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2015年3月12日 (木)

マルコ2、イエスが中風、他を治す。⇒律法学者達が迷惑顔を

マルコによる福音書 【第二章】
【 幾日か経って、イエスがまたカペナウムにお帰りになった時、家におられるという噂が立ったので、多くの人々が集まって来て、もはや戸口の辺りまでも、隙間が無いほどになった。
そして、イエスは御言(みことば)を彼らに語っておられた。 すると、人々がひとりの中風の者を四人の人に運ばせて、イエスのところに連れてきた。ところが、群集のために近寄ることが出来ないので、イエスのおられるあたりの屋根をはぎ、穴をあけて、中風の者を寝かせたまま、床に吊りおろした。
 イエスは彼らの信仰を見て、中風の者に、「子よ、貴方の罪は許された」と言われた。 ところがそこに幾人かの律法学者が座っていて、心の中で論じた、「この人は、何故あんなこと
を言うのか。誰が罪を許すことをが出来るのか」。・・・

 イエスは、彼らが内心このように論じているのを、自分の心ですぐ見抜いて、「何故貴方がたは心の中でそんなことを論じているのか。中風の者に、貴方の罪は許された、と言うのと、起きよ、床を取りあげて歩け、と言うのと、どちらがたやすいか。しかし、人の子は地上で罪を許す権威を持っていることが貴方がたにわかるために」と彼らに言い、中風の者に向かって、
「貴方に命じる。起きよ、床を取りあげて家に帰れ」と言われた。 すると彼は起き上がり、すぐに床を取りあげて、みんなの前を出て行ったので、一同は大いに驚き、神をあがめて、「こんな事は、まだ一度も見たことが無い」と言った。】
・・・ そろそろ、律法学者など、神社関係の仕事をしている人々が、迷惑そうにしてきました。難癖を付け始めて来た様子が手に取るように伝わってきます。
【 イエスはまた海辺に出て行かれると、多くの人々がみもとに
集まってきたので、彼らを教えられた。また途中で、アルパヨ
の子レビが収税所に座っているのをご覧になって、「私に従っ
てきなさい」と言われた。 すると彼は立ち上がって、イエス
に従った。 それから彼の家で、食事の席についておられた時
のことである。多くの収税人や罪人達も、イエスや弟子達と共
にしておられるのを見て、弟子達に言った、「なぜ、彼は収税
人や罪人などと食事を共にするのか」。イエスはこれを聞いて
言われた、
丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。私が来
たのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである」。】
・・・ 名言ですね。 でも、義人も招いて欲しいというのは、
ささやかなる義人の欲ではあるのですが。確かに偽善者である
ことには違いないが、全ての人を「罪人」にしての論法には、
いささか抵抗感も出てきます。でも、これは後で議論しましょう。
【 ヨハネの弟子とパリサイ人とは、断食をしていた。そこで
人々が来て、イエスに言った「ヨハネの弟子達とパリサイ人と
が断食をしているのに、あなたの弟子達は、なぜ断食をしない
のですか」。 するとイエスは言われた「婚礼の客は、花婿が
一緒にいるのに、断食ができるであろうか。花婿と一緒にいる
間は、断食はできない。 しかし、花婿が奪い去られる日が来
る。その日には断食をするであろう。
 だれも、真新しい布ぎれを、古い着物に縫いつけはしない。
もしそうすれば、新しいつぎは古い着物を引き破り、そして、
破れがもっと酷くなる。
まただれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。もし
そうすれば、ぶどう酒は皮袋をはり裂き、そして、ぶどう酒も
皮袋もむだになってしまう。〔だから、新しいぶどう酒は新し
い皮袋に入れるべきである
。〕」。】
・・・ 断食とは絶食のこと。健康のためにも、時々絶食する
のもいいものです。あっという間に病が治ることもあります。
それは兎も角、ここでは、「中途半端は反ってダメだ」と
仰っているのでしょうか。新興宗教の人達は皆、新しい組織と
社殿をお建てになりますが、あれと一緒の論理でしょうね。

【 ある安息日に、イエスは麦畑の中をとおって行かれた。その
とき弟子たちが、歩きながら穂を摘み始めた。するとパリサイ人
達が、イエスに言った「いったい、彼らはなぜ、安息日に、しては
ならないことをするのですか」。 そこで彼らに言われた、
「貴方がたは、ダビデとその友の者たちとが食物がなくて飢えた
とき、ダビデが何をしたか、まだ読んだことがないのか。
即ち、大祭司アビアタルの時、神の家にはいって、祭司たちの
ほか食べてはならぬ供えのパンを、自分も食べ、また供の者達
にも与えたではないか」。
 また彼らに言われた「安息日は人のためにあるもので、人が
安息日のためにあるのではない

それだから、人の子は、安息日にもまた主なのである」。】
・・・ 安息日とは、1週間に一度休みなさい、という休日の事。
  現代では、日曜日の事です。
 ユダヤでは、金曜日の夕方から安息日が始まるとか、、
何でもかんでも、難くせを付けてくるように、なって来ました。
でも、イエスは当意即妙に、かわしていっておられます。
マルコ【第三章】 
【 イエスがまた会堂にはいられると、そこに片手のなえた人が
いた。人々はイエスを訴えようと思って、安息日にその人を
癒(いや)されるかどうかをうかがっていた。 すると、イエスは
片手のなえたその人に、「立って、中へ出てきなさい」と言い、
人々に向かって、「安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を
救うのと殺すのと、どちらが良いか
」と言われた。
彼らは黙っていた。イエスは怒りを含んで彼らを見まわし、
その心のかたくななのを嘆いて、その人に「手を伸ばしなさい」
と言われた。 パリサイ人達は出て行って、すぐにヘロデ党の
者達と、なんとかしてイエスを殺そうと相談しはじめた。】
・・・ あっと言う間に、第三章に入ってしまいました。マルコ
  による福音書は、本当に読み易いですね。 ストーリーと
  しては、もう、『イエスを殺そうと相談しはじめた』展開です。
【 それから、イエスは弟子達と共に海辺の退かれたが、
ガリラヤから来たおびただしい群集がついて行った。
 またユダヤから、エルサレムから、イドマヤから、更に
ヨルダンの向こうから、ツロ、シドンの辺りからも、
おびただしい群集が、そのなさっていることを聞いて、みもと
に来た。 イエスは群集が自分に押し迫るのを避けるために、
小舟を用意しておけと、弟子達に命じられた。
それは、多くの人を癒されたので、病苦に悩む者は皆イエスに
触ろうとして、押し寄せてきたからである。 また、けがれた
霊ども
はイエスを見るごとに、みまえにひれ伏し、叫んで、
「あなたこそ神の子です」と言った。 イエスは御自身のこと
を人にあらわさないようにと、彼らを厳しく戒められた。】
・・・ ”けがれた霊ども”は、直感ですぐに(敏感に)、聖なる人
  とか慈愛深い人が分かるのです。 でも、早々とイエスが
 救い主だと知れ渡ってしまうと、宗教改革が非常にやり難く
なってしまうのでしょう。 けがれた霊どもに静かにしておれと、厳しく戒めておられます。

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