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2015年3月

2015年3月31日 (火)

ル6、パリサイ人の館。レギオンが豚の群れへ。復活の予告。

【 あるパリサイ人がイエスに、食事を共にしたいと申し出たの
で、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。 すると
その時、その町で罪の女であったものが、パリサイ人の家で
食卓に着いておられることを聞いて、香油が入れてある石膏の
つぼを持ってきて、泣きながら、イエスのうしろでその足もとに
寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、
           そして、その足に接吻して、香油を塗った。】
・・・ 律法学者と同様に、たびたび聖書に登場するのが、
   パリサイ人ですね。 このパリサイ人に招かれて食事に
    出かけたイエスですが、・・・

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2015年3月30日 (月)

ル5、12使徒。百卒長の僕。死人の復活。ヨハネへの賛辞。

【 このころ、イエスは祈るために山へ行き、夜を徹して神に祈られた。夜が明けると、弟子達を呼び寄せ、その中から12人を選び出し、これに使徒という名をお与えになった。
即ちペテロとも呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと、熱心党と呼ばれたシモン、ヤコブの子ユダ、それからイスカリオテのユダ。 このユダが裏切り者となったのである。←唐突です。フェイクの可能性大!?
 そして、イエスは彼らと一緒に山を下って平地に立たれたが、大勢の弟子達や、ユダヤ全土、エルサレム、ツロとシドンの海岸地方などからの大群衆が、教えを聞こうとし、また、病気を治してもらおうとして、そこに来ていた。そして、・・・

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2015年3月29日 (日)

ル4、難病を次々に無料で治す念力(PK)中風、手のなえた人

「ルカによる福音書」 第四章の 最後の方から再開です。
この辺りは、「マルコ書」と殆んど一緒の内容ですから、
簡単に読み流しましょう。
【 イエスは会堂を出てシモンの家にお入りになった。
ところがシモンの姑が高い熱を病んでいたので、人々は彼女のためにイエスにお願いした。 そこでイエスは枕元に立って、熱が引くように命じられると、熱は引き、女はすぐに起き上がって、彼らをもてなした。 ・・・

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2015年3月28日 (土)

ル3、ヨハネから受礼~荒野~布教開始。悪霊の追出し奇蹟

「ルカによる福音書」の 【第三章】 を通読〔解説〕中です。
この章では、バプテスマのヨハネの活動が、克明に調査・
記録されています。
【 皇帝テベリオ在位の第15年、ポンテオ・ピラトがイツリヤ・
テラコニテ地方の領主、その兄弟ピリポの領主、アンナスと
カヤパとが大祭司であったとき、神の言葉が荒野でザカリヤ
の子ヨハネに臨んだ。 ・・・

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2015年3月27日 (金)

ル2、羊飼い達に、天の軍勢と御使たちが出現

【第二章】
【 その頃、全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグスト
から出た。これは、クレニオがシリヤの総督であった時に行われた
最初の人口調査であった。 人々はみな登録をするために、
それぞれ自分の町へ帰って行った。ヨセフもダビデの家系であり、
またその血統であったので、ガリラヤの町ナザレを出て、ユダヤの
ベツレヘムというダビデの町へ上って行った。
 それは既に身重になっていたいいなずけの妻マリヤと共に、登録
をするためであった。
ところが、彼らがベツレヘムに滞在している間に、マリヤは月が満
ちて、初い子を産み、布にくるんで、飼い葉おけの中に寝かせた。
 客間には彼らのいる余地がなかったからである。】
・・・ コメントは不要ですね。
   幼稚園児でも知っている実話が続きます。

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2015年3月26日 (木)

ル1、「ルカによる福音書」にて奇蹟・奇跡を整理

今日からは、「ルカによる福音書」にて、奇蹟の数々の整理
                      をしておきましょう。
【第1章】
【 私達の間に成就された出来事を、最初から親しく見た人々
であって、御言に仕えた人々が伝えた通り、物語を書き連ね
ようと、多くの人々が手を着けましたが、テオピオ閣下よ、
私も全ての事を初めから 詳しく調べて いますので、ここに、
それを順序正しく書きつづって、閣下に献じることにしました。
既に、お聞きになっている事が確実であることを、これによっ
          て、十分に知って頂きたいためであります。】
・・・ この書き始めでも分かるように、これは調査報告書です。
  口コミで広がったイエスの言動行動は、四方八方に物凄い
スピードで周囲に伝播しているのですが、ある時点,ある場所
 にいて、目撃した人でさえ、数10人~数百人、数千人もいて、
微妙なずれは勿論、話に尾ひれが付いて来るのはいた仕方
ありません。
 これらをルカは懇切丁寧に、詳しく調べて閣下に報告してい
るのでした。 彼は役人なのですね。 公文書らしいですが、
科学的な観点に立っていて、「マルコ書」と同様に、読み易い
です。 ・・・

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2015年3月24日 (火)

マ⑭、人〔イエス〕が生き返る(復活)と、その後の粗筋。

 マルコの福音書の最終章【第16章】です。
【 さて、安息日が終ったので、マグダラのマリヤとヤコブの
母マリヤとサロメとが、行ってイエスに塗るために、香料を
買い求めた。そして週の初めの日に、早朝、日の出の頃墓に
行った。そして、彼女らは、「誰が、私たちのために、墓の入口
から石を転がしてくれるのでしょうか」と話し合っていた。
 ところが、目を上げて見ると、石は既に転がしてあった
           この石は非常に大きかった。
墓の中にはいると、右手に真白な長い衣を着た若者が座って
いるのを見て、非常に驚いた。
 するとこの若者は言った、・・・

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2015年3月23日 (月)

マ⑬、イエスが十字架に架かられた時の奇蹟

マルコによる福音書」の終りから一つ手前の章です。
【第15章】
【 夜が明けると直ぐ、祭司長達は長老、律法学者達、および全議会と協議をこしらえた末、イエスを縛って引き出し、ピラトに渡した。
ピラトはイエスに尋ねた、「貴方がユダヤ人の王であるか」。
イエスは、「その通りである」とお答えになった。
 そこで祭司長達は、イエスのことをいろいろと訴えた。ピラトはもう一度イエスに尋ねた、「何も答えないのか。見よ、貴方に対してあんなにまで次々に訴えているではないか」。
 しかし、イエスはピラトが不思議に思うほどに、もう何もお答えにならなかった。】
・・・ マルコは端的・必要最小限の記述を努力しています。
      読者の我々に取って、まことに有難い! ・・・

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2015年3月22日 (日)

マ⑫、「鶏が三度鳴く」予言の場面・・・四つの福音書の比較検討

マルコによる福音書 ・・・ 第14章、27節~
【 その時、イエスは弟子達に言われた、「貴方がたは皆、私に
つまずくであろう。『私は羊飼いを打つ。そして、羊は散らされる
であろう』と書いてあるからである。 しかし私は、よみがえって
から、貴方がたより先にガリラヤへ行くであろう」。
 するとペテロはイエスに言った、「たとい、みんなの者がつまずいても、私はつまずきません」。 イエスは言われた、「貴方によく言っておく。今日、今夜、鶏が二度鳴く前に、そう言う貴方が、三度私を知らないと言うだろう」。
ペテロは力を込めて言った、「たとい、あなたと一緒に死なねばならなくなっても、あなたを知らないなどとは、決して申しません」。みんなの者もまた、同じようなことを言った。】
・・・ 興味本位で申し訳ありませんが、この場面は大変興味深い箇所なので、四つの福音書で記載文章を比較してみましょう。

