« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »

2015年8月

2015年8月31日 (月)

ぶらっとパリ8日間の旅(HIS)で新婚旅行

 昨夜(8/30)、無事帰国しました。
どこから帰って来たか。
 フランスからですよ。67歳の私が、ヶ月前に新妻をゲットして、"ぶらっと"新婚旅行から帰って来たのでした。
 恐がる妻を連れてエッフェル塔の最上階(約300メートル)に登り、凱旋門を上空から眺め、ルーブル美術館を4時間歩き廻り、シャンゼリーゼ通り(2.3Km)をかっ歩してムールの店(青いテントが目印)を見つけて、二人で堪能しました。
天気は抜群に良くて、セーヌ川クルーズ(観光船)の一時間も素晴らしかったです。
モンサンミッシェルにはね、夕方に到着して、ライトアップされつつあった幻想的な夜のモンサンミッシェルと、次の日の朝の観光コース通りのモンサンミッシェルとの2回を楽しみました。
HISの同行添乗員:藤木さんの献身的で独創的な案内に感激です!
 我々は、モンサンミッシェルで「結婚証明・承諾書(有料で約1万円)」まで頂き、教会内に永久登録され、良い思い出となりました。
 

続きを読む "ぶらっとパリ8日間の旅(HIS)で新婚旅行"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月25日 (火)

小さな会社(爪切りと縁切り)-3・・・中国新聞社の社長様へ

 市役所の係りの人はボロボロと涙を流す専務に同情して、「事情は分かりました。この届出書は受理致しますが、ここに結婚届出用紙も置いてあります。 
もしよろしければ、お渡ししておきますが・・・」と、恐る恐る言ってみたのでした。
専務はうなずいています。
用紙をもらっておくことには社長も異存はなかった様子でした。

 事務手続きを終え、二人は市役所の玄関扉を押し開けて外に出ました。
さわやかな光りが辺り一面にあふれていました。暖かい日でした。
 しばらく黙って二人は並んで市役所前の緑の公園を歩いていた時、専務は突然、社長の腕を取り、その腕に自分の腕をからませました。
新婚当時以来の妻からの寄り添いでした。
専務さんはまだ泣いています。
 気が付くと、どちらからともなく、
「恨みっこ無あしで、別れましょうか・・それでもたまに寂しくなあったら、二人でお酒を飲みましょうね。飲みましょうね~」という歌を口ずさんでいたのでした。

 それから何ヶ月か経ったある夜、冷たい晩御飯を一人で食べ終え、風呂から上がって来た時、その社長さんは自分の足の爪が伸びているのに気が付きました。
そこでいつも持ち歩いているカバンから爪切りを取り出して来ました。長く伸びた足の指の爪を切りながら、社長さんは『この爪切りが結局のところ縁切りになってしまったんだな』と苦笑したのでした。
『それにしても、何故あの時「預金通帳爪切りを預かり申し候」というメールをこの俺に送りつけてきたのだろう?』と、ふと思いました。
『預金通帳と印鑑とを預かり申しそうろう。』
なら、まだ分かるが、何んで預金通帳と爪切りを専務は私のカバンから取り出したのだろ
うか?と考えながら足の爪を切り終え、手の指の爪を切ろうとして、ふと気が付きました。
『そうか、専務は気が付いて欲しかったんだ。
カードを持っているから預金通帳が無くなってたって気が付かないが、足や手の爪は伸びて来る。その時、何時もカバンの底の方に入れてある愛用の爪切りが見当らなければ、幾らなんでも気が付くし、一緒に預金通帳を専務が預かっていることも、同時に思い出すはずだ。と考えたのだ。
印鑑は探すことはまず無いから気が付かない。
爪切りなら気が付く。爪切り縁切り信号ではなくて、
「お金に困っている家族の懐具合にも気を回してよ。私はあなた名義のお金を黙って引き出すつもりはないですよ」というサイン信号だったのだな』と社長は思い至りました。

 壁掛時計の針は既に10時を回っていました。
かまわず社長は電話の受話器を取り上げピッピッピッとなじみの番号を入力していきます、やり手の課長ではなくて、電話口に専務がダイレクトに出て来てくれる事を祈りつつ・・。

続きを読む "小さな会社(爪切りと縁切り)-3・・・中国新聞社の社長様へ"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月24日 (月)

小さな会社(やり手課長)-2、・・・中国短編文学賞応募作-2

 長々と「豆腐に頭」「糠に釘」の激論の後、
やり手課長は憤懣やるかたない顔でドアを足でケリ開けて、出て行きました。

 理詰めで逆に遣り込められてしまったそのやり手課長は、隣りの部屋で、聞き耳を立てて聞いていた専務のお母さんに、怒りをぶっつけています。
「ちょっとお母さん聞いた?」
「あんな大声での口論、たとえ寝てたとしても聞こえて来ますよ」
「社長はちっとも我々の言うこと聴こうとしない。ちっとも分かろうとはしない。お母さんもお母さんよ、どうして一言、『年越しのお金を頂戴い』って素直に言わなかったのよ。」
 専務は情けないような、申し訳ないような顔をしつつも、弁解します。
「この間も言った様に、少し懲らしめてやろうと思ったのよ、毎度のことだからね。」
やり手課長、「それにしても、なんでわざわざ遠くの郵便局まで、出かけて行って、しかも2回に分けて、別々のコンピュータ端末からお金を引き出したのよ。」
専務、「・・近くの郵便局では顔見知りがしょっちゅう出入りするでしょ。それが嫌だったのよ。それに貯金通帳で引き出すためには、顔見知りの局員に紙で書いて出さないといけないでしょ。それがもっと嫌だったの。
 それで遠くの郵便局まで車で行って、試したのよ。暗証番号は、20年位前に聞いてたけど忘れてしまっていてずいぶん苦労したわ。
 色々試してみて、やっと成功したのよ。」
ふんふん。それで?」
「現金が手に入って嬉しくなってその郵便局を出た時、ふと思ったの、
『このやり方で、どの位まで引き出せるのかな?』ってね。
『カードの暗証番号さえ判れば、窓口でなくても、通帳だけでコンピュータ端末から現金引出しが出来ますよ』と窓口で教えてもらっていたので、それで念のため、数百メートル離れた別の郵便局に移動して、やってみたの。
 そしたら、ものの見事に成功したという事。」

