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2011年9月 9日 (金)

浜辺のキツネ-7 ( 乞食とボランティアの境目 )

 初老のキツネは時々「けちんぼう」と呼ばれた。青年時代には「吝嗇家(りんしょくか)」「渋ちん」「どけち」・・とも呼ばれた。同じ事である。
 「何でも捨てるのはもったいない。」とまず思う。『何かに活用できないか?』と常に考える。生まれついてからの(物心付いてからの)習性であり、それを製品開発という自分の仕事にも生かして来た。
 今、東北でボランティア活動をしていて当惑したのであった。ともすると自分自身が乞食(こじき)と区分け出来なくなる のだった!
 どちらも収入は零(ゼロ)。生き抜くためにケチケチ戦略を実行する。腐ってない限り、手にした食物は食べる。風呂には”ただ(無料)”でなければいつまでも入ろうとしなくなる。 もちろん、着た切り雀(すずめ)。・・・
 「志(こころざし)が違う!」と言いたいであろう。しかし、被災者の内に見え隠れするもの(エゴ?)が、ともすれば その思いを打ち砕く!
「私はどうしてここ東北の被災地にわざわざやって来たのだろうか?」と、キツネは悩んだ。
『 瀬戸内海の小島に帰ろう。 この辺りがボランティアの限界なのかも知れない。』 そのように 初老のキツネは思った。
 被災地の一つである宮城県亘理町を離れて高速道路に乗った。来る時はつぼみだった辺りの桜の花は散ってしまい、葉桜が緑を競っていた。
磐梯山近くのサービスエリアだったか、初老のキツネは気抜けしたようにぼんやりと辺りを眺めていた。
 その時、放心状態の薄汚い初老キツネを見た中年ウサギ が、声をかけた。
「 ボランティアなさっていたのですか?」
「 ええ、そうですが、、?」
「 それは本当に御苦労さまでした。有難うございました。私の家族も一人、この震災で亡くなりました。でも、私なんかまだいい方です、行方不明であった家族が五体満足な遺体 として見つかったのですから。
 今も行方不明の方々が、1万人近くおられます。その方々に較べれば、私なんかは幸せです。
 遠路はるばるボランティアに駆けつけて下さって、本当にありがとうございました。」
 これを聞いた初老キツネの眼から、おもわず涙があふれ出した。
『 この一言でいい。この一言で私は救われた!』
『遠い瀬戸内海の小島から わざわざ来た甲斐があった!』と思ったのだった。
「大人のイソップ(浜辺のキツネ)」
  通読感謝!2011,9,06 大山宏

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コメント

久々に、浜辺の狐(大人のイソップ)を読みました。目頭が熱くなりました。感謝!もう3年と3カ月経過ですか、早いものですね。

投稿: ひかり | 2014年7月 2日 (水) 14時06分

東北大震災の発生から5年半が経過しました。そこにボランティアに駆け付けた体験談を物語にしたのでした。離婚騒動の真っ最中でした。この時にはまだ離婚に応じてはいなかったのでした。自叙伝みたいな物語ですが、6年も経って読んでも涙があふれ出して来ます。赤裸々に語ったこのお話しから何かしたを感じ取って頂けるなら、幸いです。
 婚活中に得たノウハウは、「澄子の回想」にまとめてあります。合わせてお読みいただければ、あなたの参考になるのではないかと思います。
 改めて申し添えますが、私(大山宏)は再婚でき、先日、2度目のヨーロッパ新婚旅行(観光たっぷり北欧周遊8日間の旅)を新妻(ひとみ)と終えました。努力はするものです。貴女の夢もきっとかないますよ。心から応援しています。大山宏

投稿: | 2016年9月 2日 (金) 01時47分

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