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2011年11月

2011年11月30日 (水)

料理が苦手な私が作った料理「肉肉野菜炒め」

水も電気も無い(自衛隊が提供してくれた風呂だけが有難かった)気仙沼ボラセン(:ボランティアセンター)に1週間余り滞在の後、東北自動車道を北上した。

途中、雪で覆われた岩手山の姿が美しかった。家内と二人で平泉辺りを散策する夢を語りあった事も思い出された。しかし今はそれどころじゃない。一路北へ。八戸を目指した。

八戸は、津波はそれほど高くはなかったらしい。
ウミネコが繁殖する岬の神社を訪れてみた。
 足の踏み場が無いほどにウミネコが戯れている。別世界に来たような錯覚を覚えた。
 海岸線沿いに岩手県山田町まで下って来た。
 そこで改めてボラセン登録。

活動内容はドカチン作業が主だ。縁の下に数え切れないほど潜って泥搔き作業をした。
1回だけ料理補助者として、(この料理が苦手の私が) 「肉肉野菜炒め」なるものを作った。やまいも"大根おろし"でする経験もした。何せ30食分ですからね、摩り下ろすだけでも大変ですよ。
どういう訳か(自分の作った料理は食べさせてもらえず)、調理後に、新たに自分の為の夕食を別に作らなければならなかった。

1日だけボラセン休み日があった。
親しくなった友と一緒に近くの海岸を車で散策した。蝦夷鹿 リス が道端でノンビリしていた。

 山田町には10日位居ました。

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2011年11月29日 (火)

東北太平洋岸沿いに、一路北へ走る

私は理学部物理学科の出身ですから(まことにしつこい)全体の被害状況が把握したかった。
お世話になった中村神社に御別れし、
海岸線を北上して気仙沼まで移動して行きました。

途中(近くに女川原発のある女川港を通った時)、目を疑ったのでした。

道路わきに立っている観光案内地図の大きな看板に描かれている堤防が無い!」のです。津波はあの大きな長い堤防を完全に砕き、その奥にある港を襲ったのでした。
1000トン級(?)の船が町に乗り上げて道をふさいでいたり、ビルディングを90度横倒し にしていたのでした。
 
気仙沼までの道は本当に心細かった。被災した海岸線沿いに北上したので、道は至る所でめちゃくちゃです。自衛隊が頑張ってくれてかろうじて通行できましたが、迂回中に山道に紛れ込んだり大きな橋が通行止めであったり、ガソリンの欠乏(ガス欠)を本気で心配しました。
 食糧の心配もしなければならなかった。
飯米は持っていても、炊飯が出来そうな場所もない状態。第一水が手に入らない(米が磨げない!)
パンも弁当も手に入りそうにない。
 愛煙タバコ「セブンスター」が手に入らない。フィルターの生産工場がやられたとの事だった

 

 

 

 

 

 

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2011年11月28日 (月)

桂浜は桜が満開、東北地方には雪が舞う、という縦長の国で

尾道から自宅経由で三次インターから中国自動車道に入り、北陸自動車道で新潟経由、福島県入りしたのでした。
途中途中の休息所でも情報を求めると、色々と親切に教えて頂けた。
磐梯山の手前で夜中9時頃、野宿となった。

あくる日起きてみてビックリ。自分の廻りが雪の壁 だったのです。寝袋二つ+布団にもくるまって寝たのですが、寒いはずです。
「四国高知の桂浜では桜が満開だったのに、、」
  日本列島は本当に縦に長い と思った。

 福島県に10日余り居ました。お世話になったのは相馬市中村神社でした。相馬馬追い祭り で何度か報道があったので御覧になった方も居られるでしょう,あの中村神社です。
 ある縁で,「チームSOS」に合流して活動出来たのでした。
被災状況は目を覆うばかりでした。「言葉にならない」という言葉をたびたび耳にしますが、まさにそれです。
テレビの画面はいくら大きくても視角度で30度程度ですが、実際に現地に立つと
360度のパノラマ世界なのです(立体角で倍率計算するなら、12x12=144倍以上の印象違いが出て来るのです)。
 出来得る支援に、私も汗を流し続けました。

