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2015年3月17日 (火)

マ7、あなたでも生命物や工芸品を念力で増やせます!

パン五つと魚2匹を分けて五千人が満腹した奇跡に関して整理しておきましょう。
 マルコ書の途中ですが、復習の意味も含めて、今回は、「マタイの福音書」のその部分の章(第14章、13節~21節)を、読んでみましょう。
【イエスはこのこと〔バプテスマのヨハネがヘロデ王に殺された事〕を聞くと舟に乗ってそこを去り、自分ひとりで寂しい所へ行かれた。しかし、群集はそれと聞いて、町々から徒歩であとを追ってきた。イエスは舟から上がって、大勢の群集をご覧になり、彼らを深く憐れんで、そのうちの病人達をおいやしになった。・・・

 夕方になったので、弟子達がイエスのもとに来て言った、「ここは寂しい所でもあり、もう時も遅くなりました。群集を解散させ、めいめいで食物を買いに村々へ行かせて下さい」。するとイエスは言われた、「彼らが出掛けて行くには及ばない。あなたがたの手で食物をやりなさい」。
 弟子達はいった、「私達はここに、パン五つと魚2匹しか持っていません」。イエスは言われた、「それをここに持ってきなさい」。そして群集に命じて、草の上に座らせ、五つと2匹の魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福し、パンを割いて弟子達に渡された。弟子達はそれを群集に与えた。 みんなの者は食べて満腹 した。パンくずの残りを集めると、12の篭(かご)に一杯になった。食べた者は女と子供とを除いて、おおよそ五千人であった。】
 結局、四つの福音書で、同じ箇所を通読したのですが、違いが全く分からないほど、内容が同一であるのが納得出来まし
たか。 その場に居合わせなければ、とても、『たった五つのパンで、五千人が満腹した』なんてことを、信じることは不可能です。 でも、聖書には、それが実際に起こったと書いてあるのです。これを、『多くの人が単に夢を見た見させられたのであって、実際には無かった』ことでかたづけるのは、安易過ぎます。
   《 それこそ、科学姿勢の欠如です。》
単に集団催眠術にかかって『満腹する夢を見ただけ』なら、数日後には、五千人は餓え死しているのだから、大量の餓死事件としての記録が歴史に残れば残るくらいですからね。
 この「食料の問題」に関しては、旧約聖書にもっともっと大規模な事件が記録されています。 それは、
『 毎朝、起きてみると、大量のマナコエンドロの実のようで白く、その味は蜜を入れたせんべいの様な物〕が天から降って来た。』『 ただの1回やそこらではなくて、40年間、毎週6日降り続いた。』
出エジプト記第16章〕  エジプトを脱出したイスラエルの民は、男だけでも、数十万人、女子供を合わせると、実に百万人の民が荒野を40年間さまよい続けたのですよ。
 その間中、安息日以外の毎日毎日、マナを降り続けさせ、百万人の人間が荒野で飢え死にしないで済むことが出来たのです。イスラエルの民が約百万人、エジプトを脱出し、40年間、不毛の荒野で暮らしたのは、歴史上の事実であり、彼らの食料が足りていたから、彼らはカナンの地に建国出来たのです。
そうでなければ彼らは、地球上から、姿を消していたのでした。
 この「マナ(パンの原料の一種)の奇蹟」に比べたら、『五つのパンを割いて配ったら五千人の人々が食べて満腹した』
なんてことは、ものの数に入らないほど小さな奇跡なのでした。
 まだ、そんな馬鹿な、と思われている貴方のために、物理学を修めた私のささやかな経験をお話ししつつ、”手品の種明かし”みたいな説明を致しましょう。
 物質には生命が宿っているらしくて、最初に創造されたオリジナルがあるのです。単に、動物とか植物ばかりではなくて、缶コーヒーでも、饅頭でも、パンでも、何にでも、オリジナルがあるのです。
そのコピーは、皆さんの身の周りに数え切れないほど氾濫しているのですが、その製品なり、商品なりが時代遅れになって、
世の中から消えていって、最後にオリジナルそのものが、消えようとする瞬間に、その生き物なり物品は、どういう訳か悲鳴を発して『何とか生き残ろう、子孫を残そう。』と、するらしいのです。
 この類の悲鳴を2014年春に、複数回聞きました。具体的な話は後でするとして、 以下は、オリジナル物品の悲鳴の話です。