 さっき社長に対して散々だったこともあって、やり手課長は鋭く突っ込みます。
「じゃあ、年明けの20万円の引き出しは、どうしてやったの。そのお金はたちまち必要ではないじゃなかったのでしょう?」
専務「腹が立ったのよ、自分の通帳から50万円も無くなっているのに何時までも気が付かないで、年明け早々にまた出張に出掛ける社長を懲らしめて、ギャフンと言わせたかったのよ。 これは何回も話したでしょ。
 みんなも口をそろえて良くやった!と褒めてくれたじゃない。」
やり手課長、「それで今度は堂々と、近所の端末から引き出したという訳か。
 分った。
そうだ! お母さん。お母さんは今、出向先に住み込みで働いているんでしょう、ここにって来るのは、ウイークエンドだけだよね。
向こうの社長さんが「ご苦労さん賃」をたんまりくれているし、今回の抗議で父さんもこりて生活資金は忘れずに出すはずよ。お母さんは一挙両得!もう少しいじめてやろうよ。」
専務、「でもねえ。優しさだけが取得の社長を、これ以上いじめるのもねえ・・・。」
課長、「この際、徹底的に、痛めつけちゃえ。
   どうせ父さんは母さんには頭が上がらないん
  だから『愛想が尽きた。離婚したい』と、言いなさい。
専務母さんはちょっと考え込んでいます。
課長、「お父さんは日頃から”離婚という字は俺の辞書には無い”って言ってるでしょ。だから離婚に応じる訳ないんだから、『離婚届けにハンコを押せ押せ』と言い続けてみなさいよ。やり得よ、母さん。」
専務、「それもそうね。やってみるか。」
課長、「賛成!応援する!徹底的にやろう!!
万が一、離婚することになったって、母さんは向こうの会社から給料をもらっているのだからちっとも困らないし、私も妹も既に独立していて、この会社には手伝いに来ているだけよ。ちっとも困らない。」
専務、「そうね、問題ないわね。これまで散々社長に尽して来たけど、そろそろ自分の人生を楽しくやるのもいいかもね。」
課長、「・・。お母さん。万が一のために言っておいてあげるけど、このことは何があっても父さんに言ってはだめよ。いい?分った?
たとえ抜き差しならなくなって離婚になったとしても、父さんがよぼよぼの爺さん”になっ
足腰が立たなくなり、お漏らしするようになったら
「しょうがないわね」と言って、看取ってあげるのよ。繰り返すけど、この事は絶対に、社長に言っては駄目よ。秘密中の秘密よ。」
専務、「わかったわ。じゃあ戦闘開始ね」
  と、話がまとまったのでした。

続きを読む "小さな会社(やり手課長)-2、・・・中国短編文学賞応募作-2"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月23日 (日)

小さな会社(社長と専務)-1、・・・中国短編文学賞応募作2

 ある所に家族だけで経営されている小さな会社がありました。
会社と言っても本当に小さくて、お父さんが社長で、お母さんが専務さん、その子供達が課長と係長、それにお手伝いさんがいるだけという、たった5人だけの会社でした。はっきり言えば家庭会社です。
 社長は優しさだけが取り得の性格で、人にだまされることもしばしばでしたが、なんとかこれまで、その会社はつぶれることもなく、運営されて来ました。

 ある日急用があって社長は出張し、何日か会社を留守にする事になりました。その時、何を思ったか、その社長は幾つかあった貯金通帳実印を含めてすべての印鑑を旅行鞄(かばん)に詰め込んで、出張へと出掛けたのでした。
 出張は長引いて、社長は中々帰って来ません。お母さん専務は気が気ではありません。
 そこで専務は、
郵便貯金通帳爪切りとを預かり申し候』という短いメールを社長宛てに送りました。
 社長はそのメールを受け取った時、一瞬妙な不安を感じはしましたが、取り引きに忙しくて、そのメールに対しては結局、返信しませんでした。
 その内に出張先での仕事も済み、社長は帰って来ました。
しかし、郵便貯金通帳のことをすっかり忘れていて、別口の出張へとまた出掛けて行ったのです。

 一ヶ月が過ぎ、雪もそろそろ降りおさめのころ、税金を納めなければならない確定申告の時期がやって来ました。
そこで初めて『郵便貯金通帳と爪切りを預かり申しそうろう』というメールのことを思い出し、近くにいたお母さん専務に向かって、「専務さん!書類作成上、郵便貯金通帳の打ち出しが必要だ。確か、爪切りと一緒に預かってくれているのだったね。返してくれるかな。」と、社長は言いました。
専務は「はい、どうぞ」と、それらを差し出します。
社長は受け取りはしたが忙しい最中だったので受け取った通帳を見もしないで自分のポケットに押し込んだのでした。
 後で通帳を開いて見てビックリ!です。
総額70万円というお金が数回に分けて、通帳から引き出されていたのでした。
 不思議でした。
『郵便貯金通帳は入れ忘れたようだが、印鑑は確かにすべてカバンの中に入れ、すべて持
ち出していたのに、何故引き出せたのかな?
キャッシュカードも常に持ち歩いているし、暗証番号は私しか知らないのにな。??』

 明くる日、社長は少し遠くにある郵便局にわざわざ足を運び、事情を話して調べてもらったのでした。
 会社から数10Kmも離れた郵便局から引き出されていました。
ご丁寧にも30万円と20万円とに分けて、数百メートル離れた別々のコンピュータ端末から引き落されていました。
また、一週間後の正月明けには
別口のお金が、会社近くの郵便局から引き落とされていました。
 社長は知らなかったのです。
カードの暗証番号さえ推定できれば、預金通帳だけで、数百万円でも数千万円でも、引き出すことが、出来たのです。

続きを読む "小さな会社(社長と専務)-1、・・・中国短編文学賞応募作2"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月17日 (月)

妖精 fairy tail-1“楽器たちのお昼ね会にて” Talking in the Nap of musical instruments.

 暖かな日差しの降り注ぐ気持ちのいい部屋でした。楽器たちがお昼寝に飽きて何やらお話をしています。
「ねえちょっとあんた~。もう寝飽きたわね。私たち、いつまでここでお昼ねしてたらいいのかしら、気楽でいいけど」とギター姉さんが隣りの三味線婆さんに話しかけました。
「さあねえ。いつまで寝てたらいいのかねえ、わたしゃ暇で暇で寝飽きたどころじゃないよ。ねえバイオリン爺さん
「全くだ。どうなっているんだろう、ここの家族は。たまには自慢の声を出させてさせて欲しいんだけど、もう無理かもね」.
それを聞いて隣のバイオリン婆さんが声をかけます、「しっかりおしよ、バイオリン爺さん。あんた、幾つになったんだっけ」
「もう歳は忘れてしまったよ。この家にやって来たのは終戦直後だったけどな」

続きを読む "妖精 fairy tail-1“楽器たちのお昼ね会にて” Talking in the Nap of musical instruments."

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月15日 (土)

「原爆投下は人体実験であった」と認める意味。Meaning as "The atomic bombing was a human experiment" received.

