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2014年9月

2014年9月27日 (土)

エ19、発見!、先史時代の神が歴史干渉して来ていた証拠

 出エジプト記 第14章 13節~
【 モーセは民に言った、「あなたがたは恐れてはならない。かたく立って、主が今日、あなたがたのためになされる救いを見なさい。今日、あなたがたはエジプトびとを見るが、もはや永久に、二度と彼らを見ないであろう。主があなたがたのために戦われるから、あなたがたは黙していなさい」。
主はモーセに言われた、「あなたは、何故私に向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に語って、彼らを進み行かせなさい。あなたはつえを上げ、手を海の上に差し伸べてそれを分け、イスラエルの人々に海の中の乾いた地を行かせなさい。
私がエジプトびとの心をかたくなにするから、彼らはその後を追って入るであろう。こうして私はパロとそのすべての軍勢および戦車と騎兵とを打ち破って誉を得よう。私がパロとその戦車とその騎兵とを打ち破って誉を得るとき、エジプトびとは私が主であることを知るであろう」。 このとき、イスラエルの部隊の前に行く神の使いは移って彼らのうしろに行った。】

 最後の一行、これは重要な文です。空中を飛んでいたのではなくて、部隊の前の地上を先導して『(主は
歩いていたが)モーセに話しかけられて、それに答えたのち、後方に移って行った』のです。
【 雲の柱も彼らの前から移って彼らのうしろに立ち、エジプトびとの部隊とイスラエルびとの部隊との間にきたので、そこに雲とやみがあり夜もすがら、かれとこれと近づくことなく、夜がすぎた。】
 雲の柱の中に何があるのか定かではありませんが、空飛ぶ円盤のような音もほとんど発しないようなUFO(のりもの)があったのかも知れません。その雲の柱もイスラエルびとの前を進んでいたのを変更し、後方に移って立ち、エジプトの軍隊との間が狭まらないまま夜が過ぎたと書いてあります。事実その通りだったのでしょう。
【 モーセが手を海の上にさし伸べたので、主は
夜もすがら強い東風をもって海を退かせ、海を陸地とされ、水は分れた。】

 モーセが手を差し伸べたのは、夕方であろうか、それを合図に『強い東風が起こり、海を後退させて、
夜中の間に、海底だった所が乾いて歩けるようになった』ということです。どういう仕掛けかはまだ分かりませんが、この文章は、科学的で信頼度の高い記述です。海を分けるほどの強風はあり得ませんから、東風は海が西に動くのに付随する形で吹いたのでしょう。彼らは重力制御の方法を知っていたのですね。
 その技術があれば、空飛ぶ円盤や葉巻型UFOだって御茶の子さいさいで飛ばせますよ。宇宙人か先史時代の生き残りの人々が、古代において時々『
歴史干渉していたことの事実が記録として残されていた』と判断すべきでしょう。
 これは面白いことになってきました。ここまで辛抱強く読み進めて来た甲斐がありました。
  アインシュタインさん、有難うございました。

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2014年9月26日 (金)

エ16、男60万+子女の大軍団が430年後に出エジプト

【 こうしてエジプトびとは民をせき立てて、すみやかに国をさらせようとした。 彼らは「我々はみな死ぬ」と思ったからである。 民はまだパン種を入れない練り粉を、こねばちのまま着物に包んで方に背負った。 そしてイスラエルの人々はモーセの言葉のようにして、エジプトびとの情けを得させ、彼らの請い求めたものをあたえさせた。こうして彼らはエジプトのものを奪い取った。】・・・出エジプト記 第12章33節~36節
 この文章は生きています。モーセはこのように手短に書き残したのでしょう。 後のユダヤ民の誰かが、ごちゃごちゃと余計な文章を追加して、正当化を図ったと判断できます。
彼らは、神をかたってエジプトびとから奪い取った模様です。 モーセの書いたであろうと思われる文章は、創世記の初めからここまで、常に一貫性を持っています。 後で挿入や改悪された箇所を取り除くと、おそらく3分の1に圧縮されるのでしょう。( 2014  8/27 H.Oyama )
  続きを読み進めます。
第12章37節~
【 さて、イスラエルの人々はラメセスを出立してスコテに向かった。女と子供を除いて徒歩の男子は約60万人であった。 また多くの入り混じった群衆および羊、牛など非常に多くの家畜も彼らと共に上った。 そして彼らはエジプトから携えて出た練り粉をもって、種入れぬパンの菓子を焼いた。まだパン種を入れていなかったからである。それは彼らがエジプトから追い出されて滞ることが出来ず、また、何の食料をも整えていなかったからである。】
 金銀を隣人に強要して提供させる暇はあったのに、変ですね。こんな読み方しか出来なくなって寂しいです。

【 イスラエルの人々がエジプトに住んでいた間は、430年間であった。430年の終りとなって、ちょうどその日に、主の全軍はエジプトの国を出た。
 これは彼らをエジプトの国から導き出すために主が寝ずの番をされた夜であった。 ゆえにこの夜、すべてのイスラエルの人々は代々、主のために寝ずの番をしなければならない。】
 文章になっていません。原文はどうなっているのか?ここも挿入箇所かも知れません。

【 主はモーセとアロンとに言われた、「過越しの祭りの定めは次のとおりである。すなわち、異邦人はだれもこれを食べてはならない。しかし、おのおのが金で買ったしもべは、これに割礼を行ってのち、これを食べさせることができる。
 仮住まいの者と、雇人とは、これをたべてはならない。 ひとつの家でこれを食べなければならない。その肉を少しでも家の外に持ち出してはならない。また、その骨を折ってはならない。
 イスラエルの全会衆はこれを守らなければならない。寄留の外国人があなたのもとに留まっていて、主に過越しの祭りを守ろうとするときは、その男子はみな割礼を受けてのち、近づいてこれを守ることが出来る。
 そうすれば彼は国に生まれた者のようになるであろう。
しかし、無割礼のものはだれもこれを食べてはならない。この律法は国に生まれたものにも、あなたがたのうちに寄留している外国人にも同一である」。】

 主をかたる氏神様の独断場が続いています。ここも挿入文のにおいが濃厚です。
なぜなら、アブラハム・ヤコブ・イサクの時代の記述にあふれ出ていた人間らしさがちっとも感じられないないからです。


【 イスラエルの人々は、みなこのようにし、主がモーセとアロンに命じられたようにした。ちょうどその日に、主はイスラエルの人々を、その軍団に従ってエジプトの国から導き出された。】

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2014年9月25日 (木)

エ15、ういご多数を皆殺しにする氏神こそ断罪されるべきでしょう

出エジプト記 第11章 9節~
【 主はモーセに言われた、「パロはあなたがたの言うことを聞かないであろう。それゆえ、私はエジプトの国に不思議を増し加えるであろう」。
 モーセとアロンは、すべてこれらの不思議をパロの前に行ったが、主がパロの心をかたくなにされたので、彼はイスラエルの人々をその国から去らせなかった。】

 第12章 
【 主はエジプトの国で、モーセとアロンに告げて言われた、「この月をあなたがたの初めの月とし、これを年(とし)の正月としなさい。あなたがたはイスラエルの全会衆に言いなさい、『この月の十日におのおの、その父の家ごとに小羊を取らなければならない。すなわち、一家族に小羊一頭を取らなければならない。
もし家族が少なくて一頭の小羊を食べきれないときは、家のすぐ隣の人と共に、人数に従って一頭を取り、おのおの食べるところに応じて、小羊を見計らわなければならない。小羊は傷のないもので、一歳の雄でなければならない。
羊またはやぎのうちから、これを取らなければならない。そしてこの月の十四日まで、これを守って置き、イスラエルの会衆はみな、夕暮れにこれをほふり、 その血を取り、小羊を食する家の入口の二つの柱と、かもいにそれを塗らなければならない。・・・】

 これって、紀元節の設定ですね。日本では紀元2600年と私が小さい頃は聞かされていました。最近では西暦が共通に用いられるようになり、日本の紀元節はすたれました。
もし、太平洋戦争直後、天皇陛下が「私は人間です」と宣言しなければ、日本では今なお、紀元節を用いていたことでしょう。
門松を入口に飾る習慣や、神社の鳥居が赤く塗られる習慣も、妙に一致していることに不思議を感じます。 「松の内」という言葉聞いたことがありますか?
これは正月元旦から数えて15日以内を指しますが、ここに出て来た十四日とよく一致した日数だとは思いませんか?

【・・・ そしてその夜、その肉を火に焼いて食べ、種入れぬパンと荷が名を苦菜を添えて食べなければならない。 生でも、水で煮ても、食べてはならない。日に焼いて、その頭を足と内臓と共に食べなければならない。 朝までそれを残しておいてはならない。朝まで残るものは火で焼きつくさなければならない。
あなたがたは、こうして、それを食べなければならない。すなわち腰を引きからげ、足にくつをはき、手につえを取って、急いでそれを食べなければならない。これは主の過越しである。その夜わたしはエジプトの国を巡って、またエジプトの国におる人と獣との、すべてのういごを打ち、またエジプトのすべての神々に審判を行うであろう。 私は主である。】

人と獣のういご(初子:初産の子)を全て殺せとは、狂気の沙汰としか思えません。ユダヤの氏神様はこの時点ではヒットラーと何処が違うのでしょうか。 自己中心主義もはなはだしいです。こんなことでういごが殺されていいはずはありません。 私は声を大にして言います、「自分が造ったものだ。だから壊してもいい、殺してもいい」という主張は間違っています。 愛のある神がもしこの虐殺を黙認されるならば、それこそ自己否定でしょう。 そんなはずはありえません。〔主をかたる氏神様の仕業〕として、読み進めましょう。

