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2014年8月

2014年8月31日 (日)

地球規模での大事件

カイン追放以降での大事件を列挙すると、
1)ノアの方舟事件
2)バベルの塔崩壊事件
3)ソドムとゴモラ滅亡
4)紅海にエジプト軍が呑み込まれた事件
の4つでしょう。
ノアの方舟事件は説明するまでもありませんが、当時の人々の9割以上を滅亡させたという古今東西で最大の事件です。
次の「バベルの塔事件」では塔崩壊自体よりも、『民族が飛散し民族ごとに違う言語をしゃべりだした』ことの方が重大です。
3番目の[ソドムとゴモラ滅亡]は、堕落がひどいので〔神がかった人2〜3人が原爆みたいな破壊手段で街を滅ぼした〕という事件です。
4番目が紅海事件であり〔ユダヤ民族(数十万人以上)は歩いて紅海を渡り、後から追って来たエジプト軍隊は海に呑み込まれ滅亡した〕という事件です。
それを実体験した数十万人の人々にとっては衝撃的事件ですが、地球規模でみると、最後の紅海事件が最も小規模です。
『〔1>2>3>4〕と規模が小さくなってる』という意味です。
言葉を換えると、
人類文明への影響度で見ても過去に遡るほど重大事件が起きているのです。
 聖書が記録している人類世界史では、
アダムとイブの三男が増え広がって現在の世界人口数十億人に至っていることになっていますが、大きな疑問が残ります。

 カインはアダムとイブの長男です。
次男はアベルですが、カインはアベルを殺害して追放処分になりました。
創世記のノアの方舟事件の前に、
『誰でもカインを殺す者は倍の復讐を受ける。』
『カインの6代目レメクのための復讐は 77倍。』
だと約束されていたのですから、
ノアの箱舟事変でもカインの子孫は地上のどこかで生き残っていたはずです。

 大洪水の後、ノア達が箱船を出て見たら、自分たち以外に生き残りの人々がいたらしくて、四大文明の2つ(エジプト文明、メソポタミア文明)が近隣に興っていた。
ノア子孫はモーセの時代以前に3回もエジプトに寄留させてもらっていたのです。
メソポタミア地方でも寄留していたのです。
 ですから、ノアの方舟事件の記録で、
『すべて生き物は皆死んだ』と書いてあったのはローカル記録であるのは明らかです。

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H41、(エサウvsヤコブ)の争い、イサクの心の成長(戦争回避)

 創世記第25章 7節~
【 アブラハムの生きながらえた年は175である。アブラハムは高齢に達し、老人となり、歳が満ちて息絶え、死んでその民に加えられた。
 その子イサクイシマエルは彼をヘテびとゾハルの子エフロンの畑にあるマクペラのほら穴に葬った。これはマムレの向かいにあり、アブラハムがヘテの人々から、買い取った畑であって、そこにアブラハムとその妻サラが葬られた。
 アブラハムが死んだ後、神はその子イサクを祝福された。イサクはベエル・ラハイ・ロイのほとりに住んだ。】
【 サラのつかえめエジプトびとハガルがアブラハムに産んだアブラハムの子イシマエルの系図は次の通りである。 シシュマエルの子らの名を世代にしたがって、その名をいえば次のとおりである。すなわちイシマエルの長子はネバヨテ、次はケダル、アデビエル、ミブサム、ミシマ、ドマ、マッサ、ハダデ、テマ、エトル、ネフシ、ケデマ。
 これらはイシマエルの子らであり、、村と宿営とによる名であって、その氏族による12人の君たちである。 イシマエルのよわいは137年である。
 彼は息絶えて死に、その民に加えられた。イシマエルの子らはハビラからエジプトの東、シュルまでの間に住んで、アシュルに及んだイシマエルはすべての兄弟の東に住んだ。】

【 アブラハムの子イサクの系図は次のとおりである。アブラハムの子はイサクであって、イサクは40歳の時、パダンアラムのアラムびとベトエルの娘で、アラムびとラバンの妹リベカを妻にめとった。イサクは妻が子を産まなかったので、妻のために主に祈り願った。
 主はその願いを聞かれ、妻リベカはみごもった。 ところがその子らが体内で押しあったので、リベカは言った、「こんなことでは、私はどうなるのでしょう」。彼女は行って主に尋ねた。 主は彼女に言われた。
  「二つの国民があなたの胎内にあり、
  二つの民があなたの腹から分かれて出る。
  一つの民は他の民より強く、
  兄は弟につかえるであろう」。
彼女の出産の日がきたとき、胎内にはふたごがあった。先に出たのは赤くて全身毛ごろものようであった。それで名をエサウと名づけた。
その後に弟が出た。その手はエサウのかかとをつかんでいた。それで名をヤコブと名づけた。リベカが彼らを産んだ時、イサクは60歳であった。】

【 さてその子らは成長し、エサウは巧みな狩猟者となり、野の人となったが、ヤコブは穏やかな人で、天幕に住んでいた。 イサクは、しかの肉が好きだったので、エサウを愛したが、リベカはヤコブを愛した。
 ある日ヤコブが、あつものを煮ていた時、エサウは飢え疲れて野から返ってきた。エサウはヤコブに言った、「わたしは飢え疲れた。お願いだ。赤いもの、その赤いものをわたしに食べさせてくれ」。 彼が名をエドムと呼ばれたのはこのためである。
 ヤコブは言った、「まずあなたの長子の特権をわたしに売りなさい」。 エサウは言った、「私は死にそうだ。長子の特権など私に何になろう」。 ヤコブはまた言った、「まず私に誓いなさい」。彼は誓って長子の特権をヤコブに売った。
 そこでヤコブはパンとレンズ豆のあつものをエサウに与えたので、彼は飲み食いして、立ち去った。このようにしてエサウは長子の特権を軽んじた。】 

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2014年8月30日 (土)

あなたもウイルス開発者になってるかも

 定年退職を間近に迎える宏は、ある日妻からバソコン教室に誘われた。
「1人4000円よ♪一緒に行ってみようよ、ブログ教室」。
 毎日が暇であった宏はうなずいた。
それがきっかけで無料(ただ)のホームページ{ブログ}を開設したのだった。

 そんなことをふと思い出したのには訳があった。
最近パソコン操作中に、たびたびトラブルが起こるのだ。
作成中のブログ文章を登録しようとした瞬間に、英語の文章が表示されて〔苦労して書いた文章が消えて無くなる〕のは、しょっちゅうであった。
 久々にワードを使って小説家の真似事をしていたら、とうとうバソコンが突然シャットダウンされてしまった。
何度再起動をトライしても、バックアップ作動中に突然電源が落ちてしまう。
          お手上げだ。
東京の弟曰く、
『パソコンショップにキーボートとパソコン本体を担いで行け。』と言う。
 仕方ない、弟の言うように、『老人ぼけで何が何だか分からない。ダメ元で調べて診てくれ。ダメなら買い直す』と言って、明日にでもショップに出向いて行くか。
そう思いつつ〔今一度〕とトライする。
 今度は手かざしをして念波を送りつつ電源をオン。
『これが最後』と三回目の念力起動をかけたら!正常画面が現れた!
 やれやれである。

 冷静になって考えると自分の使い方に問題がある。
世の中便利になって自動処理サービスが増えた。
便利(^o^)便利(^o^)と道具を使い続けていると、コンピューターも処理能力の限界を越えてしまいゲームオーバーになるのであった。
ワープロも便利便利とアチコチからコピーで作成していると、ウイルスが侵入してくる危険性が高まる。
私の場合は結果的には、自分自身で自分のバソコンを破壊するウイルスを知らず知らずの内に作成していた様であった。

バソコン教室の先生が『しつこい位、ファイルしなさい』と言っていた。
ファイリング操作は自分自身でウイルスソフトを開発しないための対策法でもあったと気が付いた。
 お粗末様でした。大山宏♪

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H40、イサクに妻を迎え、アブラハムは175歳で死去。

 創世記 第24章 ~
【 アブラハムは歳が進んで老人となった。 主はすべての事にアブラハムを恵まれた。 さてアブラハムは所有のすべてを管理させていた家の年長のしもべに行った、「あなたの手を私のももの下に入れなさい。
 私はあなたに天地の神、主をさして誓わせる。あなたは私が今一緒に住んでいるカナンびとのうちから、娘をわたしの子の妻にめとってはならない あなたは私の国へ行き、親族の所へ行って、私の子イサクのためにをめとらなければならない」。
 しもべは彼に言った、「もしその女が私についてこの地に来ることを好まない時は、私はあなたの子をあなたの出身地に連れ帰るべきでしょうか」。
 アブラハムは彼に言った、「私の子は決して向こうへ連れ帰ってはならない。 天の神、主は私を父の家、親族の地から導き出して私に語り、私に誓って、おまえの子孫にこの地を与えると言われた。 主は、み使をあなたの前につかわされるであろう。
 あなたはあそこから私の子に妻をめとらねばならない。
 けれどもその女があなたについて来ることを好まないなら、あなたはこの誓いを解かれる。ただ私の子を向こうへ連れ帰ってはならない」。 そこでしもべは手を主人アブラハムのももの下に入れ、この事について彼に誓った。】

【 しもべは主人のらくだのうちから十頭のらくだを取って出かけた。すなわち主人のさまざまの良い物を携え、立ってアラム・ナハライムにむかい、ナホルの町へ行った。
 彼はらくだを町の外の、水の井戸のそばに伏せた。
 時は夕暮れで、女たちが水をくみに出る時刻であった。彼は言った、「主人アブラハムの神、主よ、どうか、きょう、私にしあわせを授け、主人アブラハムに恵みを施してください。私は泉のそばに立っています、町の人々の娘たちが水をくみに出て来たとき、娘に向かって『お願いです、あなたの水がめを傾けて私に飲ませてください』と言い、娘が答えて、お飲みください。 あなたのらくだにも飲ませましょう』と言ったなら、その者こそ、あなたがしもべイサクのために定められた者ということにしてください。私はこれによって、あなたが私の主人に恵みを施されることを知りましょう」。】

 以下延々と、ほとんど同じ文章が続きます。
要は、リベカという娘が、イサクの妻となったということです。
 民謡を聞いているつもりで、
興味ある方はお読みください。

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2014年8月29日 (金)

H39、ノア以降ユダヤ人の前には定住民が居た。流浪の民

【 主の使いは再び天からアブラハムを呼んで、言った、「主は言われた、『わたしは自分をさして誓う。あなたがこの事をし、あなたの子、あなたのひとり子をもおしまなかったので、わたしは大いにあなたを祝福し、大いにあなたの子孫をふやして、天の星のように、浜辺の砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取り、また地のもろもろの国民はあなたの子孫によって祝福をえるであろう。 あなたがわたしの言葉に従ったからである』。】

 これは、後の人が付け加えた文章であろう。何故なら、この文章がこの場所に挿入されると途端に、ユダヤ民族の氏神様=「主:永遠の神」の図式が出来上がるからです。 繰り返しますが、カミ( G :God)は、ローカルな民族を依怙贔屓(えこひいき)するような偏狭な精神は持ち合わせておられないのです。公平な方です。 過去の古文献が発見されたなら、モーセはそんな記述をしていなかったことが、きっと証明されることでしょう。
 追加したために、返って「神をおとしめる(低める)」ことにつながってしまった模様です。これはその後のユダヤ民族の悲劇の旅(ジプシー)、再び流浪の民となる伏線となっている気がします。でもこれは、「アブラハム以降1500~2000年後から始まり、第二次世界大戦終結まで続いた」と日本の中学校社会科の教科書には載っていました(私が中学生の頃)。

【 アブラハムは若者たちの所に帰り、みな立って、共にベエルシバへ行った。そしてアブラハムはベエルシバに住んだ。】
【 これらの事の後、ある人がアブラハムに告げて言った、「ミルカもまたあなたの兄弟ナホルに子どもをを産みました。長男はウヅ、弟はブズ、次はアラムの父ケムエル、次はケセデ、ハゾ、ピルダシ、エデラフ、ベトエルです」。ベトエルの子はリベカであって、これらは地人はミルカがアブラハムの兄弟ナホルに産んだのである。 ナホルのそばめで、名をルマという女もまたテバ、ガハム、ハタシおよびマアカを産んだ。】

 創世記 第23章 一節~

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2014年8月28日 (木)

携帯からの入力です。一緒に食事を楽しめる人を募集中!