 2019/ 9/20 top page for ABE and Trump again.
Dear Sir, Prime Minister Abe and Trump President, I was listening to the peace declaration of the mayor of Hiroshima on August 6, 2015, and did you reflect a little? Or was it just trapped in the shell of your claim son again? Hiro Oyama did not know until this age that the atomic bomb was a human experiment.
 拝啓、安倍総理大臣殿、 2015年8月15日
 先日8月6日の広島市長の平和宣言を聞いていて、少しは反省なさいましたでしょうか。それとも、
自分の主張の殻の中に、またまた閉じ込まれただけのことだったのでしょうか?
私大山宏は、「原爆が人体実験であったとは、この歳になるまで知りませんでした。インターネット検索をしてみたら、この人体実験見解は世界中で既に証明されて来ていました。
 ”科学は、事実を率直に認めること”からスタートします。 目の前の事実を認めないで、過去の主義主張や見解を繰り返すところには、進歩はありません。
〔 少なくとも叡智ある人のすることではありません。〕
When I searched the Internet, this view of human experiments had already been proven all over the world. Science begins with a frank acknowledgement of the facts. There is no progress in repeating past principles and views without acknowledging the facts in front of us. [At least it's not what a person who is emaciated to do.] 〕
 戦争が始まるときには、その双方に”正義の論理”が存在します。

太平洋戦争も例外ではなかった。その戦争の末期に、原爆が広島と長崎とに、不必要に投下実験されたのは、明確なのです。
 それこそ、アメリカ政府は最も恥ずべきことを実行したのです。イラクやイラン、中国や北朝鮮を非難する資格はアメリカにはありません。
 ただし、唯一アメリカが「他をリードする力を取り戻せる方法」があります。
それは、「1945年8月の原爆投下は人体実験でした。」と世界に向けて謝罪すること、これが「他国をリードする力を取り戻せる方法」です。

続きを読む "「原爆投下は人体実験であった」と認める意味。Meaning as "The atomic bombing was a human experiment" received."

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月13日 (木)

"The Nobel Prize is you can (part II)"「ノーベル賞はあなたも狙える(後編)」。常識中の常識=極秘中の極秘 ; common sense = sense in secret in secret.

2019/ 5/05 修正⇒bilingual by Hiro. Oyama
・・・ 続き Continue ・・・
バ婆「そうだった。たまには良いこと言うじゃないか。よしよし、宏のノーベル賞獲得計画を、こっそり教えてやるよ。宏の専門は物理学なんだけど、この物理学賞を獲得するのが一番難しいんだ。まあ、百年前ならまだ”楽”だったのだけど、今は本人の努力とはまるっきりかけ離れていて、狙って取れる状態ではないんだ。
 論文書いて提出しても、小保方晴子さんみたいに寄ってたかって重箱の底をつつくようにしてあら探しされ、潰(つぶ)されるだけなんだよ。そしてその後で、ずる賢い科学者がすました顔で、『私はこれこれこういう風にして、STAP細胞が存在することを証明出来ました!』なんて論文を出して来て、世の評価を受ける話が展開することになるんだよ。
 全部が全部ではないが、そういう事実が歴史を詳細に調べると多いこと、多いこと。」
BA-BA-' it was. Until what you say is a good thing. OK, Hiroshi Nobel Prize winning plan to quietly tell. He's to win this prize in physics, I'm. Expertise is physics, the most difficult. Well, if you're 100 years ago still "楽fun & easy" was in, but he don't take, aimed at the slightest personal effort and now is keeping. To write the article and submit as Obokata Haruko like ganged poking the bottom of nitpicking and quibble, just be crushed. And the clever scientist who shall then, straight face, "I this could prove STAP cells exist, and like it!" It's going to talk about what came out of the paper, subjected to the evaluation of the world to deploy. Everything is not all the facts to delve into history and many, many things. "
ギ兄「またまた問題発言だ。危ない危ない」。
バ婆「心配は無用にしてくれ。私はバイオリンの精だけど、魔女でもあるんだから、おめおめと捕まって火あぶりの刑なんて今更受けないよ。
 第一、時空を超越した存在の者を、誰がとっ捕まえることが出来るというんだね。イエス・キリストを今更捕らえて茨(いばら)の冠(かんむり)を被せられるか? マホメットをとっ捕まえて、みんなの前で跪(ひざまづ)かせることが可能か?
 空海や親鸞聖人が目の前に現れて来るかも知れないが、彼らを縄で縛って、自分勝手な主張を押し付けた人がいたか?これこそ『 釈迦に説法 』だけどね。」
Gi兄-brother-‘ see also issues said. Dangerous dangerous".
BA-BA-' worry is useless to me.  I'm violin fairy, witch, too, because he got caught, not now it's burned at the stake. Being able to exist beyond the first, space-time, who catch him. Caught now and Jesus Christ, and that he wore a Crown of thorns?  Muhammad caught the capacitors bow in front of everyone? May come up in front of ‘Kūkai’, ‘Shinran’, but they tied with a rope, had pressed person claims an egotistical? but it's "preaching the choir'."
ギ姉「なんか、バイオリン婆さんの話、欺瞞(ぎまん)に聞こえて来たわ。感情的にならずに話してよ、真面目に聞くから」
バ婆「そうだったな。現在宏は物理学賞を受ける内容は持っているが、大学に席を置いている訳ではないから、物理論文を提出するのは不可能に近いんだ。小保方晴子さんは研究機関に属しているからネイチャーに投稿出来るんだよ。
 知ってるか? ネイチャー投稿の為には、年間購読料が50万~60万円かかるんだよ。大学や研究機関に属していれば、その組織が購読料を払ってくれているから投稿できる。しかし、宏はボランティア乞食(無給)だから、そんな購読料なんて馬鹿らしくて払えないわな。 そこで次に考えたのはノーベル医学賞だった。
宏は念力を、意識的に使えるようになったのは、極最近(約一年前)からだけど、自分の身体を直すのなんかは、高等学校年生から、意識的に出来るようになっているんだよ。」
Gi姉sister-"I heard the violin's story, deception (deception). Emotionally without talking, listen to."
BA-BA-" it was like. It's next to impossible to submit a physical paper don't mean Hiroshi has now is receiving the prize for physics, but seats on the University. I'm Haruko-Obokata; she belong to a research institution contribution in nature. Do you know? Nature posted to the annual subscription fee is 500,000 ~ I'm 600,000 yen. Can post you belong to universities and research institutions, the Organization pays subscription fees. However, the trap could not pay, such subscription fees! 馬鹿’baka-rashikute’ from Hiroshi volunteer (unpaid) beggar. So we then thought was Nobel Prize in medicine. I'm Hiroshi was used consciously willed I recently (about a year ago), but because my body back from a high school sophomore, intentionally is limited to that."
ギ姉「それって、どんなきっかけから?」
バ婆「また横道にそれるのか。 まあいいか。
中学を卒業する直前にね、宏は結膜炎という病気にかかっていることを、村の眼科医から知らされた。高校は広島市内の観音高校に決まったが、下宿先は皆実高校近くの皆実町に、既に決まっていた。だから結膜炎の治療のために、広島市皆実町の田中病院という有名な眼科医の所に通い続けたんだ。
 県単位で見ても、国単位で見ても、超有名な眼科医だったので、待ち時間が毎回1時間以上なんだよ。週一でも、高校生1年生にとっては大変な負担なんだよ。
  そうやって、毎週毎週通い続けたのだけど、結膜炎という目が赤くなる病気が一向に治らないんだ。不信感を抱いた宏はある日、その名医に向かって問いただしたのだ。
『 先生、私の病気は治らないじゃあないですか。一生治らないような気がしてきました。先生は治療方法を間違えておられるのではないですか?』って聞いたんだ。
そこで弁慶少しも慌てずで、その天下に有名な田中眼科医院の先生は、穏やかに宏に話したのだそうだ。
Gi姉sis.- "that's what made?"
BA-BA-"get sidetracked?, I guess it is. Graduating from junior high school ago it Hiro. were informed that conjunctivitis is sick from the village ophthalmologist. High school, it was decided in goddess of mercy high school in Hiroshima City lodgings are all real high schools near everyone in a real town, already knew. That's why he continued to go to the famous ophthalmologist Tanaka town-hospital, Hiroshima City for the treatment of conjunctivitis. Look in the county unit, look at the country-level, Super famous ophthalmologist was wait more than one hour each time I'm. It's a serious burden for week 1 or the high school annual. he got red eye conjunctivitis that kept going every week or so its ill not heal at all.” Its Hiroshi held distrust these towards the doctor one day. "Sir, my disease is incurable are not. It does not cure life as is. Is to have mistaken method of treatment he's not?' I've heard. The Doc.; he take too little worried as ‘benkei’, looks to the world famous Tanaka eye clinic Dr. spoke calmly to Hiroshi.