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2015年3月21日 (土)

マ⑪、復活者とは天使のような者・・・・最後の晩餐場面

【 復活ということは無いと主張していたサドカイ人達が、
イエスのもとに来て質問した、「先生、モーセは、私達の為に
こう書いています、『もし、ある人の兄が死んで、その残された
妻に、子がない場合には、弟はこの女をめとって、兄の為に
子をもうけねばならない』。 ここに、七人の兄弟がいました。
長男は妻をめとりましたが、子がなくて死に、次男がその女を
めとって、また子をもうけずに死に、三男も同様でした。 こうして、七人とも皆、子孫を残しませんでした。 最後にその女も死にました。・・・

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2015年3月20日 (金)

マ⑩、離婚と再婚問答。一休和尚のとんち問答。PK(念力)。超が付く傑作品(講話)。

 マルコによる福音書 【第10章】 を勉強中です。
【 それからイエスはそこを去って、ユダヤの地方とヨルダンの向こう側へ行かれたが、群衆がまた寄り集まったので、いつものように、また教えておられた。 そのとき、パリサイ人達が
近づいてきて、イエスを試みようとして質問した、
「夫はその妻を出しても差し支えないでしょうか」。 イエスは答えて言われた、「モーセは貴方がたになんと命じたか」。
 彼らは言った「モーセは、離縁状を書いて妻を出すことを許しました」。 そこでイエスは言われた、・・・

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2015年3月19日 (木)

マ9、信頼度の低い記述と高い記述の見分け方

マルコによる福音書を、読み続けています。
【第九章】
【 また、彼らに言われた「よく聞いておくがよい。神の国が力を持って来るのを見るまでは、決して死を味わわない者が、ここに立っている」。
 六日の後、イエスは、ただペテロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。 ところが、彼らの目の前で、イエスの姿が変わり、その衣は真白く輝き、どんな布さらしでも、
それほどに白くすることは出来ないくらいになった。すると、エリヤがモーセと共に彼らに現れて、イエスと語り合っていた。・・・

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2015年3月18日 (水)

マ8、律法学者の露骨な嫌がらせと悟りの悪い人々

マルコによる福音書」 第七章、5節から、通読を再開します。
【 そこで、パリサイ人と律法学者達とは、イエスに尋ねた、「何故、あなたの弟子達は昔の人の言伝えに従って歩まないで、不浄な手でパンを食べるのですか」。
イエスは言われた、「イザヤは、貴方がた偽善者について、こう書いているが、それは適切な預言である。『 この民は、口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている。  人間のいましめを教えとして教え、無意味にわたしを拝んでいる。』 貴方がたは、神のいましめを差し置いて、人間の言伝えを固執している」。 また、言われた、・・・

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2015年3月17日 (火)

マ7、あなたでも生命物や工芸品を念力で増やせます!

パン五つと魚2匹を分けて五千人が満腹した奇跡に関して整理しておきましょう。
 マルコ書の途中ですが、復習の意味も含めて、今回は、「マタイの福音書」のその部分の章(第14章、13節~21節)を、読んでみましょう。
【イエスはこのこと〔バプテスマのヨハネがヘロデ王に殺された事〕を聞くと舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた。しかし、群集はそれと聞いて、町々から徒歩であとを追ってきた。イエスは舟から上がって、大勢の群集をご覧になり、彼らを深く憐れんで、そのうちの病人達をおいやしになった。・・・

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2015年3月16日 (月)

マ6、ヨハネの首を盆に載せて・・パンと魚を割く・・海を歩いて渡る

【 さて、イエスの名が知れ渡って、ヘロデの耳に入った。ある人々は「バプテスマのヨハネが、死人の中からよみがえって来たのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」と言い、また他の人々は、「昔の預言者のような預言者だ」と言った。 ところが、ヘロデはこれを聞いて、「私が首を切ったあのヨハネがよみがえったのだ」と言った。】
・・・ 今皆さんと一緒に読んでいる「マルコによる福音書」の、〔書き出し部〕は、バプテスマのヨハネがイエスに洗礼を授けるシーンから始まりましたが、それっきりヨハネは登場していませんでした。  この第六章の中ほどに来て、ヘロデ王が、ヨハネの首を刎ねた(はねた:殺した)のが分かります。 そこで筆者マルコは、その事情説明を、ここ第六章で挿入した模様です。・・・

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2015年3月15日 (日)

マ5、会堂司ヤイロの娘の蘇生事件と長血の女が治った事件

【 イエスがまた舟で向こう岸へ渡られると、大勢の群集がみもとに集まってきた。イエスは海辺におられた。そこへ、会堂司のひとりであるヤイロという者が来て、イエスを見かける
と、その足もとにひれ伏し、しきりに願って言った、
「私の幼い娘が死にかかっています。どうぞ、その子が治って助かりますように、おいでになって、手をおいてやって下さい」。
 そこで、イエスは彼と一緒に出かけられた。大勢の群集もイエスに押し迫りながら、ついて行った。】
・・・ 会堂司のヤイロの娘が死に掛かっているというので、そこに出かけている、という第一幕です。そこに向かっている途中で、ハップニングが起こります。・・・

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2015年3月14日 (土)

マ4、天変地異と心霊に因る影響、風も海も従わせる

【 また彼らに言われた「ますの下や寝台の下に置くために、あかりを持ってくることがあるだろうか。燭台の上に置くためではないか。何でも隠されているもので、現れないものはなく秘密にされているもので、明るみにではいものはない
   聞く耳のある者は聞くがよい」。・・・

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2015年3月13日 (金)

マルコ3、精霊をけがす者は永遠の罪を負う。

【 さてイエスは山に登り、みこころにかなった者達を呼び寄せ られたので、彼らはみもとにきた。そこで 12人をお立てになった。 彼らを自分のそばに置くためであり、さらに宣教に遣
わし、また悪霊を追い出す権威を持たせるためであった。
こうして、この12人をお立てになった。そして、シモンに ペテロという名をつけ、またゼベダイの子ヤコブ、ヤコブの 兄弟ヨハネ、彼らにはボアネルゲ、即ち、雷の子という名をつけ られた。次にアンデレ、ピリポ、バルトロマイ、マタイ、 トマス、アルパヨの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、 それからイスカリオテのユダ。このユダが、イエスを裏切ったのである。】
・・・ 悪霊を追い出したり、病気を治したりするのは、テクニックを要することなのです。 自分の身体を治すのは私(大山宏)にだって出来るのですが、他人の病気を治す為には、レベル(ラベル)が違うのです。物凄いエネルギーが必要なのです。
 大抵は、相手の業(悪業)を自分が背負い込むことになるので、いずれの新興宗教に於いても、「やるな。やるべきではない」と、教え指導がなされています。
実は私の父方のお婆さんは、霊媒師みたいな事が出来て、近所の方々を度々救って来ていたのですが、そのうちに、身体が動かなくなって、13年間寝たきりの生活を続けた後、亡くなりました。 悪霊を追い出す権威を与えるのは、相当難しい業(わざ)なのですよ。
【 イエスが家に入られると、群集がまた集まってきたので、一同は食事をする暇もないほどであった。・・・

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2015年3月12日 (木)

マルコ2、イエスが中風、他を治す。⇒律法学者達が迷惑顔を

マルコによる福音書 【第二章】
【 幾日か経って、イエスがまたカペナウムにお帰りになった時、家におられるという噂が立ったので、多くの人々が集まって来て、もはや戸口の辺りまでも、隙間が無いほどになった。
そして、イエスは御言(みことば)を彼らに語っておられた。 すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。ところが、群集のために近寄ることが出来ないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床に吊りおろした。
 イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、貴方の罪は許された」と言われた。 ところがそこに幾人かの律法学者が座っていて、心の中で論じた、「この人は、何故あんなこと
を言うのか。誰が罪を許すことをが出来るのか」。・・・

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2015年3月11日 (水)

マルコによる福音書を読んでみよう。UFOや宇宙人らしき人々も頻出!

