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2015年3月31日 (火)

ル6、パリサイ人の館。レギオンが豚の群れへ。復活の予告。

【 あるパリサイ人がイエスに、食事を共にしたいと申し出たの
で、そのパリサイ人の家に入って食卓に着かれた。 すると
その時、その町で罪の女であったものが、パリサイ人の家で
食卓に着いておられることを聞いて、香油が入れてある石膏の
つぼを持ってきて、泣きながら、イエスのうしろでその足もとに
寄り、まず涙でイエスの足をぬらし、自分の髪の毛でぬぐい、
           そして、その足に接吻して、香油を塗った。】
・・・ 律法学者と同様に、たびたび聖書に登場するのが、
   パリサイ人ですね。 このパリサイ人に招かれて食事に
    出かけたイエスですが、・・・

【 イエスを招いたパリサイ人がそれを見て、心の中で言った、
「もしこの人が預言者であるなら、自分に触っている女が誰だ
か、どんな女か分かるはずだ。 それは罪の女なのだから」。
 そこでイエスは彼に向かって言われた、
「シモン〔パリサイ人の名前〕、貴方に言うことがある」。
  彼は、「先生、仰ってください」と言った。
 イエスが言われた、
「ある金貸しに金を借りた人がふたりいたが、ひとりは五百
デナリ、もうひとりは50デナリを借りていた。 ところが、返すこと
が出来なかったので、彼はふたり共に許してやった。
  このふたりのうちで、どちらが彼を多く愛するだろうか」。
 シモンが答えて言った、「多く許してもらった方だと思います」。
 イエスが言われた
「あなたの判断は正しい」。それから女の方に振り向いて、シモン
に言われた、「この女を見ないか。私があなたの家に入って来た
時に、あなたは足を洗う水をくれなかった。
ところが、この女は涙で私の足をぬらし、髪の毛でふいてくれた。
 あなたは私に接吻をしてくれなかったが、彼女は私が家に入っ
た時から、私の足に接吻をしてやまなかった。
あなたは私の頭に油を塗ってくれなかったが、彼女は私の足に
香油を塗ってくれた。 それであなたに言うが、この女は多く愛し
 たから、その多くの罪は許されているのである。
  少しだけ許された者は、少しだけしか愛さない」。
 そしてこの女に、「あなたの罪は許された」と言われた。
すると、同席の者たちが心の中で言い始めた「罪を許すことさえ
するこの人は、いったい、何者だろう」。 しかし、
イエスは女に向かって言われた、
「あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい」。】
・・・ この話をルカが敢えて採用した理由が私には理解不能
   ですが、極悪人が大反省して立ち直ると、小悪人が立ち直っ
   た場合に比べて、神に役立つ程度が勝っているという事?
          その典型例として、使徒行伝のパウロがいる?