【 その血はあなたがたのおる家々で、あなたがたのために、しるしとなり、私はその血を見て、あなたがたの所を過ぎ越すであろう。私がエジプトの国を打つ時、災いが臨んで、あなたがたを滅ぼすことはないであろう。
 この日はあなたがたに記念となり、あなたがたは主の祭りとしてこれを守り、代々、永久の定めとしてこれを守らなければならない。
 七日の間あなたがたは種入れぬパンを食べなければならない。その初めの日に家からパン種を取り除かなければならない。第一日から大七日までに、種を入れたパンを食べる人はみなイスラエルから断たれるであろう。かつ、あなたがたは第一日に聖会を、また第七日に聖会を開かなければならない。
 これらの日には、なんの仕事もしてはならない。ただ、おのおのの食べ物だけは作ることができる。あなたがたは、種入れぬパンの祭りを守らなければならない。ちょうど、この日、私があなたがたの軍勢をエジプトの国から導き出したからである。それ故、あなたがたは代代、永久の定めとして、その日を守らなければならない。
 正月に、その月の14日の夕方に、あなたがたは種入れぬパンを食べ、その月の21日の夕方まで続けなければならない。七日の間、家にパン種を置いてはならない。種入れたものを食べる者は、寄留の他国人であれ、国に生まれた者であれ、すべて、イスラエルの会衆からたたれるであろう。
 あなたがたは種を入れたものは何もたべてはならない。すべてあなたがたの住まいにおいて種入れぬパンを食べなければならない』」。】

 何が言いたいのか、さっぱりわかりません。 割礼と同様に、よほどこの氏神様は種入れのパンがお嫌いなのか、好き嫌いの激しい神様なのか。『健康を維持するためには、一日絶食をせよ』という方が、まだ分かる気がするのですが。

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2014年9月24日 (水)

エ14、エジプトの地からの逃避行

出エジプト記 第10章
【 そこで、主はモーセに言われた、「パロのもとに行きなさい。私は彼の心とその家来たちの心をかたくなにした。これは、私がこれらのしるしを、彼らの中に行うためである。また、彼らの中に私が行ったしるしを、あなたがたが、子や孫の耳に語り伝えるためである。そしてあなたがたは、私が主であることを知るであろう」。】
 口承伝説となって後世に伝わることが意図されていたという証拠です。旧約聖書として創世記や出エジプト記などが文章化されたのは、イスラエルがカナンの地に住みつき安定繁栄に至った以降だと、判断できます。それまでは、すべて口承伝です。

【 モーセとアロンはパロのもとに行って彼に言った、「ヘブルびとの神、主はこう仰せられる、『いつまで、あなたは、私に屈服する事を拒むのですか。民を去らせて、私に仕えさせなさい。 もし、私の民をさらせることを拒むならば、見よ、あす、私はいなごを、あなたの領土にはいらせるであろう。 それは地のおもてをおおい、人が地を見ることもできないほどになるであろう。 そして雹を免れて、残されているものを食い尽すであろう。
 またそれはあなたの家とあなたのすべての家来の家、および、すべてのエジプトびとの家に満ちるであろう。 このようなことは、あなたの父達にも、また、祖父たちも、彼らが地上にあった日から今日に至るまで、かつて見たことのないものである』と」。
 そして彼は身をめぐらして、パロのもとを出て行った。】
【 パロの家来たちは王に言った、「いつまで、この人は我々のわなとなるのでしょう。この人々を去らせ、彼らの神なる主に仕えさせては、どうでしょう。エジプトが滅びてしまうことに、まだ気付かれないのですか」。
そこで、モーセとアロンは、また、パロのもとに召し出された。
パロは彼らに行った、「行って、あなたがたの神、主に仕えなさい。しかし、行くものはだれだれか」。 モーセは言った、「私達は幼い者も、老いた者も行きます。息子も娘も携え、羊も牛も連れていきます。私達は主の祭りを執り行わなければならないのですから」。】
【 パロは彼らに行った、「万一、私が、あなたがたに子供を連れてまで去らせるようなことがあれば、主があなたがたと共にいますがよい。あなたがたは悪いたくらみをしている。それはいけない。あなたがたは男だけ行って主に仕えるがよい。それが、あなたがたの要求であった」。彼らは、ついにパロの前から追い出された。】
 この十数行の文章には、真実味がこもっています。予想ですが、この文章十数行はモーセがメモ書きの形で、記録していたのでしょう。そういうにおいが致します。
以下は、またまた、モーセが死んで以降の人が追加記入した文章が続く様子です。


【 主はモーセに言われた、「あなたの手をエジプトの地の上にさし伸べて、エジプトの地にイナゴをのぼらせ、地のすべての青物、即ち、雹が打ち残したものを、ことごとく食べさせなさい」。そこでモーセはエジプトの地の上に、つえをさし伸べたので、主は終日、終夜、東風を地に吹かせられた。朝となって、東風は、いなごを運んできた。イナゴはエジプト全国にのぞみ、エジプトの全領土にとどまり、その数がはなはだ多く、このようなイナゴは前にもなく、また後にもないであろう。 いなごは地の全面を覆ったので、地は暗くなった。そして地のすべての青物と、雹の打ち残した木の実を、ことごとく食べたので、エジプト全国にわたって、木にも畑の青物にも、緑の物とては何も残らなかった。】

 このイナゴ大量発生の文章を読みつつ、2つのことを思い出しました。
(1)、世界のニュースがあっという間に地球の裏側にまで届くようになった現代では、イナゴの大群発生は、数年毎に報告されています。イナゴだけでなく、天変地異と古代では目されて来た大地震や大津波は世界規模で見ると、数年毎に何処かで発生しています。そのイナゴなどの大量発生が、古代のエジプトで起きても、現代人は「アッ、そう、そっちでも起こったの」という程度にしか感じられなくなっているのです。(そうでも考えないと毎日のニュースでボランティア活動も身が入りません)。 これが一点です。次は、
(2)、中国の三国志の時代に、諸葛孔明が、数々の奇跡に近いことを実際にやって見せたことです。彼は天気予測から人の心の動き・揺らぎまで見抜き、それを政治に活用して成功した軍師でした。 現在代では、その一部を天気予報システムが代行しています。
 この現代の科学知識から見れば、何処までが真実であり、何処からは付け足しの戯曲かは、明確に分けられるのです
 もうそろそろ、頭ごなしに「書いてあるから真実だ。霊感に基づいて書いてあるのだから間違いはない」なんて、頑なな考えを捨て、科学の目を持って、心の世界・物質の世界を見ていく時代ではないでしょうか。
 人間、生活の基盤は必要です。立場によっては立つ瀬がなくなる事態だって起こります。
それを、我が身かわいさに、従来の主張に依りすがり、その主張を頑強に押し通していると、あなたの信じておられる唯一神から、お叱りを被ることにもなりませんか。それを伝えるために、イエス・キリストは降臨なさったのではないでしょうか?
 それが「パリサイ人に陥らない、律法学者との非難を後世から受けない道」ではないでしょうか。

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2014年9月23日 (火)

エ13、唯一神を私物化した{主}の活躍

出エジプト記 第七章 ~
【 主はモーセに言われた、「見よ、私はあなたをパロに対して神のごときものとする。あなたの兄弟アロンはあなたの預言者となるであろう。 あなたは私が命じることを、ことごとく彼に告げなければならない。そしてあなたの兄弟アロンはパロに告げて、イスラエルの人々をその国から去らせるようにさせなければならない。 しかし、私はパロの心をかたくなにするので、私のしるしと不思議をエジプトの国に多く行っても、パロはあなたがたの言うことを聞かないであろう。それで私は手をエジプトの上に加え、大いなる裁きを下して、私の軍団、私の民イスラエルの人々を、エジプトの国から導き出すであろう。
私が手をエジプトの上に差し伸べて、イスラエルの人々を彼らのうちから導き出す時、エジプトびとは私が主であることを知るようになるであろう」。】
【 モーセとアロンはそのように行った。即ち主が彼らに命じられたように行った。 彼らがパロと語った時、モーセは80歳、アロンは83歳であった。
 主はモーセとアロンに言われた、「パロがあなたがたに、『不思議をおこなって証拠を示せ』というとき、あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを取って、パロの前に投げなさい』と。するとそれはへびになるであろう」。 それで、モーセとアロンはパロのところに行き、主の命じられたとおりにおこなった。即ちアロンはそのつえを、パロとその家来たちの前に投げると、それはへびになった。 そこでパロもまた知者と魔法使いを召し寄せた。これらのエジプトの魔術師らもまた、その秘術をもって同じように行った。即ち彼らは、おのおのそのつえを投げたが、それらはへびになった。・・・】
 なあんだ、エジプト側の知者と魔法使いも「つえを蛇にする」技術は持っていたのだ。そこまで、古代エジプト文明は高度な科学技術を保有していたのですね。ただ少しだけ、モーセびいきの氏神様の方が、テクニックが上であったので、・・・
【 しかし、アロンのつえは彼らのつえを、飲みつくした。 けれども、パロの心はかたくなになって、主の言われたように、彼らの言うことを聞かなかった。
主はモーセに言われた、「パロの心はかたくなで、彼は民を去らせることを拒んでいる。あなたは、あすの朝、パロのところに行きなさい。見よ、彼は水のところに出ている。あなたは、へびに変わったあのつえを手に執り、ナイル川の岸に立って彼に会い、そして彼に言いなさい、『ヘブルびとの神、主が私をあなたにつかわして言われます、「わたしの民を去らせ、荒野で、私に仕えるようにさせよ」と。しかし今もなお、あなたが聞きいれようとされないので、主はこう仰せられます、「これによって私が主であることを、あなたは知るでしょう。見よ、私が手にあるつえでナイル川の水を打つと、それは血に変わるであろう。 そして川の魚は死に、川は臭くなり、エジプトびとは川の水を飲むことをいとうであろう』と」。
主はまたモーセに言われた、「あなたはアロンに言いなさい、『あなたのつえを執って、手をエジプトの水の上、川の上、流れの上、池の上、またそのすべての水たまりの上にさし伸べて、それを血にならせなさい。エジプト全国にわたって、木の器、石の器にも、血があるようになるでしょう』と」。】
【 モーセとアロンは主の命じられたようにおこなった。即ち、彼はパロとその家来たちの目の前で、つえをあげてナイル川の水を打つと、川の水は、ことごとく血に変わった。 それで川の魚は死に、川は臭くなり、エジプトびとは川の水を飲むことができなくなった。そしてエジプト全国にわたって同じようにおこなった。しかし、主の言われたように、パロの心はかたくなになり、彼らの言うことを聞かなかった。パロは身をめぐらして家に入り、またこのことをも心に留めなかった。
すべてのエジプトびとはナイル川の水が飲めなかったので、飲む水を得ようと、川のまわりを掘った。】
 どうもこの辺りはインチキ臭い。現代科学でも、そんないたずらは簡単に出来てしまうでしょう。 つい数年前に、地下鉄サリン事件というのがありました。浅原彰晃とかいう神がかった人間が出てきて、東京都民や日本全国民を震撼とさせた事件です。それが信教の自由とかを盾にして、愚行をはたらいた不都合を思い出してみるまでもないでしょう。 あれも氏神様のひとり仕業といえば言えます。 もっとひどいのは原爆を落として数十万人を殺戮した人々(天使)がいるのですけどね。いらぬことを思い出してしまいました。