 昨日、旧約聖書の通読を終えました。その認識の下で本日からは新約聖書を、科学の目を通して、通読して行きましょう。当時、宇宙人と思われる人々(天使や悪魔)も、多数出演されている模様ですし、UFO(未確認飛行物体)も、大型母船、小型の円盤型の乗り物も、多数出現していると思われます。
キリストや、弟子達が行った数々の奇跡も、科学の目を通して、その信憑性を議論しつつ、PK(念力)とか、心が病を直すという治癒力なども検討していきたい と、考えています。
  まずは、「マルコの福音書」から着手しましょう。 ・・・

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2015年3月10日 (火)

The book of Daniel ダニエル書・・・マラキ書 Malachi is the last book of the Old Testament.(旧約最後の書)

 UFOが度々出現する「エゼキエル書」の筆読(書き写しながら詳細に読み込む)作業が終りました。後は新約聖書まで、残り10%です。物事、勢いというものがありますので、あらすじだけでも述べておきましょう。
「ちいろば牧師の一日一章」(旧約聖書)榎本保郎著、マナブックスを参照させて頂きました。
(Read more information while transcribing) reading of "Ezekiel", where very often happens UFO, brush work is ended. After the New Testament until the 10 percent. Things, the note in the synopsis alone there is momentum. "Chiiroba pastors day Chapter 1" (Old Testament) Yasuhiro Enomoto. work, had to refer to the mailbox.
ダニエル書… 原意は「神が裁く」という意味。ダニエルは南王国のエホキヤム王の第3年に捕囚としてバビロンに移された者とされているが、歴史的にはその頃捕囚は行われなかったらしいということから、彼の年代については矛盾するところが多く、色々な学説あり。
全巻”黙示文学”であるのは、旧約の中だけでこのダニエル書のみ。
イスラエルのメシア観を知る上で意義深い書。ダニエルが偽名を用いているのは、その時代が厳しい迫害の時代であったから。
The book of Daniel. Practise the meaning "God is judge". That Daniel has been with third year ehokiyam King of the southern Kingdom was moved to the Babylon captivity, historically around captivity does not seems to be conflicting, about the age of his many, many theories and. All volumes of "literature" as in the old testament only the book of Daniel. Book deep meaning on the Messiah of Israel. Because in times of persecution that age has used the pseudonym Daniel.
ホセア書… ホセアは北王国の人で、神の愛について語った預言者。
 
彼は、不貞の妻ゴメルとの関係を通して、背信のイスラエルに対する神の愛を示され、それを人々に告げた。我々は彼の預言を通して、我らの罪をみ子の十字架の死によって贖いたもう神の愛を如実に感じさせられる。
 
Book of Hosea. Hosea's prophets spoke about the love of God, people of the northern Kingdom. He indicated to the rebellious House of Israel God's love through relationships with unfaithful wife Gomel, it told people. We redeemed by the death of his only son our sins through the prophecy of his knowest to feel God's love.

アモス書… アモスは南王国ユダで紀元前750年ごろ活躍した預言者。元来はテコアの荒野の羊の牧者であり、桑の木の栽培者。 主題は「神の義」であり、主の裁き。しかし、彼もまた、神にある希望をもってその預言を結んでいる。
 
Book of Amos. Amos was a Prophet who lived in the southern Kingdom of Judah 0/750. Nature is a shepherd of the sheep in the wilderness of Tekoa, and cultivation of the mulberry tree. Theme is "righteousness of God" and the judgment of the Lord. But I hope to God that he, too, has its prophecy.
ヨナ書… ヨナとは「鳩」の意味。ヨナ本人が書いたものではなく、ヨナ物語を通して神のみ旨を語り伝えたもの。 主題は「神の世界支配」。
 
神はアッシリア人の悔改めを求めて折られるということを語りながら、「全ての民を愛したもう神」が宣教されている。旧約聖書における『神観』の”新しい展開”でもある。

Book of Jonah. Jonah's meaning of "Dove". It is written by Jonah himself rather than through Jonah story God stating that to talk about other people, said. Subject is "world domination of the God". While talking about the thing that God requires repentance of the Assyrians in the folded "loved all people anymore God ' have been preaching. "New development" of the 'ideas of God" in the old testament;
ミカ書… ミカはペリシテの国境に近い小さな村モレシテ出身の身分の低い農民(庶民)。
 
イザヤ・アモス・ホセアといった先輩の預言を総合したような預言集。
 
Book of MICAH. Mika's on philistine border near the small village molester from lowly peasants (people). Prophecy prophecy of Amos, Hosea, Isaiah, senior, such as a comprehensive collection of.

ナホム書… 「慰める者」の意。エルコシ人であっただけが明確。主題は、アッシリアに対する裁きの預言。圧制者に対するのろいや不満ではなく、世界を支配したもう神の怒り を告げたもの。そこにナホムの神観が現れている。
 
Book of Nahum. The mind of comfort. El COS who were just that clear. Subject's judgment against the Assyrian prophecies. Curse on the oppressors and frustration, not to rule the world anymore things the wrath of God. It appears God of Nahum.

ハバクク書… 「神に抱かれる者」の意。 彼のことについてはほとんど不明。ハバククの預言は、『何故、神に忠実な者が不忠実な者に苦しめられるのか』という現実の疑問に立ってなされている。「義人は信仰によって生きる」が結論。
 
Book of Habakkuk. In God's mind. Pretty much unknown about him. Made by Prophet Habakkuk's stand on the question of the reality of why God the loyal or disloyal who suffer?. The conclusion that the righteous will live by faith.
ゼパニア書… 「ヤハウェは隠した」との意。王家の出身? 特徴は「ヤハウェの日の到来」の強調で、アモス、イザヤが既に預言しているところを、まとめて語った。
 
『裁きの日は終りの日ではなく、それから新しい民が出現する』とのこと。
 
Book of Zephaniah. Any concealed Yahweh. The origin of the Kings? Features to highlight of the coming of the day of Yahweh, already the prophets Amos, Isaiah, together said. That "will not end on the day of Judgment, then occurrences of the new people'.
ハガイ書… ハガイは「祭り」を意味。ダリヨス王の二年(紀元前520年)、バビロン捕囚から帰ったユダの人々は故国の後輩に手が出ず、自分達の生活に追われる現状であった。⇒「神殿中心思想」を強調。エゼキエルの感化を受けた書物であるらしい?
 