「ルカによる福音書」の 【第八章】 に入ります。
【 そののちイエスは、神の国の福音を説き、また伝えながら、
町々村々を巡回し続けられたが、12弟子もお供をした。
また悪霊を追い出され病気を癒された数名の婦人達、即ち、
七つの悪霊を追い出してもらったマグダラと呼ばれている
マリヤ・・・・(イエスの死亡後、墓を訪れることになる)、
ヘロデの家令クーザの妻:ヨハンナ、スザンナ、そのほか多くの
  婦人達も一緒にいて、自分達の持ち物をもって、
                            一行に奉仕した。】
【 さて、大勢の群集が集まり、その上、町々からの人たちが
イエスのところに、続々と押し寄せてきたので、
一つの譬で話をされた、
「種まきが種をまきに出て行った。まいているうちに、ある種は
道端に落ち、踏みつけられ、そして空の鳥に食べられてしまった。
ほかの種は岩の上に落ち、はえはしたが水気がないので枯れて
しまった。ほかの種は、いばらの間に落ちたので、いばらも一緒
に茂ってきて、それをふさいでしまった。ところが、ほかの種は
良い地に落ちたので、はえ育って百倍もの実を結んだ」。
 こう語られたのち、声をあげて「聞く耳のある者は聞くがよい」
と言われた。
・・・ この話は既に、「マルコ書」で読みました。復習がてら ・・・
弟子達は、この譬はどういう意味でしょうか、とイエスに質問した。
そこで言われた、「貴方がたには、神の国の奥義を知ることが許さ
れているが、ほかの人達には、見ても見えず聞いても悟られない
ために、譬で話すのである。
 この譬はこういう意味である。
種は神の言葉である。 道端に落ちたのは、聞いたのち、信じる
ことも救われることもないように、悪魔によってその心から御言が
奪い取られる人達のことである。
 岩の上に落ちたのは、御言を聞いた時には喜んで受け入れるが
、しばらくは信じていても、試練の時が来ると、信仰を捨てる人たち
のことである。 いばらの中に落ちたのは、聞いてから日を過ごす
うちに、生活の心づかいや富や快楽にふさがれて、
実の熟するまでにならない人たちのことである。
 良い地に落ちたのは、御言を聞いたのち、これを正しい良い心
でしっかりと守り、耐え忍んで実を結ぶに至る人たちの事である。
 誰も明かりをともして、それを何かの器でおおい被せたり、寝台
の下に置いたりはしない。 燭台の上に置いて、
入って来る人達に、光が見えるようにするのである。
隠されているもので、あらわにならないものはなく、秘密にされて
いるものでついには知られ、明るみに出ないものはない。

 だからどう聞くかに注意するがよい。 持っている人は更に与え
られ、持っていない人は、持っていると思っているものまでも、
 取り上げられるであろう。】
・・・ 同じ話しでしょ。 しばらく、マルコ書と同じなので
           読み飛ばしても差し支えありませんです。 ・・・
【 さて、イエスの母と兄弟達とがイエスのところに来たが、群集
のため、そば近くに行くことが出来なかった。 それで、誰かが、
「あなたの母上と兄弟がたが、お目にかかろうと思って、
外に立っておられます」と取り次いだ。 するとイエスは人々に
 向かって言われた、「神の御言を聞いて行う者こそ
              私の母、私の兄弟なのである」。】
【 ある日のこと、イエスは弟子達と舟に乗り込み、「湖の向こう
岸へ渡ろう」と言われたので、一同が船出した。渡って行く間に、
イエスは眠ってしまわれた。すると突風が湖に吹き下ろしてきた
ので、彼らは水をかぶって危険になった。
 そこで、みそばに寄ってきてイエスを起し、「先生、先生、私達
は死にそうです」と言った。イエスは起き上がって、風と荒波を
お叱りになると、止んでなぎ
になった。イエスは彼らに言われ
た、「貴方がたの信仰は、どこにあるのか」。
彼らは恐れ驚いて互いに言い合った、「いったい、この方は誰
           だろう。お命じになると、風も水も従うとは」。】
【 それから、彼らはガリラヤの対岸、ゲラサ人の地に渡った。
陸にあがられると、その町の人で、悪霊につかれて長い間、
着物も着ず、家に居つかないで墓場ばかりいた人に、出会われ
た。 この人がイエスを見て叫び出し、みまえにひれ伏して大声