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2011年11月27日 (日)

四国への旅 一転、東北被災地へ 

 震災発生の1カ月前から四国松山の友達の所に遊びに行く計画をしていました。しまなみ海道 ちんたらチンタラ と自転車で松山まで往復する計画でした。そこに震災が発生。
 悩みますでしょ「行くべきか行かざるべきか?」
でも前からの約束だったし、「来るな来るな」と言われている東北被災地には飛び込めません。 意を決して
(自転車は止めて””で)松山を目指しました。
 友達の家に3泊、佐多岬(野宿)~足摺岬(野宿)~桂浜(野宿)と、海岸線を舐めるように走り、雪の石鎚山を眺めつつ尾道の“海の家(周知の隠れ家)”まで帰って来ました。

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2011年11月25日 (金)

海の家での生活  雪が舞っていても何故か心が暖かい

 私の場合両方の家族から離婚を迫られて、丸9ヶ月間逃避生活を海傍で過ごした訳でしたが、海は暖かさが満ち溢れていました。暇にまかせて海岸清掃(ボランティア)を行いながら、朝日夕日の美しさに見とれました。

 風が強い日も雪が舞う日も、何故か心が温かかったのを覚えています。近所のおじさん達おばさん達が大根や玉ねぎ、白菜、などや、獲れたての魚などを食べろ食べろと持って来てくれました。
 雪の舞う暗闇の中で米を研ぐ時も、何故か心は暖かかったのを覚えています。

 そんなある日(3月11日)、あの東北大震災のニュースが、あの東北大震災のニュースが、[ねじれたテレビ画面]を通して報道されたのでした。私は何か複雑な気持ちでした。
『 このままこの瀬戸内海でボランティアしていていいのだろうか?』
『 同じボランティアなら(海岸の清掃なら)、本当に困っている東北の地で、ボランティア活動すべきではないか。』

 しかしニュースでは「よそ者は来るな。来るな」と再三放送を繰り返していたのでした。

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2011年11月24日 (木)

カーネーション( 朝ドラ ) 画面がねじれるテレビ

朝ドラは昨年から必ず見るようになった。離婚騒ぎが本格化した昨年末の( "海の家"に逃げ込んでいた )当時、近所のおばさんが「古いテレビで良ければ、」と[画面がねじれるテレビ]を下さった。

 それで朝ドラを見続けた訳でした。
ご存じ7月には地デジ対応が必要でした。アンテナと小さなテレビを買い込んで、見続けましたよ。

 前回の「おひさま」のストーリー展開も内容も中々良かったし、今回の”カーネーション”も「面白い」と思いつつ、朝と昼の2回!シツコク暇つぶしで見ています。

 一般的に言って、ドラマは全て、現代人の現状感覚に合わせて作られているようです。特に老いらくの恋愛 にとっては「朝ドラ」は良い参考資料のようです。

 

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2011年11月22日 (火)

メール交換 「短く、タイムリーに返信する。」のがノウハウ

 相手からのお返事が短い?
私はどうしても長々 シツコク なってしまう。
『なぜ?』と不思議だった。

理由は簡単だった。相手の方はお仕事を持っておられ忙しくしておられる。こちらは年金生活者であり暇を持て余している身だ。
自分のペースを全面に出したのでは相手の方が付き合いくたびれ来られるはず、と納得した。

 若い人たちの多くは、携帯電話でメール交換をされている。勿論私もEメール交換はやって来ていたが、操作はパソコンの数倍、時間がかかる。

「短く、タイムリーに返信する(一言ウイットを付け加えながら)」というのがノウハウらしい。

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2011年11月20日 (日)

老いらくの恋 永遠の青年 イメージ人

 若い頃のようには行かない。行くはずもない。
婚活を初めてまだ
10日経ったか経たずか?
ノッツェ姉さんの指導に従い、訳も分らずに、5名の方に申し込んだ。
 その日の内に2名の方からお断りのお返事があった。
 3日後には3人目の人からお断りが来た。ショックだった。