続きを読む ""The Nobel Prize is you can (part II)"「ノーベル賞はあなたも狙える(後編)」。常識中の常識=極秘中の極秘 ; common sense = sense in secret in secret."

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年8月11日 (火)

"The Nobel prize you can (part1)"「ノーベル賞はあなたも狙える(前編)」短編-6:後日談。フリ-ズ。事実は小説よりも奇なり。Short-6: later stories. Freeze. The fact than fiction stranger.

2019/ 5/01 bilingual ⇒ Top page by Hiro. Oyama
小中学高校生のあなたでもノーベル賞は狙える』という事について、へその館の楽器たちが論じ合っています。その例は(Reiwa)具体的です。令和時代の最初のお話として、トップページに掲げてみました。
 お楽しみ下さい。
"Elementary and junior high school students you can aim at the Nobel Prize' thing suits discussed the navel Center instruments were. The examples are specific. Home I raised as first story of Reiwa era. Please enjoy.
「世間では青色LEDのノーベル賞”受賞で持ちっきりだけど、その受賞者の一人、中村さんと宏とは、電話で数10年前に話したことがあるなんて、誰も知らないよな。多分、中村さん自身も忘れておられるだろうけど。」とは、お喋べり好きのバ婆(バイオリン婆)さん。

 今日も、お昼ね会場【臍(へそ)の館】で大講談会をやっています。
"World's blue LED Nobel Prize" have clearly won, but with Mr. Nakamura, one of the winners don't know, nobody is talking about phone number 10 years ago, and h. a. I know that he probably forget to Nakamura's own." And, BA-BA-(violin Auntie) speak of love, I. Today, too, Monica [navel Museum] in great storytelling group is doing.
 何せ、暇を持て余せている連中ですから、ついついその話にギター姉さんも、ギター兄さんも乗って行きます。「何時ごろ、何処での話だよ?」とはギ兄。
バ婆「宏が光の専門家だったことのは覚えているかい?もう忘れたのかね、ギ兄は物忘れの専門家だね。ついこの間、モーターショウの話しただろう、シカゴからシスコ(=サン・フランシスコ)まで一緒だった豪州政府の高官に、お釜掘られそうになった話の時だよ。」
ギ姉「笑いっぱなしで、忘れてたけど、あれと、この青色LEDと、どう結び付くというの?」
 For the guys in the spare time, are in trouble is just tiring guitar sister nor brother guitar story for says. “See what time it is around the where of it?" And the Gi兄bro.
BA-BA-' do you remember that Hiroshi was a professional light? Have you already forgotten?, Gi兄bro. is an expert of forgetfulness. Just during this time, the story of the motor show, will was from Chicago with Cisco (San-Francisco) to talk to senior officials of the Government of Australia ‘okama’ dug so that when I'm.
"Gi姉sis." would laugh at, but I forgot and that the blue LED and the Director again? "

バ婆「そもそも、アメリカまで何しに、会社が宏を論文発表に行かせてくれたんだ?」
ギ姉「何だったっけ?後のシスコの話が傑作だったもんで忘れちゃったよ、お釜を掘られそうになった騒動の話の続きは?」
バ婆「今から高尚なノーベル賞の話をしてやろうとしてたのだけど、ショウもない連中だな。まあいいか。そっちの話をかたずけてからにするか。」
BA-BA-"got to begin with, what are you doing to the United States, companies who let Hiroshi papers?"
Gi姉sis-"What? After Cisco's masterpiece was worrying, I forgot, is the continuation of the story of ‘okama’ made in undermined?"
BA-BA-" That's no show had to do with Nobel Prize in lofty talk from now on, but a lot. I guess it is. I talk about who breathe from you."

「それで、ホテルを飛び出してからどうなるんだい。真夜中なんだろう?」
「散々二人で飲み歩いて11時過ぎにフィシャーメンズワーフ(波止場)ホテルに入って、あの騒動なんだからホテルを飛び出した時刻は当然、深夜さ。12時半だよ。
 波止場だよ。
有名観光地ではあっても、アメリカの真夜中。しかも、港町だよ。流石の宏もちょっと考えたね。まあタクシー拾ってからが問題なんだよ。 何処に連れて行かれて身包み剥がされるか、分かったもんじゃないからね。下手すりゃあ殺されて、海の中にポイと捨てられかねない。  何時だったか、
 『フリーズ(手を上げろ)』が分からなかった遊学中の坊やが、ライフルで撃ち殺された事件だってあったじゃないか」
"So, how composed out of hotel?. At midnight it was?”
" See 11:00 too much into Fishahmensworf (on the waterfront) hotel walked all alone, from that fray's time out hotel is naturally, and late-night. It's 12:30. It's on the waterfront. Famous tourist destinations, but the United States at midnight. Moreover, it's port. Even though Hiroshi kinda thought. He's picking up well cab from a problem. Was taken to where the ’migurumi’(身包み;all-the-wearing) peeled, not from it. Goin bad Oh, killed in the sea could end up abandoned and POI. Or what time it was or was not even tourism in "frozen (put your hands up), but you didn't know he was shot dead with a rifle case."

