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2011年5月 5日 (木)

災ボラ記-2、港を守る堤防が消えていた!(女川港)

 水爆攻撃を受けた如くの女川港を通り過ぎて、見晴らし台に降り立った。観光案内地図には白い堤防が両側から百メートルづつ明確に描いてある。その港を守る堤防が忽然と消えて無くなっている!?!(両方で200mの長さか)
 眼を疑って何度も案内図と地形とを見比べてみた。よく見ると対岸近くにその痕跡らしきコンクリーガレキの残骸があるから見間違いではない。
その長くて大きい堤防をぶち壊して、津波はリアス式海岸深部(奥に入るに従って狭まくなる典型的なリアス式海岸)で30~40メートル近い大津波となって、港を襲ったらしい。
 先ほど苦労して通って来た海岸道路で見た光景は悲惨だった。4階建てのビルの窓ガラスは4階部分まで壊れているものもあり、鉄骨がむき出しになって、45度に傾いている建物もざらにあった。
 その上に、巨大な鉄製の船が乗り上げ、道路を塞いでいて(私の車は車高の低いスポーツタイプだが)通過出来そうにない。かろうじて海岸道路を迂回して抜けた所だった。
 ショックだった。
三陸海岸に入った最初のこの光景はショックだった。
辺りは暗くなりかけていた。その見晴らし台で野営(野宿)することにした。食糧が乏しい。ガソリン残量も半分以下であった。この先予備タンクのガソリンを使うことになるかも知れない。米をとぐ水も積み込んできた水となる模様。
懐中電灯の電池節訳を考えつつ、寝袋に潜り込んだ。
 2~3週間後に再度、女川海岸を走る機会があった
 自衛隊は大したものだと正直に思った。あの巨大な鉄製タンカーは跡かたも無く(?)取り除かれていた。代わりにちっとも倒れた形跡のない3階建位のビルの横壁が目についた。
 『あの大きな津波でも倒れないビルもあるんだ。』
そう思いつつ妙な横壁に目が停まった。壁面がごつごつしているのだ。近づいて良く見ると、それは津波に襲われる以前は地面に接していた面であった!
ちっとも倒れたようには思えなかったビルが、実は90度横倒しにされたビルだった!
 片づけはかなり進行して最初のショッキングな映像は薄れつつも、それでも新たなショックが襲ってきた。

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