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2014年6月 7日 (土)

どう理屈をつけてもけんかと戦争は同じ!小保方いじめはほどほどに

禅問答
(1)、数学において
  「これ無くしては数学が成り立たないゾ」という最小要素は?
 ⇒ 、りかしかです

(2)、心理学や哲学においては、?
 ⇒ 、「心が」か「心がい」かです。

(3)、現代科学においては、?
 ⇒ それは、関心事項に加えて置く(:)か、視するかです。

(4)、小保方問題(生命科学)に於いては、?
 ⇒ 、(確信有の心)の影響を視するか否か、です。

 科学には、これ以外にも、化学、天文学、医学、政治学、文学、音響工学、・・・などなど無数にありますし、これからもどんどんと無数(∞)に増えて行きますが、
その科学問の中で、どの科学問にもこの前提条件を無視しては、その論理が後世に物笑いの種となってしまうという、基本中の基本となる学問があります。
それは数学なんです。
 その数学の中にも、幾何学・代数学・コンピュータ工学・・・など色々です。その無数の数学群の中でもっともシンプルな学問であって、他の要素には知らず知らずの内に組み込まれている数学があるんです。
もう分かりますね、有りと無ししか要素として含まない、極端に言えば、有りしか存在しない最もシンプルな科学です。

それを2次元で表現した絵図が、日本の小学校6年生の教科書に乗っています。

 あなたも見たことありますね、
四角の中に2つの円が重なっている絵図 です。
この絵図はまだ複雑なんです。何故なら、四角と円2つが描いてあるからです。
円を一つだけにするともっとシンプルになるでしょうね。


 四角(□)の中に円(○)がひとつだけ書いて有ります。
この四角(□)は書いても書かなくてもいいんです。
何故ならこの四角(□)の中には何も無いんですから、
何も無い入れ物の中に、円を境にして円の中に何かが有ってもいいよ、無くても良いよ、その境目(境界)の印よ!
 という絵図なんですね。

 ですから、あなたが関心を持った時と同時に(突然に)
『その思い描いた図形が現れて来る』という約束事を示してあるだけなのです。考えたくなければ関心を持たなければいいのです。

 すると同時に(直後に)その絵図形は消えてしまうのです。
円(○)は便宜上のものですから元々ありません。□も便宜上書いてあるだけですから、白い画用紙に戻るのです。
 これを白紙撤回すると言います。

 白紙撤回を別の科学的言葉では、「無に帰する」 と言います。

 この事を悟るために、禅苦行をしておられるらしい。
小学生のあなた分かったでしょ、この世界では四角い境界さえも存在しない「無」と、あなたが考えた瞬間直後に出現する境界があるだけであり、それも便宜上描いてあるだけで本当は「無」なんです。より正確には「 」とします。

 「無」を悟るために苦行をしている。
だから、仏教では{無」「無}「無」という意味を悟れば、悟りの境地としてOKが出るのです。
ただそれだけのことなんですよ。

 あなたが自分勝手に思い浮かんだ瞬間に、円(○)の関心領域内にそれは存在して来て、その物の形が出現する「有」という状態になる。
同時にそのものと「無」との境界が、あなたに見える状態になるのです。

 四角い(□)円(○)二つの意味を理解した小学生は即座に、悟ったことになる。
ですから、その悟った日本の小学生の目には、テレビ画面で映し出され、喧々諤々で小保方さんがいじめられている様子をみたら、
バカな喧嘩をしてるな、小保方さんがかわいそうね、と同情するんですが、、これを言ったら大人に叱られるので、黙っているだけなんですよ。

 戦争も、子供同士のけんかも、一緒なんです。

  このことはまた明日ね。
      2014年 6月7日  大山 宏

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