で言った、「いと高き神の子イエスよ、あなたは私と何の係わりが
あるのです。 お願いです、私を苦しめないでください」。それは、
イエスが汚れた霊に、その人から出て行け、とお命じになったか
らである。 というのは、悪霊が何度も彼をひき捕えたので、彼は
鎖と足かせとで繋がれて看視されていたが、それを断ち切っては
悪霊によって荒野へ追いやられていたのである。
イエスは彼に「なんと言う名前か」とお尋ねになると、「レギオン
言います」と答えた。彼の中に沢山の悪霊が入り込んでいたから
である。悪霊どもは、底知れぬ所に落ちて行くことを自分達に
お命じにならぬようにと、イエスに願い続けた。
 ところが、そこの山辺に、おびただしい豚の群れが飼ってあった
ので、その豚の中へ入ることを許して頂きたいと、悪霊どもが
願い出た。イエスはそれをお許しになった。
 そこで悪霊どもは、その人から出て豚の中へ入り込んだ。
するとその群れは、
崖から湖へなだれを打って駆けくだり、溺れ死んでしまった。
 飼う者たちは、この出来事を見て逃げ出して、町や村里にふれ
まわった。人々はこの出来事を見に出て来た。そして、イエスの
ところに来て、悪霊を追い出してもらった人が着物を着て、正気
になってイエスの足もとにすわっているのを見て、恐れた。
 それを見た人たちは、この悪霊に憑かれていた者が救われた
次第を、彼らに語り聞かせた。
 それから、ゲラサの地方の民衆はこぞって、自分たちの所から
    立ち去ってくださるようにとイエスに頼んだ。
        彼らが非常な恐怖に襲われていたからである。
そこで、イエスは舟に乗って返りかけられた。悪霊を追い出して
もらった人は、お供をしたいと、しきりに願ったが、イエスはこう言
って彼をお帰しになった、「家に帰って、神が貴方にどんなに
大きなことをしてくださったか、語り聞かせなさい」。
 そこで彼は立ち去って、自分にイエスがして下さった事を、
                     ことごとく町中に言い広めた。】
【 イエスが帰ってこられると、群集は喜び迎えた。みんなが
イエスを待ち受けていたのである。するとそこにヤイロと言う名の
人が来た。この人は会堂司であった。イエスの足もとにひれ伏し
て、自分の家においで下さるようにと、しきりに願った。
 彼に12歳ばかりになるひとりがあったが、死に掛けていた。
ところが、イエスが出て行かれる途中、群集が押し迫ってきた。
 ここに、12年間も長血をわずらっていて、医者のために自分の
身代をみな使い果たしてしまったが、誰にも治してもらえなかった
女がいた。 この女がうしろから近寄って み衣のふさに触った
ところ、その長血がたちまち止まってしまった。イエスは言われた
、「私に障ったのは、誰か」。人々はみな自分ではないと言ったの
で、ペテロが「先生、群集があなたを取り囲んで、ひしめき合って
いるのです」と答えた。
 しかしイエスは言われた、「誰かが私に触った。力が私から出
て行ったのを感じたのだ」。女は隠しきれないのを知って、震え
ながら進み出て、みまえにひれ伏し、イエスに触った訳と、触ると
たちまち治った事とを、みんなの前で話した。
 そこでイエスが女に言われた、「娘よ、あなたの信仰があなたを
救ったのです。安心して行きなさい」。
 イエスがまだ話しておられるうちに、会堂司の家から人が来て、
「お嬢さんは亡くなられました。この上、先生を煩わすには及びま
せん」と言った。 しかしイエスはこれを聞いて会堂司にむかって
言われた「恐れることはない。ただ信じなさい。娘は助かるのだ」。
それから家に入られるとき、
ペテロ、ヨハネ、ヤコブおよびその子の父母のほかは、誰も
一緒に入ってくることをお許しにならなかった
。人々はみな、
娘のために泣き悲しんでいた。イエスは言われた、
「泣くな、娘は死んだのではない。眠っているだけである」。
人々は娘が死んだことを知っていたので、イエスをあざ笑った。
 イエスは娘の手を取って、呼びかけて言われた、
「娘よ、起きなさい」。するとその霊が戻ってきて娘は即座に立ち
上がった。イエスは何か食べ物を与えるように、指図をされた。
両親は驚いてしまった。イエスはこの出来事を誰にも話さない
ようにと、彼らに命じられた。