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2014年9月22日 (月)

エ12、「有りて有る」唯一神vs「主」と呼ばせる人(ひと天使)

 出エジプト記 第四章 24節~
【 さてモーセが途中で宿っている時、主は彼に会って彼を殺そうとされた。その時チッポラは火打ち石の小刀を取って、その男の子(ペニス)の前の皮を切り、それをモーセの足につけて言った、「あなたはまことに、わたしにとって血の花婿です」。 そこで、主はモーセを許された。この時「血の花婿です」とチッポラが言ったのは割礼のゆえである。】
--チッポラとは、モーセの妻のこと。それにしても、意味不明な挿入文です。場面は変って、今後モーセの広報官となったアロンへの話、‐‐
【 主はアロンに言われた、「荒野に行ってモーセに会いなさい」。彼は行って神の山でモーセに会い、これに口づけした。モーセは自分をつかわされた主の全ての言葉と、命じられたすべてのしるしをアロンに告げた。そこでモーセとアロンは行ってイスラエルの人々の長老たちをみな集めた。 そしてアロンは主がモーセに語られた言葉を、ことごとく告げた。 また彼は民の前で印を行ったので、民は信じた。
彼らは主がイスラエルの人々を顧み、その苦しみを見られたのを聞き、伏して礼拝した。】

 第五章
【 その後、モーセとアロンは行ってパロに言った、『イスラエルの神、主はこう言われる、「わたしの民を去らせ、荒野で、わたしのために祭りをさせなさい』と」。 パロは言った、『主とはいったい何者か。私がその声に聞き従ってイスラエルを去らせなければならないのか。私は主を知らない。またイスラエルを去らせはしない」。
 彼らは言った、「ヘブルびとの神が私達に現れました。どうか、私達を三日の道のりほど荒野に行かせ、私達の神、主に犠牲をささげさせてください。そうしなければ主は疫病か、つるぎをもって、私達を悩まされるからです」。エジプトの王は彼らに言った、「モーセとアロンよ、あなたがたは、なぜ民の働きをやめさせようとするのか。自分の労役につくがよい」。】
【 パロはまた言った、『見よ、今や土民の数は多い。しかも、あなたがたは彼らに労役を休ませようとするのか」。その日、パロは民を追い使う者と、民のかしら達に命じて言った、「あなたがたは、れんがを作るためのわらを、もはや、今までのように、この民に与えてはならない。彼らに自分で言って、わらを集めさせなさい。 また前に造っていた、れんがの数どおりに彼らに作らせ、それを減らしてはならない。彼らは怠け者だ。それだから、彼らは叫んで、『行って私達の神に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。この人々の労役を重くして、働かせ、偽りの言葉に心を寄せさせぬようにしなさい」。】

【 そこで民を追い使う者たちと、民のかしらたちは出て行って、民に言った、「パロはこう仰せられる、『あなたがたに、わらは与えない。自分で行って、見つかる所から、わらを取って来るがよい。しかし働きは少しも減らしてはならない』と」。
そこで民はエジプトの全地に散って、わらのかわりに、刈り株を集めた。 追い使う者たちは、彼らをせき立てて言った、「わらがあった時と同じように、あなたがたの働きの、日ごとの分を仕上げなければならない」。 パロの追い使う者たちがイスラエルの人々の上に立てたかしら達は、打たれて、「なぜ、あなたがたは、れんが作りの仕事を、きょうも、前のように仕上げないのか」と言われた。】
【 そこで、イスラエルの人々のかしら達はパロのところに行き、叫んで言った、「あなたはなぜ、しもべどもにこんなことをなさるのですか。 しもべどもは、わらを与えられず、しかも彼らは私達に、『れんがは作れ』と言うのです。その上、しもべどもは打たれています。罪はあなたの民にあるのです」。
パロは言った、「あなたがたは、怠け者だ。それだから、『行って、主に犠牲をささげさせよ』と言うのだ。 さあ、行って働きなさい。わらは与えないが、なおあなたがたは定めた数のれんがを納めなければならない」。】

【 イスラエルの人々のかした達は、「れんがの日ごとの分を減らしてはならない』と言われたので、悪い事態になったことを知った。彼らがパロを離れて出てきた時、彼らに会おうとして立っていたモーセとアロンに会ったので、彼らは言った、『主があなたがたをごらんになって、さばかれますように。あなたがたは、私達をパロとその家来たちにきらわせ、つるぎを彼らの手に渡して、殺させようとしておられるのです」。】
【 モーセは主のもとに帰って言った、「主よ、あなたは、なぜこの民を酷い目にあわされるのですか。なんのためにわたしをつかわされたのですか。 私がパロのもとに行って、あなたの名によって語ってからこのかた、彼はこの民をひどい目にあわせるばかりです。また、あなたは、少しもあなたの民を救おうとなさいません」。】

 先ほどから、「主」と呼ばれている人がどんな人(ひと)なのか、解らなかったのですが、ここにきて、ははあ、モーセやアロンに同行してきた、軍事顧問役の人(天使)らしい。と解りました。 勿論、羽は生えていないし、一時はモーセを殺そうと試みた人(天使)ですね。
『先史時代の高度な科学知識を持った生き残りか、宇宙人らしい人』だと解しました。
 この人は好き嫌いが激しくて、割礼をしない
前の皮(ペニスの包み皮)を病的に嫌っている模様。
  続いて
第6章です。

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2014年9月21日 (日)

そこはおとぎの国であった。

そこはおとぎの国であった。

そこはおとぎの国であった。

そこはおとぎの国であった。

そこはおとぎの国であった。

そこはおとぎの国であった。

『ここは何処だ?』と思った。いつの時代に紛れこんだのかと不思議であった。今何時かと思えば真夜中の12時過ぎだ。部屋には小人がいてドッキリする。『なんだ人形なのか。ここは何処?』昨日はマリア様やシスターに大勢会ったことを思い出した。あの銅像は誰だったのか?
どこかで会ったことがある人だった。そうだ、あれはドイツの国でお会いした、ラサール神父様だった。ライン川沿いには、多くの城と教会があった。素晴らしいステンドグラスの教会が幾つもあった。

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私の友達はマリアさん

私の友達はマリアさん

私の友達はマリアさん

私の友達はマリアさん

私の友達はマリアさん

私の友達はマリアさん

2014年9/20、ルリ姉ちゃんに誘われて、宏は市内にあるカトリック教会を訪れた。原爆ド―ムと供に重要文化財に登録された「世界平和記念聖堂」耐震補強工事のための献金をうながす見学会に飛び入り参加したのであった。

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七夕、豆まき、春よ来い、童謡絵本

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塗り絵3枚。小説「カインの後胤(こういん)」の案内状に、有志の方からご提供頂きました。有難い!感謝です!
ちなみに、カインとはアダムとエヴァ(イヴ)の間に生まれた最初の子供の名前です。
後胤(こういん)とは、子孫のことです。有島武郎の小説「カインの末裔(まつえい)」とは、関係ありません。SF小説としてお読み頂いてもいいし、小学校の副読本として御検討くださるなら、望外の幸いです。Photo_12

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エ11、モーセの心の揺れ。唯一神vs氏神様

 出エジプト記 第ニ章 11節 ~
【 モーセは神に言った、「私がイスラエルの人々のところへ行って、彼らに『あなたがたの先祖の神が、私をあなたがたのところへつかわされました』と言うとき、彼らが『その名はなんというのですか』と私に聞くならば、なんと答えましょうか」。 神はモーセに言われた、「わたしは、有って有る者」。】
Moses said to God, "who would I? Will derive the people of Israel from Egypt, I went to Pharaoh ". God said, "I am with you always. Be it unto you my signs. When you have people drawn from Egypt, ye will serve God in this mountain ".

  別に、神をを落としめるつもりは もうとうありませんが、この氏神様は実によく”唯一神”のことを認識しています。流石、神様の端くれです。
確かに私(大山宏)の認識している唯一神=「有って有るもの」なのです。
 これはブッダ手塚治虫らの悟りであり、禅宗坊主(方々)の悟りでもあります。
更には、現代科学の祖各位のたどり着いたところでもあるのです。
嘘だと思ったら、アインシュタインさんにでも聞いてみてください。
宇宙論の研究者や、素粒子研究者にでも、お確かめください。
違う。神は存在しない。科学は神とは無縁だ」、なんていう方がおられましたら、それはみずから『自分はエセ 科学者です』と公言したことになるのですからね。
  21世紀の世の中とは、かくも怖い・恐ろしい時代なのです。

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2014年9月20日 (土)

エ10、出エジプト記はモーセの舞台。小保方晴子は超能力者Exodus has played Moses in Egypt.

