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2009年12月 6日 (日)

港町ジェノバで危険な野宿

アペニン山脈を越えた。峠には一方通行の小さくて古いトンネルが掘られており、信号待ちして進んだ。暗い暗い一方通行の小さなトンネルだった。
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  この峠を下るとジェノバ。地中海だ。今夜はそこに泊まろう。』
 
宏は汗をかいた服を着替え、ズボンをはいて"正装"し、峠のレストランで一人、ワインで静かな乾杯をした。
これが最後の峠であり、あとは海岸沿いの平坦な道が続くだけ。』 と思っての乾杯だった。
実はこの後、大変な事態が待ち受けているのだが、宏は知る由もない。
 安心し切っての"ワイン"だった。

 峠を下る途中で小さなペンションを見つけ、立ち寄ってみた。
英語が分かるマスターが応対してくれた。
ここで宏は欲を出し、宿賃の値切り交渉を始めたのだが折り合わず、"さよなら"することになってしまった。

 それからである。探せども探せども、空いた部屋が見つからない。
峠の下り坂も終わり、ジェノバの街中に入っても、どこもかしこも塞がっていた。
そのはずである。 その日は土曜日の夕方であった。
イタリア第一の港街であるジェノバは、アベックで満ち溢れており、彼らがホテルというホテルを占領していたのだった。
 日はとっぷりと暮れ、生暖かい風が肌をかすめる。

 その手の女性が数十名、20メートル間隔で客を待っている地帯を通り過ぎた。
『 彼女たちは客と寝る場所を、きっと確保しているのだろうな。』という想像は出来た。
しかし、『 恐い 』とも思ったし、『 妻に申し訳ない 』とも思った。
そう思いながら、ペダルを踏む力を強めた。
 街角に立つ警察官にも尋ねてはみたが、らちがあかない。

 既に11時を回っている。遂に宏は意を決した。野宿である
 ベンチで一夜をあかすしかない 
「イタリアは危険」という忠告が何度も脳裏によみがえる。まずは腹ごしらえにハンバーグを買って食べた。
 ジェノバの港の西の外れに街灯に明るく照らされた広い煉瓦通りがあった。
アベックが多い通りで、人目をはばからず、岸壁のあちらこちらで濃厚なキスシーンを演じている。
 『 ここが一番安全!』と判断し、ベンチに座って夜の更けるのを宏はじっと待った。

 一度たばこをせがむ"やから"が声をかけて来たが、毅然として追っ払う。
『 アベックは怖くない。子供連れも怖くない。酒に酔った男数人がかたまって近付いて来ると、流石に緊張感が高まる。』 ただ、顔にはその"緊張"が表れないようにして、平静を装う。
 真夜中の1時を過ぎると、さすがの港街も ぶらつく人は少なくなる。
おもむろに寝袋を取り出し、自転車と荷物を目立たないように置き直して眠った。
役には立たないとは思ったが、荷物・自転車・自分の腕 をワイヤーロープで結んで寝た。
『 襲われたら、襲われた時のこと。』 ことここに至っては仕方がない。
 とにかく疲れて寝入った。

 3時間ちょっとの間があっという間に過ぎた。空はわずかに白みかけている。
荷物も自転車も無事であった。おもむろに寝袋を這い出し、岸壁で海風に当たった。
無事であったことにホッとし、タバコを深々と吸った。
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