Book of Haggai. Haggai means "Festival". People who returned from the Babylonian captivity 2 year of King Darius (0/520), Judah was in homeland to hand, chased in their own lives. emphasize the temple Center philosophy. Seems to be that the book of Ezekiel inspired?
ゼカリヤ書… ゼカリヤはハガイに2ヶ月遅れて活躍した預言者。8つの幻を語り、霊の力が強調されていることはエゼキエルに近く、また《サタン》の名が出てくるのはこのゼカリヤ書が初めてである。 ほとんどが黙示文学の形態で語られている。 ← サタン登場はキリストが生まれる五百年前。それまでは”天使”の一人として語られていた模様。
 
Book of Zechariah. Zechariah's prophecy of Haggai at 2 months late, and took an active part. Talking about visions of eight, highlights the power of the spirit that is close to Ezekiel, also name for "Satan" to come out for the first time in this book of Zechariah. Most are told in the form of literature. 500 years before the birth of Christ Satan appeared. The pattern until it was talked about as one of the "Angels".
マラキ書… マラキは「わが使者」との意。 旧約聖書の最後の書。
 
ハガイによって預言されたごとく、神殿を建てたが、彼らに神の祝福は臨まなかった。この現実に立って、神の言葉を聞いた預言者である。
 
 マラキ書は新約聖書の直前に配置されている書なので、ある意味重要。
 
わずか4章の短い書なので、転載しておきましょう。
 
Book of Malachi. Malachi is thanked "my Messenger". The last book in the old testament. As prophesied by the Haggai, built a temple, but they aggressively is the blessing of God. Among the prophets who heard the words of God and stand up to this reality. Book of Malachi have been placed before the New Testament, so important a sense. Just let me reprint a short Chapter 4, so.

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2015年3月 9日 (月)

UFO4、 ケルビムとは?【Ezekiel エゼキエル書、第8章、第10章、第11章22節~】

エゼキエル書、第八章の最初から
【 第六年の6月五日に、私が私の家に座し、ユダの長老達が私の前に座していた時、主なる神の手が私の上に下った。
私は見ていると、見よ、人のような形があって、その腰とみられるところから下は火のように見え、腰から上は光る青銅のように輝いて見えた。 彼は手のようなものを伸べて、私の髪の毛をつかんだ。そして霊が私を天と地の間に引き上げ、神の幻のうちに私をエルサレムに携えて行き、北に向かった内庭の門の入口に至らせた。そこには、ねたみを引き起こすねたみの偶像があった。見よ、そこに、私がかの平野で見た幻のようなイスラエルの神の栄光が現れた。…】
From the beginning of the book of Ezekiel, Chapter 8 [at No. 6, 6/5, I have here in my house, the elders of Judah were sitting in front of me, the hand of the Lord fell on top of me. I have seen, and behold, from where it is believed that hip is shaped like a person looks like is under fire from the waist on the sparkling like shining bronze, looked. He is like a hand and grabbed my hair. And brought to the entrance of the gate of the inner spirits me up between heaven and Earth, of visions of God I go hand in Jerusalem, headed north. Is there cause to envy envy idols. Behold, appeared and the glory of the God of Israel like there, I saw in the Kano Plains. ...]
 長老達と一緒のときに、突然「白昼夢」を見たらしいですね。どうも現実に起こっているとは思えない記述のような気がします。 『腰から下は火のようで、腰から上は青銅のように輝いていた』、とは宇宙服を着込んで空を飛んでいる姿とも取れますが…。
後に続く話は、またまた、夢物語のような白昼夢が第九章の終わりまで続いていますので、この部分は割愛しましょう。
It is, together with the elders when suddenly he saw "Daydream". I feel like writing I don't think much has happened in reality. "From the waist down is like fire, from the waist on shone like bronze, and the spacesuit, flying in the sky like we are. Story followed by daydreams of fantasy, continues until the end of the chapter, so let's skip this part.
【 第10章 時に私は見ていたが、見よ、ケルビムの頭の上の大空に、サファイヤのようなものが王座の形をして、その上に現れた。 彼は麻布を来たその人に言われた、「ケルビムの下の回る車の間にはいり、ケルビムの間から炭火を取ってあなたの手に満たし、これを町中に撒き散らせ」。
 そして彼は私の目の前ではいった。 この人がはいった時、ケルビムは宮の南側に立っていた。また雲はその内庭を満たしていた。主の栄光はケルビムの上から宮の敷居の上にあがり、宮は雲で満ち、庭は主の栄光の輝きで満たされた。 時に、ケルビムの翼の音が大能の神が語られる声のように外庭まで聞こえた
[Chapter 10 when I saw, and behold, sky on the heads of the Cherubim on throne shaped like a sapphire, it appeared on. He said the linen man, "between the car under the Cherubim, from between the Cherubim charcoal fill your hands and taking it rain all over the city". And he went in front of me. When you said this is the Cherubim stood on the South side of the Palace. Also satisfies the inner cloud. On the threshold of the temple rising from above the Cherubim is the glory of the Lord, was filled with the cloud garden filled with the brightness of the glory of the Lord. Voice during the sound of the wings of the Cherubim is mighty God talked to outside Garden was heard.
 彼が亜麻布を着ている人に、「回る車の間、ケルビムの間から火を取れ」と命じた時、その人は入って、輪のかたわらに立った。 ひとりのケルブはその手をケルビムの間から伸べて、ケルビムの間にある火を取り、亜麻布を来た人の手に置いた。 すると彼はこれを取って出て行った。
ケルビムはその翼の下に人の手のような形のものを持っているように見えた。
 私が見ていると、見よ、ケルビムの傍らに四つの輪があり、一つの輪はひとりのケルブの傍らに、他の輪は他のケルブの傍らにあった。 輪の様は、光る貴かんらん石のようであった。
When people wearing a linen cloth that he ordered, 'fire from between the Cherubim take between the car around,"the man in, and stood beside the ring. Cherub at one and put it in the hands of the people take the fire between the Cherubim, linen, her hand from between the Cherubim. Then he took it and walked out.  Cherubim looked under its wing has one shaped like a hand. I have looked, and behold, the Cherubim beside the four wheels, one wheel beside the other Cherub was beside the one Cherub circle of other. Circle of the shining every Orchid in stone.
 そのさまは四つとも同じ形で、あたかも輪の中に輪があるようであった。 その行く時は四方の何処へでも行く。その行く時は回ることをしない。 その輪縁、その幅(や)、および輪には、まわりに目が満ちていた。 --その輪は四つともこれをもっていた。
その輪は私の聞いているところで、「回る輪」と呼ばれた。そのおのおのには四つの顔があった。第一の顔はケルブの顔、第二の顔は人の顔、第三はししの顔、第四はわしの顔であった。】
And the four in the same form, as in the circle circle like was. Then go go anywhere on all sides. When I go around it; Around on the wheel rim, its width (or), and ring was filled with eyes. --It had that ring the four. Where and what I hear is the circle, called "ring around". That each had four faces. First face Cherub faces, the second people's faces, the third lion face the fourth my face is. ]
 創世記のアダムとイブがエデンの園を追放された時、”ケルビム”とか「回る炎のつるぎ」とか言う言葉が出て来たが、そのケルビムが、ここエゼキエル書の第10章に多数回登場して来ましたケルブというのは、小型の一人用の宇宙服姿の宇宙人かとも思える。
記述が具体的なので、UFOや宇宙人の様の参考になりそうなので、転載しました。
Came the word "Cherub" or "flaming sword": the book of Genesis, Adam and Eve exiled from the Garden of Eden, but that the Cherubim are to Chapter 10 of the book of Ezekiel here many times appeared came. The Cherub is small also seems to one person wearing a space suit for space alien?. Because there are specific descriptions of UFOS and aliens of is a reprint, in reference to.