 モーセが最も書きたかった書は{出エジプト記}です。創世記だけで解説を終わるのはもったいないので、少なくとも「紅海を渡る」奇跡の場面までは筆読を続けましょう。唯一神(名前の付けられない神様)を明確化するために、お付き合い下さい。大山宏
Moses wanted to write the book Exodus. Continue until the miracle commentary ends only in the book of Genesis, so at least "crossing the Red Sea" scene. Only God (: not with the name of God: G) Please clarify in your relationship. Hiro. Oyama
出エジプト記 第一章 ~
【 さて、ヤコブと共に、おのおのその家族を伴って、エジプトへ行ったイスラエルの子らの名は次のとおりである。即ちルベン、シメオン、レビ、ユダ、イッサカル、ゼブルン、ベニヤミン、ダン、ナフタリ、ガド、アセルであった。ヤコブの腰から出たものは、合わせて七十人。 ヨセフはすでにエジプトにいた。 そして、ヨセフは死に、兄弟達も、その時代の人々もみな死んだ。けれどもイスラエルの子孫は多くの子を生み、ますます増え、はなはだ強くなって、国に満ちるようになった。】
 意外に感じたのは、出エジプト記が、創世記の最後と余り時代差が無いということだった。、400年程度の時代差しかなかった模様です
【 ここに、ヨセフのことを知らない新しい追うが、エジプトに起こった。 彼はその民に言った、「見よ、イスラエルびととなる子の民は、我々にとって、あまりにも多く、また強すぎる。 さあ、我々は、抜かりなく彼らを取り扱おう。 彼らが多くなり、戦いの起こるとき、敵に味方して、我々と戦い、ついにこの国から逃げ去ることのないようにしよう」。 そこでエジプトびとは彼らの上に監督をおき、重い労役をもって、彼らを苦しめた。】

 予想通りの展開ですね。寄留者が好意に甘え過ぎていて、それを当り前の如くに振舞ってネズミ算式に増えたのですから、当然の如く、駆除の対策が打たれて来ました。

【 彼らはパロのために倉庫の町ビトムとラメセスを建てた。 しかしイスラエルの人々が苦しめられるにしたがって、いよいよ増え拡がるので、彼らはイスラエルの人々のゆえに恐れをなした。
 エジプトびとはイスラエルの人々を厳しく使い、つらい務めをもってその生活を苦しめた。 即ち、しっくいこね、れんが作り、および田畑のあらゆる務めに当らせたが、そのすべての労役は厳しかった。】
【 またエジプトの王は、ヘブルの女のために取上げをする助産婦でひとりは尚シフラといい、他のひとりは名をプアという者にさとして、言った、「ヘブルの女のために助産をするとき、生み台の上を見て、もし男の子ならそれを殺し、女の子ならば生かしておきなさい」。
 しかし助産婦たちは神を恐れ、エジプトの王が彼らに命じたようにはせず、男の子を生かしておいた。 エジプトの王は助産婦たちを召して言った、「あなたがたはなぜこのようなことをして、男の子を生かしておいたのか」。
 助産婦たちはパロの言った、「ヘブルの女はエジプトの女とは違い、彼女たちは健やかで助産婦が行く前に産んでしまいます。 それで神は助産婦たちに恵みをほどこされた。そして民は増え、非常に強くなった。助産婦たちは神を恐れたので、神は彼女たちの家を栄えさせられた。
 そこでパロはそのすべての民に命じて言った、「ヘブルびとに男の子が生まれたならば、みなナイル川に投げ込め。しかし女の子はみな生かしておけ」。】

 新約聖書の最初にも、「2歳以下の子供は皆、殺せ」という王の命令の記事が出てますね。
 中東地域の人々は、本当に懲りない人々ですね、
  学習能力が低すぎるのではないか。
   聖書ぐらいしっかり読んで下さいよ。
    歴史から学ぶ姿勢が大切です。


第二章
【 さて、レビの家のひとりの人が行ってレビの娘をめとった。 女はみごもって、男の子を産んだが、その麗しいのを見て、三月のあいだ隠していた。しかし、もう隠しきれなくなったので、パピルスで編んだかごを取り、それにアスファルトと樹脂とを塗って、子をその中に入れ、これをナイル川の岸の葦の中においた。】
【 その姉は、彼がどうされるかを知ろうと、遠く離れて立っていた。
 時にパロの娘が身を洗おうと、川に降りてきた。侍女たちは川べを歩いていたが、彼女は、葦の中にかごがあるのを見て、つかえめをやり、それを取ってこさせ、あけて見ると子供がいた。
見よ、幼な子は泣いていた。彼女はかわいそうに思って言った、「これはヘブルびとの子供です」。 そのとき幼な子の姉はパロの娘に言った、「私が行ってヘブルの女のうちから、あなたのために、この子に父を飲ませるうばを呼んでまいりましょうか」。
パロの娘が「行ってきてください」と言うと、少女は行ってその子の母を呼んできた
パロの娘は彼女に言った、「この子を連れて行って、私に代り、乳を飲ませてください。私はその報酬をさしあげます」。女はその子を引き取って、これに乳を与えた。
 その子が成長したので、彼女はこれをパロの娘のところに連れて行った。そして彼はその子となった。
彼女はその名をモーセと名づけて言った、「水の中から私が引き出したからです」。】

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2014年9月18日 (木)

H57、愛さんさんと~ "Love you Ms. falling. Mendeleev's periodic table メンデレーエフ周期律表

H-愛、ジェイ、形、エル、エム、エヌ(H-I,J,K,L,M,N )
 二人は勉強を再開していました。
 
その神々しい人は、まず[]を最初に書きました。そして「最初ひかり[Hikari]ありき」とおっしゃいつつ、一段下がったところに、[]と描き、順次右に向かって、I,,,,,N と描き添え, 更にまた一段下がったところに、1,,,,, と並べて描きました。
 
 話は余談ですが、西暦1869年の春、
ロシアのメンデレーエフさんが原子の周期律表を発見した時、整理番号に困っていました。

 二人は勉強を再開していました。
  They were resumed studying. The divine who wrote first first [H]. And "Hikari first [Hikari] is when" and don't give me that, while fell by one step, [I] and the turn towards the right, with I, J, K, L, M, N and draw, further also fell by one step, drew 1, 2, 3, 4, 5, 6 and side by side.
Is the story aside, 0/1869 spring, discovered Russia's Mendeleyev's periodic table of atomic number was having trouble.

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2014年9月17日 (水)

タイムマシーンに乗って、愛と叡智を捜す旅

【人類に文字を教えた人】
ひげもじゃの男に神々しさの漂う人が文字を教えている。
それは、山の頂近くで 少し平らになった場所であった。

数え方を教わる
ひとつ,ふたつ,みっつ
彼は棒きれを持って、最初に「ひと―つ」と発声しながら、地面に縦線を一本引いた。
同時に,人指し指を立ててをさしつつ にっこり笑った。
次に彼は、「ふた―つ」と発生しながら、その隣に縦線をもう一本引いた。
直後に彼は、人差し指と中指の二本でピースサインを、
ひげもじゃ男に示して見せた。
さらに神は,「み-ッつ」と言い聞かせつつ指を三本立てて見せながら、縦線を三本にして見せた。
 
そのあとで一呼吸置いてから、その三本の線を手でもみ消した。

一、二、三
改めて彼は、「いっぽん、一本」と声を出しながら、地面に横線を一本引きました。
次に彼は、「にほん、二本」「さんぼん、三本」と言いながら、横線を増して行きました。
そして、また一息入れたあと、その3本の線[ ]の絵を両手で消しました。

エイチ,えいち-,さん[H1H2H3] Ⅰ,,

今度は彼は,棒を勢いよく地面に突き立てながら[Point]を打って、左右に小さく揺らしたあと(少し間を置いてから)、そのを下方に引き伸ばしていきました。そこで一旦棒先は止まり、もう一度左右にその最後の点を強く左右に往復させた後、静かに棒先を地面から放して「イチ」と声を発しました。
それから彼は、
その絵の右隣に、もうひとつ同じ絵[]を「叡智(エイチ)」と言いつつ描きました。そして間を置かずにその絵のすぐ隣に、同じ絵を並べて描きつつ「エイチ-2」と発しました。
更に、その絵[]の右隣に、ⅠⅠⅠと3つのⅠを並べて描き,今度は「さん」と発生した。
地面には、ⅠⅡⅢ と描かれていました。
彼は指差しながら、改めて「エイチ,にッ,さん」と発声し、そしてひげもじゃ男に復唱するように促した。『エイち、に、さん』「えいち、に、さん」「ⅠⅡⅢ
「ひとつ、ふたつ、みっつ」『一、二、三』「ⅠⅡⅢ」「いち、に、さん」
「一本、日本、さん:さん:さんとSun(:太陽)の光り[ HIKARI ]三本が日本に届いた!」
男「・?・」
『ちょっと急ぎ過ぎたかな、休憩だ』と言って、
  銀色に光る乗り物[ UFO ]の中から、ゆげの立っている黒い液体を持って来て、カップふたつに注ぎ、ふたりは美味そうに飲みました。
 多分コーヒーだったのでしょうね。 

春の太陽の日差しが、優しく二人を照らしています。それで六千年後の日本では
「愛、サンサンと~」と美空ひばりが歌ったのだそうだと、語り継がれています。

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2014年9月16日 (火)

火あぶりの刑を受けても自説を曲げなかった_ブルーノの名誉回復も

1992年でしたか、ローマ法王庁(教皇)が懺悔をして、ガリレオ・ガリレイの名誉回復が400年ぶりになされました。
1920年でしたか、ジャンヌダルクが魔女として火あぶりの刑になったことへの、懺悔がカトリック教会からなされ、名誉回復⇒聖人への仲間入りが果たされたと記憶しています。

かように度々、カソリックや新教での教会組織は、罪を犯してきたのです。
しかし、最近のカトリック教会牧師(神父)さんの良いところは、
 「間違いを素直に謝り、謝罪懺悔して改め公表するところです。
科学との争いの中で、もう一人名誉を回復して欲しい人がいます。

その人の名は、ジョルダーノ・ブルーノ
 
(1548~1600年2月17日:火あぶりの刑にて死亡)・・・ウィキペディアより
イタリア出身の哲学者ドミニコ会修道士。それまで有限と考えられていた宇宙が無限であると主張し、コペルニクス地動説を擁護したことで有名。異端であるとの判決を受けても決して自説を撤回しなかったため、火刑に処せられた。思想の自由に殉じた殉教者とみなされることもある。彼の死を前例に考え、二の轍を踏まないようにガリレオ・ガリレイは自説を撤回したとも言われる

 火あぶりの刑で身を焼かれている最中も、自説:「宇宙は無限。コペルニクスの地動説は正しい」と主張し、うそぶきつつ笑って死んだというのは、私は
アインシュタインの相対性原理」を解説した小冊子(堀源一郎著)で知りました。

