« 宇宙空間での衝突実験 ・・・  地図上に衝突痕跡が!証拠が! | トップページ | 「アイヌ学」大間違い。キリスト教聖書にも他民族の歴史観が多数含まれている »

2015年7月30日 (木)

「アイヌ学」での間違い。征服者は被征服民の歴史を取り込むのが常識!

 アイヌ学入門(瀬川拓郎)を読みました。 沢山の資料を基に丁寧に書かれてはいるのですが、一つ、歴史観を間違えておられますので、一言述べさせて頂きます。

『アイヌは形質人類学的には縄文時代の日本列島人と近く、本州以南が弥生時代に入った後も、縄文文化を保持した人々の末裔であると考えられている。』
これはウィキペディアの序文(初っ端)に書かれている文章であり、これには、瀬川氏も異存はないでしょう。
 問題は、弥生時代に入った時に、瀬川拓郎氏が
”アイヌに古事記や日本書紀などの歴史認識が押し付けられた”という誤認識(誤解)の下で、「アイヌ学入門」を書かれていることです。
世界史を見れば、
被征服された民族(民族史)まで奪われることは無いというのは明らかです。
例を2、3、列挙しましょう。
〔1〕、アンデス山中のインカ帝国は、スペイン人(ピサロ)に征服され、キリスト教を押し付けられましたが、その民族史(伝承文学)は今も語り継がれていますし、その証拠も多数残っています。
 彼らのキリスト教には(巧妙に)自分達の歴史を潜り込ませている(組み込んでいる)。
〔2〕、アメリカに強制的に奴隷として移住させられた、黒人(アフリカ)の民の多くは、現在キリスト教化していますが、黒人(アフリカに住んでいた人々)が、生まれ故郷の歴史観を捨て去ったという話は、ありません。
〔3〕、ローマ帝国内にキリスト教を浸透させるに当って、ヨーロッパに元々いた民の文学(土着の歴史観)を、(許される限り)キリスト教の中に取り込んだ事実は、万人が認めるところです。
 誰が、”サンタクロースやトナカイが中近東にいると信じている”というのですか。
”イエスキリストが生まれたのは3月頃”が定説であり、12月25日は、”冬至を祝う”という土着民族の祭りを取り込むという方便をやったことは、牧師さん、神父さんも認めています。
 枚挙に暇(いとま)はないですから、古事記、日本書紀の話に移りましょう。
古事記は、稗田阿礼(ひえだのあれ)という人(征服民:弥生人)が、口承伝説(伝承文学)を聞き取って、その”古事記”を書いた、と、小学校でもハッキリと教えています。
口承伝説(伝承)とは、アイヌ(縄文時代人)の伝承文学であることは疑いようもありません。
にもかかわらず、
 瀬川拓郎氏をはじめ、アイヌ学のすべての研究者は、この大間違いを犯しておられます。
千島列島から沖縄まで、縄文人は1万年から数万年の間、広く生き続けて来たのです。
そこに、大陸から弥生人という〔恐らく朝鮮人〕が馬に乗って、侵略してきたのです。
 数としては、少数です。
その少数民族が、多数の土着民(縄文人)を治めるには、彼ら土着の民の歴史観を取り込むのが一番、民心を安定化出来る!、と考えたのが正しい歴史観です。
 これは、世界史の常識ですよ。

 ”アイヌ”という言葉の意味は、”人間”という意味であることも、ウィキペディアにハッキリと書かれています。
『アイヌとは、アイヌ自らの固有の言語であるアイヌ語で「人間」を意味する。』
(貴方がたも、よくご存知のことですね)。
「あいうえお、かきくけこ、、」の民(タミ)が、アイヌ(あいヌ、愛奴)なのですよ。
縄文人の歴史の多くは、古事記や日本書紀の中、あるいは、日本の伝承文学や古来からの唄(わらべ歌)の中に、色濃く残っているのです。
 征服民は、ちょっとやそっとで自分たちの歴史観を捨てたりはしないのですよ。
これ位の認識を持って、アイヌ学を研究なさるべきではありませんか。
きっと、目の覚めるような”日本人観” が得られるはずです。
 ご健闘を祈っています。

  2015年、7月30日  大山 宏

|

« 宇宙空間での衝突実験 ・・・  地図上に衝突痕跡が!証拠が! | トップページ | 「アイヌ学」大間違い。キリスト教聖書にも他民族の歴史観が多数含まれている »

X・・アイヌ学とキリスト教」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 宇宙空間での衝突実験 ・・・  地図上に衝突痕跡が!証拠が! | トップページ | 「アイヌ学」大間違い。キリスト教聖書にも他民族の歴史観が多数含まれている »