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2009年12月 1日 (火)

教えてあげない。ボンソワール。グラッチェ

 ヨーロッパの人々は皆陽気だ。 この旅を始めて間もないある朝、宏は例の如く道に迷いつつも「 多分こっちの方向!」と、田舎町の明るい住宅街を走っていた。
簡単な木の柵が庭と道路とを隔てている。
前方にかなり年配のおばさん二人が、井戸端会議を行っている。
その笑い声は遠くからも聞こえた。
宏は近づくと、何時もの様に気軽に挨拶(あいさつ)しながら、自転車を止めた。
 声のした方向に振り向きながらも彼女達は まだ、ほがらかに笑っている。

「道に迷ってしまった。ここはどの辺り?」と、地図を示しつつ聞く。
こういう場合、地図を真面目には見てくれないので、「ここぞ」と思う地名をローマ字読みしながら、「あっちの方向か?」と指差してみる。
 この辺りから宏も、井戸端会議に加えてもらえることになる。 

 珍しい日本人。面白い話題の提供は、道を尋ねる者の義務と宏は信じている。
一人は英語が少し、もう一人は現地語とドイツ語が話せた様だった。
30分余り カタコト会話 を楽しんだ後、「このボタンを私のために押してくれませんか?」と、カメラを渡した。

 素早く(ちゃっかりと)、もう一方のおばさんの側に立つ。
シャッターは押され、返してもらったカメラをケースに収めようとしたその時、おばさんがすまし顔で「 私ら二人を写してくれ 」と言っている。
『 フィルムがもったいない。』と内心では思ったが顔には出さず、『 国際サービス 』と割り切ってご要望にお応えする。

 直後に写してくれと言ったおばさんが「ゴニョゴニョ」と現地語で何かしゃべった。
目が少しいたずらっぽく笑っており、その目をそらす様にしてしゃべった。
気になってもう一人に「何てしゃべったのか?」と、聞くが、「教えてあげない」と、二人で笑っている。
 そう言われるとますます気になって、執拗に聞き返す。 ついに英語に訳してくれた。
「日本に帰ってから写真の下に、『 親切な二人のおばさんに会った。』と書いておきなさい」と、言ったんだそうだ。
Photo_4

 旅も終り頃 になるといちいち自転車を止めて道を尋ねるのも、面倒になってくる。
老眼の始まっている宏は、自転車のスピードを緩めないまま、片手で近眼用のメガネを外し、移動しながら地図に目を近づけて、地名をチェックする要領を覚えた。

行く先の地名をチェックしておいてから通りがかりの人に、
「メッサの町はこのずーっと向こう?」と、指さしながら大声で聞く。
 聞かれた方も心得たもので、
「スイ、スイ、スイ(そうだ。そうだ)。あと、30キロメートル。」と、答えてくれる。
「グラッチェ(ありがとう)」という短い会話が成立する。

陽気なイタリア人との出会いの一コマである。 東京ではこんな会話は到底無理であろう。

 スイスのある丘の小道、夕暮れのことである。
向こうから中学生らしい娘さん3人が、自転車で近づいて来る。( 宏は夕日を浴びながらペダルを踏んでいる。) 今夜の宿のことが気になって、3人娘が目には入っていても気が付いてはいない。
突然歌うように、「ボンソワール。ボンソワール。ボンソワール。」と、声を掛けられた。
あわてて、「ボンソワール(こんばんわ)」と応え返す。
 牧歌調の景色の中で、『 この辺りはフランス語圏なんだな。』と気づく。
  娘さん達の姿はもう丘の向こうに消えかかっていた。

この後宏は、運よく田舎の安ホテルを見つけている。
 3人の天使に逢ったような、爽やかなイメージが脳裏に残った。

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