 物凄いつわものです。見方にも依りますが、イエス・キリストの次に来る人でしょう。
ジャンヌダルクよりも凄いし、コペルニクスやガリレオよりも、哲学的には上と言えます。
ローマ法王庁にお願いしたい。
ジョルダーノ・ブルーノの名誉回復も、是非、早急に行って頂きたい。

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H56、創世記最終章(愛の神を感じつつ) ヨセフ110歳で死去

 創世記 第50章 (最終章)
【 ヨセフは父の顔に伏して泣き、口づけした。 そしてヨセフは彼のしもべである医者たちに、父に薬を塗ることを命じたので、医者たちはイスラエルに薬を塗った。 このために40日を費やした。薬を塗るにはこれほどの日数を要するのである。
 エジプトびとは70日の間、彼のために泣いた。

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H55、ヤコブは不可解な言葉を残しつつ死亡

 創世記 第48章 ~
【 これらの事の後に、「あなたの父は、いま病気です」とヨセフに告げる者があったので、彼はふたりの子、マナセエフライムとを連れて行った。時に人がヤコブに告げて、「あなたの子ヨセフがあなたのもとに来ました」と言ったので、イスラエル(=ヤコブ)は努めてとこの上にすわった。 そしてヤコブはヨセフに言った、「裂きに全能の神がカナンの地ルズで私に現れ、私を祝福して、言われた、『私はおまえに多くの子を得させ、おまえを増やし、おまえを多くの国民としよう。また、この地をおまえの後の子孫に与えて永久の所有とさせる』。・・・】
 これは、信頼度に欠ける記述です。何度か前に、そんな夢を見たとかいう記述はあったし、「神がヤコブに現れて言った」ゆえの文章はあったが、具体性に欠けた印象がぬぐえませんでした。 この第48章を書く前提として、予め創作挿入された可能性が高いと判断出来ます。この後、唐突に話題が変わるのも不自然です。以下は主語が入り乱れていますので要注意。

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2014年9月15日 (月)

H54、体の好い肥太りで寄留地を追い出される運び。

創世記 第47章 ~
【 ヨセフは行って、パロの言った、「私の父と兄弟たち、その羊、牛およびすべての持ち物がカナンの地からきて、今ゴセンの地におります」。 そしてその兄弟のうちの五人を連れて行って、パロに会わせた。
 パロはヨセフの兄弟達に言った、「あなたがたの職業は何か」。彼らはパロに言った、「しもべらは羊を飼う者です。我々も我々の先祖もそうです」。
彼らはまたパロに言った、「この国に寄留しようとして来ました。カナンの地は飢きんが激しく、しもべらの群れのための牧草がないのです。どうかしもべらをゴセンの地に住ませてください」。
パロはヨセフに言った、「あなたの父と兄弟達とがあなたの所に来た。エジプトの地はあなたの前にある。地の最も良い所に彼らを住ませなさい。もしあなたが彼らのうちに有能な者があるのを知っているなら、その者に私の家畜をつかさどらせなさい」。】
 エジプト王は、善良が過ぎるようにも感じられます。ユダヤの民に侮られなければいいのですが、心配です。
アメリカインディアンはこの善良さ気前の良さによって、アメリカ大陸をぶんどられたのです。彼らの正義は、聖書を片手に侵略戦争でインディアンを駆逐していったのです。 イスラエルの呼び名が登場して以降、夢でしか神は登場して来ていません。ユダヤの氏神様が、依怙贔屓(えこひいき)を大反省してくれていることを祈りつつ、先を読み進めましょう。

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2014年9月14日 (日)

これって生命保険の仕事?

 母が入居している老人ホームからの帰り道で、携帯電話が鳴った。
生命保険のお譲さん(子持ちのおばさん)からだ。
峠の空き地に車を片寄せて停車する。
「もしもし、久しぶりだね。今どこにいるの?」
「西条(東広島市)から帰宅途中です。今、造賀(ぞうか)辺りを走ってま~す」。
「運転しながらの電話は危険だよ」
「大丈夫、イヤホン使ってるからハンドフリーよ」
「安心した。どこかでちょっと会って話せるかな? そうだ。福富町のダムのそばの道の駅で落ち合わないか、聞きたいことがあるんだ。」
「了解!」
   とまあこんな調子で、夜間デートが成立!
どっちが先に、道の駅に到着するか、競争である。
ヘッドライトをハイビームにして、山道を走りまくる。

「俺の方が早かったね」。
「アッ、競争してたの。こっちは歳を考えて安全運転よ」
「ところで、例の板鍋山であったS電気のぼうやには会えたの?」
「会えなかった。へそ祭りにも、文化祭にもめぼしい人達が来てなくてね。私は焼きそばを焼いていた」。
「な~んだ、まだ会えてないのか。それもいつか小説に取り込もうと考えているんだけど」
「えっ小説書いてるの?ジャンルは何?」
「何がお好み?」
「私は、ミステリー小説が好き」。
「ピッタリだね。今書きかけのほやほやを持っている。実は90歳の母親に読み聞かせて感想を聞きたかったのだけど、無茶だということが判明したところだ」。
「読ませてよ、なんという題?」
「カインの後胤(こういん)という題だ。前篇を書き終えたところ」。
  と言いながらそれを手渡す。
「カインって何よ?」。「アダムとイブとの間に生まれた長男の名前。弟のアベルを殺した罪で、エデンの園を追放される話聞いたことないかな」
「後胤?この字読めない。どういう意味?」
「(こういん)と読むんだ。子孫のこと。末裔(まつえい)でもいいんだけど、それだと有島武郎の「カインの末裔」と全く同じ題名になってしまう」。
「カインの子孫にすればいいじゃない」。
「それだと、味もそっけもないよ。分った、題名にふり仮名しておくよ。」

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H53、裏切り者ユダは、創世記でも金?弁舌は達者

 創世記 第43章 33節 ~
【 こうして彼らはヨセフの前に、長子は長子として、弟は弟としてすわらせられたので、その人々は互いに驚いた。 またヨセフの前~、めいめいの分が運ばれたが、ベニアミンの分は他のいずれの者の分よりも五倍多かった。こうして彼らは飲み、ヨセフと共に楽しんだ。】

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2014年9月13日 (土)

H52、広島長崎に原爆を落としたのは、キリスト者(あなた)自身です。

 創世記 第42章29節 ~
【 こうして彼らはカナンの地にいる父ヤコブのもとに帰り、その身に起こった事をことごとく告げて言った、「あの国の君は我々に荒々しく語り、国をうかがう回し者だ と言いました。 我々は彼に答えました、『我々は真実な者であって回し者ではない。我々は12人兄弟で、同じ父の子である。ひとりはいなくなり、末の弟は今父と共にカナンの地にいる』。 その国の君であるその人は我々に言いました、『私はあなたがたの真実なものでであるのを知ろう。あなたがたは兄弟のひとりを私のもとに残し、穀物を携えて行って、家族の飢えを救いなさい。そして末の弟を私のもとに連れてきなさい。そうすればあなたがたが回し者ではなく、真実な者であるのを知って、あなたがたの兄弟を返し、この国であなたがたに取引させましょう』。】
・・・ 低俗な会話が繰り返されています。神不在を読者に感じさせてしまいます。まるで小学校の学芸会を見せつけられている雰囲気をも感じます。 

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2014年9月11日 (木)

H51、ヨセフ、エジプトの「つかさ」に

創世記 第41章 ~
【 年の後パロは夢を見た。に、彼はナイル川のほとりに立っていた。すると、その川から美しい、肥え太った七頭の雌牛が上がってきて足を食っていた。その後、また醜い、やせ細った他の七頭の雌牛が川から上がってきて、川の岸にいた雌牛のそばに立ち、その醜い、やせ細った雌牛が、あの美しい、肥えた七頭の雌牛を食いつくした。ここでパロは目が覚めた。 彼はまた眠って、再び夢を見た。に、一本の茎に太った良い七つの穂が出てきた。 その後また、やせて、東風に焼けた七つの穂が出てきて、そのやせた穂が、あの太って実った七つの穂をのみつくした。ここでパロは目が覚めたが、それは夢であった。 朝になって、パロは心が騒ぎ、人をつかわして、エジプトのすべての魔術師とすべての知者とを呼び寄せ、彼らに夢を告げたが、これをパロに解き明かしうる者がなかった。】
・・・ ヨセフがその後も2年間地下獄屋にいたのは、長い。歴史的事実であろう。黒田勘兵衛の一年を越えてる。

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2014年9月10日 (水)

たき火、雪だるま、秋、秋秋秋


塗り絵4
塗り絵4
塗り絵4

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どんぐりドジョウ、メダカの学校、七夕、てるてる坊主


塗り絵2
塗り絵2

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でんでん虫、犬のお巡りさん、お月見


塗り絵1
塗り絵1

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この時計は「心を持っている」?