ギ姉「そんな事件があった、あった。そんな経験、宏もするの?」
バ婆「そこで撃ち殺されて、海の藻屑と化していたなら、そこでこの話はすべてお仕舞いだよ。 上手く対処して無事、サン・フランシスコ空港近くのホテルに辿り着けたのさ。主人公が宏だからね。 波止場からシスコ空港までは タクシーで30分~40分はかかるのだよ」。
「焦らさないで、展開をすっきり話しなさいよ。また尻切れトンボになるわよ」
Gi姉sis-“', had such a thing happened. To such experiences, Hiroshi?"
BA-BA-' He's being shot in there if he's into the sea and were turned into there was all this talk about knock off. To cope, Lovely hotel near the San Francisco Airport. Hiroshi is the main character from it. From the wharf by a taxi to the airport for Cisco 30 minutes-it's takes a 40-minute."
"You talk clean to excuse, It also will be left unfinished.

「そうだったな、ノーベル賞の話に、最後には辿り付けなけないと、バ婆の責任問題になるでな。タイトル(題)も変更しなければならなくなるしね。
 タクシーに乗り込んで、まずは、『 自分が、酔っ払ってはいないゾよ』という演技が必要なんだ。
その次は、『(度々このシスコに来て波止場で飲んでるので)、空港のホテルまでへの道には詳しい』という事を英語でそれとなく、匂わさなければならない。
 情報は10時間前に仕入れてある。バスから充分ゆっくりと観察して来ていて、抜かりは無い。たった一回来がけに見ただけだけどね。バスで空港→フィ港までは1時間以上かかる。ゆっくり見て来てる。」
"It was once, talk of Nobel Prize, finally walk, be careful in be a BA-BA-liability issues. He would have to change the title. Getting in a taxi, first, "Drunk myself, and not zo!" that he need acting. Then a "(often come to this, because I'm drinking at the wharf), on the road to the airport hotel until more ' that things alluded to in English, the atmosphere's contact shall. He had 10 hours ago in stock information. From the bus sufficiently slowly if it observes it came, not doing. Only 1 times saw the cliff just sounds. By bus airport-take over one hour to the filter port. He was slowly coming."

ギ兄「早く、その次話せよ」。
バ婆「それだけの話だ。無事ごまかして、ホテル玄関先に降り立つことが出来た。ただそれだけだよ。」
「な~んだ、つまんない。時空トンネルに飛び込んで、危うく危機を回避するのかと、期待してたのに。つまんねーよ。」
ギ姉「ギ兄、無責任なこと言うな。御主人様(宏)が無事だってよかった!」
Gi兄bro-"Fast, you talk to the next".
BA-BA-' it's just. He could cheat successfully landed at the hotel door. It's just like that."
" A ~ I, it's boring. He jumped into the spatio-temporal tunnel, to avoid a crisis almost as expected. Soooo, I. "
Gi姉sis-", say-No! Gi兄bro, and irresponsible. Master (Hiro.) was even safe! Good!"
後日談があるんだよ。帰国してから当然、社内外の友達にこの話をするだろう?それを聞いたある悪友が、宏に向かって、『 宏、それは失礼なことしたな。そこまで相手に金を使わせたのなら、別に減るもんじゃ無いんだから貸してやれよ。それが国際サービスというもんだぞ」と、宏に指南・指導したとのことだったとさ。」(中学生以下は分からんでよろしい!苦労するんだよ映倫カット対策には)
ギ姉「それでもまだ物足りないなあ。どうせ小説なんだから、殺人事件でも、強盗事件だって、作ればいいじゃないか」。
"I got a story at a later date. Returned, of course, friends of both internal and external to this story would?, but One-bad-friend heard the story, he said, "Hiroshi, it's rude that was a. Lend you because it's not, if he used the money to far less in another. It's international service's", in Hiro, teaching and was coached." (Beats junior high school students or younger in may! I have a hard time to film classification cutting.)
Gi姉sis-" It’s still not enough. Anyway's novel from, murder or robbery because make no good."
「無責任なこと言うもんじゃないよ。ついさっき、御主人様宏が御無事で良かった!って、感激してたくせに。まあいいか。

でもね、話はこれからだ。
大昔、高橋敬三とかいうアナウンサーがいてね(NHKラジオ放送だよ)その口癖が、『事実は小説より奇なりと申しまして』と話し始める番組があった。
突飛&奇想天外な事があっても、それを正確に伝えると、信じては貰えないんだよ。だから、『さもありなん』と思われる範囲内に、小説は事件を弱めて書くように、作家達は皆、頭を悩ましていなさるのだよ、これ本当の話だ。
 考えてもみろよ、チラッと見せるから興味もそそるし色気も出てくる。『はいどうぞ』とばかり開けっぴろげられたらゲロ吐いちゃうよ。
 それで宏の悪友のことなんだけどね。それから10年後(今から20年前)に、50歳の若さで死亡するんだ。現職総務部本部長としてね。」
"Irresponsible to say not so. You just a master like Hiroshi is your safe, good!, even though he was thrilled. You guess it is.
But the story's now. Long ago, Keizou-Takahashi; announcer said had it (NHK radio!), there was a program that always start talking, "The fact than fiction It and the odd'. Crazy & I believe it tell you exactly, even the bizarre things that don't get any. So ", also, it is ' and it's weakening the incident seems to be within the novel, writing, all writers are harassed or at the it's true. I don't dare think, come out sexy, intriguing and show interest. "Yes please" slammed firmly examine it hurled vomit if I. So h. bad you guess. Ten years later (20 years from now), he died at his young age of 50. And current Affairs Division."

