもなったかな?蛇足でした。
 2014/ 7/10 23:45 Hiro.Oyama広.大山
 Wow, the difference between % 1(0.3333% marbles 1-3 minute's) is multiplied by a further 0.85 to smaller. It does not do what you know is the correctness of the general theory of relativity, numerology. - (^o~)~
 Numerology is tends to be on the theory that involves the effects of Lunar gravity and gravitational pull of the Earth's rotation. It was used as the backing and the same mathematical theory of Einstein's theory of relativity and secret fortune teller.  This was the icing on the cake. 2014/ 7/10 23:45 Hiro.Oyama
2019/ 4/03 renewal  Hiro.Oyama

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