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2015年3月16日 (月)

マ6、ヨハネの首を盆に載せて・・パンと魚を割く・・海を歩いて渡る

【 さて、イエスの名が知れ渡って、ヘロデの耳に入った。ある人々は「バプテスマのヨハネが、死人の中からよみがえって来たのだ。それで、あのような力が彼のうちに働いているのだ」と言い、また他の人々は、「昔の預言者のような預言者だ」と言った。 ところが、ヘロデはこれを聞いて、「私が首を切ったあのヨハネがよみがえったのだ」と言った。】
・・・ 今皆さんと一緒に読んでいる「マルコによる福音書」の、〔書き出し部〕は、バプテスマのヨハネがイエスに洗礼を授けるシーンから始まりましたが、それっきりヨハネは登場していませんでした。  この第六章の中ほどに来て、ヘロデ王が、ヨハネの首を刎ねた(はねた:殺した)のが分かります。 そこで筆者マルコは、その事情説明を、ここ第六章で挿入した模様です。・・・

【 このヘロデは、自分の兄弟ピリポの妻ヘロデヤをめとったが、
そのことで、人を遣わし、ヨハネを捕らえて獄につないだ。それは、
ヨハネがヘロデに、「兄弟の妻をめとるのは、よろしくない」と言っ
たからである。
 そこで、ヘロデヤヨハネを恨み、彼を殺そうと思っていたが、
出来ないでいた。 それはヘロデが、ヨハネは正しくて聖なる人で
あることを知って、彼を恐れ、彼に保護を加え、またその教えを
聞いて非常に悩みながらも、なお喜んで聞いていたからである。
 ところが、(妻ヘロデヤにとって)よい機会がきた。
 ヘロデは自分の誕生日の祝いに、高官や将校やガリラヤの
重立った人たちを招いて宴会を催したが、そこへ、
このヘロデの娘(サロメ)が入ってきて舞をまい、ヘロデをはじめ、
列座の人達を喜ばせた。
 そこで王はこの少女に「欲しいものは何でも言いなさい。あなた
に あげるから」と言い、さらに、
「欲しければ、この国の半分でもあげよう」とまで誓って言った。
 そこで少女は座をはずして、母に「何をお願いしましょうか」と尋
ねると、母(ヘロデヤ)は「バプテスマのヨハネの首を」と答えた。
 すると直ぐ、少女は急いで王のところに行って願った、
「今すぐに、バプテスマのヨハネの首を盆にのせて、それを頂き
  とうございます」と言った。
 王は非常に困ったが、いったん誓ったのと、また列座の人達の
手前、少女の願いを退けることを好まなかった。そこで、ヘロデ王
はすぐに、衛兵を遣わし、ヨハネの首を持って来るように命じた。
 衛兵は出て行き、獄中でヨハネの首を切り、盆にのせて持って
来て、少女に与え、少女はそれを母に渡した。 ヨハネの弟子達
は、このことを聞き、その死体を引き取りにきて、墓に納めた。】