ギ姉「それって、本当の話?」
バ婆「ウシオ電機に電話かけて聞いてみろ。『はい、確かにそういう人がおりまして、社葬扱いで手厚く葬りました。まことに残念な次第でした』って話ししてくれるから。
どうだい、少しは涼しくなったかい?」
ギ兄「涼しくなり過ぎだよ、バ婆。寒い!」
ギ姉「本当に宏の周りでは奇怪な事件が多発するのね、昔から。怖わあ!」
バ婆「お前ら二人、ようやく目が覚めたようだし、バイオリン爺さんや琴婆さんは御老体だから、そのまま寝かせておいてやって、ノーベル賞の話に移るかな」。
Gi姉sis-"that's the real story?"
BA-BA-' Ushio over the phone and ask, "Yes, certainly such a person, as though, and when they say, Was truly unfortunate situation.' is talking from. Think you got a little cooler?? "
gi兄bro-"Cool too, but I'm BA-BA-. Cold! "
Gi姉sis-" of really to incidents in and around Hiro. Strange, since ancient times. Scare me Oh!"
BA-BA-"doing that lay untouched and you two finally woke up like, leaving Grandpa fiddle and harp's grand Ma because, Let’s start the moving story of the Nobel Prize".

「ウクレレ坊やは?」
「勝手に遊ばせててやりな、どうせノーベル賞には縁の無い坊やさ。」
「・・・?、という事は、我々二人はノーベル賞を取れる可能性があるって事?」
「そうなんだよ。ちょっと頭を使えば、ノーベル賞は取ることが出来るんだよ。
 
真面目に魔法使いのバ婆の話を聞く気になったかい?

じゃあ始めるか。本当に真面目に聞くんだぞ。
まずは質問だ。ノーベル賞には何々あるんだか、挙げてみな。」
"Ukulele boy don't call?"
"Let him freely, anyway not marginal in the Nobel Prize he is."
"?-,-? That we have a chance? we two Nobel Prize thing?"
"It's so. If you are little head, you prize can take. Have you bothered to listen to BA-BA-the Sorcerer's? Do you then it start? You listen to really serious! It’s a question first of all. What the Nobel Prize or give a. "

続きを読む ""The Nobel prize you can (part1)"「ノーベル賞はあなたも狙える(前編)」短編-6:後日談。フリ-ズ。事実は小説よりも奇なり。Short-6: later stories. Freeze. The fact than fiction stranger."

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年8月 9日 (日)

「エデンの園」があった場所〔後編〕」Where was the Garden of Eden [part II]・コスモ生命体 Cosmo Life. ジャイアント・インパクト Giant Impact hypothesis

 Let's get back to the Earth "(Cosmo life) of' life story. So, this story is a non-fiction "science story".
 地球という"生命体(コスモ生命体)"の話に戻りましょう。しつこいですが、このお話は、ノンフィクションの”科学的な物語”なのですよ。
 月が勢い良く飛び出した巨大衝突の瞬間には(ジャイアント・インパクトの直後には)、地球全体が,"ドロドロに熔けた球体"なのです。
最後の巨大衝突以前の地球にも、少し小さ目のコア中心核(卵の黄身相当)はありましたし、衝突して来た小天体にも、10分の サイズのコアを持っていました。
 衝突した時に勢い余って飛び出しての成分になるのは、軽いマントル部分(卵の白身相当)であって、に近い密度を持つ卵の黄身(コア部)は引力圏を脱出できなくて、地球組成に組み込まれ、現在の地球のコア中心核(卵黄)が出来たのです。
 At the moment of the giant impact, ran powerfully to (immediately after the giant impact hypothesis), the entire Earth "luminiferous mush ball" is.
 Massive clashes previously last planet, too, is the core nucleus of little small (equivalent of egg yolks) and the asteroid come crashing also had one-tenth the size of core. Off when you hit the moon phase of light mantle (equivalent of egg whites)-, cannot escape the gravitational sphere the yolk of an egg with a density close to the iron (core) the Earth composition into the core nucleus of the present Earth (egg yolk) It is made.

続きを読む "「エデンの園」があった場所〔後編〕」Where was the Garden of Eden [part II]・コスモ生命体 Cosmo Life. ジャイアント・インパクト Giant Impact hypothesis"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2015年8月 7日 (金)

「エデンの園」があった場所〔前編〕・・純粋に科学的な読み物!Where was the Garden of Eden ? Continue to the Pacific Ocean bottom eat?

 As it turns out I'll away. It is the Garden of Eden was in Japan in the far East. "So stupid! ', and you'll probably guess. It is natural. People around the world are "Abraham, Moses, and Christ were born in the Garden of Eden was active in the Middle East somewhere on it." And suspects that he does not believe, because you think it is natural. I also thought since ancient times, I spent over 50 years.
 結論から先に申しましょう。エデンの園は極東の日本の地にあったのです。そんな馬鹿な!』
 と、貴方もきっと思われたことでしょうね。当然です。世界中の人々が、『エデンの園アブラハムモーセキリストが生まれ活躍した地、中近東の何処かに在ったのだ』と信じて疑ってはおられないのですから、貴方がそう思うのは当然です。私自身も昔からそう思って50年間を過ごして来ました。
 しかし、21世紀に突入して科学が飛躍的に進歩し,ノアの箱舟事件 などが過去の歴史時代に、実際にあったことが科学的証拠で裏付けされるまでになって来てみると、果たして中近東にエデンの園があったのかどうか、まことに疑わしくなって来たのでした。

続きを読む "「エデンの園」があった場所〔前編〕・・純粋に科学的な読み物!Where was the Garden of Eden ? Continue to the Pacific Ocean bottom eat?"

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2015年8月 6日 (木)

"殺意"と"あなたの罪"・・・世界平和への認識とは? "Murderous" and "innocent of you"... the recognition of world peace is?

 2019 7/19 bilingual renewal by hiro. Oyama
戦争に殺意は付きものです。あなたが戦地へ赴かされて相手を殺したとしても、それは罪とは呼ばれません。 これは、19世紀以前の戦争犯罪感であった。しかし、20世紀に入って事情は変わって来ました。原子力破壊兵器が、新たにあなたを苦しめることになってきたのです。
 In war there is no murder is. Even if you are to go to the battlefield and killed opponents, it was not called sin. It was in prior to the 19th century of war crimes. However, in the 20th century, circumstances has been changed. Is that your new nuclear weapons.

