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2015年4月 8日 (水)

ル⑬、イエス処刑の場面はお粗末。雑多な噂話の集積に終る。

【 時はもう昼の12時ごろであったが、太陽は光を失い、全地は暗くなって、3時に及んだ。
そして聖所の幕がまん中から裂けた。そのとき、イエスは声高く叫んで言われた、
「父よ、私の霊をみ手にゆだねます」。こう言ってついに息を引きとられた。
百卒長はこの有様を見て、神をあがめ、「本当に、この人は正しい人であった」と言った。
 この光景を見に集まってきた群衆も、これらの出来事を見て、みな胸を打ちながら帰って行った。すべてイエスを知っていた者や、ガリラヤから従ってきた女達も、遠い所に立って、これらのことを見ていた。】
・・・ マルコ書の短縮版ですが、酷(ひど)い改悪短縮です。

【 ここに、ヨセフという議員がいたが、善良で正しい人であった。この人はユダヤの町アリマタヤの出身で、神の国を町望んでいた。彼は議会の決議や行動には賛成していなかった。
この人がピラトのところへ行って、イエスの身体の引取り方を願い出て、それを取りおろして亜麻布に包み、まだだれも葬ったことのない、岩を掘って造った墓に納めた。
 この日は準備の日であって、安息日が始まりかけていた。イエスと一緒にガリラヤから来た女達は、あとについてきて、その墓を見、またイエスの身体が納められる様子を見届けた。そして帰って、香料と香油とを用意した。 それから掟に従って安息日を休んだ。】
・・・ マルコ書の短縮文。ひどい改悪文
【第24章】
【 週の初めの日、夜明け前に、女達は用意しておいた香料を携えて、墓に行った。ところが、石が墓から転がしてあるので、中に入ってみると、主イエスの身体が見当たらなかっ
た。 そのため途方にくれていると、見よ、輝いた衣を着たふたりの者が、彼らに現れた。女達は驚き恐れて、顔を地に伏せていると、このふたりの者が言った、「あなた方は、なぜ生きた方を死人の中に訪ねているのか。その方は、ここにはおられない。よみがえられたのだ。まだガリラヤにおられたとき、あなた方にお話になったことを思い出しなさい。
すなわち、人の子は必ず罪人らの手に渡され、十字架につけられ、そして3日目によみがえられる、と仰せられたではないか」。
 そこで女達はその言葉を思い出し、墓から帰って、これら一切のことを、11弟子や、その他みんなの人に報告した。この女達というのは、マグダラのマリヤ、ヨハンナ、およびヤコブの母マリヤであった。彼女達と一緒にいた他の女達も、このことを使徒達に話した。】
・・・ この箇所について、「マルコ書」では『恐ろしくて誰にも話さなかった』と、なっていて、矛盾してます。
【 ところが、使徒達には、それが愚かな話のように思われてそれを信じなかった。〔ペテロは立って墓へ走って行き、かがんで中を見ると、亜麻布だけがそこにあったので、事の
次第を不思議に思いながら帰って行った。〕
 】
・・・ ペテロが墓に走っていった、ですか。これも信頼度が低いようですね。第一証人がひとり(本人)だけ。 しかも、〔 〕での挿入ですから、後年の追記らしい。
【 この日、ふたりの弟子が、エルサレムから七マイルばかり離れたエマオという村へ行きながら、この一切の出来事について互いに語り合っていた。 語り合い論じ合っていると、
イエスご自身が近づいて来て、彼らと一緒に歩いて行かれた。 しかし、彼らの目がさえぎられて、イエスを認めることが出来なかった。イエスは彼らに言われた、「歩きながら互いに語り合っているその話は、何のことなのか」。
彼らは悲しそうな顔をして立ちどまった。そのひとりのクレオパという者が、答えて言った、「あなたはエルサレムに泊まっていながら、あなただけが、この都でこのごろ起ったことをご存知ないのですか」。
「それは、どんなことか」と言われると、彼らは言った、「ナザレのイエスのことです。あの方は、神と全ての民衆との前で、わざにも言葉にも力ある預言者でしたが、祭司長達や役人達が、死刑に処するために引渡し、十字架につけたのです。
 私達は、イスラエルを救うのはこの人であろうと、望みをかけていました。 しかもその上に、この事が起ってから今日が3日目なのです。 ところが、
私達の仲間である数人の女が、私達を驚かせました。というのは、彼らが朝早く墓に行きますと、イエスの身体が見あたらないので、帰ってきましたが、そのとき御使が現れて『イエスは生きておられる』と告げたと申すのです。 それで、私達の仲間が 数人、墓に行って見ますと、果たして女達が言った通りで、イエスは見当たりませんでした」。】
【 そこでイエスが言われた、「ああ、愚かな心のにぶいため、預言者達が説いた全ての
事を信じられない者達よ。キリストは必ず、これらの苦難を受けて、その栄光に入るはずではなかったのか」。
 こう言って、モーセやすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、ご自身についてしるしてある事どもを説きあかされた。それから、彼らは行こうとしていた村に近づいたが、イエスがなお先へ進み行かれる様子であった。 そこで、しいて引き止めて言った、
「私達と一緒にお泊り下さい。もう夕暮れになっており、日もはや傾いています」。イエスは彼らと共に泊まる為に、家にはいられた。
 一緒に食卓につかれたとき、パンを取り、祝福して割き、彼らに渡しておられるうちに、彼らの目が開けて、それがイエスであることが解かった。 すると、み姿が見えなくなった
 彼らは互いに言った、「道々お話になったとき、また聖書を説き明かしてくださったとき、お互いの心が内に燃えたではないか」。
 そして、すぐに立ってエルサレムに帰って見ると、11弟子とその仲間が集まっていて、「主は、ほんとうによみがえって、シモンに現れなさった。」と言っていた。
 そこでふたりの者は、途中であったことや、パンをお割きになる様子でイエスだと解かったことなどを話した。 こう語っていると、イエスが彼らの中にお立ちになった。〔そして「やすかれ」と言われた。〕彼らは恐れ驚いて、霊を見ているのだと思った。】
・・・ イエスがふたりの前に現れたらしいが、どうも、安っぽい話しですね。尾ひれ胸ひれが付き過ぎてるのではないかとも思われる。 証人は二人だけ。口裏を合わせている可能性も充分考えられます。
【そこでイエスが言われた、「なぜ、おじ惑っているのか。どうして心に疑いを起すのか。私の手や足を見なさい。まさしく私なのだ。 さわって見なさい。 霊には肉や骨は無いが、あなた方が見るとおり、私にはあるのだ」。〔こう言って、手と足とをお見せになった〕 彼らは喜びのあまり、まだ信じられないで不思議に思っていると、イエスが「ここに何か食物があるか」と言われた。彼らが焼いた魚の一切れを差し上げると、イエスはそれを取って、みんなの前で食べられた。】
・・・ 甦ったイエスか、イエスを語る宇宙人かどうか判別出来ませんが、かなりの人数を前にして、焼いた魚を食べる天使らしき人物が出現しています。
【 それから彼らに対して言われた、「私が以前あなた方と一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。 即ち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、私について書いてあることは、必ずことごとく成就する」。
そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて言われた、「こう、しるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。そして、その名によって罪の許しを得させる悔改めが、エルサレムから始まって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。あなた方は、これらの事の証人である。見よ、私の父が約束されたものを、あなた方に贈る。 だから、上から力を授けられるまでは、あなた方は都に留まっていなさい」。】
【 それから、イエスは彼らをベタニヤの近くまで連れて行き、手をあげて彼らを祝福された。祝福されておられるうちに、彼らの離れて、〔天にあげられた。〕 彼らは〔イエスを拝し、〕非常な喜びをもってエルサレムに帰り、絶えず宮にいて、神をほめたたえていた。】
・・・ かなりの人数の人々が見ていたにしては、内容に真実味が無くて、額面通りには、とても受け入れられません。 従って最後の〔天にあげられた。〕の文章を、科学的に分析することは、この「ルカ書」では無理です。〔「マルコ書」との矛盾点も幾つか有りました。〕
このイエス復活の場面については、「マタイ書」「ヨハネ書」と見比べながら、後日改めて、慎重に分析してみたいと考えています。

