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2011年5月 6日 (金)

災ボラ記-3、電気NG水道破壊、気仙沼本吉町ボラセンにて

 河口近くの橋が破壊されており、大きく迂回しつつ海岸線沿いに北上を続けた。途中何度か山道に紛れ込みつつ、15時頃に気仙沼本吉町ボランティアセンターにたどり着いた。
 型どおりの登録を済ませ、一応説明を聞いた。作業は明日からとの事だった。「弁当持参で8時30分に集合」との事。「弁当や食糧調達などは、目の前のスーパーで」とも言われた。トイレは仮設トイレ。宿泊は車中泊。・・
 覚悟の上とは言え、個人ボランティアに取ってはかなり厳しい条件だ。
 日が暮れるまでにはまだ時間があったので、陸前高田まで足を伸ばし、引き返して来て車中泊。その日はそれで済んだ。
 あくる日から汚泥除去作業が始まった肉体労働としてもかなりハードなものだった。台所にも風呂にもトイレにも汚泥は満ちていた。津波が襲って既に一ヶ月近く経過していた。床板も腐りつつある。一輪車で重い汚泥を運びつつ一瞬身体が空に浮く感触後、軽いショックがあった。足が床にめり込んでいた。幸い怪我はなかった。
 雨交じりの中での作業であった。津波は川をさかのぼって来たそうだ。一階の天井近くに浸水痕があった。部屋の中は何処もゴミだらけであり、鼻の穴は黒い鼻糞でつまった。
 何とか作業を終えて、ボラセンに帰り着いた。16時頃である。水は供給されていないので、汚れた手も洗うことが出来ない。作業報告を終えて、『さあ今夜は何を食べようかな?』と思って見ると、目の前のスーパーが閉まっている様子だ。
『これじゃあ明日の昼食弁当は?・・・』 それ以前に今夜は何を食べようか?米を炊くにはまずとがなければならないが・・、何処でとぐか?、車に積み込んで来た貴重な水でとぐのか?
地図を調べた。20㌔ぐらい離れた所に道の駅があった。雨の中をそこまで食糧調達に出かける。
 その道の駅のトイレで米をといだ。雨に濡れつつご飯を炊くのは難しい。店長と交渉してみた。
「気仙沼でボランティアをしています。ご飯を炊くのに軒先を貸して欲しい」
「今日一日ならOKです。ボランティア御苦労さまです。広島からですか・・」
という訳で、軒先を借りて炊飯作業を行えた。
 雨は降り止みそうにない。積み込んで来た自転車などを出さないと車の中では寝れない。雨に濡らしたくはなかった。『自転車などを濡らさないで済む野宿場所は・・?」と付近を捜し廻った。
 空家らしき農家の軒先を借りることにした。
夜中の8時頃だったか、寝ている車の周りがヘッドライトで照らされた。かなり意識的に照らし出されていて自分の車の周囲を人が動く気配がする!
『仕方ない。正直に謝ろう。早い方が良い。』
「済みません。気仙沼でボランティアしているものです。空家と思って(雨が降るので)ここで一晩車中泊させて頂こうと勝手をさせていただいてます」
「・・我々も炊き出しだとかなにやかやとやって来た。泊まるだけならいい」と、許可が下りた。
 あくる朝、車の窓が全て凍っていた。東北地方の山の中である。寒かった。

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コメント

AKAIK you've got the awnser in one!

投稿: Espn | 2011年6月 1日 (水) 04時46分

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