・・・ 以上が挿入された実話ですが、イエスの伝記物語の途中
 で  まことに、自然な形で、状況説明文が挿入されています。
 女性は怖い存在ですね。 似たような実話が、旧約聖書の中
 にもありました。 エステル記です。有名な「ヨブ記」の直前の
 書物であり、イスラエルでは、”プリムの祭り”に読まれた実話
 なのですが、「エステルが王妃に選ばれた事情」、
 「ハマンの陰謀とエステルの活躍」として詳細に記録されて
 います。 要は、
ハマンの陰謀が明らかになり、ハマンを殺したまでは、ほめられた
話しなのですが、そのあと、エステル王妃は壮絶な仕返しを実行
していくのです。興味ある方は「旧約聖書:エステル記の第八章」
辺りを参照して頂くとして、新約聖書に戻ります。
【 さて、使徒達はイエスのもとに集まってきて、自分達がしたこと
や教えたことを、みな報告した。するとイエスは彼らに言われた、
「さあ、貴方がたは、人を避けて寂しい所へ行って、しばらく休む
がよい」。それは、出入りする人が多くて、食事をする暇もなかっ
たからである。
 それで彼らは人を避け、舟に乗って寂しい所へ行った。ところが
、多くの人々は彼らが出かけて行くのを見、それと気がついて、
方々の町々からそこへ一斉に駆けつけ、彼らより先に着いた。】
・・・ 現代で言えば、「人気タレントのおっかけ」ですね。遊びとし
   てやっているのではなく、老いも若きも、一生懸命追っかけ
   て いるのでした。
【イエスは舟から上がって大勢の群集をご覧になり、飼う者のな
い羊のようなその有様を深く哀れんで、色々と教えはじめられた。
ところが、はや時も遅くなったので、弟子達はイエスのもとに来て
言った、「ここは寂しい所でもあり、もう時も遅くなりました。みんな
を解散させ、めいめいで何か食べる物を買いに、まわりの部落や
村々へ行かせて下さい」。
 イエスは答えて言われた「貴方がたの手で食物をやりなさい」。
 弟子達は言った、「私達が2百デナリものパンを買ってきて、
みんなに食べさせるのですか」。
 するとイエスは言われた、「パンは幾つあるか。見てきなさい」。
彼らは確かめてきて、「五つあります。それに魚が2匹」と言った。
そこでイエスは、みんなを組々に分けて、
 青草の上に座らせるように命じられた。人々は、あるいは百人
ずつ、あるいは五十人づつ、列を作ってすわった。
 それからイエスは五つのパンと二匹の魚とを手に取り、
天を仰いで、それを祝福し、パンを割き、弟子達に渡して配らせ、
また、2匹の魚もみんなにお分けになった。 みんなの者は食べ
て満腹
した。 そこでパンくずや魚の残りを集めると、12のかご
に一杯
になった。パンを食べた者は男五千人であった。】
・・・ にわかには信じられない記録でしょう? 私もつい最近まで、
 信じることが出来ませんでした。似たような事件(奇蹟)は後にも
 別件の記録があり、”実際に2000年前に起こった”のは確から
しいのです。新約聖書には 「祈って割くと、パンや魚が、数百倍
に増えた」実例が、タイムラグを置いて、明記されています!

【 それからすぐ、イエスは自分で群集を解散させておられる間に、
しいて弟子達を舟に乗り込ませ、向こう岸のベツレヘムへ先に
おやりになった。そして群集に別れてから、
 祈るために山へ導かれた。
 夕方になったとき、舟は海の真ん中に出ており、イエスだけが陸
地におられた。ところが逆風が吹いていたために、弟子達が漕ぎ
悩んで
いるのをご覧になって夜明けの四時ごろ、海の上を歩いて
彼らに近づき、そのそばを通り過ぎようとされた。
彼らはイエスが海の上を歩いて おられるのを見て、幽霊だと思
い、大声で叫んだ。
    みんなの者がそれを見て、おじ恐れたからである。しかし、
イエスはすぐ彼らに声をかけ、「しっかりするのだ。私である。恐れ
ることはない」と言われた。 そして、彼らの舟に乗り込まれると、
風は止んだ。彼らは心の中で、非常に驚いた。
先のパンのことを悟らず、その心が鈍くなっていたからである。】
・・・ にわかには信じられない事件が 突如、またまた現れました。
  イエスが海の上を歩かれた という事件なのですよ。
 この事件に関して、他の福音書にはどう書いてあるか、
                    調べてみましょう。

〔マタイによる福音書〕では、 第14章 22節~
【 それからすぐ、イエスは群集を解散させておられる間に強いて
弟子達を舟に乗り込ませ、向こう岸へ先におやりになった。そして
群集を解散させてから、祈るため密かに山へ登られた。 ところが
舟は、もうすでに陸から数丁も離れており、逆風が吹いていた為
に波に悩まされていた。 イエスは夜明けの四時ごろ、
海の上を歩いて 彼らの方へ行かれた。 弟子達は、イエスが
海の上を歩いて おられるのを見て、幽霊だと言っておじ惑い、
恐怖のあまり叫び声をあげた。 しかし、
イエスはすぐに彼らに声をかけて、「しっかりするのだ、私である。
恐れることはない」と言われた。
 するとペテロが答えて言った、「主よ、あなたでしたか。 では、
私に命じて、水の上を渡ってみもとに行かせて下さい」。イエスは
「おいでなさい」と言われたのでペテロは舟から降り、水の上を
歩いて 
イエスのところへ行った。 しかし、風を見て恐ろしくなり、
そして、溺れ(おぼれ)かけたので、彼は叫んで言った、
「主よ、お助け下さい」と言った。 イエスはすぐに手を伸ばし、
彼をつかまえて言われた、「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」。
 ふたりが舟に乗り込むと、風は止んでしまった。
       舟の中にいた者達はイエスを拝して、
       「本当に、あなたは神の子です」と、言った。】
・・・ マタイによる福音書では、〔海の上を歩いて〕事件が、
 「マルコ書」に比べて、2倍位に詳しい説明文章となっています。