59月65日木曜日?10時19分01秒?こんな馬鹿な!
この頃、携帯電話が爆発炎上したのでした。
59

1月1日が金曜日になるのは、11年前だけど、、?1120000_2
突如、11年前の1月1日(金)12:00 からの時刻表示
が開始され、現在夕方の7時7分?
左右の置時計は正常な日本の明石標準時刻を表示してます。

4つの置時計+東京駅の丸時計の写真です。
Photo_5
常時は、この電波時計は正常な時刻を示している。

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何を表示しようかと考え込んでいる時計

 あるおまじないをすると、時にこの時計は「考え込んで」こんな表情をするのです。Photo_2
『何を表示すべきか?』と考え込んでいる表情をしてますでしょ。

Photo_3
暫くすると(30分~数時間後)、正常な表示に戻る。正常でもないですね、両側にある時計の針は6時 3分前を指しているのに、1月1日(金曜日)12:00を表示しているのですから。 1月1日が金曜日になるのは、今(2019/7/11)から16年も前なのですよ。

Photo_4
 パソコン画面を背景に写真撮影したものです。日時は、6月25日(水曜日:2014年)を指しており、正常表示中です。
この時計が「ある日突然」異常な表示を示し出したのです。
この時計は、母:澄子が、更生保護婦人会活動の貢献に対して組織から贈られたものらしかった。これを私は数カ月前に物置きの奥を整理中に発見し、使用していました。
 この置時計だけではありません、
私の腕時計は、4年くらい前に、突然2時間前の時間を表示し始めました。面白がってしばらくそのまま使っていましたが、不便なので結局1ヶ月後に時間を合わせました。【この証人は土屋民生委員(豊栄町)の奥様です。】

 あれから5年くらいが経過した2019年6月の旅行中に、突然この私の腕時計は、金曜日の1月1日を表示し始めたのです。数日間観察していたところ、表示時間のずれは36時間でした。年月日のずれは、16年前、もしくは、もっと以前なのでしょう。チェックの仕方は、1月1日(元旦)が金曜日である年をさかのぼって調べてみれば良いのです。こんなデータはパソコンの何かを検索すれば、あなたでも直ぐに分かりますよ。
 自分で計算もできます。うるう年でなければ、曜日は1年に1日ずつづれていく計算になります。うるう年には2日ずれるのです。更に400年に3回はうるう年は外すのですよ。案外、私の腕時計や我が家の電波時計は2000年前の時間を時々表示するのかもしれません。不思議でしょ(^o^)。

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実は私は超能力者 esper なんだ。小保方晴子。Hiro. Oyama

 老母のいる東志和の老人ホームを出た宏は、いつも帰りに立寄る”お好み焼屋”に向かった。 かなりのショックを受けている。
 
 一所懸命(一生けんめい)書いた児童向けのお話し小説:「カインの後胤(こういん)」を読み聞かせたのだが、あの賢明だった母が、『理科系の話は分らぬ。私は文系だ。』とか 『人にはそれぞれ考えがある。あんたが思っていることが全て正しいとはかぎらん。』とか
 
『私は90歳のだよ。もう私に甘えないで・・・』とかなんとか、訳の分からないことを言われるばかりで,一向に期待した感想が得られなかったのであった。

 お好み焼屋前の駐車場には7~8台の車があった。
 
「かなり待っていただくことになりますが、・・・」とのことで、外のベンチでタバコを吹かしていて、ふと思いついた。
 
『そうだ、アンケート調査をさせてもらおう。』
 
車の中から昨夜書き終え老母に見せた小説原稿を取ってきて、片っ端から聞いて回ることにした。
 
   「お譲ちゃん、この絵は何の絵に見えますか?」

  こんな お話は、いくらでも
 
    なに、??        でき
 
  まだ分からない ?の字     ます
 
オタマジャクシ   がひとつだけ    なあ
 
かいてある。    わかるかな?    
 
うたの時間ならオタマジャクシ      
 
 は,うようよ遊んでるぞな~     ~
 
    ~もし~  

  ヒント:ちょっと目を離して細目で見たら、
 
  大きなオタマジャクシが1匹 泳いでいるでしょ。

「のの字が書いてある!」「へびがどくろを巻いている」「お玉じゃくしが泳いでいる」
 
親達も「へえ、面白いこと考えますね」と反応は良好だ。
 
気を良くして、次々とテーブルを移り聞いて回る。

 若い人達7~8人のテーブルにも思い切って近寄っていった。
 
「そうら、やっぱり来たよ」と歓声があがる。
 
「何に見えますか?」
 
「のの字!」「蛇が卵を飲み込んでいるところ。ここが目玉だ!」
 
「どれどれ、俺にも見せろよ。・・・、なるほどオタマジャクシだ」
 
気を良くして宏はしゃべりだした。

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H50、ヨセフ物語ーユダに(神不在)は昔から

 創世記の書き出し文章に較べると、随分と低俗な話が続くようになってきてます。 ウィキペディアによると、創世記は、大きく3つ〔「天地創造と原初の人類」、「イスラエルの太祖たち」、「ヨセフ物語」の三つ〕に分かれていて、今読んでいるのは「ヨセフ物語」の所です。以降、
エジプトでのヨセフ(38-41)、ヨセフと兄弟達(42-45)、その後のヨセフ(46-50)、と展開され、『出エジプト記』へと続きます。

 唯一神はほとんど登場しなくなってきて、ユダヤびとの氏神様ばかりが時々出て来られます。これが、どの程度の高位の神様なのかに注意しつつ、読み進めましょう。
 転記は続けますが、読み飛ばして頂いてもいいかと思います(大山宏)。
 創世記 第38章 ~
【 そのころ
ユダは兄弟達を離れて下り、アドラムびとで、名をヒラという者の所へ行った。ユダはその所で、名をシュアというカナンびとの娘を見て、これをめとり、その所にはいった。彼女はみごもって男の子を産んだので、ユダは名をエルと名づけた。・・・

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2014年9月 9日 (火)

カタカナの(エ)の字は英語の(H)に同じ。 Japanese katakana (エ) on and (H) of the English alphabet is the same picture.

Japan language is the language is the richest in the world. Hiragana (Oh - well - I. 51 letters), in addition to...
 日本語は世界中で一番豊かな言語なのです。

ひらがな(--51文字)に加えて、・・・

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H49、イスラエル(ヤコブ)の年寄り子:ヨセフ⇒エジプトへ売られる

 ヨセフはいつ生まれたのか?
この章から、イスラエルの物語が始まるらしい。
 創世記 第37章
【 ヤコブは父の寄留の地、すなわちカナンの地に住んだ。ヤコブの子孫は次の通りである。  
ヨセフは17の時、兄弟たちと共に羊の群れを飼っていた。彼はまだ子供で、父の妻たちビルハとジルパとの子らと共にいたが、ヨセフは彼らの悪いうわさを父に告げた。・・・

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2014年9月 8日 (月)

H48、ヤコブとエサウの争いは解決⇒イサク死去180歳

【 神はまた彼に言われた、「わたしは全能の神である。あなたは生めよ、またふえよ。 一つの国民、また多くの国民があなたから出て、王たちがあなたの見から出るであろう。 わたしはアブラハムとイサクとに与えた地を、あなたに与えよう。 またあなたの後の子孫にその地を与えよう」。 神は彼と語っておられたその場所から彼をはなれてのぼられた。】

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2014年9月 7日 (日)

H47、割礼って何?相手を貶める手段に使って神は追認?

 創世記 第33章 ~
【 さてヤコブは目を上げ、エサウが400人を率いて来るのを見た。そこで彼は子供たちを分けてレアとラケルとふたりのつかえめとにわたし、 つかえめとその子供たちを真っ先に置き、レアとその子供たちを次に置き、ラケルとヨセフを最後に置いて、むずから彼らの前に進み、七たび身を地にかがめて、兄に近づいた。・・・

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2014年9月 6日 (土)

H46、天使とはアダム時代の生き残りか後胤(仙人)ではないか

 旧約聖書 創世記 第32章 ~
【 さて、ヤコブが旅路に進んだとき、神の使たちが彼に会った。 ヤコブは彼らを見て、「これは神の陣営です」と言って、その所の名をマハナイムと名づけた。】

 初めて、ヤコブの眼前に、
天の使たち(複数)が現れた。(ではない)。
”神の使たちが彼に会った”とあるので、天から舞い降りて来たわけではなく、地上を人々と似たような姿で歩いていたと判断できる。この一文と、以下の文章内容とが、どういう関係にあるのか、注意して読み進める。


【 ヤコブはセイルの地、エドムの野に住む兄エサウのもとに、先だって使者をつかわした。 すなわちそれに命じて言った、「あなたがたは私の主人エサウにこう言いなさい、『あなたのしもべヤコブはこう言いました。私はラバンのもとに寄留して今までとどまりました。 私は牛、ろば、羊、男女の奴隷を持っています。それで我が主に申し上げて、あなたの前に恵みを得ようと人をつかわしたのです』。】

 「わが主」とか「私の主人」とか、随分とへりくだって言ってますが、「主」が単に尊敬の態度で、あなた様という程度で使われていることを、納得しました。 「主よ、主よ、」と、日本のキリスト教会では盛んに使われるので、てっきり「神よ、神よ」と同義/同一のものだと思っていたら、人間に対しても、あなた(You) という程度で使われていたのでした。

【 使者はヤコブのもとに帰って言った、「私達はあなたの兄エサウのもとへ行きました。彼もまたあなたを迎えようと400人を率いてきます」。 そこでヤコブは大いに恐れ、苦しみ、共にいる民および羊、牛、らくだを二つの組に分けて言った、「たとい、エサウがきて、一つの組を撃っても、残りの組はのがれるであろう」。
 ヤコブはまた言った、「父アブラハムの神、父イサクの神よ、かつて私に『おまえの国へ帰り、おまえの親族に行け。私はおまえを恵もう』と言われた主よ、あなたがしもべに施されたすべての恵みとまことを私は受けるに足りない者です。
 私は、つえのほか何も持たないでこのヨルダンを渡りましたが、今は二つの組にもなりました。 どうぞ、兄エサウの手から私をお救い下さい。
 私は彼がきて、私を撃ち、母や子供達にまで及ぶのを恐れます。あなたは、かつて、『私は必ずおまえを恵み、おまえの子孫を海の砂の数えがたいほど多くしよう』と言われました」。】
【 彼はその夜そこに宿り、持ち物のうちから兄エサウへの贈り物を選んだ。 すなわち雌やぎ二百、雄やぎ二十、雌羊二百、雄羊二十、乳らくだ三十とその子、雌牛四十、雄牛十、雌ろば二十、雄ろば十。 彼はこれらをそれぞれの群れに分けて、しもべたちの手にわたし、しもべたちに言った、「あなたがたは私の先に進みなさい。そして群れと群れとの間には隔たりをおきなさい」。
 また先頭の者に命じて言った、「もし、兄エサウがあなたに会って『だれのしもべで、どこへ行くのか。あなたの前にあるこれらのものは誰の物か』と尋ねたら、『あなたのしもべヤコブの物で、我が主エサウにおくる贈り物です。 彼も私達のうしろにおります』と言いなさい]。
 彼は第二の者にも、第三の者にも、また群れ群れについて行くすべての者にも命じて言った、「あなたがたがエサウに会うときは同じように彼に告げて、 『あなたのしもべヤコブも我々のうしろにおります』と言いなさい」。
 ヤコブは、「私が先におくる贈り物をもってまず彼をなだめ、それから、彼の顔を見よう。そうすれば、彼は私を迎えてくれるであろう」と思ったからである。 こうして贈り物は彼に先立って渡り、彼はその夜、宿営にやどった。】
 まだ、書き出しの神の使は登場してきていませんね。いつ現れるのでしょうか?

