« これって生命保険の仕事? | トップページ | H55、ヤコブは不可解な言葉を残しつつ死亡 »

2014年9月15日 (月)

H54、体の好い肥太りで寄留地を追い出される運び。

創世記 第47章 ~
【 ヨセフは行って、パロの言った、「私の父と兄弟たち、その羊、牛およびすべての持ち物がカナンの地からきて、今ゴセンの地におります」。 そしてその兄弟のうちの五人を連れて行って、パロに会わせた。
 パロはヨセフの兄弟達に言った、「あなたがたの職業は何か」。彼らはパロに言った、「しもべらは羊を飼う者です。我々も我々の先祖もそうです」。
彼らはまたパロに言った、「この国に寄留しようとして来ました。カナンの地は飢きんが激しく、しもべらの群れのための牧草がないのです。どうかしもべらをゴセンの地に住ませてください」。
パロはヨセフに言った、「あなたの父と兄弟達とがあなたの所に来た。エジプトの地はあなたの前にある。地の最も良い所に彼らを住ませなさい。もしあなたが彼らのうちに有能な者があるのを知っているなら、その者に私の家畜をつかさどらせなさい」。】
 エジプト王は、善良が過ぎるようにも感じられます。ユダヤの民に侮られなければいいのですが、心配です。
アメリカインディアンはこの善良さ気前の良さによって、アメリカ大陸をぶんどられたのです。彼らの正義は、聖書を片手に侵略戦争でインディアンを駆逐していったのです。 イスラエルの呼び名が登場して以降、夢でしか神は登場して来ていません。ユダヤの氏神様が、依怙贔屓(えこひいき)を大反省してくれていることを祈りつつ、先を読み進めましょう。

【 そこでヨセフは父ヤコブを導いてパロの前に立たせた。ヤコブはパロを祝福した。 パロはヤコブに言った、「あなたの年はいくつか」。 ヤコブはパロに言った、「私の旅路のとしつきは、130です。私の先祖たちのよわいの日と旅路の日には及びません」。
 ヤコブはパロを祝福し、パロの前を去った。 ヨセフはパロの命じたように、父と兄弟達との住まいを定め、彼らにエジプトの国で最も良い地、ラメセスの地を所有として与えた。 またヨセフは父と兄弟達と父の全家とに、家族の数にしたがい、食物を与えて養った。】
【 さて、飢きんが非常に激しかったので、全地に食物がなく、エジプトの国もカナンの国も、飢きんのために衰えた。 それでヨセフは人々が買った穀物の代金としてエジプトの国とカナンの国にあった銀をみな集め、その銀をパロの家に納めた。
 こうしてエジプトの国とカナンの国に銀が尽きたとき、エジプトびとはみなヨセフのもとにきて言った、「食物をください。銀河尽きたからとて、どうしてあなたの前で死んでよいでしょう」。
 ヨセフは言った、「あなたがたの家畜を出しなさい。銀が尽きたのなら、あなたがたの家畜と引き換えで食物をわたそう」。 彼らはヨセフの所へ家畜を引いてきたので、ヨセフは馬と羊の群れと牛の群れ及びろばと引き替えで、食物を彼らに渡した。 こうして彼はその年、すべての家畜と引き替えた食物で彼らを養った。】
 なんだ、やっぱり、体の良い商売で肥え太って行くのですねやっぱりと言わざるを得ません。それを続ければ、最後は恨みを買うだけで、結局その地を追い出されるに決まっているではありませんか。
その後の歴史でも、ユダヤの民はあちこちの寄留地でこれを繰り返し続け、「
数千年間流浪の民を続ける」ことになったのですね。 そんな生き方を止めさせるために救世主が現れたのではなかったのか。
 でもその救世主キリストさえも殺してしまう。 頭は良いが、なんという悟りの無い,情けない
血統(民族)ですね。 アベルを殺したカインの方が、素直で”真っ当”だったとも、思えて来ます。 カインの後胤はその後、どこで,どうやって,生き続けているのでしょうか?
  気になります。

