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2015年4月26日 (日)

「使徒行伝」終章。・・神の救いの言葉は異邦人に送られた。

【 私達がローマに着いた後、パウロは、ひとりの番兵を付けられ、ひとりで住むことを許された。 三日経ってから、パウロは重立ったユダヤ人達を招いた。みんなの者が集まったとき、彼らに言った、「兄弟達よ、私は我が国民に対しても、あるいは先祖伝来の慣例に対しても、何一つ背く行為がなかったのに、エルサレムで囚人としてローマ人達の手に引き渡された。彼らは私を取り調べた結果、なんら死に当る罪状もないので、私を釈放しようと思ったのであるが、ユダヤ人達がこれに反対したため、私はやむを得ず、カイザルに上訴するに至ったのである。 しかし私は、我が同胞を訴えようなどとしているのではない。・・・

 こういう訳で、あなた方に会って語り合いたいと願っていた。事実、私はイスラエルの抱いている希望の故に、この鎖に繋がれているのである」。そこで彼らは、パウロに言った、
「私達はユダヤ人達から、あなたについて、何んの文章も受け取っていないし、また、兄弟達の中からここに来て、あなたについて不利な報告をしたり、悪口を言ったりした者もなかった。
 私達は、あなたの考えていることを、直接あなたから聞くのが正しいことだと思っている。実は、この宗派については、至るところで反対のあることが、私達の耳にも入っている」。】
【 そこで、日を定めて、大勢の人が、パウロの宿に詰め掛けて来たので、朝から晩まで、パウロは語り続け、神の国のことをあかしし、またモーセの律法や預言者の書を引いて、イスラエルについて、彼らの説得に努めた。
 ある者はパウロの言うことを受け入れ、ある者は信じようともしなかった。互いに意見が合わなくて、みんなの者が帰ろうとしていた時、パウロはひとこと述べて言った、
「聖霊はよくも預言者イザヤによって、あなたがたの先祖に語ったものである。『 この民に行って言え、貴方がたは聞くには聞くが、決して悟らない。見るには見るが、決して認めない。 この民の心は鈍くなり、その耳は聞こえ難く、その目は閉じている。それは彼らが目で見ず、耳で聞かず、心で悟らず、悔い改めて癒されることがないためである。』
そこで、貴方がたは知っておくがよい。神のこの救いの言葉は、異邦人に送られたのだ。彼らは、これに聞き従うであろう」。】
〔パウロがこれらのことを述べ終ると、ユダヤ人らは、互いに論じ合いながら帰って行った。〕
パウロは、自分の借りた家に満2年の間、住んで、訪ねて来る人々をみな迎え入れ、はばからず、また妨げられる事もなく、神の国を宣べ伝え、主イエス・キリストのことを教え続けた。】
     ・・・ 使徒行伝 ・・・ 完
 長いあいだ、筆読にお付き合い下さって、有難うございました。 使徒行伝の書き始めは、「ルカによる福音書」と同じ役人風の人が著者らしく思われたのですが、途中から、後世の人の手が加わっている(編集されている)ことが判って来ました。後半部は、「パウロ物語」であって、パウロが書き送った多数の手紙の状況説明を補完しつつ、パウロの哲学思想が展開されていたのでした。
「使徒行伝」と熟読してみて、判ったことを列挙すると、
1)、ペテロとパウロとが(イエスの超能力を)、抜きん出て引き継いだ。〔他の弟子、孫弟子達とは比べ物にならない。〕 特に、パウロは(超能力面で)ペテロをも凌いでいた。
2)、ペテロとパウロは1回ずつ、御使(天使か宇宙人か)に寄って、牢獄から救出されているが、その現場を多数の衆人監視の下でパウロは鎖を解かれたのに対し、ペテロは極秘裏に鎖を解かれて獄から救出されている違いがある。
 〔 パウロ事件の方が、客観性が高く、ペテロ事件は多分に脚色された可能性が否定できない。〕
3)、パウロは「イエスが3日目に甦った」ことは、そうだと聞かされて信じているだけである。そのパウロが蛇に噛まれた記事が、「3日目に甦ったイエス」の福音指令の恩典の中に取り込まれている(組み込まれている)不思議と矛盾。
4)、ペテロとパウロ以外の使徒の活動記事が、極度に少ない。
5)、当時は(イエス死後も)病気治療や悪霊退治は日常茶飯事的に、行われていた。
先に、4福音書の内の、初期に書かれた「マルコ書」「ルカ書」の2つを中心に通読したが、「3日目に甦った」箇所には矛盾点や不明瞭な点が多すぎて、本当にイエスは復活したのか、或いは、肉体を持たない霊(皆の精神的な支えとして心の中の存在)として復活しただけ、なのか、明らかではなかった。 今回、使徒行伝を読み終えてみても、イエスの復活は不明確のままです。否、むしろ、心の中の存在としての復活の方が、確からしく思われて来ました。
「ルカによる福音書」に、【 神の国はいつ来るのかとパリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、
神の国は、見られるかたちで来るものではないまた、『 見よ、ここにある。』、『あそこにある。』などとも言えない。神の国は、実に、貴方がたのただ中に あるのだ」。】
と、有りますが、これが正解であって、肉体を持ってのイエスの復活(3日目の甦り)の話は、多分に後日の創作である可能性が高くなって来たと言わざるを得ない状態です。
死人が生き返る話は現代でも偶にありますし、新約聖書の中にも、ヤイロ事件など、3件ぐらいがありました。でも、「実際にイエスが3日目に肉体を持って甦った」という証明にはならないのです。
 信仰の自由は保障されていますが、創作劇を信じたままでは、世界平和(神の国)は、何千年待っても、訪れないように思う今日この頃です。
 お付き合い、有難うございました。
 御使(天使か宇宙人か)は、現実に居て、過去のみならず、今日(現代)でも我々の精神改善に腐心しておられる様子です。UFO(未確認飛行物体)は、旧約聖書時代と同様に、
2000年前も、現代も、あちらこちらを飛び回っているのでした。
  2015年 4月26日  大山宏

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