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2015年3月 8日 (日)

UFO-3、UFO内部に連れ込まれた以降の展開。《エゼキエル書第三章~五章》

エゼキエルがUFOの中に連れ込まれたところからです。
エゼキエル書第三章12節~
【 時に霊が私をもたげた。そして主の栄光(ここでは小型UFO)”がその所から上った時、私の後ろに大いなる地震の響きを聞いた。 それは互いに相触れる生き物(UFO)の翼の音と、その傍らの輪の音で、大いなる地震のように響いた。】
【 霊は私をもたげ、私を取り去ったので、私は心を熱くし、苦々しい思いで出て行った。】
 この二つの文章の間には何時間かの間隔があるのですね。その間に何があったのかは書いてありませんが、『苦々しい思いで出て行った』の記述からするに、ちょっと試しにUFOに乗せて頂いた後、『はい、お仕舞い』で、UFOから降ろされたのだと、推察できます。
【 主の手が強く私の上にあった。そして私はケパル川のほとりのテルアビブにいる捕囚の人々のもとへ行き、七日の間、驚きあきれて彼らの中に座した。
 七日過ぎて後、主の言葉が私に臨んだ、「人の子よ、私は貴方をイスラエルの家のために、見守る者とした。貴方は私の口から言葉を聞くたびに、私に代わって彼らを戒めなさい。
 私が悪人に『貴方は必ず死ぬ』というとき、貴方は彼の命を救うために彼を戒めず、また悪人を戒めて、その悪い道から離れるように語らないなら、その悪人は自分の悪のために死ぬ。しかしその血を私は貴方の手から求める
しかし、もしあなたが悪人を戒めても、彼がその悪をも、またその悪い道をも離れないなら、彼はその悪のために死ぬ。しかし貴方は自分の命を救う。(脅しとも脅迫とも取れますね。怖い。
 また義人がその義に背き、不義を行うなら、私は彼の前につまずきをおき、彼は死ぬ。あなたが彼を戒めなかった故、彼はその罪の為に死に、その行った儀は覚えられない。しかしその私は貴方の手から求める。
 けれども、もし貴方が義人を戒めて、罪を犯さないように語り、そして彼が罪を犯さないなら、彼は戒めを受け入れた故に、その命を保ち、あなたは自分の命を救う」。・・・ 物凄く厳しい天の使い(宇宙人)ですね。とても愛の神様(唯一神)の代理とは思えません 以降、命令伝達が延々と続きます。…

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2015年3月 7日 (土)

UFO-2、UFO母船と小型UFO(アダムスキー型?)

 エゼキエル書第Ⅰ章 1節~12節までを、現代科学の目で意訳すると、以下のようになります。
〔 … 私が見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から現れて、その周囲に輝きがあり、たえず火を吹き出していた。そのUFO〈未確認飛行物体〉は、ジェットエンジンのような〈青っぽい光の炎〉を周囲から噴射し、その様は大型のUFO母船の模様であって、エゼキエルのいる近くまで、急接近して来た。
 
 またその中から、四台の小型UFO(アダムスキー型?)が出て来た。 それらは各々四つの顔らしき面を持ち、またその各々に四つの翼らしきものがあった。その足は真っ直ぐで、足の裏は小牛の足の裏の様であり、磨いた青銅のように光っていた。
 
 小型UFOの四方には、各々の翼の下に生き物の手の様な物があった。 その〈小型UFO〉の翼は互いに連なり、行く時は翼は回っているけれども、本体は回らないで、真っ直ぐに進んだ。 小型UFOの形は四台とも同様であった。
 
 その翼は長く伸ばされ、その二つは連なっており、他の二つはその上下に覆いかぶさっていた。彼らは各々、遊ぶが如くに彼方此方に真っ直ぐに行き来した。〕
 さて、その続きです。
【 この生き物の内には燃える火のようなものがあり、火は輝いて、その火から、稲妻が出ていた。生き物は、稲妻のひらめきのように早く行き来していた。】
〔 UFOの内部がエゼキエルには見えたのですね。その〈燃える火ようなもの〉は搭乗員なのでしょうか、赤い金属光沢の服でも着ていたのでしょうか、光が反射してキラキラ輝いて見えました。(UFO)は、稲妻のひらめきのようにパチパチと行き来していた。〕
 私が生き物を見ていると、生き物の傍ら、地の上に輪があった。四つの生き物各々に、一つずつの輪である。】
【諸々の輪の形と作りは、
光る貴かんらん石のようである。四つのものは同じ形で、その作りは、あたかも、輪の中に輪があるようである。】

 
【その行く時、彼らは四方のいずれかに行き、行く時は回らない。】
 以上の3つの文章は、前述の〈小型UFO〉説明の繰り返しですね。金属製らしき光を反射するアダムスキー型UFOの姿に、より似た表現になっています
四つの輪には輪縁と幅とがあり、その輪縁の周囲は目をもって満たされていた】の補足説明から、UFOがかなり接近してきて、より詳細な姿説明になって来ています。即ち、丸窓が幾つも並んでいた。⇒いよいよアダムスキー型の姿です
【 生き物が行く時には、輪もその傍らに行き、生き物が地から上がる時には、輪も上がる。霊の行く所には彼らも行き、輪は彼らに伴って上がる。生き物の霊が輪の中にあるからである。彼らが行く時は、これらも行き、彼らが留まる時は、これらも留まり、彼らが地から上がる時は、輪もまたこれらと共に上がる。生き物の輪の中にあるからである。】
… 同じ状景をしつこく繰り返していますが、より具体的に全体像を表現しています。以降はより詳細な〈小型UFO〉の姿記述になっています。
【 生き物の頭の上に水晶のように輝く大空の形があって、彼らの頭の上に広がっている。】… 透明なドームが上部にかぶさっているのが分かります。
【 大空の下には真っ直ぐに伸ばした翼があり、互いに相連なり、生き物は各々二つの翼をもって、体を覆っている。】… これも反復表現ですね。但し、大空(ドーム)が加わったことによって、より[その姿]が、鮮明になってきました。
【 その行く時、私は大水の声、全能者の声のような翼の声を聞いた。】
エゼキエルは本物の科学者ですね、「神の声」とは言わずに、正確に「大水の声、全能者の声のような翼の声」と記述しています。《翼の音》を耳にしたのです。冷静な観測記録は続きます。
【 その声の響きは大軍の声のようで、その留まる時は翼をたれる。】… 停船時には翼が下がると書いています。
【 また彼らの頭の大空から声があった。彼らが立ち留まる時は翼を下ろした。】… 停船時には、天窓のようなドーム(大空)から、音が出ていた(聞こえてきた)。
【 彼らの頭の上の大空(ドーム)の上に、サファイヤのような位の形があった。 またその位の形の上に、人の姿のような形があった。そしてその腰とみえる所の上の方に、火の形のような光る青銅の色の物が、これを囲んでいるのを見た。】… 大空ドームの上中心に[ポールアンテナ]が立ててあって、その中ほどには、リング状の金属光沢物が設置されていたらしいです。何処かの建物の上部にこんなアンテナが付けてあるのを見た記憶があるのですが、如何ですか。
【 私はその腰と見える所の下の方に、火のような物を見た。そして彼のまわりに輝きがあった。そのまわりにある輝きの様は、雨の日に雲に起こる虹のようであった。
主の栄光の形の様は、このようであった。】… アンテナは虹色に輝いていたのですね。
 ここまで筆読して来て、ふと思ったのですが、アダムスキーがもし大ペテン師であって、空飛ぶ円盤(アダムスキー型)が彼の創作ならば、『彼はこのエゼキエル書からイメージを膨らませたのではないか』、と思ったのです。それ位、空飛ぶ円盤の絵や写真の映像と、エゼキエル書に表されている〈小型UFO〉の姿とは酷似しています。
 真実は一つですから、
①、アダムスキーはペテン師ではなくて、実際に〈小型UFO〉を見た。
②、アダムスキーはペテン師であって、空想物語で人々にそのイメージを植え付けた。
 このどちらかが、正しいのでしょう。 あなたはどちらだと思いますか?