【 やがてその年の暮れ、次の年、人々はまたヨセフの所へきて言った、「わが主には何事も隠しません。我々の銀は尽き、獣の群れも我が主のものになって、我々の身体と田地のほかはわが主の前に何も残っていません。
 我々はどうして田地と一緒に、あなたの目の前で滅んでよいでしょう。 我々と田地とを食物と引き替えで買ってください。我々は田地と一緒にパロの奴隷となりましょう。また種をください。そうすれば我々は生きながらえ死を免れて、田地も荒れないでしょう」。】
【 そこでヨセフはエジプトの田地をみなパロのために買い取った。飢きんがエジプトびとに、厳しかったので、めいめいその田地を売ったからである。 こうして地はパロのものとなった。 そしてヨセフはエジプトに国境のこの端から かの端まで民を奴隷とした。
 ただ祭司の田地は買い取らなかった。祭司にはパロの給与があって、パロが与える給与で生活していたので、その田地を売らなかったからである。
 ヨセフは民に言った、「私は今日、あなたがたとその田地とを買い取って、パロのものとした。あなたがたに種をあげるから地にまきなさい。 収穫の時は、その五分の一をパロに納め、五分の四を自分のものとして田地の種とし、自分と家族の食料とし、また子供の食料としなさい」。】
 こうやって、奴隷制度が定着したのですね。奴隷制度を造り出したのは、ユダヤのヨセフだったのですか、ビックリしました。 ヨセフ以前にも、奴隷という言葉は何度か登場してきていました。 しかしその全ては、他民族を戦争によって打ち負かし、その戦いに敗れた人々を奴隷にしたのでした。 ただ一つの例外は、ヨセフが兄弟のねたみを買って、他国に奴隷として売られたという例でした。
 
まあ、戦争で打ち負かした相手民族(人々)を何十万人何百万人も殺害してしまう(中国古代史)よりは、奴隷として生かす方が温情的だという見方はありますが。
 ヨセフは2年の牢獄生活の中で、クールに奴隷制度まで考え出したのですね。 確かにこれほどの大発明は無いでしょう。 自分以外の人は売り買いしても良いんだと思い至るとは、
悲しい経験を牢獄でしたのですね。
 そうでなければ、ユダヤ民の氏神様が奴隷制度の発明者であり且つ、実施者であったことになります。 どちらの解釈を
キリスト者のあなたは選択されますか?
ユダヤ教の方は如何に考えられるのでしょうか。イスラム教の方々はこの事実をどう解釈しつつ、コーランを読んでおられるのでしょうか?
【 彼らは言った、「あなたは我々の命をお救いくださった。 どうか我が主の前に恵みを得させてください。 我々はパロの奴隷となりましょう」。 ヨセフはエジプトの田地について、収穫の五分の一をパロに納めることを掟(おきて)としたが、それは今日に及んでいる。
ただし祭司の田地だけはパロのものとはならなかった。】
【さてイスラエルはエジプトの国でゴセンの地に住み、そこで財産を得、子を生み、大いに増えた。 ヤコブはエジプトの国で17年生きながらえた。ヤコブのよわいの日は147であった(死亡)。】
【 イスラエルは死ぬ時が近づいたので、その子ヨセフを呼んで言った、「もし私があなたの前に恵みを得るなら、どうか手を私のももの下に入れて誓い、親切と誠実とをもって私を取り扱ってください。
 どうか私をエジプトには葬らないでください。私が先祖たちと共に眠るときには、私をエジプトから運び出して先祖たちの墓に葬ってください」。
 ヨセフは言った、「あなたの言われたようにいたします」。
ヤコブがまた、「私に誓ってください」と言ったので、彼は誓った。
            イスラエルは床のかしらで拝んだ。】
 第48章に続く。 2014 8月22日 大山宏

|

« これって生命保険の仕事? | トップページ | H55、ヤコブは不可解な言葉を残しつつ死亡 »

B・・・天地創造の物語~ヨセフ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: H54、体の好い肥太りで寄留地を追い出される運び。:

« これって生命保険の仕事? | トップページ | H55、ヤコブは不可解な言葉を残しつつ死亡 »