  「ルカによる福音書」はこれで、お仕舞いです。公文書(調査報告書)としては、まことにお粗末なもの、と、〔筆読〕で読み直してみて、感じました。
正直、最初に書かれた「マルコ書」の方が、遥かに科学的に記述されいる(優れている)と、感じた次第です。 ついつい、聖書物語にのめり込んでしまいました。
 我々は、UFO(未確認飛行物体)や宇宙人らしき天使を科学的な目でもって、捜していたのでしたね。 UFO宇宙人は、後続する、「使徒行伝」でもチラホラ現れて来ている様子です。
 次回は、その「使徒行伝」の中に記されている天使(or 宇宙人)とその奇蹟とを、追っかけてみましょう。( その方が早道となるでしょう。)
 後味が悪いので 「マルコ書」の章末のコメントを転載しておきます。
【「全世界に出て行って、すべての造られたものに、福音を 宣べ伝えよ。
(1) 信じてバプテスマを受ける者は救われる。 しかし、
(2) 不信仰の者は罪に定められる。
(3) 信じる者には、このようなしるしが伴う。 すなわち、
(3-1)彼らは私の名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、
    へびをつかむであろう。
(3-2)また、を飲んでも、決して害を受けない
(3-3)病人に手をおけば、癒される」。】
【 主イエスは彼らに語り終わってから、天にあげられ、神の右にすわられた。
弟子達は出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。 主も彼らと共に働き、御言に伴うしるしをもって、その確かなことをお示しになった。〕 】
〔 〕書きの 数十行は、マルコが書いたものではないような気がします。もし、マルコ自身が追記したのなら、事件から数十年が経ったのちに、追記を加えたのでしょう。
何故なら、 1)、発生日時に矛盾がある。
 2)、記述内容が信憑性に欠けている。
3)、更には、(・・・福音を宣べ伝えよ)。に付属された恩典が、余りに唐突で、真実味に欠ける。・・・ マルコの文体とまるっきり違う。・・・
従って、『語り終わってから、天にあげられ、・・』の〔天にあげられ〕が、信頼性と具体性に欠けている。 後日、つじつま合わせに(別人が)追記したものと判定するのが、妥当であり、適切でしょう。
 次回は、その「使徒行伝」の中に記されている天使(or 宇宙人)とその奇蹟(超能力パワー)を、探してみましょう。
   お疲れ様でした。
  2015年 3月21日 大山 宏 記

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