    ・・・ 一語一句まで「マルコ書」と一緒ですね ・・・
【第9章】
【 それからイエスは12弟子を呼び集めて、彼らに全ての悪霊
を制し、病気を癒す力と権威とをお授けになった。また、神の国
を宣べ伝え、かつ病気を治すために遣わして、言われた、
「旅のために何も携えるな。つえも袋もパン銭も持たず、下着
も2枚は持つな。 また、どこかの家に入ったら、そこに留まって
おれ
。そしてそこから出かけることにしなさい。誰も迎えるものが
いなかったら、その町を出て行く時、彼らに対する抗議のしるし
に、足からちりを払い落としなさい」。
 弟子達は出て行って、村々を巡り歩き、いたる所で
               福音を宣べ伝え、また病気を癒した。】
【 さて、領主ヘロデは色々な出来事を耳にして、あわて惑って
いた。それは、ある人達は、ヨハネが死人の中からよみがえった
と言い、またある人達は、エリヤが現れたと言い、また他の人達
は、昔の預言者の一人が復活したのだと言っていたからである。
 そこでヘロデが言った「ヨハネは私がすでに首を切ったのだが、
こうしてうわさされているこの人は、いったい、誰なのだろう」。
そしてイエスに会ってみようと思っていた。】
【 使徒たちは帰ってきて、自分たちのしたことを全てイエスに
話した。 それからイエスは彼らを連れて、ベツサイダという町へ
密かに退かれた。 ところが群集がそれと知って付いてきた
     ので、これを迎えて神の国のことを語り聞かせ、
                また、治療を要する人達を癒された。】
【 それから日が傾きかけたので、12弟子がイエスのもとに来て
言った、「群集を解散して、まわりの村々や部落へ行って宿を取
り、食物を手に入れるようにさせてください。私達はこんな寂しい
所に来ているのですから」。
しかしイエスは言われた、「貴方がたの手で食物をやりなさい」。
 彼らは言った、「私達にはパン五つと魚2匹しかありません、
この大勢の人々のために食物を買いに行かなければ」。という
のは、男が五千人ばかりも居たからである。しかし、
イエスは弟子達に言われた、
「人々をおおよそ50人ずつの組にして、座らせなさい」。
彼らはその通りにして、みんなをすわらせた。イエスは五つの
パンと2匹の魚とを手に取り、天を仰いでそれを祝福して割き、
弟子達に渡して群衆に配らせた。みんなの者は食べて満腹した。
     そして、その余りくずを集めたら、12篭(かご)あった。】
【 イエスがひとりで祈っておられたとき、弟子達が近くにいたの
で、彼らに尋ねて言われた、「群集は私をだれと言っているか」。
彼らは答えて言った、「バプテスマのヨハネだと、言っています。
しかしほかの人達は、エリヤだと言い、また昔の預言者の一人が
復活したのだと、言っている者もあります。
 彼らに言われた、「それでは貴方がたは私を誰だと言うか」。
ペテロが答えて言った、「神のキリストです」。
イエスは彼らを戒め、この事を誰にも言うなと命じ、そして
言われた、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、
律法学者たちに捨てられ、また殺され
                   そして日目によみがえる」。
 それから、みんなの者に言われた、
「だれでも私についてきたいと思うなら、自分を捨て、日々自分
の十字架を負うて私に従ってきなさい。 自分の命を救おうと思う
ものはそれを失い、私のために自分の命を失うものは、
それを救うであろう。
人が全世界をもうけても、自分自身を失いまたは損したら、
なんの得になろうか。 私と私の言葉とを恥じる者に対しては、
人の子もまた、自分の栄光と、父と聖なる御使との栄光のうちに
現れてくるとき、その者を恥じる
 であろう。
 よく聞いておくがよい、神の国を見るまでは、
    死を味わわない者
が、ここに立っている者の中にいる」。】
・・・ 多くの弟子達を前にして、「復活」をはっきり喋っておられる。
  肉声発言として、実際になされていたものだと、
 信じるのが適当(科学的な判断)でしょう。

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