 「裸足のゲン」という本の中に、戦闘機の機銃掃射に逃げ惑う子供達の姿が描写されています。19世紀以前の戦争において、こんなことはあり得なかった。少なくとも女子供は、戦争からは保護されるべきものとの考えが、何処の国においても厳然として存在していたのです。
 Is depicted in the book "Barefoot Gen", showed fighters strafing the children. Prior to the 19th century war, this is impossible. It is at least women and children are considered to be protected from the war in the country where the dignity and existed.
 鉄砲の時代、あるいはピストルやライフル銃の時代には、殺人兵器の引き金が女子供に向かって引かれる時には、その残虐性をいやが上にも自覚せざるを得なかった。
〔 目の前で、婦女子や子供たちが死んでいくのですからね。〕
 それが、その残虐行為の歯止めになっていた。 が、しかし、20世紀以降は、この歯止めさえも、人類は失ってしまった。感覚が麻痺(まひ)してしまった。・・・

続きを読む ""殺意"と"あなたの罪"・・・世界平和への認識とは? "Murderous" and "innocent of you"... the recognition of world peace is?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 5日 (水)

原爆投下は人体実験・都市破壊テストであったと認識すべき。

 明日(8月6日)は、今から70年前に、広島に原爆が投下された日です。信じ難いことですが私(大山宏)は昨年3月ごろに、70年前のこの日の朝、原爆を積んでいるらしき一機の爆撃機の中にタイムスリップしていました。この前後の経緯を、”時空間疾走”という小説にまとめ、その短編版を、中国新聞社に「短編文学賞」の応募作として送ったのでした。
 選考委員である高樹のぶ子さんに読んで頂きたいというよりも、中国新聞社の心ある方にお読み頂きたいという意図から、タイトルは「”奴隷の手”をお書きになった記者様へ」とし、我が母(澄子)からの御手紙という形式を取らせて頂きました
 原爆投下後70年という年にあたり、各報道機関による取材活動は、この一年間、凄まじいものがありました。中でも、NHKの取材陣の活躍は、私の田舎町にも、ビンビンと届いて来ました。向原という田舎町に、まことに小さなカトリック教会がありますが、この教会にさえも、
2度3度と、NHKの取材陣は訪れられていました。
 アメリカ人で、実際にマジックハンドを人前で操ってみせたという人(当時は中学生?)が、”福島原発事故を『非常な罪悪感』を持って受け止めた”という報道番組もありました。「原爆人体実験 をしたのだ。⇒非常な罪悪感 」。この感覚と認識が、世界中の人々の心の中に芽生えるならば、原水禁も、平和運動も、実効ある形になるのではないかと、思いつつ、ブログでの紹介をさせていただきました。
 ブログも使い方次第で、平和運動にも役に立つような活動が出来そうです。
せっかくのシステムです。世の中が良くなる方向への活用を推進したいものですね。

続きを読む "原爆投下は人体実験・都市破壊テストであったと認識すべき。"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 4日 (火)

無防備の兵士達、墓場への疾走、溶けた戦車、Bible Guinea pig bomb 'mushroom cloud' confessions of a tank, American atomic bomb soldiers has gone unprotected.

 「人体実験 アメリカ軍」でインターネット検索してみて、驚きのノンフィクション記事に出逢った。
”アメリカ被爆兵士の告白”と題する記事である。
1946年から1962年にかけて、アメリカでは、300回もの核実験が行われ、多数の兵士が、モルモットのように実験に立ち会わされた。
 比較的爆心地に近い地上や塹壕の中で被爆した人、爆撃機から核爆弾を投下した人、軍艦上で水中や大気中の核爆発を体験した人など、陸海空の兵士たちが、今、当時の体験を語る。
 彼等の多くは、あの実験によって、どうして肉体的にも精神的にも、終わることなく自分たちが苦しめられ、我が子まで苦しめられるのか疑問を抱いている。
”無防備の兵士たち”、 ”墓場への疾走”
  ”溶けた戦車”  、 ”巨大なきのこ雲”
 との4つの証言記録が、写真付きで掲載されていた。
《 
写真の方はインターネット検索でご覧になってください。》
海軍の軍艦に乗せられて被爆体験をした人の記事です。
 一端、放射能に犯されてしまったら、一生汚染されたままです。墓場に行くまで、汚染されたままなんです。私には、3人の子どもが生まれました。エニウエトクでの実験のあとです。上の娘は、10代のとき、心臓に穴があいているのがわかりました。次の娘も、心臓の弁に障害が見つかり、末の子は、知的障害の疑いがあります。
 私は、どんな形であれ、アメリカの役に立ったと誇りに思っています。ただわからないのは、どうして私たちを、終わることのない苦しみにさらしたのか。肉体的にも精神的にも、あの実験は私を苦しめ、私は、わが子を苦しめています。
 このホームページの作成者所感にも、衝撃を受けたので、転載しておきます。
作成者所感:
 昨年だったか、アメリカで模擬核実験をコンピュータ・シミュレーションで行い、核実験も進歩したものと、ある意味で感心したものだ。しかるに、広島、長崎に核爆弾投下後、15年以上もかけて行った各種核実験に、アメリカ軍兵士が、人体実験のように立ち会わされていたことは、始めて知った。
 それから40年以上たった今、彼らのナマの告白が、アメリカのプロダクションによって、明らかにされたことに、まず驚かされた。被爆した彼等の多くに、本人のみならず、子どもたちの世代にまで被爆の影響を受けている人がいる。放射能の本当の怖さは、被爆本人はもちろんだが、遺伝子レベルでの次世代への影響にあるような気がする
今になってアメリカは、世界の意向に反して、包括的核実験停止の批准を拒否するらしいって?
 アメリカ軍というか、為政者(アメリカ合衆国政府)は、酷いことをする(した)のですね。
敵国であった、外人【日本人(広島県人・長崎県人・・)】に対して、
婦女子・子供を含む人々数10万人に対して、原爆の人体実験 をほどこしたばかりではなく、アメリカ国民(米国軍人)をさえも、モルモットにしていたのでした。合衆国大統領は、就任時に、”聖書”に手を置いて宣誓するそうですが、あれは単なる儀式に過ぎないようですね。
民主主義の名前が泣くというものでしょう。
 少なくとも、
クリスチャンとは呼べない。
呼ぶとすれば、
当時の大統領は”悪魔そのもの”でしょう。
聖書を座右の銘とする国人とはとても言えないですね。
  大反省をして頂きたい
少なくとも、今後は
人体実験(人をモルモットとする実験)は、やらないと宣誓して頂きたい。
それが、イエス・キリストを信じる国の政府が、大統領が、アメリカ合衆国民が誓うべきことだと、思います。
 近年の中国政府は、天安門事件は起しましたが、原爆の人体実験台に中国人民を使うことはやってはいない様子ですよ。
砂漠上で核実験を行い、
自分自身を含めた東アジアの人々の頭上に、放射能をばらまいただけです。 アメリカの方が、はるかにひどい実験を実施しており、その反省をされたとは思えないですね。
    《
 続きを読む 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Magic-hand [時空間疾走₋4」(最終編)。Statesmen human experiment slaves deliberately Kyoto supremacy principle world peace Memorial Cathedral world peace Memorial.