 料理教室に通いだして、早、3年です。通算30回くらいかな?
独身生活に慣れたような、あきらめたような、何やら複雑な気持ちです。栄養バランスだけは、自然の内に採れるようになりました。
 料理ってなんなのでしょうね、ひとりで食べたのでは食事はちっとも美味しく感じませんコックさんでも、仲居さんやウェイトレスさんでもいれば、とびきり美味しくなる!
 これが、人間の食事文化であって、『えさを食おうか』なんてのは下等動物の声なのかもね。 早く誰かと一緒に、食事を楽しみたい。
毎日が大変忙しいです。寝食を忘れて、ブログ記事を書いています。
どなたか、食事支援とか、身の回りの世話を焼いて下さる方があると、大助かりなのですが、よろしくお願い致します。
 大山宏
携帯電話番号です。 080-6559-6060
住所は、東広島市豊栄町清武、2463
住み良い、環境ですよ。空気と水は特に美味しいです

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H38、身勝手な期待で戦争をしかけられては唯一神も大迷惑

創世記 21章 22節~
【 そのころアビメレクとその軍勢の長ピコルはアブラハムに言った、「あなたが何事をなさっても、神はあなたと共におられる。 それゆえ、今ここでわたしをも、わたしの子をも、孫をも欺かないと、神をさして私に誓ってください。 わたしがあなたに親切にしたように、あなたもわたしと、このあなたの寄留の地とに、しなければなりません」。 アブラハムは言った、「私は誓います」。】

 なんと、高飛車的な、カミ(氏神)とアブラハムであろうか、この姿勢を数千年間続けて来たのが、ユダヤ人なのですね、いいかげんにして下さいよ。 今から2000年前に、もうそのエゴイズム精神は「間違っていた」と、カミ〔 G.〕御自身が反省され、新約をなさったのではありませんか。 そのキリストを信じる新たな集団も、400年後には、『まだ間違っているぞ』と、〔マホメッドを送り込まれたのだ〕、と、私は推察しています。 そのイスラム教徒/教団が、今また、殺戮を各地で展開しているのが、21世紀なのです。 みなさん、悟りましょうよ、カミ( G :God)は飽き飽きしておられるはずですよ。

【 アブラハムはアビメレクの家来たちが、水の井戸を奪い取ったことについてアビメレクを責めた。 しかしアビメレクは言った、「だれがこの事をしたかわたしは知りません。あなたも私に告げたことはなく、わたしもきょうまで聞きませんでした」。 そこでアブラハムは羊と牛とを取ってアビメレクに与え、ふたりは契約を結んだ。 アブラハムが雌の小羊七頭を分けて置いたところ、アビメレクはアブラハムに言った、「あなたがこれらの雌の小羊七頭を分けて置いたのは、なんのためですか」。
アブラハムは言った、「あなたはわたしの手からこれらの雌の小羊七頭を受け取って、わたしがこの井戸を掘ったことの証拠として下さい」。 これによってその所をベエルシバと名づけた。 彼らがふたりそこで誓いをしたからである。
 このように彼らはベエルシバで契約を結び、アビメレクとその軍勢の長ピコルは立ってぺリシテの地に帰った。 アブラハムはベエルシバに一本のぎょりゅうの木を植え、その所で永遠の神、主の名を呼んだ。 こうしてアブラハムは長い間ぺリシテびとの地にとどまった。】

 「永遠の神」ということばが初めてここで登場した。 それがこれまでの氏神様と同じであったかどうかは別にして、「永遠の神」が、私が言う「名前の付けられない唯一神」そのものか、もしくは、「それに、かなり近い高位の神様」のことであろう。
 アブラハムも氏神様も(心の内では大反省して)協調の道を歩み始めた様子が、手に取るように良く解る。(読んでいる我々に伝わってきます)。
~ ~ ~  

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2014年8月27日 (水)

日本のアイヌ人は、アダムの長子:カインの後胤?

 カインがアベルを殺した後、『、エデンの東、ノド(Nodo)の地に住んで以降、6代目レメクまでの話は詳細に記録されていますが、以後、ぷっつりと記述が途絶えている。・・、ここまでの内容は、日本の古代の歴史神話と瓜二つ のような気がする・・』、という お話し を以前しました。《H23、アダムの地から出たカインの6代目レメクまでの神話》。 覚えていますか?
 私はズーッとその後が気になっていたのでした。
 カインはあの時、主なる神から”「・・、だれでもカインを殺す者は七倍の復讐(Fukushuu)を受ける」、と宣告され、「 カインを見付ける者が、だれも彼を打ち殺すことのないように、彼に一つの(しるし)をつけられた」後、カインは地の放浪者となったのでした(創世記 第四章)。
 この
(しるし)が何であるか、数十年前の”70mm映画”の「天地創造物語」では、額に大きくぺけ〔Xの印を打たれたこととされていましたが、聖書には何処にも、X印を付けられたとの記述は見当たりません。
 アブラハムがサラを葬る墓地を求めるに当って、「わたしはあなたがたのうちの旅の寄留者です」と発言している記事に触れた時、ああっと思い当りました。
 
人々の心(DNA)の中に、周囲の人々にハッキリと恐怖を伴って思い出させる印(しるし)を付けられたのではないか。
 カミ(神)はカインに対して、「あなたは地上の放浪者となるでしょう」、と宣告されていました。 また、
 アブラハムの少数の民が、各地の人々に恐れられつつも、商人を主な職業としつつ寄留者として放浪の旅をしていた事とも符合します。
 更には、ノアが600歳の死の間際辺りで、「カナンの地はのろわれよ。彼はそのしもべとなって、その兄弟たちに仕える。・・・カナンはそのしもべとなれ」、という不可解な発言がなされたことも、なんとなく納得できるようになりました。
 
アブラハムは、〔実は〕カインの子孫だったのではないか
〔それをほのめかされたので〕、アブラハムは寄留者であるにも関わらず、他民族から恐れられた。 アブラハムはノア直系の子孫ではあったが、ノア自身が
苦し紛れにか、カインの直系子孫であると匂わせれば、周囲の民の異常な恐怖心も、理解できるし、ツジツマが合って来る。
 旧約聖書を古代ユダヤ民が作成するに当り、(同じ洪水記憶がユダヤ民族の中に元々あるので)、極自然の内に、聖書にシュメール人の伝説が取り込まれた(組み込まれた)、と解釈できそうです。
 ユダヤ人には特有の風貌があります。その風貌が、日本のアイヌの風貌と酷似しているのも、偶然の一致ではないような気がして来ました。
 ある時点で日本に「弥生文化をもたらした人々」が、日本に大昔から先祖代々暮らしていた人々(アイヌ民族)を征服し、そのついでにアイヌ人の伝説を、ちゃっかり自分達の「神の伝説」に組み込んだと考えれば、旧約聖書物語と、日本の神代の伝説「古事記/日本書紀・・」とが、非常に良く似ていることも、納得です。
 以後、どこまでこの「神々の話」を科学の目で解き明かせるか、私の興味は尽きません。
  2014 8月13日 H.Oyama(大山宏)

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2014年8月26日 (火)

H37、日本で12/31に生まれた赤ん坊は元旦の瞬間に2歳です。

 聖書 創世記 第21章1節~
【 主は、さきにい話ら多様にサラを顧み、告げられたようにサラに行われた。 サラはみごもり、神がアブラハムに告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ。 アブラハムは生まれた子、サラが産んだ男の子の名をイサクと名づけた。
アブラハムはカミが命じられたように八日目にその子イサクに割礼を施した。 アブラハムはその子イサクが生まれた時百歳であった。】
【 そしてサラは言った、「神はわたしを笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう」。 また言った、「サラが子に乳を飲ませるだろうと、だれがアブラハムに言い得たであろう。それなのに、わたしは彼が年を取ってから、子供を産んだ」。】

 どうやら、サラがアブラハムに子供を産んだ時代には、「人生最大120年」が当たり前となっていたことが、ここまで丁寧に読み進めて来て見て判りました。
即ち、「歳≒年」(誤解)の時代突入です。
 もう一度、満年齢と数え歳との差(現代解釈)を説明しておくと、
 数え歳は、生まれ落ちたその瞬間に、とします。それで次の1月1日にはになるのです。ですから極端な例ですが、12月31日に生まれ落ちた人は、あくる日の1月1日には、なのです。
 これに対して満年齢では、12月31日に生まれた人は、あくる日の1月1日は、生後1日。 1月31日で、生後1カ月満年齢では なのです。
ノア事変以降あたりでに誤解が生じたのは、1サイクル(1歳クル:1循環)が現在の時間表示で〔1000年〕で廻(めぐ)って来ていた神代の時代の歳の考えがすたれ(忘れ去られ)て、
まことに不自然だけど、「歳=満年齢+1年」⇒「歳≒年」が定着してしまったことにあるのだと、私(大山宏)は、改めて気が付いたのでした。

 なんとなくこれに気が付いて初めて、
(1)、「地球が小惑星10個ぐらいが衝突して出来上がり、その最後の衝突時に月が派生して出来たらしい」というジャイアント・インパクトが得心いきましたし、
(2)、氷河期がサイクリックに4繰り返している考古学上の事実とのツジツマも合ってきた。 更に、
(3)、「600~700万年前に、アダムとイヴが生まれて、ノアの箱舟事変数千~数万年前の事件であった」らしいという考古学資料との年代対応関係がすっきりして来たのでした。
 だから、
 先史時代の遺跡(例えば、アルタミラの壁画etc.)が現代美術・技術に勝るとも劣らない技法で描かれ造られていたのですね、納得です。
 これらについては追って検討することとして、先を読み進みましょう。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~

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2014年8月25日 (月)

H36、アブラハムは預言者の修行中、アビメレクは人格者。

  ソドムとゴモラが滅ぼされた事件、及びロトとその娘(姉妹)の悲しい話が済みました。場面は再び、アブラハムのその後に戻りって続きます。
 第20章1節~
【 アブラハムはそこからネゲブの地に移って、カデシとシュルの間に住んだ。彼がゲラルにとどまっていた時、アブラハムは妻サラのことを、「これはわたしの妹です」と言ったので、ゲラルのアビメレクは、人をつかわしてサラを召し入れた。 ところが神は夜の夢にアビメレクに臨んで言われた、「あなたは召し入れたあの女のゆえに死なねばならない。彼女は夫のある身である」。】
【 アビメレクはまだ彼女に近づいていなかったので言った、「主よ、あなたは正しい民でも殺されるのですか。 彼はわたしに、これはわたしの妹ですといったではありませんか。また彼女も自分で、彼はわたしの兄ですと言いました。わたしは心も清く、手もいさぎよく、このことをしました」。】
【 神はまた夢で彼に言われた、「そうです、あなたが清い心をもってこのことをしたのを知っていたから、わたしもあなたを守って、わたしに対して罪を犯させず、彼女にふれることを許さなかったのです。 いま彼の妻を返しなさい。彼は預言者ですから、あなたのために祈って、命を保たせるでしょう。もし返さないなら、あなたも身内の者もみな必ず死ぬと知らなければなりません」。】
 ここで初めて、預言者 ということばが出て来ています。この時点での人格をあえて比較すれば、アブラハムよりも、アビメレクの方が上と言えるし、もっと言えば、名も付けられない神の使い(天使)と同等以上であり、正々堂々とアビメレクは意見を述べています。
 アブラハムは、預言者として運命付けられていたのでしょうが、成長途中であったのでした。
【 そこでアビメレクは朝早く起き、しもべたちをことごとく召し集めて、これらのことをみな語り聞かせたので、人々は非常に恐れた。 そしてアビメレクはアブラハムを召して言った、「あなたはわれわれに何をするのですか。あなたに対してわたしがどんな罪を犯したために、あなたはわたしとわたしの国とに、大きな罪を負わせるのですか。あなたはしてはならぬことをわたしにしたのです」。アビメレクはまたアブラハムに言った、「あなたは何と思って、この事をしたのですか」。】
 アビメレクは冷静に、アブラハムにそんな嘘を言った訳を問い正しています。これに対して、アブラハムは、邪推(偏見)も手伝って、した言動であったと返事しています。