 いくら気が若くて『永遠の青年よ!』と思っていたって歳である。
若い人達を押しのけてまで、我武者羅に頑張る気はない。
でも寂しい。
38年間の人生全てを失ってしまって、一人自分自身のためだけに食事の準備を続けるのは苦痛であった。
 もう婚活も止めようかとも、思った。

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2011年11月16日 (水)

アトンの娘[ツタンカーメンの妻の物語(里中満智子)]は圧巻でした。Aton's daughter the story of Tutankhamun's wife.

 2018/09/24 rewriten by Hiro. Oyama 5
アトンの娘 Aton's daughter: the story of Tutankhamun's wife was a sight to see. ツタンカーメンの妻の物語(里中満智子)]は圧巻でした。
 私は漫画愛好家の一人ですが、少女漫画は嫌いでした。理由もなく揺れる心、男心を弄ぶような女性心理が嫌でした。東広島市福富町図書館で、つい手に取って読んでみたのが「ギリシャ神話(里中満智子)」でした。それで興味を持ち、今回「アトンの娘 を読んでみました。中々良かった!
 Aton's daughter [the story of Tutankhamun's wife (written by Machiko satonaka)], was a sight to see. I is for comic book lovers who didn't like girl’s manga. For no reason did not want female psychology mind swinging the way that plays like that. ‘Fuku-tomi’ town in Higashi-Hiroshima City Library, I just read picked [Greece myth (Machiko satonaka) "was. So intrigued, I tried to read "Aton's daughter". Quite good!
『手塚治虫の哲学感を引き継いだのは、あるいは里中満智子さんではなかったかな』と、勝手ながら想像しています。「ツタンカーメンの棺に入れられていた花束」に関しては、私も印象深く覚えています(テレビ放映で見ただけですが)。発掘された考古学資料だけを頼りに、あれだけのストーリーを組み立てられ(創造され)ていたのにはいささか驚きもしたし感動ものでした。
アトンの娘全三巻は、最初の方は名前もゴチャゴチャしていてちょっと読み難かったのですが、グングンと惹き込まれるようにして、終いまで読んでしまいました。
  "Philosophy of Osamu Tezuka took over or Satonaka Machiko Ms. wasn't?' and the liberty to imagine." Bouquet of flowers was placed in the coffin of Tutankhamun", I also very much and remember simply (as seen on TV). Only excavated archaeological material assembled the story only in that the (creative) have had to had little surprise, was. "Aton's daughter all three volumes are also up at the moment was read, but be enchanted more and so that's until I read.
 筆者は「・・、アンケセナーメンの人生、そして人となりが、私の描いた通りかどうか、全くわからない。ツタンカーメン、ネフェルティティ、アクナトン、その他の人物についてもわからない。・・・」と、(あとがき)で謙虚に書いておられますが、『さもありなん。3,500年前に近い事があったのであろう。』と、素直に受け取れました。
 I see, and no street life of Ankhesenamun, and he drew me, whether or not. Tutankhamun, Nefertiti, Akhenaten, and other people don't know. ... ", (PostScript), writing a humble but" is also there. Was close to 3500 years ago, things might be.' And able to face the music.
「何のために生きるのかを知りたがるのが人間であり、人類の歴史とはその答えをさぐる道のりである」・・・筆者が描きたかったというこのテーマは十分に反映されていると感じました。有難うございました
   大山宏 2011,11,16 Hiro. Oyama
 I felt fully reflected "the journey is always wants to know what to live for humans, and seek the answer and the history of mankind,"... I wanted to portray this "theme". Thank you very much. From Hiroshima 2011/ 11/16 Hiro. Oyama 

何のために生きるのか」という疑問の前に、核戦争なんて起こって欲しくないでしょ。今オバマ大統領は、核で脅しあった世界を平和へと導こうと、必死で模索しているのです。あと4ヶ月したら、大統領を止めなければならないのです。
 
その前に、ノーベル平和賞にふさわしい成果をあげさせてやって下さいませんか?
 
