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2015年3月 3日 (火)

ヨ5、イスラエルの氏神様は愛に乏しいらしい。

ヨシュア記、第七章、二節~
【 ヨシュアはエリコから人々を遣わし、ベテリの東、ベテアベンの近くにあるアイに行かせようとして、その人々に言った、「上って行って、かの地を探って来なさい」。
 人々は上って行って、アイを探ったが、ヨシュアのもとに帰って来て言った、「民をことごとく行かせるには及びません。だだ2,3千人を上らせて、アイを撃たせなさい。彼らは少ないのですから、民をことごとくあそこへやって骨折りをさせるには及びません」。
 そこで民の内、おおよそ2千人がそこに上ったが、遂にアイの人々の前から逃げ出した。アイの人々は彼らの内、おおよそ36人を殺し、更に彼らを門の前からシバリムまで追って、下り坂で彼らを殺したので、民の心は消えて水のようになった。】
【 その為ヨシュアは衣服を裂き、イスラエルの長老達と共に、主の箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、ちりをかぶった。
 ヨシュアは言った、「ああ、主なる神代、貴方は何故、この民にヨルダンを渡らせ、我々をアモリびとの手にわたして滅ぼさせられるのですか。我々はヨルダンの向こうに、安んじて留まれば良かったのです。ああ、主よ。イスラエルが既に敵に背を向けた今となって、私はまた何を言い得ましょう。 カナンびと、及びこの地に住む全ての者は、これを聞いて、我々を攻め囲み、我々の名を地から立ち去ってしまうでしょう。それで貴方は、貴方の大いなる名の為に、何をしようとされるのですか」。】

【 主はヨシュアに言われた、「立ちなさい。貴方はどうして、そのようにひれ伏しているのか。イスラエルは罪を犯し、私が彼らに命じておいた契約を破った。彼らは奉納物を取り、盗み、かつ偽って、それを自分の所有物の内に入れた。それでイスラエルの人々は敵に当ることが出来ず、敵に背を向けた。彼らも滅ぼされるべきものとなったからである。貴方がたが、その滅ぼされるべき者を、貴方がたの内から滅ぼし去るのでなければ、私はもはや貴方がたとは共にいないであろう。
 立って、民を清めて言いなさい、『貴方がたは身を清めて、明日のために備えなさい。イスラエルの神、主はこう仰せられる、
「イスラエルよ、貴方がたのうちに、滅ぼされるべき者がある。その滅ぼされるべき者を貴方がたのうちから除き去るまでは、敵に当ることは出来ないであろう」。
 それ故、明日の朝、貴方がたは部族毎に進み出なければならない。そして主がくじを当てられる家族は、男ひとりびとり進み出なければならない。そしてその滅ぼされるべきものを持っていて、くじを当てられた者は、その持ち物全部と共に、火で焼かれなければならない。主の契約を破りイスラエルの内に愚かなことを行ったからである』」。】

【 こうしてヨシュアは朝早く起き、
イスラエルを部族毎に進み出させたところ、ユダの部族がくじに当たり、
ユダのもろもろの氏族を進み出させたところ、ゼラびとの氏族が、くじに当った。
ゼラびとの氏族を家族ごとに進み出させたところ、ザブテの家族が、くじに当った。
ザブテの家族を男ひとりびとり進み出させたところ、アカンがくじに当った。】

【 アカンはユダの部族の内の、ゼラの子、ザブテの子なるカルミの子である。
 その時ヨシュアはアカンに言った、「我が子よ、イスラエルの神、主に栄光を帰し、また主を賛美し、あなたのしたことを今私に告げなさい。私に隠してはならない」。
 アカンはヨシュアに答えて言った、
「本当に私はイスラエルの神、主に対して罪を犯しました。私がしたのはこうです。私はぶんどり物のうちに、シナルの美しい外套1枚と銀2百シケルと、目方50シケルの金の延べ棒1本のあるのを見て、欲しくなり、それをとりました。私の天幕の中に、地に隠してあります。銀はその下にあります」。】
【 そこでヨシュアは使者達を遣わした。使者達が天幕に走っていって見ると、それは彼の天幕に隠してあって、銀もその下にあった。
 彼らはそれを天幕の中から取り出して、それを主の前に置いた。ヨシュアは全てのイスラエルびとと共に、ゼラの子アカンを捕らえ、かの銀と外套と金の延べ棒、および彼の息子、娘、牛、ろば、羊、天幕など、彼の持ち物をことごとく取って、アコルの谷へ引いていった。
 そして、ヨシュアは言った、「何故貴方は我々を悩ましたのか。主は、今日、貴方を悩まされるであろう」。やがて全てのイスラエルびとは石で彼を撃ち殺し、また彼の家族をも石で撃ち殺し、火をもって焼いた。そしてアカンの上に石塚を大きく積み上げたが、それは今日まで残っている。そして主は激しい怒りをやめられたが、このことによって、その所の名は今日までアコルの谷と呼ばれている。】