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2014年8月24日 (日)

広島・長崎はいつまで犠牲にさらされるのか

 ちょっと一休みして、隠れキリシタンの話。
2011年3月11日、東北大震災の直後、私は東北の被災地に飛び込んで行った。
目を覆いたくなるような被災地,宮城県相馬市で10日余りを過ごした後、
被害の全規模を把握すべく北に移動した。
岩手県八戸までの とある道路沿いで野宿。その野宿場所近くに渓谷があった。その渓谷にも地震被害があって、通行止めのテープがいたるところに張ってあった。
 かまわず、警告テープを乗り越えて、渓谷沿いに登って行く。

 凄まじい渓谷であった。高さ100150mぐらいの絶壁[頭上]から大きな岩が落ちて来て、ゴロゴロ転がっている。
 川沿いの道を大きくUターンした所に、小さな寺らしき建物があった。
 そこも立ち入り禁止。 私はかまわず踏み込んでいく。

 大小様々な石の仏像が、山にへばりつくが如くに並んでいる。その仏像の内の何割かが、上から落ちてきた石に撃たれて首が折れ、あるいは胴体ごと倒れて散らばっていた。
 表看板にあった「隠れキリシタンの里寺」との記述を頼りに、その痕跡を探しつつ、奥に続く洞穴の中に入って行く。
正面にまず有った。
仏像の形は取っているが、まぎれもなく、マリアとかキリストの雰囲気が漂ってくる小さな石像が、三体祀られていた。
 そこの場所を離れ、更に登り上がって進む。
 一度外に出た。
その出た場所も、震災時のがけ崩れ(爪痕)が生々しい。
その土砂崩れ現場を踏み越えて なお登り上がった所にも、小さな祠(ほこら)があった。 ここにも、小さなマリア/キリスト像が安置されていた。

 ふくよかな表情のその小さな石像を見ながら宏は思った。

この東北の地にも隠れキリシタンはいて、江戸時代の260年間を生き続けて来たのだ。
九州ばかりが有名だけど、この東北地方でもキリシタンは生き続けたのだ。
ローマのカタコムベも有名だけど、高々数十年間の耐久生活だ。
日本の
隠れキリシタンの260年間の苦闘には遠く及ばない。
この東北の地にも、モーセやキリストと遠戚の人々がいた。
 名前も付けられない唯一神の“におい”を私は感じた。

 神はなぜこうもたびたび試練を人々に与えられるのか、
奇しくもこれを書いているその日(2014年8月20日午前3時)
広島と長崎とに集中豪雨被害が発生し、数十人の方々の命が奪われた。
これが必然(神の意志)ならば、
 『神は不在』が証明されたという解釈も成立つでしょう。
      私は違うと信じる。
 人々の心の中にある「”己の欲”を正当化することの非」「信教の自由を盾に自分を庇護する欲」への警告が、またまた唯一神からなされたのだ、と解釈したい。
 ソドムとゴモラの悲劇の歴史が広島と長崎に繰り返されたことに、
  改めて悲憤を感じます。
       2014 8/21 大山宏

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H35、ソドムとゴモラ

 創世記第19章15節~
【 夜が開けて、み使いたちはロトを促して言った、「立って、ここにいるあなたの妻と二人の娘とを連れ出しなさい。そうしなければ、あなたもこの町の不義のために滅ぼされるでしょう」。 彼はためらっていたが、主は彼にあわれみを施されたので、かのふたりは彼の手と、その妻の手と、ふたりの娘の手を取って連れ出し、町の外に置いた。】
【 彼らを外に連れ出した時そのひとりは言った、「のがれて、自分の命を救いなさい。うしろをふりかえって見てはならない。低地にはどこにも立ち止まってはならない。山にのがれなさい。そうしなければ、あなたは滅びます」。 ロトは彼らに言った、「わが主よ、どうか、そうさせないでください。しもべはすでにあなたの前に恵みを得ました。あなたはわたしの命を救って、大いなるいつくしみを施されました。しかしわたしは山まではのがれる事ができません。災いが身に追い迫ってわたしは死ぬでしょう。あの町をごらんなさい。逃げていくのに近く、また小さい町」です。どうかわたしをそこにのがれさせてください。それは小さいではありませんか。そうすればわたしの命は助かるでしょう」。】
【 み使いは彼に言った、「わたしはこの事でもあなたの願いをいれて、あなたの言うその町は滅ぼしません。 急いでそこへのがれなさい。貴方がそこに着くまでは、わたしは何事もすることができません」。 これによって、その町の名はゾアルと呼ばれた。 ロトがゾあるに着いた時、日は地の上にのぼった。】
【 主は硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて、これらの町と、すべての低地と、その町々のすべての住民と、その地にはえている物を、ことごとく滅ぼされた。 しかしロトの妻はうしろを顧みたので塩の柱になった。 アブラハムは朝早く起き、さきに主の前に立った所に行って、ソドムとゴモラの方、および低地の全地をながめると、その地の煙が、かまどの煙のようにたちのぼっていた。】

『・・、硫黄と火とを主の所すなわち天からソドムとゴモラの上に降らせて・・・』の文章中で、硫黄と火 が何を意味するのか、学生時代からズーッと考えてきた。 当初は原子爆弾であろうと簡単に考えていたのですが、どうやら違う。 ロトの妻は『、うしろ を顧みたので塩の柱”になった』という記述もある。「では背中をその方向に向けていれば助かったのか」という疑問も残る。
 広島と長崎に落とされた原子爆弾では、背中を向けていた人は、着ていた服ごと焼き殺されている。 『目をその方向に向けていたら死んだ、背中を向けていた人々には被害が(ほとんど)無かった』となると、強烈な光線破壊兵器だったらしい。 強烈なレーザー光をソドムとゴモラの地に集光結像させたのかもしれない。
 多分そうであろう、それならば、背中に火傷を受ける可能性は少なくなる。 しかし、ロトの妻は失明しただけではなく、「塩の柱 になった」、というくだりまでは説明できない。
 小型水素爆弾でも放射能被害は大きそうに思えるし、中性子爆弾では、被害が広範囲に及びすぎる。
 まだまだ、我々の科学知識では、ふたりの使用した滅びの手段(装置)は解明できそうにありません。 近いうちに、「こうすればその地域の人々だけを皆殺しにできる、しかもクリーンな局地戦用の兵器が出来るんだ」ということが明確になるのであろう、いや、既にアメリカ軍や死の商人達はその兵器を開発済みなのかもしれませんね、?
  

【 こうしてカミが低地の町々を滅ぼされた時、神はアブラハムを覚えて、その滅びの中からロトを救い出された。 ロトはゾアルを出て上り、ふたりの娘と共にに住んだ。】

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2014年8月23日 (土)

H34、ソドムとゴモラを滅ぼした人(天使)

【 彼らはアブラハムに言った、「あなたの妻サラはどこにおられますか」。彼は言った、「天幕の中です」。 そのひとりが言った、「来年の春、わたしはかならずあなたの所に帰ってきましょう。その時、あなたの妻サラには男の子が生まれているでしょう」。
 サラはうしろの方の天幕の入口で聞いていた。さてアブラハムとサラとは年がすすみ、老人となり、サラは女の月のものが、すでに止まっていた。
それでサラは心の中で笑って言った、「わたしは衰え、主人もまた老人であるのに、わたしに楽しみなどありえようか」。】

 これを察知した人(Hito:天使)は、厳しく注意します。
【 Shu〔天使の一人Hitori(ひとり)〕はアブラハムに言われた、「なぜサラは、わたしは老人であるのに、どうして子を産むことができようかと言って笑ったのか。 主にとって不可能なことがありましょうか。来年の春、定めの時に、わたしはあなたがたの所に帰ってきます。そのときサラには男の子が生まれているでしょう。 サラは恐れたので、これを打ち消して言った、「わたしは笑いません」。主は言われた、「いや、あなたは笑いました」。】

 現代劇の一場面としても、迫真の演技、緊張のやりとりが期待される場面であり、演出家の指導が光るところです。これが数千年前に実際に起きた事実/事件であったろうことは、容易に想像できます。
【 その人々はそこを立ってソドムの方に向かったので、アブラハムは彼らを見送って共に行った。】・・・場面変わって、
ある時に、・・・
【 時に、シュ(Shu)は言われた、「わたしのしようとする事をアブラハムに隠してよいであろうか。 アブラハムは必ず大きな強い国民となって、地のすべての民(Tami)がみな、彼によって祝福を受けるのではないか。 わたしは彼が後の子らと家族とに命じて主の道を守らせ、正義と公道とを行わせるために彼を知ったのである。 これは主(Shu)がかつてアブラハムについて言った事を彼の上に臨ませるためである」。
 主はまた言われた、「ソドムゴモラの叫びは大きく、またその罪は非常に重いので、わたしはいま下って、わたしに届いた叫びのとおりに、すべて彼らがおこなっているかどうかを見て、それを知ろう」。】
・・・三人の人(Hito)のことをアブラハムは「主よ」と呼びかけたが、その三人の人々(Hito-Hito-Hito)は、主の使命を帯びた人(ひと:Hito)達であって、名前を付けられない神(主なる神)そのものではなかった事が、この挿入された記述で判る。・・・
【 その人々はそこから身を巡らしてソドムの方に行ったが、アブラハムはなお、(その人々の前に)立っていた。 アブラハムは近寄って言った、「まことにあなたは正しい者を、悪い者と一緒に滅ぼされるのですか。 たとい、あの町に五十人の正しい者があっても、あなたはなお、その所を滅ぼし、その中にいる五十人の正しい者のためにこれをゆるされないのですか。 正しい者と悪い者とを一緒に殺すようなことを、あなたは決してなさらないでしょう。正しい者と悪い者とを同じようにすることも、あなたは決してなさらないでしょう。全地をさばく者は公義をおこなうべきではありませんか」。
 主は言われた、「もしソドムで街の中に五十人の正しい者があったら、その人々のためにその所をすべてゆるそう」。】 

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2014年8月22日 (金)

とし(歳)とねん(年)とは大違い

 日本で、正月に子供が歌う歌知ってますか?
我々が子供の頃には「とーしのは~じめの、ためし~とて~・・・」と唄ったものです。
これに漢字を充てると、「歳の初めのためしとて~」であって、
「年の初め・・・」ではないんです。 もうほとんど忘れ去られつつありますが、日本国においては、数え歳と満年齢とは明確に区別されて来たのです、古来から(神代の時代から)。
『この思想が残っている国は、日本以外には無いのではないか?』と思っていたら、ある占い師(板金勝美女史)曰く、「
イスラエルには残っているらしい」とのことでした。
 これが、旧約聖書を、筆読で解読を始めるきっかけでした。
現在(2014 8/10)時点で、創世記第21章を解析中ですが、確かに古代ユダヤ人にはその考え方があったのだとわかって来ました。
でも、非常におしいことですが、旧約聖書の解釈(翻訳)には、少なからず混乱が生じていて今日に至っている様子です。

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2014年8月21日 (木)