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2015年3月 6日 (金)

UFO-1、エゼキエル書には(未確認飛行物体:UFO)の詳しい観測記録が数多く記述されています!In the book of Ezekiel (unidentified flying object UFO) of many more observations are described!

2019/ 1/ 22 追記top-page, 2019/10/27 bilingual
It is Ezekiel book that is super famous for the description which seems to be "UFO (unconfirmed flying object) or alien" comes out a lot. Let's read this Book of Ezekiel with you from today.

UFO(未確認飛行物体)とか、宇宙人か」と思われる記述が沢山出て来ることで超有名なのがエゼキエル書です。今日からこのエゼキエル書を、皆さんと一緒に読んで行きましょう。
私は牧師でも神父でもありません。でも、唯一神は信じていますし『
UFOも宇宙人も過去に度々地上に現れて歴史干渉(指導)をして来られた』ことを確信している者です。 科学の目を通して、改めて聖書を熟読すれば、きっとその証拠が見付かる(明らかに出来る)はずです。お付き合い下さい。
I am neither a pastor nor a priest. But God is the only one who believes, and he is convinced that UFOs and aliens have often appeared on the earth in the past and have been able to interfere in history. If you read the Bible through the eyes of science, you will surely find evidence of it. Please keep me company.
【 エゼキエル書、第Ⅰ章1節~
 30年四月五日に、私がケパル川のほとりで、(バビロン)捕囚の人々の内にいた時、天が開けて、神の幻を見た。The heavens opened and the vision of God was seen when I was on the banks of the Kepal River and within the prisoners of the captivity on April 5, 30. ... 】
 この一行だけでも、科学する者に取っては衝撃的な事なのです。これを『白昼夢だ』なんて断言する方が似非(エセ)科学者だと言わざるを得ません。日時もしっかりしているし、場所もハッキリしています。 今から2千数百年前の事件ですよ
天が開けて、」は「突然、大空に,大きな飛行物体が現れ、」と読み替える事が十分可能です。It is a shocking thing for the person who does science only by this one line. I have to say that it is a similar scientist to affirm that this is a daydream. The date and time are solid and the location is clear. It is an incident two thousand hundreds of years ago from now, "the heavens open" is enough to be replaced with "Suddenly, a large flying object appears in the sky."
神の幻」:当時の人々としては「未確認飛行物体」ならば、そう表現するのが最も自然です。それ以前の
UFO目撃証言では「神の栄光が現れた」と、旧約聖書の彼方此方で表現されています。インターネット検索で「神の栄光」をキックしてみて御覧なさい。聖書の第何章と何章とかに、この「神の栄光」という言葉が在る!と、瞬時に示してくれますから
"Illusion of God": As an "unidentified flying object" for people at that time, it is most natural to express it. In previous UFO eyewitness accounts, he said, "The glory of God has appeared!" And, it is expressed in the other side of the Old Testament. Try to kick "Glory of God" in the Internet search. In the chapters and chapters of the Bible, there is this word "glory of God"!

【… これはエホヤキン王の捕え移された第五年であって、その月の五日に、〈主の言葉〉がケバル川のほとり、カルデアびとの地でブジの子祭司エゼキエルに臨み、〈主の手〉がその所で彼の上にあったThis was the fifth year of King Jehoyakin's capture, and on the fifth day of the month, the Word of the Lord faced Ezekiel, the son priest of Buji, on the banks of the Kebal River, in the land of Caldea, and was on him in the place.
 この文章で、貴方が気になるのは〈主の言葉〉だけですね。ちょっと説明しましょう。
現代も含めて古今東西の世界中の宗教者/預言者/占師/(禅宗を含む)悟りの人&最先端の多くの科学者は、言葉が力を持っていると確信しているのです。In this sentence, the only thing you care about is the word of the Lord. Let me explain it a little bit. Many enlightened and cutting-edge scientists from all over the world, including modern times, and all over the world, including modern times, are convinced that language has power.
言葉には魂があり、それを〈言霊〉と昔から称して来ているのです主の言葉〈主の手〉の所を、〈UFO〉と置き直してみて御覧なさい。あっという間にそっくりそのまま、21世紀のUFO記述になってしまいますでしょ。 第1節の文章と、第2節の文章とは、同じ事を2回繰り返してあるだけなのですよ。
Words have a soul, and they have been calling them "words and spirits" for a long time. Look again at the word of the Lord, the hand of the Lord, with a UFO. It will be a UFO description of the 21st century as it is in a flash. The text of section 1 and the text in Section 2 are just repeating the same thing twice.

【 私が見ていると、見よ、激しい風と大いなる雲が北から来て、その周囲に輝きがあり、たえず火を吹き出していた。その火の中に青銅のように輝くものがあったAs I watched, the fierce wind and the great clouds came from the north, and there was a glow around it, and the fire was constantly blowing out. There was something shining like bronze in the fire. 】 
 ジェットエンジンの炎青っぽい光の炎)を噴射・噴出していたのですね。そうとう大型のUFO母船のようです。北の方向からエゼキエルの居るすぐ近くまで、急接近して来たみたいですね。You were injecting and ejecting the jet engine's flame (the flame of blue light). It seems to be a large UFO mother ship. It seems to have approached rapidly from the north direction to the immediate vicinity of Ezekiel's presence.
またその中から四つの生き物の形が出てきた。その様子はこうである。彼らは(ひと:生き物)の姿をもっていた。おのおの四つの顔を持ち、またその各々に四つの翼があったMoreover, the shape of four living things came out from it. The appearance is like this. They had the form of a living thing. Each had four faces, and each of them had four wings.
 (大山宏)は30年間、スタンレー電気という会社で新型ヘッドランプの開発をしており、カッコイイ車のスタイルについて職業柄少々詳しいのですが、近年の車は「から見た車の顔」と「後ろから見た車の顔」とが何となく同じに見えるように設計がなされているのです。(その方が何となくスタイルがまとまるらしい。前進と後退だけの違いだけですからね)。
UFO
(小型のUFO)は、前後にも進むし、左右にも同じように進みます。四方に同じ顔を持っているのが最も合理的なのでした。I (Hiro. Oyama) has been developing a new headlamp at a company called Stanley Electric for 30 years, and although it is a little more about the style of cool cars, in recent years the car "face of the car seen from the front" and "" The face of the car seen from the back" is designed to look somehow the same. (It seems that the style is somehow settled.) It's just the difference between moving forward and backward.)
(Small UFO) moves forward and backward, and proceeds to the left and right in the same way. It was most reasonable to have the same face in all directions.

【 その足は真っ直ぐで、足の裏は小牛の足の裏の様であり、磨いた青銅のように光っていたHis feet were straight, the soles of his feet were like the soles of a small cow's feet, and they glowed like polished bronze.
 If you think of a lunar lander or a planetary probe, and you think of its feet, you can say that this observational description is a very natural expression.

