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2009年12月 8日 (火)

憧れの”ピサ”へ続く道

 ラスペチアには寄らなかった。 ホテルでもらった観光案内地図によると、宿泊地点の峠は、海岸からかなり離れている。
もう峠を上り下りするのはコリゴリであり、川沿いに真っ直ぐ"マッサ"の町を目指すことにした。
 マッサの町の その向こうが、夢にまで見た"ピサ"の町だ。まだ雨は残っていたが、早めに出発!
"吊り橋"があり、"古い橋"があり、
通行止めの橋の横に大きなセメント管を並べただけの"特設の橋"があり、
その上を通って、ズンズン進む。
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人家が増えて来た。
車の数も増えて来た。 大理石の石切り場があるのか、あちらこちらに大きな石を集積した"石置き場"が目に付く。 立派な"お城"も沿道近くの丘に、幾つかあった。 この辺りは観光コースから外れているらしく、ダンプカーの方が乗用車より多い。

 貧しい地域なのであろう、乗用車のなかでも、軽自動車が目立つ。 日本では見かけなくなった三輪車が何台も走っている。懐かしい気持ちにもなり、後ろを押してやりたい気持ちにもなる。

 マッサの町近くで、ミラノから続いている高速道路と並走するようになった。 この高速道路は、ここに来るまでに何度も見かけたものだ。宏の登っている峠道のはるか下方を、トンネルを連ねて走っていた。 今は恨めしくは思っていない。 苦しかった昨日の出来事も、既に思い出の1ページと変わっている。

 距離計を付けていないので正確には分からないが、2500キロは走って来た。朝から晩まで走り続けてきた。アムステルダムで都会は嫌いだと思って以来、毎日毎日、大自然の中を走って来た。人々の素朴な心に触れて来れた。今日の夕方にはピサの町に着く。 ガリレオと逢える。ガリレオが大小二つの鉄球を落として見せた建物と逢える。
『 期待は落胆を生み、偏見は不幸を生む 』とは分かっていても、"ピサの斜塔"を思うとき、ワクワクしてくる気持ちを抑えられなかった。
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宏は今、20代の青年そのものであった。
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急に車が増え道路も複雑になって来た。道路標識を見失って高速道路に入りかけ、あわてて引き返してきて地図を見ながらウロウロ、キョロキョロしている。
『 どうも良く分からない』。
街角で信号待ちの車の窓ガラス拭きのアルバイトをしている青年達が数人"たむろ"していた。
他に尋ねる相手も見当たらず、ちょっと雰囲気は怪しかったが聞いてみた。
「あんたが進もうとしていた道はグニャグニャと込み入っていて、遠回りだ。引き返してあっちの道を走れば23キロ位で、ピサまで行ける。」 盛んに説明してくれる。しかし、
「それは自動車専用道路の話ではないのか?自転車では通れないのではないか?」と、宏はグズグズしている。その青年達はなにか早口でしゃべり合っていたが、急にその一人が原付にまたがり、エンジンをかけた。
「案内する付いて来い」
 原付とはいっても、自動車には変わりない。
自転車で追っかけるには、かなりキツイものがある。
宏が遅れると、交差点の入り口など、要所要所で待っている。
やはり、さっき紛れ込んだ高速道路入口を、先導の原付は入って行く。

 時々後ろからクラクションを鳴らしながら車が追い越して行くが、
『 まあいいや 』と後を追っていく。
結局、1キロ近く複雑な道案内をしてくれて、走るべき道に無事たどり着けた。
有り難かった。『 人は見かけで判断してはいけないな。イタリア人も親切だ!』

 高速道路と並走する一般道であり、他の車は時速100キロ位でぶっ飛ばしている。
当然、向こうの高速道路では、もっともっと早いスピードで走っている。
宏もチェンジを最上段に上げ、走り続けることが出来た。
気持ちの良いラストスパートとなった。
 ピサまで あと少しだ!

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