H33、羽が生えてない天使三人にアブラハムは食事を提供してた

 創世記17章15節~
【 神はまたアブラハムに言われた、「あなたの妻サライは、もはや名をサライといわず、名をサラと言いなさい。わたしは彼女を祝福し、また彼女によって、あなたにひとりの男の子を授けよう。 わたしは彼女を祝福し、彼女を国々の民の母としよう。彼女から、もろもろの民の王たちが出るであろう」。
 アブラハムはひれ伏して笑い、心の中で言った、「百歳の者にどうして子が生まれよう。サラはまた90歳にもなって、どうして産むことができようか」。 そしてアブラハムは神に言った、「どうかイシマエルがあなたの前に生きながらえますように」。
神は言われた、「いや、あなたのサラはあなたに男の子を産むでしょう。名をイサクと名づけなさい。 わたしは彼と契約を立てて、後の子孫のために永遠の契約としよう。 またイシマエルについてはあなたの願いを聞いた。 わたしは彼を祝福して多くの子孫を得させ、大いにそれを増すであろう。 彼は12人の君たちを生むであろう。わたしは彼を大いなる国民としよう。 しかしわたしは来年の今ごろサラがあなたに産むイサクと、わたしの契約を立てるであろう」。 神はアブラハムと語り終え、彼を離れて、のぼられた

 既に長寿に神代の時代は終わり、アブラハムも百歳のおじいさん、妻のサラも90歳のおばあちゃんとなっていました。この老夫婦に神は子供(イサク)を授けると約束したのでした。
昔は数百歳という長寿が当たり前だったのですが、ノア以降であろうか、90過ぎのおばあさんに子供なんか産める訳ないという時代に変わって来てたのですね。
 もうひとつ、注目すべき点があります。最後の行、
【 神はアブラハムと語り終え、彼を離れて、のぼられた
 という記述です。
 ここに来てはじめて、のぼられた。という神の動作の記載が出てきたのです。
「のぼる」とは「上方に登る」行動/動作のことであり、アブラハム以降、エゼキエル書でも新約聖書でも頻繁に現れる神や天使の行動記載表現として現れて来ます。
 それまでは、神は地上も歩かれるが、空も自由に登ったり、降りてきたり、突然に消えたり現れたりしておられたのでしょう、それが当たり前であった。
 しかし、このアブラハム時代になって、「目を見張るような行動として神々しく、人々の目に映るようになった」と解釈するのが自然です。

ここにも、ノアの箱舟事件以前と以降とで、時間的にも、人間の生活面に於いても、大きなギャップがあることがうかがえます。
  バベルの塔崩壊事変の記載も不自然でした。
  ノアの裸のときの呪いの言葉も不自然でした。
 この辺りで大きな時間的なギャップが生じて、歳と年の区分けが混乱変化したと判断するのが適当だと思われます。

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2014年8月20日 (水)

H32、アブラム⇒アブラハムへ(99歳の時)

 創世記第16章1節~
【 アブラムの妻サライは子を産まなかった。彼女にひとりのつかえめがあった。エジプトの女で名をハガルといった。サライはアブラムに言った、「主はわたしに子をお授けになりません。どうぞ、わたしのつかえめの所にお入りください。彼女によってわたしは子をもつことになるでしょう」。
アブラムはサライの言葉を聞きいれた。 アブラムの妻サライはそのつかえめエジプトの女ハガルをとって、夫アブラムに妻として与えた。これはアブラムがカナンの地に十年住んだ後であった。 彼はハガルの所にはいり、ハガルは子をはらんだ。彼女は自分のはらんだのを見て、女主人を見下げるようになった。 そこでサライはアブラムに言った、「わたしが受けた害はあなたの責任です。わたしのつかえめをあなたのふところに与えたのに、彼女は自分のはらんだのを見て、わたしを見下げます。 どうか、主があなたと私の間をおさばきになるように」。 アブラムはサライに言った、「あなたのつかえめはあなたの手のうちにある。あなたの好きなように、彼女にしなさい」。そしてサライが彼女を苦しめたので、彼女はサライの顔を避けて逃げた。】
 なんとも赤裸々でかわいそうな話である。サライにもハガルにも、またアブラムに対しても同情を禁じ得ない。
【 主の使は荒野にある泉のほとり、すなわちシュルの道にある泉のほとりで、彼女に会い、そして言った、「サライのつかえめハガルよ、あなたはどこからきたのですか、またどこへ行くのですか」。彼女は言った、「わたしは女主人サライの顔を避けて逃げているのです」。主の使は彼女に言った、「あなたは女主人のもとに帰って、その手に身を任せなさい」。 主の使はまた彼女に言った、「わたしは大いにあなたの子孫を増して、数えきれないほどに多くしましょう」。主の使はまた彼女に言った、「あなたはみごもっています。あなたは男の子を産むでしょう。名をイシマエルと名づけなさい。主があなたの苦しみを聞かれたのです。彼は野ろばのようなひととなり、その手はすべての人に逆らい、すべての人の手は彼に逆らい、彼はすべての兄弟にして住むでしょう」。】
【そこでハガルは自分に語られた主の名を呼んで、「あなたはエル・ロイです」と言った。彼女が「ここでも、わたしを見ていられるかたのうしろを拝めたのか」と言ったことによる。 それでその井戸は「ベエル・ラハイ・ロイ」と呼ばれた。これはカデシとベレデの間にある。
ハガルはアブラムに男の子を産んだ。ハガルがイシマエルアブラムに産んだ時、アブラムは86であった。】

アベルを殺したカインとは違って、このイシマエルは、創世記後半部において、頻繁に登場してきます。 ソドム・ゴモラ滅亡時に逃れることになるロトも登場してきました。
 しかし、依然、カインの子孫やカインの後胤の行方が分かりません。 取りあえず、先を読み進みます。

第17章~
【 アブラムの99歳の時、主はアブラムに現れて言われた、】
アブラムとは、この後、アブラハムと名前が変わる人物です。

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2014年8月19日 (火)

H31、戦争に巻き込まれたロトを救う⇒新たな契約(預言)

 第14章~
【 シナルの王アムラぺル、エラサルの王アリオク、エラムの王ケダラオメルおよびゴイムの王テダルの世に、これらの王はソドムの王ベラ、ゴモラの王ビルシャ、アデマの王シナブ、ゼボイムの王セメベル、およびベラすなわちゾアルの王と戦った。 これら五人の王はみな同盟してシデムの谷、すなわち塩の海(死海)に向かって行った。すなわち彼らは12年の間ケダラオメルに仕えたが、13年目にそむいたので、14年目にケダラオメルは彼と連合した王たちと共にきて、アシタロテ・カルナイムびとを、ハムでスジびとを、シャベ・キリアタイムでエミびとを撃ち、セイルの山地でホリびとを撃って、荒野のほとりにあるエル・パランに及んだ。彼らは引き返してエン・ミシパテすなわちカデシへ行って、アマレクびとの国をことごとく撃ち、またハザゾン・タマルに住むアモリびとをも撃った。
 そこでソドムの王、ゴモラの王、アマデの王、ゼボイムの王およびベラすなわちゾアルの王は出てシデムの谷で彼らに向かい、戦いの陣をしいた。すなわちエラムの王ケダラオメルゴイムの王テダル、シナルの王アムラベル、エラサルの王アリオクの四人の王に対する五人の王であった。 シデムの谷にはアスファルトの穴が多かったので、ソドムの王とゴモラの王は逃げてそこに落ちたが、残りの者は山にのがれた。そこで彼らはソドムとゴモラの財産と食糧とをことごとく奪って去り、またソドムに住んでいたアブラムの弟の子ロトとその財産を奪って去った。】

最後の一行が言いたかったらしい。まことに(読むのに)疲れます。
【 時に、ひとりの人がのがれて来て、ヘブルびとアブラムに告げた。この時アブラムはエシコルの兄弟、またアネルの兄弟であるアモリびとマムレのテレビンの木のかたわらに住んでいた。彼らはアブラムと同盟していた。アブラムは身内の者が捕虜になったのを聞き、訓練した家の子318人を引き連れてダンまで追って行き、そのしもべたちを分けて、夜彼らを攻め、これを撃ってダマスコの北、ホバまで彼らを追った。そして彼はすべての財産を取り返し、また身内の者ロトとその財産および女たちと民とを取り返した。】
【 アブラムがケダラオメルとその連合の王たちを打ち破って帰った時、ソドムの王はシャベの谷、すなわち王の谷に出て彼を迎えた。その時、サレムの王メルキゼデクはパンとぶどう酒とを持ってきた。かれはいと高き神の際しである。彼はアブラムを祝福して言った。
  「願わくは天地の主なるいと高き神が、
  アブラムを祝福されるように。
  願わくはあなたの敵をあなたの手に渡された
  いと高き神があがめられるように」。】

 NHKの大河ドラマ「黒田官兵衛」の方が、よほど面白く、感銘的であると思うのは日本人の性癖かな?

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2014年8月18日 (月)

冒険とは?無謀とは?植村直己はどっち?Adventure? or Reckless? Naomi Uemura, who is?

「電車の線路に転落した人を助けて、自分が死んでしまった」、というニュースが時々テレビで流れます。 また、「海で溺れかけている人を助けた後、逆に自分の方がおぼれ死んでしまった」、なんて話しはしょっちゅう耳にします。
一様に(一応)美談として報道されるのですが、これって本当に美談なのでしょうか?
 難しい問題ですが、考えてみましょう。
Their dead and help people fell onto the train tracks that flows occasionally on TV news. Also, "helped people drowning in the ocean and then conversely who drowned died", I speak every so often you'll hear.  What is uniform (one respondent) reported as a hero, but is it really a hero? Is a difficult problem, but let's think.
 助けられた人の家族にとっては、確かに有り難いことでしょうし、美談なのですが、犠牲的精神(究極の利他主義)を発揮して亡くなった人の家族や同僚は、たまったものではありません。その影響には計り知れないものがあります。
 冒険は生きて生還してこそ意味があります。 冒険家も死んでしまったら途端に無謀家と変わるのです、いかにそれまで数々の大冒険に成功していたとしてもです。人助けも自分が生きて生還しなければ、何にもなりません。数の論理で見ても「一人助けて一人死んだ」では、±0(ゼロ)ではなくて、マイナスなのです。
 これは私が5年前に書いた記事でした。ところが・・・

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2014年8月17日 (日)

H30、アブラムはロト同伴で、エジプトへ

 第12章1節~
【 時に主はアブラムに言われた、「あなたは国を出て、親族に別れ、父の家を離れ、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大きくしよう。あなたは祝福の基(もとい)となるであろう。
  あなたを祝福する者をわたしは祝福し、
  あなたをのろう者をわたしはのろう。
  地のすべてのやからは、
  あなたによって祝福される」。
 アブラムは主が言われたようにいで立った。ロトも彼と共に行った。アブラムはハランを出たとき75であった。アブラムは妻サライと、弟の子ロトと、集めたすべての財産と、ハランで得た人々とを携えてカナンに行こうとしていで立ち、カナンの地にきた。アブラムはその地を通ってシケムの所、モレのテレビンの木のもとに着いた。】
【 そのころカナンびとがその地にいた。 時に主はアブラムに現れて言われた、「わたしはあなたの子孫にこの地を与えます」。アブラムは彼に現れた主のために、そこに祭壇を築いた。 かれはそこからベテルの東の山に移って天幕を張った。 西にはベテル、東にはアイがあった。
そこに彼は主のために祭壇を築いて、主の名を呼んだ。
 アブラムはなお進んでネゲブに移った。】
【 さて、その地にききんがあったので、アブラムはエジプトに寄留しようと、そこに下った。ききんがその地に激しかったからである。 エジプトにはいろうとして、そこに近づいたとき、彼は妻のサライに言った、「わたしはあなたが美しい女であるのを知っています。それでエジプトびとがあなたを見る時、これは彼の妻であると言ってわたしを殺し、あなたを生かしておくでしょう。 どうかあなたは、わたしの妹だと言って下さい。そうすればわたしはあなたのおかげで無事であり、わたしの命はあなたによって助かるでしょう」。】

 アブラム(≡アブラハム)がエジプトに寄留しようと下ったのですから、その頃既に、四大文明のひとつエジプトは大繁栄していたのですね。 モーセが脱出劇を演じるズーっと以前に、アブラハムがエジプトに一時寄留をしていたのでした。

【アブラムがエジプトに入った時エジプトびとはこの女を見て、たいそう美しい人であるとし、またパロの高官たちも彼女を見て、パロの前でほめたので、女はパロの家に召し入れられた。パロは彼女のゆえにアブラムを厚くもてなしたので、アブラムは多くの羊、牛、雌雄のろば、男女の奴隷および、らくだを得た。】

 なんとも読むに堪えない話ですが、聖書は正直に書いていますね。これがアラブの常識なのでしょうか。
【 ところで主はアラブの妻サライのゆえに、激しい疫病をパロとその家に下された。パロはアブラムを召し寄せて言った、「あなたはわたしになんという事をしたのですか。なぜ彼女が妻であるのをわたしに告げなかったのですか。あなたはなぜ、彼女はわたしの妹ですと言ったのですか。わたしは彼女を妻にしようとしていました。さあ、あなたの妻はここにいます。連れて行ってください」。パロは彼の事について人々に命じ、彼とその妻とよびそのすべての持ち物を送り去らせた。】

 どうみても、エジプトを指導していたカミの方が高尚であり、アブラムを導いていたカミの方が、低俗で嫉妬深い。依怙贔屓が過ぎると思われます。天地を創造された名前の付けられない神様と同じに扱うと失礼ですね。 ただ、聖書のよい所は、このように不都合な箇所も、あったままに記録して後世に伝えていることです。

第13章、~

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2014年8月16日 (土)

H29、バベルの塔事件はまるで他人事?