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2014年9月 5日 (金)

H45、夢のお告げは時に身勝手、卑怯な話法

 創世記 第31章
【 さてヤコブはラバンの子らが、「ヤコブは我々の父の物をことごとく奪い、父のものによってあのすべての富を得たのだ」と言っているのを聞いた。 またヤコブがラバンの顔を見るのに、それは自分に対して以前のようではなかった。】
 この文章は、公平な立場で描かれていると、思われる。ヤコブの性格なら、こういう結果を招く。しかし、後に続く文章は、巧妙にヤコブの正当化へと変化している。

【 シュ(氏神様)はヤコブに言われた、「あなたの祖先の国へ帰り、親族のもとに行きなさい。わたしはあなたと共にいるであろう」。 そこでヤコブは人をやって、ラケルとレアとを、野にいる自分の群れのところに招き、彼女らに言った、「私があなたがたの父の顔を見るのに、私に対して以前のようではない。しかし、私の父のカミは私と共におられる。 あなたがたが知っているように、私は力の限り、あなたがたの父に仕えてきた。 しかし、あなたがたの父は私を欺いて、十度も私の報酬を変えた。 けれどもカミは彼が私に害を加えることをお許しにならなかった。 もし彼が『ぶちのものはあなたの報酬だ』と言えば、群れは皆ぶちのものを産んだ。もし彼が、『しまのあるものはあなたの報酬だ』と言えば、群れは皆しまのあるものを産んだ。 こうして神はあなたがたの父の家畜をとって私に与えられた。
 また群れが発情した時、私が夢に目をあげてみると、群れの上に乗っている雄やぎは皆しまのあるもの、ぶちのもの、霜ふりのものであった。 その時、神の使が夢の中で私に言った、『ヤコブよ』。私は答えた、『ここにおります』。 神の使は言った、『目を上げてみてごらん。群れの上に乗っている雄やぎは皆しまのあるもの、ぶちのもの、霜ふりのものです。 私はラバンがあなたにしたことをみな見ています。私はベテルのカミです。かつてあなたはあそこで柱に油を注いで、私に誓いを立てましたが、いま立ってこの地を出て、あなたの生まれた国へ帰りなさい』。】
 夢を見ただけです。あの「柱に油を注いだ」ときも、夢を見たあとでした。これを持ってイサクは正当化を図ろうとしているらしいです。

【 ラケルとレアは答えて言った、「私達の父の家に、なお私達の受くべき分、また嗣業(しぎょう)がありましょうか。 私達は父に他人のように思われているではありませんか。 彼は私達を売ったばかりでなく、私達のその金をさえ使い果したのです。 カミが私達の父から取りあげられた富は、みな私達と私達の子供のものです。だから何事でもカミがあなたにお告げになったことをしてください」。】

 相談の形式を取りながら、娘二人が父を見捨てる相談を、まとめあげてしまいました。これは神の御心なんてものでは無いでしょう。その見たという二度の夢も作り話の可能性大です。
【 そこでそこでヤコブは立って、子らと妻たちをらくだに乗せ、またすべての家畜、すなわち彼がパダンアラムで獲た家畜と、すべての財産を携えて、カナンの地におる父イサクのもとへ赴いた。 その時ラバンは羊の毛を来るために出ていたので、ラケルは父の所有のテラピムを盗み出した。 またヤコブはアラムびとラバンをあざむき、自分の逃げ去るのを彼に告げなかった。 こうして彼はすべての持ち物を携えて逃げ、立って川を渡り、ギレアデの山地へ向かった。】

兄をだまして逃げた地から、今度は妻の父や同族民のところから、逃げ出すのです。 ロトがソドムとゴモラから脱出した時とは、動機も次元も全く違うことに注意してください。
読み飛ばしても大勢に影響はありません。  
2014 8月14日 大山宏

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2014年9月 4日 (木)

「石橋を叩いても渡らない」人々

 エボラ出血熱報道を聴きながら、ふと宏は、6-7年前のシニア海外協力隊のことを思い出した。
実際に参加した訳ではなくて、応募したが最終審査で落選したという、様にならない結果でした。
 物語としてさて、何から話しはじめましょうか?
まずは〔応募地域の絞り込み〕…これは私の場合はっきりしていました。
                     アフリカ大陸にあるいずれかの国。
 『何故、アフリカか?』
それはヘンリー・モルトン・スタンレーが訪れた地であり、かつ、シュバイツァー博士や野口英世が献身した地だったからでした。

 募集地域を調べ、セネガルに希望国を定めて、A4用紙一枚の完璧な書類を作成しました(大山宏は完璧主義者ですから抜かりはありません)。
健康診断書を添付する必要がありました。
2万円ちょっと掛かりましたが近くの病院で久々の検査です。
 医者嫌い・薬嫌いの宏が病院に足を運んだのです。

 一次の書類審査はパスしました。但し、精密検査書類の提出が条件でした。
胃カメラを飲まなければならない。『仕方ない』と覚悟を決めて、また病院へ足を運ぶ。
ピロリが検出されました。便に血が混じっています」
「先生、アフリカにボランティアに行きたいのです。検査結果に書かないでくれませんか」
「見つかった事を書かない訳にはいきません」「…」との押し問答の後、密封書類を手渡された。
 二次審査結果も無事パス。但し強烈な条件が付いたた。
最終審査には「ピロリ菌排除と血便の原因を取り除いた証明書」を持参する事。
大変なことになった。
 大腸からポリープを取り除く入院手術は2週間で済んだ。
  ピロリ菌除去には数か月かかる。最終審査の日には間に合わない。

 最終審査は筆記試験から始まり、英会話面接で終わる。
                       まずまずの出来であった。
2週間後に届いた結果は「D評価:貴方を海外には派遣できません。」であった。

 アフリカでのボランティアの夢は消えてなくなった。
聞くところによると、「日本からの海外ボランティア資金提供は世界一だそうだけど、「身体を海外に移しての献身者の数では韓国の半分以下」だそうだ。
 『 さもありなん 』と宏は思った。

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H44、神は「いたずら」がお好き!  ジプシーの元祖

 旧約聖書 創世記 第29章
【 ヤコブはその旅を続けて東の民の地へ行った。 見ると野に一つの井戸があって、そのかたわらに羊の三つの群れが伏していた。 人々はその井戸から群れに水を飲ませるのであったが、井戸の口には大きな石があった。 群れが皆そこに集まると、人々は井戸の口から石をころがして羊に水を飲ませ、その石をまた井戸の口の元のところに返しておくのである。】
【 ヤコブは人々に言った、「兄弟たちよ、あなたがたはどこからこられたのですか」。 彼らは言った、「私達はハランからです」。 ヤコブは彼らに言った、「あなたがたはナホルの子ラバンを知っていますか」。彼らは言った、「知っています」。
 ヤコブはまた彼らに言った、「彼は無事ですか」。彼らは言った、「無事です。御覧なさい。彼の娘ラケルはいま羊と一緒にここへきます」。 ヤコブは言った、「日はまだ高いし、家畜を集める時でもない。あなたがたは羊に水を飲ませてから、また行って飼いなさい」。
 彼らは言った、「私達はそれはできないのです。群れがみな集まった上で、井戸の口から石をころがし、それから羊に水を飲ませるのです」。】
【 ヤコブがなお彼らと語っている時に、ラケルは父の羊と一緒にきた。 彼女は羊を飼っていたからである。 ヤコブは母の兄ラバンの娘ラケルと母の兄ラバンの羊とを見た。そしてヤコブは進み寄って井戸の口から石をころがし、母の兄ラバンの羊に水を飲ませた。
 ヤコブはラケルに口づけし、声をあげて泣いた。 ヤコブはラケルに、自分がラケルの父のおいであり、リベカの子であることを告げたので、彼女は走って行って父に話した。】
【 ラバンは妹の子ヤコブがきたという知らせを聞くとすぐ、走って行ってヤコブを迎え、これを抱いて口づけし、家に連れてきた。 そこでヤコブはすべての事をラバンに話した。 ラバンは彼に言った、「あなたはほんとうに私の骨肉です」。
 ヤコブは一カ月の間、彼と共にいた。】
【 時にラバンはヤコブに言った、「あなたは私の甥(おい)だからといって、ただで私のために働くこともないでしょう。どんな報酬を望みますか、私に言ってください」。
 さてラバンにはふたりの娘があった。姉の名はレアといい、妹の名はラケルといった。レアは目が弱かったが、ラケルは美しくて愛らしかった。 ヤコブはラケルを愛したので「私は、あなたの妹娘ラケルのために七年あなたに仕えましょう」。と言った。】

【 ラバンは言った、「彼女を他人にやるよりもあなたにやる方がよい。 私と一緒にいなさい」。 こうして、ヤコブは七年の間ラケルのために働いたが、彼女を愛したので、ただ数日のように思われた。
 ヤコブはラバンに言った、「期日が満ちたから、私の妻を与えて、妻の所にはいらせてください」。 そこでラバンはその所の人々をみな集めて、ふるまいを設けた。 夕暮れとなったとき、娘レアをヤコブのもとに連れて来たので、ヤコブは彼女の所にはいった。 ラバンはまた自分のつかえめジルパを娘レアにつかえめとして与えた。
 朝になって、見ると、それはレアであったので、ヤコブはラバンに言った、「あなたはどうしてこんな事を私にされたのですか。私はラケルのために働いたのではありませんか。どうしてあなたは私を欺いたのですか」。】
【 ラバンは言った、「妹を姉より先にとつがせる事は我々の国ではしません。 まずこの娘のために一週間を過ごしなさい。そうすればあの子もあなたにあげよう。あなたは、そのために更に七年わたしに仕えなければならない」。】
ラケルは、思慮深いとも言えるし、ずるいとも言えそう。 面白い人格とも言えるでしょう。
【 ヤコブはその通りにして、その一週間が終わったので、ラバンはまた娘ラケルをも妻として彼に与えた。
 ラバンはまた自分のつかえめビルハを娘ラケルにつかえめとして与えた。 ヤコブはまたラケルの所にはいった。彼はレアよりもラケルを愛して、更に七年ラバンに仕えた。】
【 主はレアが嫌われるのを見て、その胎を開かれたがラケルは、みごもらなかった。 レアは、みごもって子を産み、名をルベンと名づけて、言った、「主が私の悩みを顧みられたから、今は夫も私を愛するだろう」。 彼女はまた、みごもって子を産み、「主は私が嫌われるのをお聞きになって、私にこの子をも賜った」と言って、名をシメオンと名づけた。 彼女はまた、みごもって子を産み、「私は彼に三人の子を産んだから、こんどこそは夫も私に親しむだろう」と言って、名をレビと名づけた。 彼女はまた、みごもって子を産み、「私は今、主をほめたたえる」と言って、名をユダと名づけた。 そこで彼女の、子を産むことはやんだ。】
 この神様も時々面白い事をなさる。 神は一般的にいたずらがお好きらしい。

