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2009年12月 7日 (月)

ラスぺチアへの道は峠また峠

 ニースからジェノバ・ラスぺチアに続く 通称リビエラ海岸には、アペニン山脈が迫っており、切り立つ海岸が続いている。
野宿明けの宏は、荷物をまとめ(人の来ないうちに)、早々と出発した。
 海岸端を登っていく事が、初めのうちは、特には気にならなかった。
朝日が昇るに従い、海の色も黒から明るいエメラルド色に変わっていき、海岸に白い波となって打ち寄せている。
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 北海とも太平洋とも異なり、寝不足の宏にとっても、清々しい景色であった。
しかし、段々と足が重くなってくる。
朝早くから動き出したが、コーヒー一杯飲んではいない。

 初めて見るオリーブの艶やかな葉の輝きにも感動を覚えなくなるほど、お腹が空いて来た。
疲れていた。
日差しが暑い。
やっと見つけた喫茶の出来る店で、ショートケーキと小さなカップのコーヒーにありついたが、腹の足しにはならない。

 知らなかった。イタリアのコーヒーは量があんなに少ないことを知らなかった。
牛乳たっぷりのアメリカンコーヒーを、ガブ飲みしたかった。
坂を登ってまた下った。 すぐにまた登りである。
 [ ラスペチア 95 ] という道路標識らしき看板を目にする。
『 95キロ? 嘘だろう。』 と思ったが、どう考えてもそうとしか解釈できない。
宏の持つイタリア全土の地図を見ても、そんなに距離があるとは思えない。
訳が分からないまま、また坂を登り始める。 意識が"もうろう"としてきた。
 たまらなくなって坂道の少し広くなった場所で、仮眠を取った。

 パトカーらしきサイレン音で目が覚める。あわてて寝袋を丸める。
『 な~んだ。自転車レースの伴走だ。』( ツール・ド・フランス のレースではない様だが)派手なサイクルパンツをはいた何十人もの"お兄ちゃん"達が、目の前を走り過ぎて行った。

 今度の坂は、やけに長い。
『 どこまで続くのだろうか?』 思い出してみるに、朝の出発から何度か上ったり下ったりして来たが、その度に坂は長く・高くなって来ている。
 坂道はまだ続いており、海面は足元、かなり下の方に見える。おまけに道は海岸から離れ始めた。

 不覚であった。『 ジェノバから先は平坦な海岸沿いの道 』と、勝手に解釈していたのが大間違いであった。どうやら海に突き出した半島越えの道らしい( リアス式海岸?)。 ようやく向こうに海が見えてきて、宏は愕然となった。
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 道は二手、[ 海岸に下る道 ]と[ 山の上に登っていく道 ]とに分かれている。
足元はるか下方に海岸の村が見える。
その向こうには、もっともっと大きな半島が突き出していて、絶壁の海岸には 道らしきもの が有りそうにない。
 天気は良く、その気で登って来たのなら素晴らしく感動する景色も、今の宏には無駄であった。
 疲れがドーッと増してきた。

 気を取り直し、また坂を登り始める。
たまに追い越していく自動車が、恨めしく思えた。
何年か前の新聞で、ヨーロッパ自転車縦断の記録がジェノバで終わっていた理由が分かったような気がした。(詳細な地図で、この坂の事を事前に知っていたのであろうと思った)。

 宏は"日本手ぬぐい"を取り出し、鉢巻替わり とした。
流れ落ちる汗を止めるためである。
「自分で選んだ道ではないか」 と、声に出して励ました。自分を励ましながら登って行った。
 「自然よ、父よ、広大な父よ。
 僕から目を離さないで守ることをせよ。
 父の気迫を僕に満たせよ
。」 と、繰り返しつつ登って行った。

 この日宏は、3時頃にとうとうダウンし、峠のホテルに転がり込んで、そのまま倒れ込むように 3時間眠った。
夕方、勧められるままに、ピザを食べ、スパゲティーを追加注文して食べた。
外は雨に変わっていた。
シャワーは水しか出ず、エレベータ横の小さな安部屋で、また眠った。
 泊り客はほとんどなく、ガランとしていて、エレベータの動く音は1,2回聞いただけであった。
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