 アカンの行為は、主の分捕り品を掠め取った事である。勿論、この行為は罪であることは明確である。しかし、だからと言って、一族郎党を女子供、牛、ろば、羊、天幕など、彼の氏族の全ての持ち物を焼却処分するとは、神様とは言え、ちょっとやり過ぎではないかと思われる。
大体が、子は父親母親の背中を見て育つと言われている。アカンの父とは、今の場合イスラエルの氏神様であり、その氏神様が略奪行為を行ってその手本を示しているのではないか。
イスラエルの民を偏愛する(ねたむ)神様が悪い手本をしていて、その手本をちょっと真似ただけとも言える。それで、一族郎党家族幼子まで処分するとは、何か狂っているとしか言いようが無い。牛・ろば・羊はいい迷惑ですね。生き物を粗末にし過ぎていませんか。
 イエスキリストの本当の悩みが分かる様な気がします。彼は、この契約社会システムを正そうとなさって一大決心をして十字架に架かられたのではなかろうか。
 まだ、「将として抜き身の刀をぶら下げて出現した天使らしき人」の存在が明らかになっていない事を忘れないで、続きを読んで行きましょう。

第八章
【 主はヨシュアに言われた、「恐れてはならない、おののいてはならない。いくさびとを皆、率い、立って、アイに攻め上りなさい。私はアイの王とその民、その町、その地をあなたの手に授ける。 貴方は、先にエリコとその王にした通り、アイとその王とにしなければならない。
 但し、ぶんどり物と家畜とは戦利品として貴方がたのものとすることが出来るであろう。あなたはまず、町の後ろに伏兵を置きなさい」。】

 この氏神様は、反省なさっているじゃあないですか。鞭ばかり与えて奴隷や部下を操ろうとしても無理、飴も適当に与えないといけない。『ご利益も少しはないと、死をとしては戦ってくれない』と反省なさっているのですね。
非常に穿った見方ですが、くじに当ったアカン以外にも、多かれ少なかれくすね取った人達が実際には大勢いたのではないか、という見方も成り立ちます。偶々アカンにくじは当ったが、他の人にくじが当っていても、似た様な処分が下された可能性も否定できませんね。

【 ヨシュアは立って、全てのいくさびとと共に、アイに攻め上ろうとして、まず大勇士3万人を選び、それを夜のうちに遣わした。ヨシュアは彼らに命じて言った、「貴方がたは街に向かって、町の後ろに伏せていなければならない。町を遠く離れないで、みな供えをしていなければならない。私と私に従う民とは皆共に、町に攻め寄せよう。そして彼らが前のように我々に向かって出てくるとき、我々は彼らの前から逃げるであろう。そうすれば彼らは我々を追って出て来るであろうから、我々はついに彼らを待ちからおびき出すことが出来る。・・・】
 こんな戦略は中国歴史書に五万と書かれている。当時の中近東でも極一般的な戦略であろうから、殊更にこの戦略で勝ったとしても、氏神様のお陰とは言い難いと思われる。

【・・・ 彼らは言うであろう、『この人々はまた前のように、我々の前から逃げていく』。こうして我々は彼らの前から逃げるであろう。その時、貴方がたは伏せている所から立ち上がって、町を取らなければならない。貴方がたの神、主がそれを貴方がたの手に与えられるからである。 貴方がたが、町を取ったならば、町に火を放ち、主が明示られたようにしなければならない。私はこう、貴方がたに命じるのである」。
そうしてヨシュアが彼らを遣わしたので、彼らはアイの西方、べテルとアイの間の待ち伏せする場所に行って身を伏せた。ヨシュアはその夜、民の中に宿った。】