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2014年9月 2日 (火)

あらッ、天使に羽が付いていないゾ

 この歳になるまで宏は何となく〔天使に羽は付いているもんだ〕と思っていた。『童話に出てくる小さな妖精にだって透き通った羽が付いているじゃあないか、天使に羽は付いているはずだ。聖書のどこかにその事に触れて書いてあるはずだ』と宏は思って、分厚い聖書を丁寧に読み進めた。
 UFOらしき記述はあちこちにあるが、天使が羽をバタバタさせながら移動していたというような記述は、何処にも見当たらない。
それどころか、後で『あれは天使(神からの使命を帯びた御使い)だ』とされる人々は誰も空を飛んでいない。地上を歩いて移動していた。
 もっとビックリしたことがあります。
『イスラエル』という言葉が聖書の最初に登場する場面では、ヤコブと相撲を取って、天使がヤコブに負けている
後光はさしていたかも知れません。
オーラが出ていたかも知れません。
   しかし、姿かたちは人間とそっくりなのでした。

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H43、日本には氏神様を祭る社なら五万と有。一見の価値有り

創世記 27章 41節~
【 こうしてエサウは父がヤコブに与えた祝福のゆえにヤコブを憎んだ。 エサウは心の内で言った、「父の喪の日も遠くはないであろう。その時、弟ヤコブを殺そう」。
しかしリベカは長子エサウのこの言葉を人づてに聞いたので、人をやり、弟ヤコブを呼んで言った、「兄エサウはあなたを殺そうと考えて、みずから慰めています。 子よ、今わたしの言葉に従って、すぐハランにいるわたしの兄ラバンのもとにのがれ、あなたの兄の怒りが解けるまで、しばらく彼の所にいなさい。 兄の憤り(いきどおり)が解けて、貴方のした事を兄が忘れるようになったらば、私は人をやって、あなたをそこから迎えましょう。どうして、私は一日のうちにあなたがたふたりを失ってよいでしょうか」。】
 (リベカは)実に恐ろしい悪賢い女ですね。ここまでの数行は、ふたりの子供を想う親のポーズを取っていますが、本心は以下に吐露(とろ)しています。

【 リベカはイサクに言った、「私はヘテびとの娘どものことで、生きているのがいやになりました。もしヤコブがこの地の、あの娘どものようなヘテびとの娘を妻にめとるなら、私は生きていて、何になりましょう」。】

 これが、大昔であるにせよ、一時的に起こった話であるにせよ、如何なる理由付けをもってしても、正当化されるものではありません。 もし現代の裁判所でこのような発言がなされたならば、死刑宣告はまだ罪の軽い方で、生き恥をさらしつつの終身刑を言い渡されてもしかたのない暴挙を行ったのだと断罪されます。 弁解の余地は(現代社会では)皆無です。 イサクの罪よりも、母リベカの罪の方が数倍重いように思います。

第28章 ~
【 イサクはヤコブを呼んで、これを祝福し、命じて言った、「あなたはカナンの娘を妻にめとってはならない。 立ってパダンアラムへ行き、あなたの母の父ベトエルの家に行って、そこであなたの母の兄ラバンの娘を妻にめとりなさい。 全能の神が、あなたを祝福し、多くの子を得させ、かつふえさせて、多くの国民とし、またアブラハムの祝福をあなたと子孫とに与えて、カミがアブラハムに授けられたあなたの寄留の地を継がせてくださるように」。】

 これはなんということか、アビメレクとの争いを回避することで自分勝手なエゴイズムから抜け出したはずのあのイサクが、妻の策略にはまり、ヤコブ&悪女リベカの肩を持つ行動に移ったのです。 これで、イサクとリベカの、あの素晴らしい出会いの話が、急に「歯の浮くような下賤な話に化してしまった」と、現代人はあきれかえり、聖書から離れて行くのです。 この機微が分かりませんか、牧師の方々、神父様方々は
 保証しますよ、他の国ではどうか知りませんが、日本国に於いては、永久にキリスト教信者は、2%以上に増えることはあり得ません。これからもどんどんじり貧の一途をたどることでしょう。 悔い改めて、律法学者からどうか脱却してください。
抗議、御意見は承ります。 どうぞ遠慮なく、私(大山宏)は逃げも隠れも致しません。
 お会いして、徹底的に、議論を致しましょう。
 繰り返しますが、私は名前の付けられない唯一神は確かに存在すると、今も信じております。そして、この世界は小さくは400年サイクルで、大きくは2000年サイクルで繰り返されているのだと、科学者の目を通して確信しております。 また、奇跡の数々も実際に現代でも起きる・起きている!との認識の上に立っております。
  旧約聖書 創世記の筆読に戻ります。

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2014年9月 1日 (月)

父兄参観日は「音楽と図工」の時間

 こんな小話はいかがですか?
先ほど校長先生から「音符♪のことを、どうしてオタマジャクシと呼ぶのか、子供たちの父兄にも分かるように教えてやってくれ」との課題を与えられて、大山宏子先生は考え込んでいます。
       ♪
       今度
       の父兄
       参観 日の
       校長  先生
       指定   教科
       は♪   ♪♪
  〔図工と音楽〕   ♪
  の時間です。!

 これがヒントです。 宏子先生は大きな白い紙を持ち出してきて、こんな絵を描いておきました。
もうひとつ準備しています。
〔オタマジャクシの歌〕の楽譜を大きく拡大コピーしておいて、その音符の下に、
  ソードドドドドレミミレドソー
  ミソラソミミミソミミレドラー
   … … …
と書き添えておいてから、『これで父兄も一緒に歌ってもらえるわ。』と、独り言を言いましたとさ。           
     おしまい 〔大山宏〕
Photo

 笑えたら、一声お返事をお願いしま〜す(^o^)

添付楽譜は、童謡「春が来た」です。捜しても、「オタマジャクシはカエルの子」の楽譜はみつかりませんでした。 聞くところによると、現在の小学校では、「メダカの学校」も「カエルの歌」も「かごめかごめの歌」も、教えないのだそうですね。
「365歩のマーチ」水前寺清子でさえ、「それって何?」と問われそうで、怖くなってきました。
 小学校教育って、どうあるべきなのでしょうか?

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H42、ヤコブは継承権を謀略入手。氏神様はそれを黙認?

 キリスト者の皆様、敬虔な牧師の方々、神父の方々へ。 大山宏です。
 創世記 第26章34節~を解読中です。 ヤコブの兄〔エサウ〕のその後から、
【 エサウ40の時、ヘテびとベエリの娘ユデテとヘテびとエロンの娘バスマテとを妻にめとった。彼女たちはイサクとリベカにとって心の痛みとなった。】
創世記 第27章 ~
【 イサクは年老い、目がかすんで見えなくなった時、長子エサウを呼んで言った、「子よ」。 彼は答えて言った、「ここにおります」。 イサクは言った、「わたしは年老いて、いつ死ぬかも知れない。それであなたの武器、弓矢をもって野に出かけ、わたしのために、しかの肉をとってきて、わたしの好きなおいしい食べ物を作り、持ってきて食べさせよ。わたしは死ぬ前にあなたを祝福しよう」。
 イサクがその子エサウに語るのをリベカは聞いていた。やがてエサウが、しかの肉を獲ようと野に出かけたとき、リベカはその子ヤコブに言った、「わたしは聞いていましたが、父は兄エサウに、『わたしのために、しかの肉をとってきて、美味しい食べ物を作り、私に食べさせよ。私は死ぬ前に、主の前であなたを祝福しよう』と言いました。 それで、子よ、わたしの言葉にしたがい、私の言う通りにしなさい。群れの所へ行って、そこからヤギの子の良いのをニ頭私の所に取ってきなさい。私はそれで父のために、父の好きなおいしい食べ物を作りましょう。 あなたはそれを持って行って父にたべさせなさい。父は死ぬ前にあなたを祝福するでしょう」。】
 これって、現代劇そのものじゃあないですか。 ちっとも人間、特に女の性は変わっていないのですね。 私は熟年離婚の経験者ですが、女の身勝手さ、ずる賢さを、嫌というほどなめさせられました。 ふと気が付いてみると、男もけっこう自分本位(利己主義)ですが、これほど酷くはない。
 もし今後の展開で、カミ(氏神様)がそれを良しとするならば、これは許し難い背反行為です。 せっかくイサクが心の成長をして争いを回避したのに、氏神様はまだ、低い精神構造を保持し続け、正当化しようとしている(居直っておられる)ことになります。

【 兄エサウは毛深い人ですが、わたしはなめらかです。おそらく父はわたしにさわってみるでしょう。そうすれば私は父を欺く者と思われ、祝福を受けず、かえってのろいを受けるでしょう」。 母は彼に言った、「子よ、あなたが受けるのろい私が受けます。ただ、私の言葉に従い、行って取って来なさい」。】

 これらの箇所(文章部分)を、どういう気持ちで翻訳者が翻訳していたか、その心の揺れに非常に興味を覚えます。
 これらカミ(氏神)や人々の利己主義行動を、単に「契約実行」という一語でもって、それらを”やむを得ない行為”だと黙認しつつ、翻訳がなされたとしたなら、その人はパリサイ人・律法学者と、名前を付けられない神様( G :God)から断罪されるはずです。
《 世界の歴史をみれば、断罪 されて来たのは明らかです。》

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