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2015年7月16日 (木)

キトラ古墳の天文図から「超古代文明発祥時」を計算する。

【事実1】 2015715日、NHKニュースで、キトラ古墳の天文図が、世界最古の天文図であることが報道された。
 7世紀末から8世紀初めの飛鳥時代に造られた「キトラ古墳」は、石室に極彩色の壁画が残されていた他、天井には金箔(ぱく)で星などを表現した天文図が描かれ、本格的な天文図としては世界最古とも言われています。天文学の2人の専門家が文化庁などとともに、いつ、どこで観測された星空を描いたものか詳しく分析。・・・
 我々も、この議論に加えて頂きましょう。・・・

1〕、国立天文台の相馬充助教は、5つの星の位置と年代によって、僅かに変わる地球の自転軸の傾きを照らし合わせ、AD.400年頃に観測された星空と推測。観測された場所について、相馬助教は、「北緯34度付近」と推測。
2]、国立天文台に勤務していた中村士氏は、25の星の位置を基に分析し、BC.80年頃に観測されたのではないかと推測。 2人が指摘した時期には違いがあるが、いずれもキトラ古墳が造られた数百年前に観測された星空の可能性が有り。
3]、文化庁の建石徹古墳壁画対策調査官は、「キトラ古墳の天文図が精密に描かれていたため、天文学者による分析も可能になった。この結果を踏まえ、更に研究が進むよう期待している」と話された。
【事実2】 奈良明日香村・キトラ古墳の天文図での春分点・秋分点の位置は、
45度ずれて表現されている。4000年以上前の星宿図ではないかと、宮崎一彦・同志社大理工学研究所助教授は数年前に推定されている。

拝啓
 
国立天文台の相馬充助教殿・中村名誉教授殿へ
 相馬氏のNHKへの取材では、5つの星の位置から割り出した方法での、最も信頼度が高い推定値は「AD.385年」と説明されておられました。あのシミュレーション解析映像を拝見するに、統計手法が用いられた事は推測に難しくありません。
 そこで提案です。
[
]5個(25個)の星の位置を過去数万年間に逆計算して、一致度が良くなる年代を、時系列的に割り出してみられてはどうでしょうか。 400年前、800年前、1200年前、1600年前、2000年前、・・・、の前後で、『サイクリックに一致度が良くなるというシミュレーション結果が得られる』と、予測されます。
 更には、約2,000年前、約4,000年前、約8,000年前、約16,000年前、約32,000年前、約64,000年前、・・・、というインタバルで、過去の一致度が、過去になるに従ってうなぎ上りに良くなるという結果になりそうな気配が致します。
 実際には、ある時点から、指数関数的に”うなぎ下がり”していくことになるでしょう。
『その一致度がピークに達する過去の歴史時点に於いて、キトラ古墳の作成に用いられた天文図が書かれた』、という結論が統計的に導き出されることでしょう。
[
]、同様のシミュレーションを、もっと星の数を増やしてトライしてみては如何でしょうか。
キトラ古墳の天文図には、68星座(約350個の星々)が表現されているとのことですが、その全ての位置情報は貴方がたのコンピュータ内部に記録されているのですから、あとは、”京”というスーパーコンピュータで、力任せにシミュレーションした者が、その結果を手にすることになりますね。
 早い者勝ちの世界です。このブログは全世界中から毎日、数十件アクセスされていますので、海外でも、このアイディアを試す研究機関が、きっと現われるでしょう。 彼らは、早いですよ。 やってみてから考えるのが良いのではないでしょうか。 健闘を祈っています。
 啓拝  2015年 716日 大山宏
携帯電話:080-6559-6060(日本国)
Eメール:s6m62tj1@ene.megaegg.ne.jp

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