〔ルカによる福音書〕では、第九章 13節~
【しかしイエスは言われた、「あなたがたの手で食物をやりなさい。
彼らは言った、「私達にはパン五つと魚2匹しかありません、この
大勢の人々のために食物を買いに行かなければ」。 というのは、
男が五千人ばかりも居たからである。 しかしイエスは弟子達に
言われた、
「人々をおおよそ50人ずつの組にして、座らせなさい」。彼らは
その通りにして、みんなをすわらせた。イエスは五つのパンと、
2匹の魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福して割き、弟子達
に渡して群衆に配らせた。 みんなの者は食べて満腹した。
そして、その余りくずを集めたら、12篭(かご)あった。】
・・・ この〔パン五つと魚2匹〕の詳細な記述の前にも後にも、
〔海を歩いた〕という記録がないのです。
〔パン五つと魚2匹〕を割く奇跡は、マルコよりも詳細に語っている
にもかかわらずです。 多分、ルカは割愛(省略)したのでしょう。

〔ヨハネによる福音書〕では、第六章 8節~
【 弟子のひとり、シモン・ペテロの兄弟アンデレがイエスに言った
「ここに、大麦のパン五つと、魚2匹とを持っている子供がいます。
 しかし、こんなに大勢の人では、それが何になりましょう。
 イエスは「人々を座らせなさい」と言われた。 そこで、イエスは
パンを取り、感謝してから、座っている人々に分け与え、また、
魚をも同様にして、彼らの望むだけ分け与えられた。人々が充分
に食べた後、イエスは弟子達に言われた、
「少しでも無駄にならないように、パンくずの余りを集めなさい」。
 そこで彼らが集めると、五つの大麦のパンを食べて残ったパン
くず
12の篭(かご)に一杯になった。
人々はイエスのなさったこのしるしを見て、「本当に、この人こそ
世に来たるべき預言者である」と言った。
 イエスは人々が来て、自分を捕えようとしていると知って、ただ
ひとり、また山へ退かれた。
 夕方になった時、弟子達は海辺に下り、舟に乗って海を渡り、
向こう岸のカペナウムに行きかけた。すでに暗くなっていたのに、
イエスはまだ彼らのところにおいでにならなかった。 その上、強
い風が吹いて来て、海は荒れ出した。40丁、50丁漕ぎ出した時、
イエスが海の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、
  彼らは恐れた。
 するとイエスは彼らに言われた、「私だ、恐れることはない」。
 そこで彼らは喜んでイエスを舟に迎えようとした。
すると舟は、すぐ、彼らが行こうとしていた地に着いた。】
・・・ ヨハネ書では、マルコ書を少し詳しくした内容で「海の上を
イエスが歩かれた」事実が記されています。
但し、ヨハネが書いた書物の総ページ数は、総計78ページも
あるのです。
 〔ヨハネの福音書:45頁、ヨハネの黙示録:25頁、手紙:8頁〕
おそらくこのヨハネ書が、最後に整理して書かれたものでしょう。
四福音書の中で最初に書かれたのは、一番短くて端的に書かれ
ている〔マルコによる福音書:31ページ〕であることは明白です。
 中間に位置する、ルカによる福音書:53ページ
            マタイによる福音書:50ページ
 とでは、どっちが先に書かれたのだと思いますか?
私(大山宏)の推測では、「ルカ書」が先に書かれているのでは
ないかな、と思っています。 大した違いはありませんが、貴方
も予想してみては如何ですか。
*1)、ルカ書の初めには、「テオピロ閣下への報告書として
      見聞きしたことをまとめ、書いた」と記されています。      
*2)、ルカ書は、意識的に〔海の上を歩いて〕事件を無視
    (カット)している。よっぽど、信じれなかったのでしょう。
*3)、マタイによる福音書は、最初に書かれた事にはなっては
  いますが、「文学的、精神論的」に過ぎる表現が散見される。
*4)、ある解説書では、書き終えられた年代として、
   マタイ(AD41年ごろ)、  マルコ(AD60~65年ごろ)、
  ルカ(AD56~58年ごろ)、ヨハネ(AD98年ごろ)とあります。
  
この辺りの結論、
1)、〔パン五つと魚2匹〕事件は、四福音書同士で内容一致。
2)、〔海を歩いて〕事件については、三福音書同士で内容一致。
3)、福音書の製作順番(参照順位)
  1:「マルコ書」、2:「ルカ書」、3:「マタイ書」、4:「ヨハネ書」
   《 この作成順番予想(預言)は、きっと当たりますよ。》

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