 あなたがちょっとだけ、左上の欄(らん)に並んでいる、オバマ大統領に関連する記事を読んでくださるだけで、彼は、大いに励まされるのです。
 ちょっとだけでも、開いて見て下さいね。
 2016/09/16 PS & Hiro blog submission. Oyama

 Want nuclear war never happened ago the question of people who live for what? It is the lead and now President Obama, was threatened by the nuclear world to peace and desperate, looking for. After another four months, must stop the President..  Do give me to deserve the Nobel Peace Prize before that, would you? It is read articles related to President Obama, you are lined up in the column on the left a little bit, as he was greatly encouraged. Even just a little, please open it.

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2011年11月14日 (月)

ピアノの音が出なくなってしまった。さあ大変!

 この10日ばかりの間に、えらそうな事を書いてたけど(ばちがあたったのか)ピアノの音が出なくなってしまった。
一番初めに気が付いたのは、ピアノ中央の「ラ♯黒鍵」の音が抜けるのだ。

 例によって、ピアノのフタ板を取り除いてみたら、

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2011年11月13日 (日)

大人のコンサート(ピアノ発表会と私)  相模原金子楽器にて

 ついこの間、53才になってしまった男性会社員です。これまでに合計4回のピアノ発表会を経験しました。最近の2回は、金子楽器さん主催の「大人のコンサート」です。
この歳になっても演奏前には非常に緊張し、毎回”心ここにあらず”状態になってしまいます。

 初めて舞台に上がったのは、神奈川県にある津久井湖近くの市民ホールでした。娘二人が通っていたピアノの先生が『親子連弾』 を企画され、母親の代わりに引っ張り出されたのが最初でした。「クシコスポスト」「トルコ行進曲」の2曲を必至の思いで(仕事そっちのけで)練習しました。

 本番がやってきました。緊張の余り蒼白(そうはく)になっている私を見て、下の娘が『お父さん大丈夫?』と声をかけてくれたのを、今でも鮮明に覚えています。

Photo

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2011年11月 2日 (水)

旋律(メロディー)を綺麗に響かせるノウハウ   メトロノーム練習

 田舎に引っ越して来てから、11人目のピアノの先生の御指導を受けることになった。(勿論女の先生です)。

「初めは、この曲も弾ける、あの曲も弾ける、とはヤラナイのだよ。小出しに小出しにするのよ」と、母親が助言してくれた。にもかかわらず、直ぐに同じ間違いをやらかして気まずい思い(当惑表情)を先生にさせてしまう。

 何故そうなるか?
『 誉めようが無いのである!リズム音痴であり、我流で勝手な弾き方(練習)を20年間もやって来たから。』
本人にしてみれば、血の出る努力 をして難曲を(下駄と草履を履きながらでも)なんとか弾けるようになって来ているから。完全な自己満足の世界である!

 それでも 9人目の(声楽出の)先生は、半年間は付き合って下さった。
10人目の先生は、はなから攻撃的になられ、遠まわしに指導を断わられた。
11人目の先生が、今度の先生である。その先生はチャリティー1コインコンサートを精力的に実行なさって来ておられる、お母さんピアニスト(古賀木綿子先生)であった。

 流石である。暖かい言葉(心)で包みつつ、痛いところをやんわりと(ピタリ)と御指摘くださった。
メトロノーム練習をしたら、曲が大きく変わりますよ。」
「左手だけメトロノームに合わせて弾く練習、右手だけメトロノームに合わせて練習してごらんなさい。最後に合わせて弾いてみるのです。」
メトロノームに合わせて左手だけで弾いてみて、その和音の変化(変遷)を感じ取る練習をするのです。」
メトロノームに合わせて右手だけで、主旋律とその修飾音の強さのバランスを取りながら、主旋律を響かせられるようにするのです。」

 20年間、「大人のピアノ」で自己満足世界に安住しつつも限界を感じていた私は、再挑戦してみる約束をしたのだった。

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