 月着陸船とか惑星探査機の姿を思い浮かべ、その足の事を思い出せば、この観察描写は極自然な表現だと言えるでしょう。
【 その四方に、その各々の翼の下にひと(生き物)の手(の様な形の物)があった。On all sides, under each of its wings was the hand of a person (a creature in the shape of a living thing). 】
【 その四つの者(生き物)はみな顔と翼を持ち、翼は互いに連なり、行く時は回らずに、各々の顔の向かうところに真っ直ぐに進んだAll the four had faces and wings, and the wings were in line with each other, and they went straight to each other's faces, without turning when they went.
 円盤型UFOなら、翼は全周が一つに連なっていますね。「行く時は回らずに」以下の文章は、次の様に言葉を補えば、すっきりします。
『(翼は回っているけれども、本体は)回らずに、ある方向に面する顔の方向に真っ直ぐ進んだ』。
 
If it is a disk-shaped UFO, the wings are connected to one. The following sentences, "Don't turn when you go," will be refreshed if you supplement the following words. "(The wings are turning, but the body) didn't turn, but went straight in the direction of the face facing in a certain direction."

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2015年3月 5日 (木)

ヨ7、ヨシュアは百十歳で死亡。~⇒エゼキエル書(UFO)へ

ヨシュア記、第24章、16節~(これ以前の章は割愛します。内容は「侵略で獲た土地の分割分与」と「ヨシュアの決別説教」です。その最後の方、16節から載録を再開します)。
【 その時、民は答えて言った、「主を捨てて、他の神々に使えるなど、我々は決して致しません。我々の神、主みずから我々と、我々の祖先とを、エジプトの地、奴隷の言えから導き上り、また我々の目の前で、あの大いなるしるしを行い、我々の行く全ての道で守り、我々が通った全ての国民の中で我々を守られたからです。主はまた、この地に住んでいたアモリ人など、全ての民を、我々に前から追い払われました。それ故、我々も主に仕えます。主は我々の神だからです」。
 しかし、ヨシュアは民に言った、「貴方がたは主に仕えることは出来ないであろう。主は聖なる神であり、ねたむ神であって、貴方がたの積み、貴方がたのとがを、許されないからである。もし貴方がたが主を捨てて、異なる神々に使えるならば、貴方がたに幸いを下された後も、翻って貴方がたに災いを下し、貴方がたを滅ぼし尽くされるであろう」。
 民はヨシュアに言った、「いいえ、我々は主に仕えます」。そこでヨシュアは民に言った、「貴方がたは主を選んで、主に仕えると言った。貴方がたみずからその証人である」。彼らは言った、「我々は証人です」。ヨシュアはまた言った、「それならば、貴方がたの内にある、異なる神々を除き去り、イスラエルの神、主に、心を傾けなさい」。民はヨシュアに言った、「我々の神、主に、我々は仕えその声に聞き従います」。
 こうしてヨシュアは、その日、民と契約を結び、シケムにおいて、定めと、おきてを、彼らのために設けた。ヨシュアはこれらの言葉を神の律法の書にしるし、大きな石を取って、その所で、主の聖所にあるかしの木の下にそれを立て、ヨシュアは、全ての民に言った、「見よ、この石は我々のあかしとなるであろう。主が我々に語られた全ての言葉を、聞いたからである。それ故、貴方がたが自分の神を捨てることの無い為に、この石が、貴方がたのあかしとなるであろう」。
 こうしてヨシュアは民を、各々その斯業(しぎょう)の地に帰し去らせた。】

【 これらの事の後、主のしもべ、ヌンの子ヨシュアは、百十歳で死んだ。】

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2015年3月 4日 (水)

ヨ6、奴隷の正当化。侵略戦争の策略数々、雹が降る

ヨシュア記、第8章、30節~
【 そしてヨシュアはエバル山にイスラエルの神、主のために一つの祭壇を築いた。これは主のしもべモーセがイスラエルの人々に命じたことに基づき、モーセの律法の書に記されているように、鉄の道具を当てない自然のままの医師の祭壇であって、人々はその上で、主に藩祭をささげ、酬恩祭をそなえた。その所でヨシュアはまたモーセの書き記した律法を、イスラエルの人々の前で、石に書き写した。
 こうして全てのイスラエルびとは、本国人も、寄留の他国人も、長老、司びと、裁きびとと共に主の契約の箱をかくレビびとである祭司達の前で、箱のこなたとかなたに分れて、半ばはゲリジム山の前に、半ばはエバル山の前に立った。・・ そして後、ヨシュアは全て律法の書に所に従って祝福とのろいとに関する律法の言葉をことごとく読んだ。モーセが命じた全ての言葉の内、ヨシュアがイスラエルの全会衆および女と子供達、並びにイスラエルの内に住む寄留の他国人の前で、読まなかったものは一つもなかった。】

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2015年3月 3日 (火)

ヨ5、イスラエルの氏神様は愛に乏しいらしい。

ヨシュア記、第七章、二節~
【 ヨシュアはエリコから人々を遣わし、ベテリの東、ベテアベンの近くにあるアイに行かせようとして、その人々に言った、「上って行って、かの地を探って来なさい」。
 人々は上って行って、アイを探ったが、ヨシュアのもとに帰って来て言った、「民をことごとく行かせるには及びません。だだ2,3千人を上らせて、アイを撃たせなさい。彼らは少ないのですから、民をことごとくあそこへやって骨折りをさせるには及びません」。
 そこで民の内、おおよそ2千人がそこに上ったが、遂にアイの人々の前から逃げ出した。アイの人々は彼らの内、おおよそ36人を殺し、更に彼らを門の前からシバリムまで追って、下り坂で彼らを殺したので、民の心は消えて水のようになった。】
【 その為ヨシュアは衣服を裂き、イスラエルの長老達と共に、主の箱の前で、夕方まで地にひれ伏し、ちりをかぶった。
 ヨシュアは言った、「ああ、主なる神代、貴方は何故、この民にヨルダンを渡らせ、我々をアモリびとの手にわたして滅ぼさせられるのですか。我々はヨルダンの向こうに、安んじて留まれば良かったのです。ああ、主よ。イスラエルが既に敵に背を向けた今となって、私はまた何を言い得ましょう。 カナンびと、及びこの地に住む全ての者は、これを聞いて、我々を攻め囲み、我々の名を地から立ち去ってしまうでしょう。それで貴方は、貴方の大いなる名の為に、何をしようとされるのですか」。】

【 主はヨシュアに言われた、「立ちなさい。貴方はどうして、そのようにひれ伏しているのか。イスラエルは罪を犯し、私が彼らに命じておいた契約を破った。彼らは奉納物を取り、盗み、かつ偽って、それを自分の所有物の内に入れた。それでイスラエルの人々は敵に当ることが出来ず、敵に背を向けた。彼らも滅ぼされるべきものとなったからである。貴方がたが、その滅ぼされるべき者を、貴方がたの内から滅ぼし去るのでなければ、私はもはや貴方がたとは共にいないであろう。
 立って、民を清めて言いなさい、『貴方がたは身を清めて、明日のために備えなさい。イスラエルの神、主はこう仰せられる、
「イスラエルよ、貴方がたのうちに、滅ぼされるべき者がある。その滅ぼされるべき者を貴方がたのうちから除き去るまでは、敵に当ることは出来ないであろう」。
 それ故、明日の朝、貴方がたは部族毎に進み出なければならない。そして主がくじを当てられる家族は、男ひとりびとり進み出なければならない。そしてその滅ぼされるべきものを持っていて、くじを当てられた者は、その持ち物全部と共に、火で焼かれなければならない。主の契約を破りイスラエルの内に愚かなことを行ったからである』」。】

【 こうしてヨシュアは朝早く起き、
イスラエルを部族毎に進み出させたところ、ユダの部族がくじに当たり、
ユダのもろもろの氏族を進み出させたところ、ゼラびとの氏族が、くじに当った。
ゼラびとの氏族を家族ごとに進み出させたところ、ザブテの家族が、くじに当った。
ザブテの家族を男ひとりびとり進み出させたところ、アカンがくじに当った。】

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2015年3月 2日 (月)

ヨ4、将(天使?)が出現。盗賊集団行為?