【 ヨシュアは明くる朝、早く起きて、民を集め、イスラエルの長老達と共に、民に先立って、アイに上って行った。彼と共にいたいくさびと達もみな上っていって、町の前に近づき、アイの北に陣を取った。彼らとアイの間には、一つの谷があった。ヨシュアはおおよそ五千人をとって、町の西方、べテルとアイの間に、伏せておいた。こうして民の主力を町の北に置き、しんがりを町の西に置いた。
ヨシュアはその夜、谷の中で宿った。アイの王はこれを見て、全ての民と共に、急いで、早く起き、アラバに行く下り坂に進み出て、イスラエルと戦った。しかし、王は町のうしろに、隙を窺う伏兵の居ることを知らなかった。ヨシュアはイスラエルの全ての人々と共に、彼らに打ち破られたふりをして、荒野の方向へ逃げ出したので、その町の民はみな呼ばわり集まって彼らのあとを追い、ヨシュアのあとを追って町からおびき出され、アイにもべテルにも残っている者はひとりもなく、みな出てイスラエルのあとを追い、町を開け放して、イスラエルのあとを追った。】
【 その時、主はヨシュアに言われた、「貴方の手にある投げやりを、アイのほうにさし伸べなさいなさい。私はその町を貴方の手に与えるであろう」。
そこでヨシュアが手をのべると、伏兵はたちまちその場所から立ち上がり、ヨシュアが手を伸べると同時に、走って町に入り、それを取って、ただちに町に火をかけた。それでアイの人々が、うしろをふり返って見ると、町の焼ける煙が天に立ち上っていたので、こちらへもあちらへも逃げるすべがなかった。荒野へ逃げていった民も身をかえして、追ってきた者に迫った。ヨシュアと全てのイスラエルびとは、伏兵が町を取り、町の焼ける煙が立ち上るのを見て、身を返してアイの人々を撃った。また町を取った者は町を出て彼らに向かったので、彼らは、こちらとあちらとからイスラエルの中に挟まれた。こうしてイスラエルびとが彼らを撃ったので、生き残ったもの、逃げおおせたものは、ひとりもなかった。そしてアイの王を生け捕りにして、ヨシュアのもとへ連れてきた。】
【 イスラエルびとは、荒野に追撃してきたアイの住民をことごとく野で殺し、つるぎを持ってその町を撃ち倒してのち、皆アイに帰り、つるぎをもってその町を撃ち滅ぼした。その日アイの人々はことごとく倒れた。 その数は男女合わせて1万2千人であった。
ヨシュアはアイの住民をことごとく滅ぼし尽くすまでは、投げやりを差し伸べた手を引っ込めなかった。但し、その町の家畜及び、ぶんどり品はイスラエルびとが自分達の戦利品としてとった。主がヨシュアに命じられた言葉に従ったのである。・・・】

 予想通りの展開になりましたね。虐殺した戦闘員(男子)は1万2千人の四分の1位でしょうから、当初見くびって「2、3千人もあれば取れる」と判断したのはあながち間違いではなかったのでした。
「ヨシュアの手にある投げやりを、アイのほうにさし伸べ続けた」から勝てた、もしくは「神が見方したから勝てた」なんてのは信頼度に欠ける話であることは明確です。
原動力は、”戦利品は自分の物にしてよろしい”という景気付けであり、城から兵を誘き出すという初歩的な戦術で勝てただけの単純な話でした(中国人が聞いたら笑っちゃうくらいな初歩的な戦術ですよ)。

【・・・ こうしてヨシュアはアイを焼いて、永久に荒塚としたが、それは今日まで荒れ地となっている。ヨシュアはまた、アイの王を夕方まで気に掛けてさらし、日の入る頃、命じて、その死体を木から取りおろし、町の門の入口に投げ捨て、その上に石の大塚を積み上げさせたが、それは今日まで残っている。】

 イスラエルの氏神様は酷いことを指導なさるのですね。愛の神様ならば『低調に丁寧に相手の王を葬ってあげる』くらいの配慮はなさるはずですが。ユダヤ人の氏神様は唯一神からは程遠い存在なんだということを改めて知りました。
 今日はこの辺でお仕舞いにしましょう。
  お疲れ様でした。
ああ、思い出しました。『将としてヨシュアの前に抜き身のつるぎを引っさげて現れた天使らしき方』は、どんな活動をなさったのでしょうね?何故あの文章があそこに入れてあったのか、不思議ですね。やっぱりイスラエルびいきの宇宙人だったのだなと判断するのが適当なのではないでしょうか。 お休みなさい。

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