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2014年8月28日 (木)

H38、身勝手な期待で戦争をしかけられては唯一神も大迷惑

創世記 21章 22節~
【 そのころアビメレクとその軍勢の長ピコルはアブラハムに言った、「あなたが何事をなさっても、神はあなたと共におられる。 それゆえ、今ここでわたしをも、わたしの子をも、孫をも欺かないと、神をさして私に誓ってください。 わたしがあなたに親切にしたように、あなたもわたしと、このあなたの寄留の地とに、しなければなりません」。 アブラハムは言った、「私は誓います」。】

 なんと、高飛車的な、カミ(氏神)とアブラハムであろうか、この姿勢を数千年間続けて来たのが、ユダヤ人なのですね、いいかげんにして下さいよ。 今から2000年前に、もうそのエゴイズム精神は「間違っていた」と、カミ〔 G.〕御自身が反省され、新約をなさったのではありませんか。 そのキリストを信じる新たな集団も、400年後には、『まだ間違っているぞ』と、〔マホメッドを送り込まれたのだ〕、と、私は推察しています。 そのイスラム教徒/教団が、今また、殺戮を各地で展開しているのが、21世紀なのです。 みなさん、悟りましょうよ、カミ( G :God)は飽き飽きしておられるはずですよ。

【 アブラハムはアビメレクの家来たちが、水の井戸を奪い取ったことについてアビメレクを責めた。 しかしアビメレクは言った、「だれがこの事をしたかわたしは知りません。あなたも私に告げたことはなく、わたしもきょうまで聞きませんでした」。 そこでアブラハムは羊と牛とを取ってアビメレクに与え、ふたりは契約を結んだ。 アブラハムが雌の小羊七頭を分けて置いたところ、アビメレクはアブラハムに言った、「あなたがこれらの雌の小羊七頭を分けて置いたのは、なんのためですか」。
アブラハムは言った、「あなたはわたしの手からこれらの雌の小羊七頭を受け取って、わたしがこの井戸を掘ったことの証拠として下さい」。 これによってその所をベエルシバと名づけた。 彼らがふたりそこで誓いをしたからである。
 このように彼らはベエルシバで契約を結び、アビメレクとその軍勢の長ピコルは立ってぺリシテの地に帰った。 アブラハムはベエルシバに一本のぎょりゅうの木を植え、その所で永遠の神、主の名を呼んだ。 こうしてアブラハムは長い間ぺリシテびとの地にとどまった。】

 「永遠の神」ということばが初めてここで登場した。 それがこれまでの氏神様と同じであったかどうかは別にして、「永遠の神」が、私が言う「名前の付けられない唯一神」そのものか、もしくは、「それに、かなり近い高位の神様」のことであろう。
 アブラハムも氏神様も(心の内では大反省して)協調の道を歩み始めた様子が、手に取るように良く解る。(読んでいる我々に伝わってきます)。
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 創世記 第22章 ~
【 これらの事の後、神はアブラハムを試みて言われた、「アブラハムよ」。彼は言った、「ここにおります」。神は言われた、「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。】
【 アブラハムは朝早く起きて、ろばにくらを、置き、ふたりの若者と、その子イサクとを連れ、また燔祭のたきぎを割り、立って神が示された所に出かけた。 三日目に、アブラハムは目をあげて、はるかにその場所を見た。 そこでアブラハムは若者たちに言った、「あなたがたは、ろばと一緒にここにいなさい。わたしとわらべは向こうへ行って礼拝し、そののち、あなたがたの所に帰ってきます」。
 アブラハムは燔祭のたきぎを取って、その子イサクに負わせ、手に火と刃物とを取って、ふたり一緒に行った。 やがてイサクは父アブラハムに言った、「父よ」彼は答えた、「子よ、わたしはここにいます」。イサクは言った、「火とたきぎとはありますが、燔祭の小羊はどこにありますか」。アブラハムは言った、「子よ、カミみずから燔祭の小羊を供えてくださるであろう」。 こうしてふたりは一緒に行った。】

 最初から、アブラハムはひとり子イサクを燔祭としてささげる(いけにえとする)覚悟で、イサクを連れ出したのですね。 苦しんだでしょうが、むごいテストだと思う。 これは永遠の神(名も付けれれない唯一神)のなせる業では有り得ない。 大反省したはずの身勝手な氏神様の腹いせに近いテストと(他民族に)解釈されてもしかたがない。
【 彼らが神の示された場所にきたとき、アブラハムはそこに祭壇を築き、たきぎを並べ、その子イサクを縛って祭壇のたきぎの上に載せた。 そしてアブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、主のみ使が天から彼を呼んで言った、「アブラハムよ、アブラハムよ」。彼は答えた、「はい、ここにおります」。 み使いが言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。 あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れるものであることをわたしは今知った」。 この時アブラハムが目をあげて見ると、うしろに、角をやぶに掛けている一頭の雄羊がいた。 アブラハムは行ってその雄羊を捕え、それをその子のかわりに燔祭としてささげた。
それでアブラハムはその所の名をアドナイ・エレと呼んだ。これより、人々は今日もなお「主の山にそなえあり」と言う。】

 実際にこれは起こったのでしょうが、滅茶苦茶な話です。これは愛の行為とは程遠い。 イエス・キリストやその使徒達が神の愛を(他民族の)人々に伝えようと活動している最中に、このイサク燔祭のこころみストーリーを題材にしてたならば、人々はその場からすぐに立ち去っていったであろう。 ラクダが針の穴を通る方がよっぽど楽だ、とわたしは思います。
 『神がなんとかしてくれるだろう』事を期待しつつ、原爆投下の指令を出したのですか、あなたがたキリスト者の心の中にも、自分勝手な低級な神が宿っている事を自覚すべきです。 絶対に正当化なんて出来ないのです。 イラク戦争もあなた方アメリカ人に正義はありえません。 あなた方は単なる身勝手な一人種に過ぎないのです。 早く謝って撤退するべきです。そういう事をあらためて訴えるために、イエス・キリストは2000年前に人の形をとって出現されたのでしょう。 何か反論があったら、どうぞご遠慮なく仰ってください。
牧師の方々/神父の方々/及び、日々カミに祈りをささげておられる方々へ
2014 8月11日 H.Oyama(大山宏)
追伸、
 分かっておられるとは思いますが、【アブラハムが手を差し伸べ、刃物を執ってその子を殺そうとした時、主のみ使いが天から彼を呼んで言った】の箇所の主のみ使いは、名前の付けられない唯一神からのメッセンジャー(天使)であったと信じられます。 これは他民族の目にもそう映ります。 他民族はそれ位の読解力は与えられているのです。 自分達だけが神の代行者と思う心が戦争を産むのです。
 
 

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