 何に関心を持って、創世記を筆読しているのかと改めて言えば、「時間/歳/年の関係を(科学の目で)改めて追いかけたかったから」、なのでした。次の章にてバベルの塔事件が起こり、そこに年代を示唆する歳が再び出て来ます。

創世記第11章から
【 全地は同じ発音、同じ言葉であった。時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。彼らは互いに言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代わりに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂きを天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。】
【 時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめえないであろう。さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じないようにしよう」。】

 ここで再度、われわれは という複数形のカミ(G.)表現が出て来ました。名前の付けられない唯一神ではないことが分かります。子神様か孫神様かは不明ですが、〔キリスト宇宙人説〕なんかも、こんな辺りからも出て来そうな記述{われわれ}表現なのです。

【 こうして主が彼らのをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。これによってその町の名はバベルとよばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。】

 ものすごい大事件であったにも関わらず、簡単な記述で済まされているのが気になります。うがった見方ですが、まるで他人事のような書き方です。この文章を書いているのは、一体誰なんでしょうか? 気になりますね。

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2014年8月15日 (金)

H28、契約とは、条件付きの約束/宣言

 創世記 第九章 ~
【 神はノアとその子らとを祝福して彼らに言われた、「生めよふえよ、地に満ちよ。地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に服し、すべて動くものはあなたがたの食物となるであろう。 さきに青草をあなたがたに与えたように、わたしはこれらのものを皆あなたがたに与える。 しかし肉を、その命である血のままで、食べてはならない。
 あなたがたの命の血を流すものには、報復するであろう。いかなる獣にも報復する。兄弟である人にも、わたしは人の命のために、報復するであろう。
  人の血を流す者は、人に血を流される、
  神が自分のかたちに人を造られたゆえに。
  あなたがたは、生めよ、ふえよ、
  地に群がり、地の上にふえよ」。】

エホバの証人さんは、この辺りの文章をもって輸血を拒まれておられる模様です。イエス・キリスト誕生・復活以降2000年後の今日でも、この条件付き約束が維持され続けているとするのには、少々無理があるようにも感じます。

【神はノア及び共にいる子らに言われた、「わたしはあなたがたの後の子孫と契約をたてる。 またあなたがたと共にいるすべての生き物、あなたがたと共にいる鳥、家畜、地のすべての獣、すなわち、すべて箱舟から出たものは、地のすべての獣にいたるまで、わたしはそれと契約を立てよう。 わたしがあなたがたと立てるこの契約により、すべて肉なる者は もはや洪水によって滅ぼされることはなく、また地を滅ぼす洪水は、再び起こらないであろう。 さらに神は言われた、「これはわたしと、あなたがたと共にいるすべての生き物との間に代々かぎりなく、わたしが立てる契約のしるしである。
 すなわち、わたしは雲の中に、虹を置く。これがわたしと地との間の契約のしるしとなる。わたしが雲を地の上に起こすとき、にじは雲の中に現れる。 こうして、わたしは、わたしとあなたがた、及びすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた契約を思い起こすゆえ、水はふたたび、すべて肉なる者を滅ぼす洪水とはならない。 にじが雲の中に現れるとき、わたしはこれを見て、神が地上にあるすべて肉なるあらゆる生き物との間に立てた永遠の契約を思いおこすであろう」。そして神はノアに言われた、「これがわたしと地にあるすべて肉なるものとの間に、わたしが立てた契約のしるしである」。】

 しつこく繰り返されてはいますが、名前の付けられないカミ(G.)とは違う神様のような匂いが漂って来ます。 何処かの生き残り部族に話されたことかもしれません。ノアに言われたにしては内容が文学的なイメージが強すぎるように感じるのは私だけでしょうか?

【箱舟から出たノアの子らはセム、ハム、ヤペテであった。ハムカナンの父である。この三人はノアの子らで、全地の民は彼らから出て、広がったのである。】

 ここまで読むと、第九章以降とそれ以前の章との間に、大きなギャップがあるのに気が付きます。 すなわち、これまでの章は、地球規模の話であったのに、第九章以降は、ノアが漂着した辺りの地域(中東地域)だけが世界である との認識で話が進んでいる。
他の地域には、数千人単位の生き残り部族(7部族)がいたであろうし、アダム長男カインの生き残りも何処かに生き残っているはずなのですが、もう忘れられている。
 全能の神様が彼らの事を忘れているはずはありません。
 高校世界史の参考書には、メソポタミアの最古の文化(シュメール人の文化)紹介記事として、ギルガメシュ英雄叙事詩:「伝説のウルク王ギルガメシュを中心とした3000年に及ぶ一大叙事詩。この中にある洪水説話は、旧約聖書の「ノアの箱舟」の話と非常に良く似ている。」が紹介されています。
 旧約聖書がユダヤ人の手によって書かれるズーッと以前にこのギルガメシュ英雄叙事詩が書かれていた。『それを参考にしつつ洪水伝説は書かれたらしい』という考古学の考察には、説得力があります。
 それはともかく、これ以降は、中近東が世界であり、ユダヤ人の正統性を主張しつつ、歴史が記録されていく事を頭に置いて置きましょう。
 以降は、ノアの600.35歳を特別長寿を除くと、人の寿命は120年(Max)に激減している様子です。

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ゴルゴ13 が日本で立寄る教会、(2014 8/10)

 横山先生、私のために往復120Kmの道程をものともせず、豊栄町の田舎までお越し頂き、有難うございました。
届けて頂いた写真、勝手ながら早速、ブログ掲載させて頂きました。
 こんなに皆さん全員のお顔が、はっきり写っているのは素晴らしい!
やはり、先生ご夫妻がお住みの家は、神の立寄る家だと、
 改めて思います。
Photo
 期せずしてこの写真には、「すごろく」の心が写り込んでいました。
 二階の格子、の「目の数」をカウントしてみてください、
〔縦に13 横に13〕の格子が、写り込んでいますね。
 この13は、ゴルゴ13(さいとう・たかを著)の13 ですよ、
ゴルゴタの丘の13日の金曜日】が、ネーミングの由来!
 これ本当にそういう由来設定なのです!

 この写真に一緒に写っている若い人達に、
「実はうちの教会には、神の家の印が、あちこちに(それとなく)掲げられているんだよ、ゴルゴ13の立ち寄る家なんだ!」
って話してあげれば、ビックリすると思いますよ。
13x13 の格子板が、右手上段に8枚、高々と掲げられているのでした。
正面は横長で、56x13=728 のサイコロ並びとはなっていますが、縦:13は一緒です。

  2014  8/15 (終戦記念日) 大山宏
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 以下は、 ウィキペディアよりの、コピーです。
すごいですね、大人向けの漫画ですが、世界の百科事典「ウィキペディア」にインターネット掲載されるんですから。【まんが】も馬鹿にできません。
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ゴルゴ13』(ゴルゴサーティーン)は、さいとう・たかをによる日本漫画作品。超一流のスナイパー(狙撃手)「ゴルゴ13」ことデューク東郷の活躍を描く劇画作品。1968年11月より小学館ビッグコミック』誌で連載を開始し、現在も同誌に連載中。リイド社単行本は2014年7月現在173を数える。
 

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2014年8月14日 (木)

