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2014年8月24日 (日)

広島・長崎はいつまで犠牲にさらされるのか

 ちょっと一休みして、隠れキリシタンの話。
2011年3月11日、東北大震災の直後、私は東北の被災地に飛び込んで行った
目を覆いたくなるような被災地,宮城県相馬市で10日余りを過ごした後、被害の全規模を把握すべく北に移動した。岩手県八戸までの とある道路沿いで野宿。その野宿場所近くに渓谷があった。その渓谷にも地震被害があって、通行止めのテープがいたるところに張ってあった。 かまわず、警告テープを乗り越えて、渓谷沿いに登って行く。
 凄まじい渓谷であった。高さ100150mぐらいの絶壁[頭上]から大きな岩が落ちて来て、ゴロゴロ転がっている。
 川沿いの道を大きくUターンした所に、小さな寺らしき建物があった。そこも立ち入り禁止。私はかまわず踏み込んでいく。
 大小様々な石の仏像が、山にへばりつくが如くに並んでいる。その仏像の内の何割かが、上から落ちてきた石に撃たれて首が折れ、あるいは胴体ごと倒れて散らばっていた。
 表看板にあった「隠れキリシタンの里寺」との記述を頼りに、その痕跡を探しつつ、奥に続く洞穴の中に入って行く。
正面にまず有った。仏像の形は取っているが、まぎれもなく、マリアとかキリストの雰囲気が漂ってくる小さな石像が、三体祀られていた。そこの場所を離れ、更に登り上がって進む。
 一度外に出た。その出た場所も、震災時のがけ崩れ(爪痕)が生々しい。その土砂崩れ現場を踏み越えて なお登り上がった所にも、小さな祠(ほこら)があった。
 ここにも、小さなマリア/キリスト像が安置されていた。
ふくよかな表情のその小さな石像を見ながら宏は思った。この東北の地にも隠れキリシタンはいて、江戸時代の260年間を生き続けて来たのだ。九州ばかりが有名だけど、この東北地方でもキリシタンは生き続けたのだ。ローマのカタコムベも有名だけど、高々数十年間の耐久生活だ。日本の隠れキリシタンの260年間の苦闘には遠く及ばない。
この東北の地にも、モーセやキリストと遠戚の人々がいた。 名前も付けられない唯一神の“におい”を私は感じた。
神はなぜこうもたびたび試練を人々に与えられるのか、奇しくもこれを書いているその日(2014年8月20日午前3時)
広島と長崎とに集中豪雨被害が発生し、数十人の方々の命が奪われた。これが必然(神の意志)ならば、『神は不在』が証明されたという解釈も成立つでしょう。
  私は違うと信じる。
 人々の心の中にある「”己の欲”を正当化することの非」「信教の自由を盾に自分を庇護する欲」への警告が、またまた唯一神からなされたのだ、と解釈したい。ソドムとゴモラの悲劇の歴史が広島と長崎に繰り返されたことに、改めて悲憤を感じます。  2014 8/21 大山宏

 

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