ヨシュア記、第五章、13節~
【 ヨシュアがエリコの近くにいたとき、目を上げて見ると、ひとりの人が抜き身の剣(つるぎ)を手に持ち、こちらに向かって立っていたので、ヨシュアはその人のところへ行って言った、「貴方は我々を助けるのですか。それとも我々の敵を助けるのですか」。 
彼は言った、「いや、私は主の軍勢の将として今来たのだ」。
ヨシュアは地にひれ伏し拝して言った、「我が主は何をしもべに告げようとされるのですか」。
すると主の軍勢の将はヨシュアに言った、「あなたの足のくつを脱ぎなさい。貴方が立っているところは聖なる所である」。 ヨシュアはそのようにした。】

 私は50年間聖書は手元に置き、事ある毎に読んでは来ていたが、うっかりこの「将として来た」人の記述文は見逃していました。
神父様も牧師様も、この人物の事は一度も仰いませんでした。
新約聖書では、このヨシュア記の「将として来た天使」を天使とは認める訳にはいかなかった模様です。
 そう言えばヤコブと相撲を取った神様は「天使だった」としぶしぶ認められていましたね。どうも、マタイによる福音書の「天使」という記述の信憑性がぐらついて来たのですが・・・。 まあ、その新約聖書に関しての科学的調査は、後日の検討として、ヨシュア記を読み進めてみましょう。
 一つ心配なのは、「将として来た天使」が後で何処に登場するのか、もしくは、影の参謀として背後でどういう振る舞いをなさるのかなのです。
 影で参謀として振舞うにしては、抜き身の剣を手に持っての登場はちと胡散臭い大仰な登場ではありますが。

第六章、1節~
【 さてエリコは、イスラエルの人々のゆえに、かたく閉ざして、出入りするものがなかった。主はヨシュアに言われた、「見よ、私はエリコと、その王及び大勇士を、貴方の手にわたしている。貴方がた、いくさびとは皆、町を巡って待ちの周囲を一度回らなければならない。六日の間そのようにしなければならない。七人の祭司達は、おのおの雄羊の角のラッパを携えて、箱に先立たなければならない。そして祭司達が雄羊の角を長く吹き鳴らし、そのラッパの音が、貴方がたに聞こえる時、民はみな大声に呼ばわり、叫ばなければならない。そうすれば、町の周囲の石垣は崩れ落ち、民はみなただちに進んで、攻め上ることが出来る」。ヌンの子ヨシュアは祭司達を召して言った、「貴方がたは契約の箱をかき、七人の祭司達は雄羊の角のラッパ七本を携えて、主の箱に先立たなければならない」。そして民に言った、「貴方がたは進んで行って町を巡りなさい。武装した者は主の箱に先立って進まなければならない」。
 ヨシュアが民に命じたように、七人の祭司達は、お羊の角のラッパ七本を携えて、主に先立って進み、ラッパを吹き鳴らした。主の契約の箱はそのあとに従った。
武装した者はラッパを吹き鳴らす祭司達に先立って行き、しんがりは箱に従った。ラッパは絶え間なく鳴り響いた。
 しかし、ヨシュアは民に命じて言った、「貴方がたは呼ばわってはならない。貴方がたの声を聞こえさせてはならない。また口から言葉を出してはならない。ただ、私が呼ばわれと命じる日に、貴方がたは呼ばわらなければならない」。
 こうして主の箱を持って、町を巡らせ、その周囲を一度回らせた。人々は宿営に帰り、夜を宿営で過ごした。】
【 翌朝ヨシュアは早く起き、祭司達は主の箱をかき、七人の七人の祭司達は、雄羊の角のラッパ七本を携えて、主の箱に先立ち、絶えず、ラッパを吹き鳴らして進み、主の箱に先立ち、絶えず、ラッパを吹き鳴らして進み、武装した者はこれに先立って行き、しんがりは主の箱に従った。ラッパは絶え間なく鳴り響いた。その次の日にも、町の周囲を一度巡って宿営に帰った。六日の間そのようにした。
 七日目には、夜明けに、早く起き、同じようにして、町を名などめぐった。町を七度巡った。町を七度めぐったのはこの日だけであった。七度目に、祭司達がラッパを吹いた時、ヨシュアは民に言った、「呼ばわりなさい。主はこの町を貴方がたに賜わった。この町と、その中の全てのものは、主への奉納物として滅ぼされなければならない。】

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2015年3月 1日 (日)

ヨ3、割礼は本当に必要な事なの?

 ヨシュア記、第五章 1節~
【 ヨルダンの向こう側、即ち西のほうにおるアモリびとの王達と、海辺におるカナンびとの王達とは皆、主がイスラエルの人々の前で、ヨルダンの水を干しからして、彼らを渡らせられたと聞いて、イスラエルの人々の故に、心は消え、彼らの内に、もはや元気もなくなった。
その時、主はヨシュアに言われた、「火打石の小刀を造り、重ねてまたイスラエルの人々に割礼を行いなさい」。 そこでヨシュアは火打石の小刀を造り、陽皮の丘で、イスラエルの人々に割礼を行った。ヨシュアが人々に割礼を行った理由はこうである。エジプトから出て来た民の内の、全ての男子、即ち、戦(いくさ)びと達は皆、エジプトを出た後、途中、荒野で死んだが、その出て来た民は皆、割礼を受けた者であった。しかし、エジプトを出た後に、途中、荒野で生まれた民は、みな割礼を受けていなかった。イスラエルの人々は40年の間、荒野を歩いていて、そのエジプトから出てきた民、即ち、いくさびと達は、みな死に絶えた。これは彼らが主の声に聞き従わなかったので、主は彼らの先祖達に誓って、我々に与えると仰せられた地、父と蜜の流れる地を、彼らに見させないと誓われたからである。ヨシュアが割礼を行ったのは、この人々についで起こされたその子供達であった。彼らは途中で割礼を受けていなかったので、無割礼の者であったからである。】

 久々に割礼の話が出て来たが、割礼をは、男性のシンボルの包み皮をカットして、シンボル先端がクルッと剥けた状態にすることです。どういう訳か、イスラエルの守護神(氏神様)は、この割礼にこだわっておられるようで、イスラエルの民(男性全員)に、割礼を実行された模様です。これが本当に主の命令であったのかどうか(ヨシュアが良かれと思って実行し、それを主が黙認・追認なさったのか)どうかは判断の下しようがありません。
 唯一神が割礼の必要を持っておられるとは到底信じがたい。もしそうなら、キリスト教成立以降も割礼の習慣は残されたはずであり、全てのクリスチャン男性は割礼をなさっている事になりますが、聞いている範囲では皆無らしい。
 但し、ユダヤ人の殆んどは割礼を21世紀の現代においても実行されておられるとか・・・

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