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2014年11月

2014年11月 8日 (土)

二台のバイオリン

 長い長い眠りの後、また弾いてもらえることになるとは、2台のヴァイオリン共、夢にも思わなかったことでしょう。1台は亡くなった父の物だった。もう1台は、元妻(久子)が我が家に持ち込んできた物だった。
馬の尻尾の毛が素材という弓糸は、どちらのヴァイオリンとも見事に朽ち果て、この40年間、だらんと垂れ下がったままだった。もう一台は、教師であった父が母に内緒で買い込んで、学校内でこっそり練習していたという曰く付きのバイオリンである。
 ピアノとは違って音程や音色が定め難く、『難しい楽器だな』と宏は思った。
 久子が我が家に持ち込んできたヴァイオリンを、久子が弾いていた記憶はない。但し、『手に持って三人で写っていた』その写真のことは、ハッキリと覚えている。それは、着物姿の見合い写真に添えられたスナップ写真であった。
その写真を見て『音楽が大好きでバイオリンが弾けるお嬢さんなんだな。私がピアノを弾き、彼女がバイオリンを弾きながら毎夜室内合奏が楽しめる!』と思った。久子との結婚に踏み出す大きなキッカケとなった写真であった。
 宏は小学5年生まで、ピアノを習っていた。しかしデート中は、「ピアノが弾ける」とは言わなかった。いつかビックリさせてやろうという気持ちはあった。
 結婚後暫く経ったある日、妻がいる所でピアノを弾いて見せた。意外な表情と喜悦の表情とを織り交ぜている久子に対して、バイオリン演奏をねだった。しかし以降38年間、一度もバイオリンを久子は弾かなかった。彼女は軽い音痴であった。歌は好きだが音程がともすると狂うのであった。 (音痴ではバイオリンは弾けない)
 宏はショックだった。しかし甘い新婚生活が始まったばかりである。

 宏は音楽から段々と遠ざかっていった。
娘二人が生まれ小学校に通うようになり、ピアノ教室に通っていた。
狭いアパートには結婚前に宏が買ったエレクトーンがあって娘二人はそれでピアノ練習をしていた。 ある日の事、次女が突然泣き出した。『指のタッチが違って練習出来ない。ピアノを買って欲しい。』とボロボロと涙を流す。側から妻の久子が『買ってやって』と哀願している。
 仕方ないと宏は思った。楽器店を何軒も回って弾き較べ、グランドピアノ並みの音色の出るピアノを購入した。狭いアパートに、エレクトーンとピアノとが並び、寝起きさえも不自由ではあったが、妻と娘二人から泣いてせがまれて買ったピアノだ。しかし、宏は満足であった。
 中学生にもなると、二人共弾かなくなってしまった。せっかく買ったピアノがもったいないということもあって、宏は「大人のピアノ」教室に通い始めた。
 定年退職の頃になった。宏の母からも久子の両親からも「田舎に返って来い。帰って来て面倒を見てくれ」と、しつこく迫られていた。長く住みなれた相模原の地を離れる事になった。
『ピアノをどうするか』は悩みの種だった。既に結婚して孫娘のいる長女にもらって欲しかった。「いらない。売り払ったら」と、長女は言う。『思い出のあるピアノだ。手放したくない。』
宏の実家に持ち帰ろうとした。
「2台もピアノはいらない。」と、母は言う。
 久子の実家にはピアノは無かった。引っ越しの1年前から久子の母に「ピアノを置かせてくれないか」という提案をし、「ここに置かせてもらいたい」「置いて下さい」という話が進んでいた。
 引っ越しの直前になって、話はひっくり返った。「誰が弾くのか?宏一人が弾いて周囲に聞かせるのか?」という議論まで発生して来た。
 要は『置いて欲しくない』という嫌がらせにも似た拒否反応であった。

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