「オタマジャクシ」のひみつ

 「おたまじゃくし」って本当に興味深いですね。
最初は、ダジャレ遊び のつもりでしたが、これが案外、深い意味が込められていました。
「お玉(おたま)」って玉子(たまご:卵)のことなんですね(広辞苑)。
「じゃくし」は「杓子」でもあり、「寂し」「弱子」「若子」でもあるんだな(辞書にそう書いてあったよ。
♪オ~タマジャクシはカエルの子~♪の「カエル」って、
【卵(たまご)が孵る(かえる)のカエル】って意味がはっきり辞書に書いてあるんだな、ビックリしたよ、嘘だと思ったら調べて見てごらん。
確かに、お母さんのお腹の中の赤ちゃんは、1個のたまごの中にオタマジャクシが育ってきて時々お母さんのお腹を蹴ったりするんだな。若い元気な子なんだな。Photo
1個の中に、小さな(・)が発生し、それが分裂を繰り返しているうちに、さかなの稚魚みたいな形になり、やがて手ができ、足が生えて来てるんだ。
あなたも、モニターテレビや写真で、赤ちゃんが成長していくところを実際に見たことあるでしょ。 小さな小さな卵子(・)の中にそのまた小さな(・)が発生し、その小さな小さな(・)が、2つ、4つ、8つ、16、32、64、128、・・・と繰り返して、小宇宙が出来上がって来ているんですね。
 生命/生き物の不思議、宇宙の不思議と言えますね。
英語ではどうなるのかな?
  ~~~ ~~~ ~~~ ~~~
 英語で、Jack(ジャック)と言えば、元気な男の子の呼び名です。
トランプカードでも、Jack(ジャック)とは、若々しい王子様でしょ。
ジャックナイフって言えば、反り返っているナイフのことでしょ、
「おたまじゃくし」とは、玉(オタマ:球:Kyu-:Q)の中の、Jack(ジャック)子と、同じこと指しているじゃあないですか。
 本当に不思議ですね。
英語と日本語とどっちが先に出来てたと思いますか?
私は、日本語の言葉(ことば)の方が、先に出来てたと思うんです。
何故なら、アルファベットは26文字、大文字小文字を合わせても、52文字です。

 日本語には、「いろは」だけでも51オン(音)♪
それとは別に、
ガ(Ga)、ギュ(Gyu)、ギョ(Gyo)、ダ(Da)、デュ(Dyu)、デョ(Dyo)、
ジュ(Ju)、ジョ(Jo)、、なとなど、50音の3~4倍のオン(音)
があるんです。この豊かさは、世界の何処の国を探しても、ないんです。

 フランシスコ・ザビエルが日本にキリスト教を伝えに来た時、余りに日本の文化が高いので驚嘆したという話が残っています。
そりゃそうでしょ、「神は愛です」と言えば、
知ってるよそんなこと、慈愛(Gi-AI) だってことぐらいは知ってるよ、それがどうしたの?』と、聞くし、
「神は最初にひかり(Hikari)を創造されたのです」と教えれば、
『だから、知ってるって言ってるでしょ、God ひかり(Hikari)を最初に造られた。だから神の御心のことを慈悲心(Gi-Hi-Shin)だと我々は認識しているんだよ。』と答えるんですから、宣教師ザビエルも、さぞや,やり難かったことでしょうね。
 ~~o(^o^)o~~
2014  8/9 H.Oyama(大山宏)

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オタマジャクシで宇宙がわかる

 童謡って不思議な世界ですね♪
「かえるの歌」で、子供が分かるし、
「メダカの学校」を歌っていると、女と男の違いも自然のうちに理解出来てしまうんですから。
 更に、
「オタマジャクシの歌」を歌っていると、宇宙が見えてくるんだから不思議です♪
Photo_4
オタマジャクシ〔の〕 だけで絵が描いてあるの分かりますか?
最初の「お」は、丸い球(Kyu-:○) 。
次の「たま」 は、玉(タマ)です。 下の方に、小さいオタマジャクシが2~3匹並んで泳いでいますね。
「じゃ」は、漢字で書くと、蛇⇒「大蛇2匹」、これって、「S Z」にも見えるでしょ。S Z も、オタマジャクシなんですな。 音符が二つ〔♪♪〕でもいいかな?
(Ku)」は、1匹のオタマジャクシでも良いけど、ここは、9匹のオタマジャクシで円に沿って泳いでもらいました。
歌という絵文字には何匹のオタマジャクシがいますか?
 5匹かな? 6匹かな?
Photo_2
「し(sHi)」の字のオタマジャクシを白黒反転してみました。
これって、お母さんのお腹の中の赤ちゃんの形です。
 そっくりでしょ!
Photo_5
球の中に、ⅱ匹のオタマジャクシが仲良く泳ぎ回っています。
これが、左ふたつ巴(ともえ)の家紋の元なんですよ。
神社で良く見かけるのは、オタマジャクシが3匹泳いでいるので
左三つ巴って呼ばれます。
次は何の絵かな?
Photo_6
時代劇のお母さんが使う櫛(くし)ですね。
 ~~o(^o^)o~~

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2014年8月13日 (水)

H27、ノア家族以外に7種族は洪水後も残った(今から534万年前)

 創世記第六章9節~
ノアの系図は次の通りである。ノアはその時代の人々の中で正しく、かつ全き人であった。ノアは神とともに歩んだ。ノアはセム、ハム、ヤペテ の三人の子を生んだ。

 時に世は神の前に乱れて、暴虐が地に満ちた。神が地を見られると、それは乱れていた。すべての人が地の上でその道を乱したからである。
そこで神はノアに言われた、「わたしは、すべての人を絶やそうと決心した。彼らは地を暴虐で満たしたから、わたしは彼らを地とともに滅ぼそう。
 あなたは、いとすぎの木で箱舟を造り、箱舟の中にへやを設け、アスファルトでそのうちそとを塗りなさい。 その造り方は次のとおりである。すなわち箱舟の長さは300キュビト、幅は50キュビト、高さは30キュビトとし、箱舟に屋根を造り、上へ1キュビトに仕上げ、また箱船の戸口をその横に設けて、一階とニ階と三階のある箱舟をつくりなさい。】

 ものすごく詳細な指示です。アスファルトで防水を施すなんて、ど素人では考えつかないでしょう。1キュビトが何メートルに相当するのかは不明ですが、
高さが30キュビトで屋根が上1キュビット、一階とニ階と三階のある箱舟とあることから、10キュビトが3メートル、1キュビトは約33㎝≒1尺(Shaku)相当と思われます。
どうゆう訳か、1フィートも約1尺(Shaku)であり、世界各地に、万国共通の長さ単位が大昔から存在してたようです。

 これで換算すると、箱舟の長さは約90m、幅は15m、高さは10m、・・という木船です。
木船としてはかなり大型ですが、いとすぎ(糸杉)の大木が材料なら可能な範囲と思います。当時、これくらいの製造技術はあったと考えるのが自然です。

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2014年8月12日 (火)

H26、ノアの箱船は五ヵ月間漂流。1年余り箱船内で生活。

【 さて洪水が起こった時、ノアは六百歳であった。ノアは子らと、妻と、子らの妻たちと共に洪水を避けて箱舟にはいった。また清い獣と、清くない獣と、鳥と、地に這うすべてのものとの、雄と雌とが、つずつノアのもとにきて、神がノアに命じられたように箱舟にはいった。 こうして七日の後、洪水が地に起こった。
 それは
ノアの六百歳の17であって、その日に大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。】
【 
その同じ日に、ノアの子セム、ハム、ヤペテと、ノアの妻と、その子らの三人の妻とは共に箱舟にはいった。 またすべての種類の獣も、すべての種類の家畜も、地のすべての這うものも、すべての種類の鳥も、地のすべての翼あるものも、皆はいった。
すなわち命の息のあるすべての肉なるものが、ニつずつノアのもとにきて、箱舟にはいった。 そのはいったものは、すべて肉なるものの雄と雌とであって、神が彼に命じられたようにはいった。 そこで主は彼のうしろの戸を閉ざされた。】
【 洪水は四十日のあいだ地上にあった。 水が増して箱舟を浮かべたので、箱舟は地から高く上がった。また水はみなぎり、地に増したので、箱舟は水のおもてに漂った。 水はまた、ますます地にみなぎり、天の下の高い山々は皆おおわれた。
水はその上、さらに15キュビトみなぎって、山々は全くおおわれた。地の上に動くすべて肉なるものは、鳥も家畜も獣も、地に群がるすべての這うものも、すべての人もみな滅びた。
すなわち鼻に命の息のあるすべてのもの、陸にいたすべてのものは死んだ。 地のおもてにいたすべての生き物は、人も家畜も、這うものも、空の鳥もみな地からぬぐい去られて、ただノアと、彼と共に箱舟にいたものだけが残った。水は百五十日(にち)のあいだ地上にみなぎった。】

 衝撃的な大事件であって、生き残った人々の心に深く刻み込まれたのが、読むたび毎に伝わってきます。 世界は地平線の内側という相対性原理からみた時、これは彼ら視界に入って来た事は、事実そのものであったと科学するものは思います。
 故高橋実氏の書かれた灼熱の氷惑星でも、この箇所は最重要場面として、分析がなされてます。
その結果、「あの広大なサハラ砂漠は、この時形成された」と理論的に導き出されたのでした。
 事件のポイントを箇条書きにすると、三行になります。
(1)、洪水が地に起こったのは、ノアの六百歳の2月17日であり、大いなる淵の源は、ことごとく破れ、天の窓が開けて、雨は四十日四十夜、地に降り注いだ。
(2)、洪水は
四十日のあいだ地上にあった。
(3)、天の下の高い山々は皆おおわれた。水はその上、さらに
15キュビトみなぎって、山々は全くおおわれた

第八章~
【神はノアと、箱舟の中にいたすべての生き物と、すべての家畜とを心にとめられた。 神が風を地の上に吹かせられたので、水は退いた。 また淵の源と、天の窓とは閉ざされて、天から雨が降らなくなった。
それで水はしだいに地の上から引いて、百五十日の後には水が減り、箱舟は7月17日に
アララトの山にとどまった。
 水は次第に減って、十月になり、十月一日に山々の頂きが現れた。】

(4)、2月17日に起こった大洪水は、
150日(カ月)後には引き始めた。
(5)、
箱舟は(5ヶ月後の)7月17日にアララテの山にとどまった。
(6)、水は次第に減って、
10月1日に、山々の頂きが現れた。

【 40日たって、ノアはその造った箱舟の窓を開いて、からすを放ったところ、からすは地の上から水がかわききるまで、あちらこちらへ飛びまわった。
ノアはまだ地のおもてから、水がひいたかどうかを見ようと、彼の所から、はとを放ったが、
はとは足の裏をとどめる所が見つからなかったので、箱舟のノアのもとに帰ってきた。水がまだ全地のおもてにあったからである。 彼は手を伸べて、これを捕え、箱船の中の彼のもとに引きいれた。
それから七日待って再び
はとを箱舟から放った。はとは夕方になって彼のもとに帰って来た。見ると、そのくちばしには、オリブの若葉があった。ノアは地から水がひいたのを知った。 さらに七日待ってまた、はとを放ったところ、もはや彼のもとには帰ってこなかった。】

【 
六百一歳の日になって、地の上の水はかれた。 ノアが箱船のおおいを取り除いてみると、土のおもては、かわいていた。 27になって、地は全くかわいた。
 この時、神はノアに言われた、「あなたは妻と、子らと、子らの妻たちとともに箱舟を出なさい。 あなたは、共にいる肉なるすべての生き物、すなわち鳥と家畜と、地のすべての這うものとを連れて出て、これらのものが地に群がり、地の上にふえ広がるようにしなさい」。
 ノアは共にいた子らと、妻と、子らの妻たちとを連れて出た。 またすべて地の上に動くものは皆、種類にしたがって箱舟を出た。】

(7)、六百一歳の1月1日になって、地の上の水はかれた。 2月27日(洪水発生は昨年2月17日なので、1年と10日後)に、ノアは箱舟を出た。

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2014年8月11日 (月)

H25、人の寿命が120年以下に激減したのはノア異変以降?

   【ノアは五百歳になって、セム、ハム、ヤペテ を生んだ。】
第六章1節~ 
【人(Hito)が地のおもてにふえ始めて、娘たちが彼らに生まれた時、カミ(Kami)の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。 そこでシュ(Shu:主)は言われた、私のレイ(Rei:霊)はながく人の中にとどまらない。彼は肉にすぎないのだ。しかし、彼の年(トシ:Toshi)は百二十年(ネン)であろう」。】

 驚くべきことが正直に書かれています。
「カミ(Kami)の子たちは人の娘たちの美しいのを見て、自分の好む者を妻にめとった。」と明記してあるのです。
「カミ(Kami)の子たち」とは、一体だれダレ(誰)を指すのだろうか?
の子たち と1955年版聖書はなっていますが、あえて私はカミ(Kami)〕とオン読み表記で次に進んでみました。

【そのころ、またその後(のち)にも、地にネフィリム(Nephilim)がいた。これはカミの子たちが人の娘たちのところにはいって、娘たちに産ませたものである。彼らは昔の勇士であり、有名な人々であった。】

 ネフィリム(Nephilim)の名前の意味は「(天から)落ちてきた者達」(ウイキペディア)とのことだそうで、後で巨人とか種族の呼び名にもなっていくものとのこと。
キリスト教/ユダヤ教/イスラム教の一神教において、この第六章の文章解釈は揺れにゆれたことであろう。 三位一体説なんて、何処をどうひねっても科学的には ひねり出せそうにありません。

 ここは素直に、モーセの置かれた情景/状況を浮かべつつ以下の検討を行ってみました。
