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2009年12月27日 (日)

10)、若返り。関東の景色も捨てたもんじゃない

どんどん若返っている。 数十本はあった白髪もほとんどなくなり、頭髪は真っ黒に変わった。 自分でも不思議だ。 顔も、手足も、日焼けして真っ黒だ。 夕暮れの富士山がきれいだった!』

このゴールデンウィーク中、宏は体力チェックのため自分の住んでいる相模原を中心に、近県を動いてみた。 まずは八王子から青梅辺りまで。 次の日は一気に小田原まで往復。 帰宅は夜の10時頃となった。 一日置いた次の日は湘南海岸を走って城が崎で一泊し、三浦海岸を回って帰ってきた。

5月連休の最後の頃、旅行社との打ち合わせやユースホステル会員券のこともあって、新宿まで出かけた(勿論自転車)。 東京にもユースはいくつかあって、飯田橋には高層ビルの17階にも在った。 ちょっと恥ずかしくはあったが、その日思い切ってそこに泊ってみた。

「東京観光に便利がいい」ということで、海外の若者のたまり場にもなっている。同部屋となった大学生と一緒になって、外人ハンティングにもトライしてみた。 向こうに行ったら否応なしに話さなければならないのだ。少しでも勘を取り戻しておきたかった。

こじつければいくらでも出かける所はある。 翌朝は羽田に飛行機を見に行った。 『ひょっとしたら生きては帰れないかもしれない。』と大げさに考えて、洗足の伯父さんの家に立ち寄たりもした。 万一の時を考えて府中市に住んで居られる会社の上司宅も、自転車で訪問した。

関東の景色も結構いける。日本の風景もすてたもんじゃない。』

毎日行ったり来たりしながら、総計500キロ位を走った。段々と体力も付いてきた。 「そんなに走っていたら、ヨーロッパに行くまでにバテてしまうんじゃないの」と、妻は宏をからかう。 「ヨーロッパは止めて国内旅行にしたら」 とも言う。

かなりの距離を走ってみたのは自転車の乗り慣らしの意味もあった。ねじの緩みは自転車屋の兄さんが直してくれた。 自信も付き、少し楽天的になってきた。 仕事のことは忘れ、宏の頭の中にはアルプスの山々と、地中海の明るい海岸線イメージが次第に広がっていった。

迷い   宏はチャージ休暇をどう過ごすかについて、会社ではほとんどしゃべらなかった。 友人にきかれると、ただ、「ヨーロッパを旅行してくる」 とだけ答えた。次の質問は決まっている。 「奥さんと二人でか?」 「いいや、一人で」 誰もが”けげん”な顔をした。 もっともである。宏自身も、『この年齢では妻と二人で過ごすのが一番適切なチャージ休暇の過ごし方だ。』と思っている。

『妻がその気なら自転車での旅行をすんなりあきらめ、パック旅行で済ませたい。』 これは夢を捨て去るきっかけとして充分な理由となり得た。 しかし幸か不幸か、彼の妻は最近働き始めていた。 「休みを取るのは無理よ。一人で楽しんで来なさい。お金もないし。」

本人はあっけらかんといっているのは分かるのだが、宏にとっては相当にこたえる妻の言葉だった。 『 出来得る限り、安くやって来なければならぬ。』  新たな旅の条件が加わってきた。

6年前(長女が中学2年生の時)、あるきっかけからヨーロッパ縦断の夢がかないそうになったことがあった。某航空会社の新聞広告”夢募集”に入選したのだ。 その夢企画が、娘をダシに使った「娘と二人のヨーロッパ縦断自転車の旅」であった(特選からはもれたので、実現しなかった)。

「今回も一緒にどうか」と、誘いかけてみた。 「お父さん一人で行って来なさい。私は一人でスペインに行くんだ。」と、つれない返事が返ってきた。

宏はまだ、ぐずくずと思い悩んでいる。そんな訳でほとんどの友人には、自転車で縦断してくる事を明かさなかった。 もっとも『打ち明けたい』という気持ちも一方にある。 公言することで、気持を固めたいのである。 出発の2週間前(航空券を手に入れるまで)、宏の気持は揺れ続けていた。

5月28日、成田へ  とうとう始まった。成田までは遠い。5時半起床。娘達も見送ってくれた。 妻にたびたび「危ない事はしないでね。」と言われたのには閉口した。 『危ない限界を確かめに行くのだ。危ない訳がない。』とは言えない。 一応の準備はした。あとは成り行きでその日その日の臨機応変を自分に求めていこうと思っている。

上野で京成電鉄に乗り換えた。荷物が肩に食い込んで重い。自転車はバック込みで15Kg。 航空機の重量制限一杯の荷物をリュックに詰め込んである。 最悪を考えて寝袋も入れた。サイクリング友達の中には、「テントも持って行くべきだ」 「チェーンの予備も、タイヤの予備も持って行くべきだ。自分なんかはボールベアリングまで持っている。これがサイクラーの常識だ。」 とか何とか色々と助言してくれたが、止めて正解だった。 とにかく重い。

軽装備に多少の不安を感じつつも『 これで充分!』と自分に言い聞かせながら駅の階段を登っている。 シャツもズボンも予備はない。 必要なら現地調達を決め込んでいた。

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