同じ一日(製造年月日が同じ日)に製造されたものは、どういう訳か、共通認識を持っているらしくて、2つの物の内の一つを食べて消化した後、残った一個に、あるまじないを掛ける(具体的な処理をする)と、食卓の上に、さっき食べたはずの物が、出現(復元)するらしいのです。
(これに関しては、オリジナルの方が先に消滅(消費)されていたために、その食台の2個にオリジナル権が移行されていたのかも知れませんが、こんな経験もしました。
 既に貴方は『眉につばをくっ付けて』おられるのでしょうが、どういう風な経験をしたか、という事を、誤解お恐れずに、
お話ししましょう。
その一つは、「饅頭が再現した」事件です。先ほど確かに食べた饅頭を、『どうやらこうすれば再現するらしい』という予測の下で、処理したら、あらビックリ! その通りに出現した、という事。
2つ目は、『古い骨董茶器や古いガラスのコップ』を、先の処理と同様にしていたら、見たこともない古い茶器や厚手のガラスコップなどが、台所に出現した!というもの。
3つ目は、「マイペット」みたいなプラスチック洗剤なども同様な処理を、信じ切って実行してみたら、ものの見事に、出現したのでした。
ただ面白いことに(妙なことに)、処理いかんによっては、サイズが小さくなったり、縦横比が違ってきたり、厚手の製品になったりしたのでした。
 もっと、極端な例を、お話ししましょう。
 私は当時、田舎道のごみを集めては焼却処分するという、ボランティア清掃活動』を、自主的に行っていたのです。
自宅から出て来たゴミと一緒に、集めてきたゴミを、景気よく燃やしていたところ、突然「ボカーン」という物凄い音がして、附近にゴミが散乱しました。 私の台所から持って来ていた、赤くて丸いゴミ箱焚き火から3m(メートル)ぐらいの所にあったのですが、見ると、何と、これまで見たこともない古い「ラベル」張り付いているのです。
 そのラベルには、”英語で”こう書いてありました。
  ”This expresses our life-vision.  LET'S  SUPREME CAN ”
日本語に訳すと、「この速達便(お知らせ)は 我々のビジョン[未来の構想:生命]に関わるのです。
   LET’S =Let us  ; ~しましょう。
  SUPREME CAN ;最高の金属製の液体入れを!
SUPREME には、「究極の」とか、
      「至高のもの;神(=the Supreme Being)」
      という意味も、詳しい辞書には載っています。
 このラベルが、火の中から飛び出して来て、赤いゴミ箱に、ピタッと張り付いていたのでした。
その数日前に爆発した携帯電話と共に、保管してありますので、興味がおありの御方には、連絡下されば御見せします。
TELNo.:080-6559-6060(大山 宏)
マルコによる福音書に戻りましょう。 第六章の終り(53節)です。 
【 彼らは海を渡り、ゲネサレの地に着いて舟をつないだ。そして舟からあがると、人々はすぐイエスと知って、その地方をあまねく駆けめぐり、イエスが居られると聞けば、どこへでも病人を床に乗せて運びはじめた。
 そして、村でも町でも部落でも、イエスが入って行かれる所では、病人達をその広場におき、せめてその上着のふさにでも、触らせてやって頂きたいと、お願いした。そして触った者は皆癒された。】
【第七章】
【 さて、パリサイ人と、ある律法学者達とが、エルサレムから来て、イエスのもとに集まった。そして弟子達のうちに、不浄な手、即ち、洗わないで、パンを食べている者があるのを見た。
 元々、パリサイ人をはじめユダヤ人はみな、昔の人の言伝えを堅く守って、念入りに手を洗ってからでないと、食事をしない。また、市場から帰ったときには、身を清めてからでないと、食事をせず、なおそのほかにも、杯、鉢、銅器を洗うことなど、昔から受け継いでかたく守っている事が、沢山あった。】 
 今日はここまでとしておきましょうね。 
実は、本日(2015年3月6日)は、ひばりコーラス仲間14人で、東広島市志和町にある「ドエル東志和」の老人ホームへ、慰問奉仕をしました。明日からは伸び伸びになっていた確定申告の書類を書いて提出しないと、税務署からお叱りを受けます。
 前もって、このブログを書いていますので、あなたが読まれる明日には多分(続き)がお読み頂けるでしょう。 お休みなさい。

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