第五章までの人々の寿命です。
 
      (小数点表示)  ( 歳+年としての記録数値)
 
アダム  130.800歳    130+800= 930
セツ   105.807歳    105+807= 912
エノス   90.815歳     90+840= 930
カイナン  70.840歳     70+840= 910
マハラレル 65.830歳    65+830= 895
ヤレド   162.800歳   162+800= 962 
エノク    65.300歳    65+300= 365
メトセラ 187.782歳    187+782= 969
レメク   182.595歳   182+595= 777

このように並べてみると、年と歳とを混同した記載数値の不自然さが良く分かります。
   《、歳+年の記録数値は、800~900にそろい過ぎて不自然。》

      
(小数点表示)での平均寿命は、1062.569÷9人=118.063歳
Ave,=118歳、 Min=65歳、 Max=188歳で、頃合いの正規分布です。
Ave.118歳を満年齢に直すと、118000年=11万8千歳!

 元々神様に似せて造られたのですから、このくらいの寿命があって不思議でもなんでもありません。
 後の記録ではネフィリムが数百年、ネフィリム以外の人々は、
「(肉にすぎない)彼の年(トシ:Toshi)は百二十年(ネン)であろう」。
の言葉通り、現代人の寿命と同じ、120才止まりと変わったのでした。
織田信長の舞う「人間五十年、下天の内をくらぶれば・・」で言えば、ノアの箱舟事変以降は、50~60年生きられれば良い方 という低値安定時代に変わったのでした。
~ao(>-<)oa~

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2014年8月10日 (日)

「メダカの学校」で女の子と男の子の違いがわかる

 先日、童謡「かえるの歌」で、親子の気持ちが分かる、というお話をしました。
今日は、「メダカの学校」を歌いつつ、女の子と男の子の違いについて、子供たちが自然のうちに学ぶことを一緒に考えてみましょう。
(日本語の勉強です)♪
 めだか、めじか、めずか、めぜか、めぞか、
…〔 だ、じ、ず、ぜ、ぞ、〕と変化したのですよ♪
  めだか は、メダカ。
  めじか は、女鹿(めじか)
  めずか は、メスメス(2匹)。
  めぜか は、メセメセ(召せ)
  めぞか は、メソメソ(泣く)
 濁音[だくおん]は、二回繰り返すのが約束ですから、メゾは、メソメソと泣く状態を現しています。
 メセメセは、ちょっとムツカシイかな?
「飯(めし)を召し(めし)上がってくださいませ」をつめると、「めし召せ(めせ)」 となるのです(多分多聞)。
   ♪good.(^-^).good♪
多分(たぶん)は、「おそらくそうだろう」という意味です♪
多聞(たぶん)の聞は、新聞の聞(ぶん)ですよ。
門の中に耳がいるんです。
多聞平八郎 なんて名前の武士(ぶし)が時代劇で登場しますが、よみかたは〔たもん へいはちろう〕ですよ、間違えると切り殺されますからご用心!
 男(おとこ)の子はこわいですね。
女(おんな)の子はメス(雌)でしたから、男の子はオス(雄)です。
2コ2コ表示で〔‥さ‥し‥す‥せ‥そ〕と変化させつつ並べてみましょう。
 オサオサ オシオシ オスオス オセオセ オソオソ
となります。
オサとは、村の長(おさ;長老)がぴったりです。
オシとは、相撲の押し。押し黙って酒を飲むのも男らしいですね。
オスとは、雄/押す/男‥と自明です。
オセは、大きな頼もしい男の背中(せなか)に聴こえます。
オソは、恐(おそ)ろしいとか、敵を襲う(おそう)と解釈すると、男のイメージがわいてきます。
    〜〜o(^o^)o〜〜
 先生が小さい子供のころ、こやま[Koyama]って呼ばれるのがイヤでした。ですから先生はインターネットのブログでは、大山宏としています。廣雄小山(ひろおおやま)⇒Hiro. Oyama⇒宏大山⇒大山宏って訳です。
これだと、国内の人も、外国の人も、先生の名前を正確な発音で呼んでくれます。
 神奈川県に大山[Mt.Oyama]という霊験(れいけん)あらたかな山があります。
鳥取県にある大山[Mt.Daisen]は紅葉の素晴らしい山ですが、こちらは〔だいせん〕です。
間違えないでね。
 ついでに、柔道の大山倍達(おおやまますたつ)も、
 明治時代の陸軍大将 : 大山巌(おおやまいわお)も、男の子ですよ♪
「めだかの学校」には、男の子も女の子も一杯いましたね。
  ♪男の子は女の子に優しくしてあげてね♪

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2014年8月 9日 (土)

広島・長崎はソドムとゴモラよりも酷い仕打ち。(You Killed Them.)

 今日(8月9日)は、長崎に原爆が投下された日です。この日のちょうど今、わたしは「ソドムとゴモラを滅ぼしに来た人(天使)」と題して、旧約聖書の第18章を筆読しておりました。 先日《8月6日》には広島(Hiroshima)に原爆が投下され、多くの人々(ひとびと:Hito-Hito-Hito--)が惨殺されました。 あろうことか、イエス・キリストを信奉し聖書を片時も手放さない国人の手によって、殺戮がなされたのです。
 大反省して頂きたい、キリスト教やユダヤ教・イスラム教を信奉しつつ日々の暮らしを送っておられる人々は、大反省をして頂きたい。あなたがたのエゴ(聖書の勝手な解釈)によって、広島と長崎で、何十万人の人々が一瞬のうちに、犠牲となったのです。
 それは、やむを得ない正義だった、なんてことは、聖書には少しも書いてありません。御疑いなら、旧約聖書18章17節~33節までの1ページ足らずを、じっくりと読み直してみて頂きたい。そこには、三人の天使を通して「主なる神」とアブラハムとの会話のやりとりをなさっている様子が、赤裸々に語られていますから。

 人を裁く権限(正義)は、どこの民族にも与えられてはいないのです。 身勝手な解釈で、正義を振りかざす争いは、どこのだれにも与えられてはいないのです。
「相手ばかりに非がある」との主張はもう止めてほしい。 「右のほほを打たれたならば、左のほほを差し出せ」との精神の実践をしてこそ、あなたがたの平安や世界平和に結び付くことをもう一度、考えてみて下さい。
 高飛車な申し方をいたしました。失礼の談、お許しください。
2014年、8月9日 H.Oyama(大山宏)Christians_distribution1_2
ウィキペディア「キリスト教徒」からコピーさせて頂きました。感謝!
「世界各国のキリスト教徒の割合」との表題が付いていました。
ちなみに、日本国のクリスチャンは、
 明治以降も%程度以下の状態が続いています。 21世紀の現代に於いて、隠れキリシタンがいかほどいるのかは不明です。

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「かえるの歌」で子供がわかる

 童謡って不思議な世界ですね♪
「かえるの歌」で、子供が分かるし、 「メダカの学校」を歌っていると、女と男の違いも自然のうちに理解出来てしまうんですから。
 更に、 「オタマジャクシの歌」を歌っていると、宇宙が見えてくるんだから不思議です♪
 今日はまず、かえるの歌で(日本語の)神様のお話をしましょう。

 あいうえお、かきくけこ、さしすせそ、…って知ってますね。どこまで言えますか?
なにぬねの、はひふへほ、まみむめも、…と続き、
やイゆエよ、らりるれろ、わイウエを、ん(ン)、で終わりですね。
 最初の〔あいうえお〕は子音♪と呼びます。そのあとの〔か…〕〔さ…〕〔た…〕〔な …〕〔は…〕〔ま…〕〔や…〕〔ら…〕〔わ…〕は、母音(ボオン)と呼びます。
 お母さんの後に供の音(オン)がくっついて歩いているんです♪

 カエルの歌で確かめてみましょう。
「 かえない。かえます。かえ。 かえ。 かえう」。
    ・・ 〔 ら、り、る、れ、ろ、〕と変化したのです ・・
 どうです、カエルの親子の動きや気持ちが見えてきましたね。これを動詞(どうし)と言います、カエル親子の気持ちや動きが、素直(すなお)に伝わってくるから。
 カエルの歌は、放蕩息子(ほうとうむすこ)の歌だったのですね♪
   ♪god.(^-^).god♪
 カエルの歌がどうして、放蕩息子(ほうとうむすこ)の歌なのか?
これは、新約聖書に出て来る話なのです。
ある金持ちに、子供がいて、財産を分けてもらって、旅に出ました。分けてもらった財産をすっかり使い果たし、困ってしまったのです。そこで、その子供は「お父さんのもとに、帰ろうか、帰るまいか、悩むのです。
 そこで、「 かえな~い。かえます。かえ。 かえ。 かえうか?」
って悩んだ末に、結局、お父さんのもとに、「ごめんなさい」と言って、帰っていったのでした。 お父さんは喜んで迎え入れてくれたそうです。
  おしまい。 ♪god.(^-^).god♪
 カエルの歌が聞こえて来るよ。ゲッ、ゲッ、ゲッ、
   ゲゲ ゲゲ ゲゲ ゲゲ  ゲッゲッゲー

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2014年8月 8日 (金)

H24、アダム以降~ノアの箱舟事変_前夜までの経緯

 これまでの話で、レメクが6代目カインである事が分かりました。前回は、
「第四章の内容が、日本の古代の歴史神話と瓜二つ というような気がして来た」というお話をしました。 創世記の話は、神がカイン放逐された以降の アダムのその後に戻っています。

 創世記第四章25節~
 
アダムはまたその妻を知った。彼女は男の子を産み、その名をセツ(Setu)と名づけて言った、「カインがアベルを殺したので、神はアベルの代わりに、ひとりの子をわたしに授けられました」。セツにもまた男の子が生まれた。彼はその名をエノス(Enos)と名づけた。
  この時、人々は主の名を呼び始めた。】

 これまで気が付かなかったのですが、アダム(Adam)という名前は、この第四章の終りに来て初めて出て来たのでした。 思い出してみるに、”主なる神”という呼び方が いつの間にか「」という言い方に代わって来てもいました。『この時、人々はの名を呼び始めた』。という意味も、なんとなく解って来ました。

創世記第五章~
アダムאָדָםの系図は次のとおりである。
神が人を創造された時、神にかたどって造り、彼らを男と女とに創造された。彼らが創造された時、神は彼らを祝福して、その名をアダムと名づけられた。アダムは百三十歳になって、〔自分にかたどり、自分のかたちのような男の子〕を生み、その名をセツ(Setu)と名づけた。
 アダムがセツを生んで後、生きた歳は800年であって、ほかに男子と女子を生んだ。アダムの生きた歳は(小数点表示で) 130.800歳であった。そして彼は死んだ。】

 アダムは百三十歳になって、〔自分にかたどり、自分のかたちのような男の子〕を創造されたのでした。その様は、〔神が人を創造された時、神にかたどって造り、彼らを男と女とに創造〕されたのと、ソックリ瓜二つ でした。

セツは百五歳になって、エノス(Enos)を生んだ。セツはエノスを生んだ後、807年生きて、男子と女子を生んだ。セツの歳は(小数点表示で) 105.807歳であった。そして彼は死んだ。】
エノスは90歳になって、カイナン(Kainan)を生んだ。 エノスはカイナンを生んだ後、815年生きて、男子と女子を生んだ。エノスの歳は(小数点表示で) 90.815歳であった。そして彼は死んだ。】

カイナンは70歳になって、マハラレル(Mahararel)を生んだ。 カイナンはマハラレルを生んだ後、840年生きて、男子と女子を生んだ。カイナンの歳は(小数点表示で) 70.840歳であった。そして彼は死んだ。】
マハラレルは65歳になって、ヤレド(Yaredo)を生んだ。 マハラレルはヤレドを生んだ後、830年生きて、男子と女子を生んだ。マハラレルの歳は(小数点表示で) 65.830歳であった。そして彼は死んだ。】

ヤレドは百六十二歳になって、エノク(Enoku)を生んだ。ヤレドははエノクを生んだ後、800年生きて、男子と女子を生んだ。ヤレドの歳は(小数点表示で) 162.800歳であった。そして彼は死んだ。】
エノクは65歳になって、メトセラ(Metosera)を生んだ。 エノクはメトセラを生んだ後、300年、神とともに歩み、男子と女子を生んだ。エノクの歳は(小数点表示で) 65.300歳であった。エノクは神とともに歩み、神が彼を取られたので、いなくなった。】

メトセラは百八十七歳になって、レメク(Lemek)を生んだ。 メトセラはレメクを生んだ後、782年生きて、男子と女子を生んだ。メトセラはレメクを生んだ後、(小数点表示で)187.782歳まで生きて、男子と女子を生んみ、そして彼は死んだ。】
レメクは百八十二歳になって、男の子を生み、「この子こそ、主が地をのろわれたため、骨折り働くわれわれを慰めるもの」と言って、その名をノア(Noa)と名づけた。レメクはノアを生んだ後、595年生きて、男子と女子を生んだ。 レメクの歳は(小数点表示で) 182.595歳であった。そして彼は死んだ。】

 ついに、ノアが登場してきました。予めの集計計算により、ノアの箱船異変が起こったのは、彼が600歳のときであり、アダム紀元後、165.6万年後でした。

 単純な足し算の計算で、アダム~ノアまでの全員の生まれた歳(Toshi)を足し合わせれば、アダム紀元でのノアの箱舟事件年が出て来たのでした。
130+105+90+70+65+162+65
+187+182+600=1656歳年。
数え歳を満年齢読みに直して、
1656.0 x 1000  = 1 656 000年〔 165万6000年 〕と判明したのでした。
~amayao(^o^)oyama~。

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2014年8月 7日 (木)

H23、アダムの地から出たカインの6代目レメクまでの神話

 創世記 第三章20節~
【さて、人はその妻の名をエバ(Eve/イヴ)と名づけた。彼女がすべて生きた者の母だからである。主なる神は人とその妻とのために皮の着物を造って、彼らに着せられた。
主なる神は言われた、「見よ、人はわれわれのひとり(Hitori)のようになり、善悪を知るものとなった。彼は手を伸べ、命の木からも取って食べ、永久に生きるかも知れない」。
そこで主なる神は彼をエデンの園から追い出して、人が造られたその土を耕させられた。神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビム(Kerubimu/Kelvim/Kill-beam?)と、回る炎(Honoo)のつるぎ(Turugi)とを置いて、命の木の道を守らせた。】
 いくら想像をめぐらしてもケルビムと回る炎のつるぎ とが、今一イメージが湧いてこない。
せめて、ローマ字の発声記号かスペルでも分かれば推定し易いのですが、どなたか教えて頂けませんか?
日本人は悲しいかな、L(エル)とR(アール)の区別を忘却、B(ビー)とV(ヴイ)の発音が一緒になってしまっています。
取りあえずケルビムは、レーザー光線か赤外線を使った警報装置とでもして置きましょう。
回る炎のつるぎ は、LED光線式パトライト警告灯みたいなものとして置きます。
 創世記第四章は、カインが弟アベルを殺す話が中心話題です。
アベルを殺したあと、カインはアダムとイブの所を追い出され新天地を目指していく模様です。
 不思議なことに、カインはアダムの長男であるにもかかわらず、この第四章で追放処分になって以降、ぷっつりと音信が途絶えた(以降の記述がなさそうな)のです。
 正当な継承権は三男(セツ:Setsu)に引き継がれていくのですが、このカインは地球上のどこかで生き続けるのでした。
『どこで、どうやって、子孫を後世に残し伝えていったのか、カインの後胤はどの民族なのであろうか』。などを考えつつこの章を読むと、興味深いものを感じます。

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2014年8月 6日 (水)

H22、へびいちごが出産前胎児の脳を巨大化した仮説。Haruko Obokata

 創世記第三章1節~
【さて主なる神が造られた野の生き物のうちで、へび(Hebi:蛇)が最も(Mottomo:Most)コウカツ(Koukatu:狡猾)であった。へびは女に言った、「園にあるどの木からも取って食べるなと、ほうんとうに神が言われたのですか」。女はへびに言った、「わたしたちは園の木の実を食べる事は許されていますが、だだ園の中央にある木の実については、これを取って食べるな、これに触れるな、死んではいけないからと、神は言われました」。へびは女に言った、「あなたがたは決して死ぬことはないでしょう。それを食べると、あなたがたの目が開け、神のように善悪を知る者となることを、神は知っておられるのです」。女がその木を見ると、それは食べるに良く、目には美しく、賢くなるには好ましいと思われたから、その実を取って食べ、また共にいた夫にも与えたので、彼も食べた。すると、ふたりの目が開け、自分たちの裸であることがわかったので、イチジクの葉をつづり合わせて、腰に巻いた。】

 善悪の木が具体的にどういう名前の木であるかを別にすれば、実に手を取るように分かる内容記述です。何千年前かに実際に起きた事件のように、アインシュタインさんも受け取っておられたものと推察しています。勿論、万有引力発見者のニュートンさんも実際にあった事件の記録と取られていたのです(物理学者とは、そういう人種なんですよ)。
 それはともかく、へび(蛇)の話法は実に巧妙です。
「園にあるどの木からも取って食べるな と、ほうんとうに神が言われたのですか?」、とまず問いかけています。
 エヴァは素直に「いいえ、どの木から取って食べて良いと言われました。『ただし、園の中央にある木の実だけは、食べるな 』と言われたと、正直に答えます。
ヘビはまずエバにを持たせる のですね。エヴァにまず100歩ゆずってから、知恵を付けるのです、実に巧妙な話術です。
 これ、現代に於いても最高の話法テクニックなんですよ、私も期(待)せずして使い、成功したことがありました。
( 私が30才の時、英国のある機械メーカーから、3000万円の無償修理を引き出せたのでした。『 あなたがたの機械はどれもこれも実に素晴らしい、ただこの一点のミスが惜しい!・・・』と説明したら、「わかった。無償修理します」と握手できたのでした )。
 この巧妙な話術にエヴァはころっとひっかかったのでした。
創造されて間もない素直なアダムとエヴァに対して、このような高等テクニックでもって、「神の言うことにも時に従わなくてもいいんだ」と思う〔知恵〕を付けたのですから、大変です。

 第三章8節~
【彼らは、ひ(Hi/日)の涼しい風の吹くころ、園の中に主なる神の歩まれるおと(音)を聞いた。そこで、人とその妻とは、主なる神の顔を避けて、園の木の間(あいだ)に実を隠した。
 主なる神は人に呼びかけて言われた、「あなたはどこにいるのか」。彼は答えた、「園の中であなたの歩まれる音を聞き、わたしは裸だったので、恐れて身を隠したのです」。
 神は言われた、「あなたが裸であることを、だれが知らせたのか。食べるなと、命じておいた木から、あなたは取って食べたのか」。
 人は答えた、「わたしと一緒にしてくださったあの女が、木から取ってくれたので、わたしは食べたのです」。 そこで主なる神は女に言われた、「あなたは、なんということをしたのです」。 女は答えた、「へびがわたしをだましたのです。それでわたしは食べました]。
主なる神はへびに言われた。
「おまえは、この事を、したので、
 すべての家畜、野のすべての獣のうち、
  最ものろわれる。
   おまえは腹で、ハイ(Hai:這い)あるき、
    一生(Isshou)、ちりを食べるであろう。
    わたしは恨み(Urami)をおく、
    おまえと女のすえ(Sue)との間に。
   彼はおまえのかしら(Kashira)を砕き(Kuda-ki)、
  おまえは彼のかかと(Kakato)を砕く(kuda-ku)であろう」。
つぎに女に言われた、
「わたしはあなたの産みの苦しみを大いに増す。
  あなたは苦しんで子を産む。
  それでもなお、あなたは夫をしたい(Shitai)、
  彼はあなたを治めるであろう」。
更に人に言われた、「あなたが妻の言葉(Kotoba)を聞いて、食べるなと、わたしが命じた木から取って食べたので、地はあなたのためにのろわれ(Noroware:呪われ)、
あなたは一生、苦しんで地から食物を取る。
地はあなたのために、いばらとあざみとを生じ、
あなたは野の草をたべるであろう。
あなたは顔に汗して、パンを食べ、ついにつち(Tuchi:土)に帰る、
あなたは土から取られたのだから。
あなたは、ちりだから、チリに帰る」。】

 1955年版旧約聖書(日本聖書協会)をほとんどソックリそのままワープロ化することになりました。それくらいしっかりした文章で、まるで日本の裁判所でも ここまで正確な記録が作られているのかどうか、疑問に思ったほどです。
 国会中継のような見苦しいやじ(野次:Yaji)や不平不満の声はちっとも起こらなかったと思われます。
 ここまで正確だと、裁判記録としては超一級と言わざるを得ません。

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2014年8月 5日 (火)

包容力とは?容器とは? Capacity? container? and hugs (Ho-Yo-)? 抱擁(Ho-Yo-)とは?

 Japan language so well, particularly in the voice (once I: On-Sei) I guess. Has been kept singing and counting rhymes and children's songs, such as the old one with something like a modern voice, come to think of it, understand its greatness. In Japan since ancient times from the old legend has been passed down as oral tradition.
 日本語って良く出来ていますね、特に音声(オンセイ:On-Sei)でみたら。
数え唄童謡など、古くから歌い続けられているものを現代音声学みたいなもので考えてみると、そのすごさがよくわかります。
日本には、古来から古い言い伝えが、口承伝説として伝えられてきました。

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2014年8月 4日 (月)

H21、染色体は死語?(生物学者殿へ)。骨のDNAでSTAP細胞は?Haruko Obokata

 創世記第二章18節~
【また主なる神は言われた、「人がひとりでいるのは良くない。彼のために、ふさわしい助け手を与えよう」。そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。 人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった。
 それで人は、すべての家畜と、空の鳥と、野のすべての獣とに名をつけたが、人にはふさわしい助け手が見つからなかった。 そこで主なる神は人を深く眠らせ、眠った時に、そのあばら骨〔Abara-Hone〕を一つ取って、その所を肉でふさがれた。そのあばら骨〔Abara-Hone〕でひとりのオンナ(Onna:女)を造り、人のところへ連れてこられた。そのとき、人は言った。
  「これこそ、ついにわたしの骨の骨〔Hone-no-Hone〕、
   わたしの肉の肉〔Niku-no-Niku〕。
   男〔Otoko〕から取った取ったものだから、
   女〔Onna〕と名づけよう」。
それで人はその父と母を離れて、妻と結び合い、一体となるのである。人とその妻とは、ふたりとも裸であったが、恥ずかしいとは思わなかった。】

 一気に第ニ章の最後まで転記しましたが、女〔Onna〕が男〔Otoko〕から造り出されました。
現代科学流に言えば、遺伝子操作をしつつ男のDNAに改変を加えた上で、細胞培養して女を造り出されたのでした。
あばら骨〔Abara-Hone〕は胸の胸骨のことであろうが、単なるサンプリングであろう。
既に鳥や獣(Kemono)で雌(Mes)雄(Os)のつがい(Two-Gai)を造り出し繁殖に成功していたので、男の身体(カラダ)としては完成されていたのでしょう、男のDNAを操作して、女のDNAを造り出されたのでした。

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2014年8月 2日 (土)

H20、善悪を知る木はへびいちご?(エデンの園と八岐大蛇)

 創世記第ニ章15節~
【主なる神は人を連れて行ってエデンの園に置き、これを耕させ、これを守らせられた。主なる神はその人に命じて言われた、「あなたは園のどの木からでも心のままに取って食べてよろしい。 しかし善悪を知る木からは取って食べてはならない。 それを取って食べると、きっと死ぬであろう」。
・・・ このあと、へびにそそのかされて、〔アダムとイブ〕のイブが〔善悪を知る木〕を食べてエデンの園を追放される話が出て来ます。・・・

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2014年8月 1日 (金)

H19、生命物は原子/分子から段階的に種類に従って創造

 創世記第二章4節~
【シュ(Shu)なるカミ(Kami)が、テン(Ten)とチ(Chi)とを造られた時、チ(Chi)にはまだノ(No)のキ(Ki)もなく、またノ(No)のクサ(Kusa)もはえていなかった。】
・・・ 初めて”シュ(Shu)なるカミ(Kami)”の登場です。これまでシュ(Shu)の発音はシュルイ(ShuRui:種類)としてしか出て来ていない。
〔シュ(Shu)なるカミ(Kami)が、テン(Ten)とチ(Chi)とを造られたとき〕は〔天地創造時時〕です。そのとき(刻限)には、
〔チ(Chi)にはまだノ(No)のキ(Ki)もなく、またノ(No)のクサ(Kusa)もはえていなかった。〕
 さらに、
【・・カミ(Kami)がチ(Chi:地)にアメ(Ame:雨)を降らせず、またツチ(Tuchi:土)を耕すヒト(Hito)もいなかったからである。しかしチ(Chi:地)からイズミ(Izumi:泉)がわきあがってツチ(Tuchi:土)の全面を潤して(うるおして)いた。】
・・・ ここまで読み進むと、ヒト(Hito)ということばが、生命物(Seimei-Butu)の総称/総代表として用いらていることが解ります。・・・

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