 中国短編文学賞への応募作-6:「奴隷の手」をお書きになった記者様へ(最終編)

 長い長い挿入文、しかも、カトリック広島司教区様発行の本の文章と、我が子:宏が身勝手な解釈の下に書きなぐって、私に送りつけてきた私小説「時空間疾走」の文章抜書きとを、二重三重につなぎ合わせて書いたこの手紙。
 失礼の段ベットの上で、涙しつつお詫びしております。
申し訳ありませんでした。もし許されるなら、あと今少し息子の意見を補足させて頂けませんでしょうか。
きっと、お許し下さるであろうと祈りつつ、追記させて頂きます。

昔の神様は温情的
『・・、原爆を日本に投下するにあたり、”四方を山で囲まれた盆地が効果的だ”として、第一候補に、”京都”が挙がったが、日本の歴史遺産を守るべき、との観点からか、第一投下目標から外された。 そこで現在の北九州市を第二目標地点として飛行機は飛び立った。しかし、あいにくの天候で急きょ、第三候補地の広島に原爆は投下されることになった。』
 と、幼いころ私は、母から聞かされていた。
一方、チースリク神父の回想を読むと、米軍は随分と慎重だったことがことが分かる。もっと言えば”超計画的”であり、且、”狡猾的(こうかつてき)”であったことがうかがえる。(宏の時空間疾走より)

 この文章を「三度の定期便」引用の前に、息子:宏は置いていたのです。宏も書いております通り、宏が幼い頃に、”私が”あの話を宏に語り聞かせました。
宏はそのことを書いていたのです。私の認識間違いを、あの数10年前の広島県民の認識の過ちを、宏は鋭く指摘して来たのです。
そして 《 昔の神様は温情的 》 だったよ。現代の生き神様は(米国人も日本人も)誰も彼もが情け容赦なくなったのではないか、身勝手になってきたのではないかと示唆して来たのでした。
 私は女学生のころ、京都女学校に転入学し、過ごしました。
それなりに良い懐かしい思い出も多々ある中に混じって、不快で嫌な思いも致しました。
今更それを暴露(ばくろ)するのも如何なものかとは思いますが、『これも世界平和のためには、私の役目、勤めなのだろう。』と思い、書き足します。
 私が京都女学校に転入した当時の人々は、京都至上主義だったのです。
それで、転入して来た生徒の試験成績が、いかに良かったとしても、優良可成績の「優」は与えられなかったのでした。
転校児童生徒ばかりではなく、その親が京都に昔からは住んでおらず、外(よそ)から移住して来ていた場合でも、その子供達を”よそ者”扱いする風潮が、当然の如くに流れていたのでした。
 京都の町は幸いにして、一発の爆弾を蒙ることなく古い木造家屋が残ったまま、終戦を迎えられました。
もちろん戦後、京都の人々はそのことに感謝 こそすれ、けっして、
『我々は神のご加護の下にあるから助かった。
 戦争被災者や原爆犠牲者は、死ぬ運命に元々あったのだ。』
なんてことは思ってはおられないでしょうが、
70年が経過した現在もなお、京都至上主義の意識がおありなら、
反省して頂きたいなあ、と思う次第です。 奴隷の手」のNHK報道(深夜)番組を通して衝撃を受けたのはこのことでした
 同時に、原爆を製造しそれを日本の地に、正義をかざして落としたアメリカの人々にも、多大なる反省をして頂きたいのです。
否、もっとハッキリいいましょう。
「貴方がたの政府は(貴方がたは)原爆の人体実験をなさったのです。この認識をなされないままでの原水禁平和運動は、大した意味を持たないのです!」
 マジックハンドの博覧展示会(原子力平和利用推進展示会)のために、平和公園の原爆ドーム近くにある世界平和記念館の原爆資料は、政府要人等からの指令によって、博覧会開催中全て取り払われたそうでした。
 そうまでして「安全だ安全だ」と宣伝した結果が、
  旧ソビエト連邦チェルノブイリ原発事故に繋がり、
   スリーマイル島の事故に繋がり、ついに、
     福島県の原発事故を引き起こしていったのです。
 これは誰の責任か?
私にもその責任の一端があります。広島市民であったとしても、復興に一生懸命が故に、奴隷の手に(結果的に)手を貸してしまった事を反省すべきではないでしょうか。
 いいえ、まだまだ認識不足でした。
中国新聞の記者(貴方様)が、”マジックハンドに対して”奴隷の手”という悪名を敢えて与えた意図が解かってはいませんでした。 その理由とは一体何だったのか?
ここまで考えてみて初めてその記者(貴方様)が、
『 日本人ばかりではなく米国人も世界中の全ての人々が、危険物を扱うマジックハンドという奴隷にされてしまう危険性』を予見・示唆されたのだと、私は気が付いたのでした。
 そうなのです。我々は、20世紀に至って、改めて為政者の奴隷にされてしまっっていたのでした。
人体実験意図的に計画して実行し、その追加実験として第五福竜丸事故を、意図的に20日間も放置して、多くの船舶上の被爆犠牲者を出しつつ、詳細な人体実験を継続するという為政者の奴隷に〔日本人も米国人も、世界中の人々が奴隷に〕されてしまったのでした。
 アメリカ合衆国市民に改めてお願いします
広島の世界平和記念聖堂と世界平和資料館とを、是非ご覧になりに訪れてみて頂きたい。 そのとき、感想として、『どうしてこんな物を展示して、我々を何時までも苦しめるのか、非難するのか。もう二度と見たくない。』なんて思わないで下さいね
               (NHK報道番組より)
 勝手なことを長々と書き連ねましたが、「奴隷の手」の記事をお書きになった記者様、これで私の与えられた役目をすべて果たせたことになるのでしょうか。
 もし、「よし、よし、老体に鞭打ってそこまで良くやった。」
と天国で思っておられるなら、どうか迎えに来て下さい。
でも私も、見えない神(名前も付けられない唯一神)が存在なさっている事を信じております。
 最後の祈りの言葉はキリスト者もアラーの神を信じる人々も、
 ・・・、 御心が天になる如く、地にもなさせ給え。
 国と力と栄えとは、限りなく汝のものなればなり。
(そのとおりです:アーメン)と祈り、「御心のままに」と結ぶのでしたね。
   浄土真宗(仏教徒)でも、祈りの最後は、
  「
御心のままにと結ぶのですよ。 
 早く迎えに来て下さい。
    でも、自分勝手は言いません、御心のままに!
中国新聞社御中
「奴隷の手」をお書きになった記者様へ  小山澄子拝
  2014年 12月 24日
2018/10/06 文章訂正 Hiro. Oyama

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 3日 (月)

Magic-Hand 「時空間疾走-3」 Disconnect from the candidate cities for the atomic bomb test (experimental). Hiroshima Memorial Cathedral for world peace. 世界平和記念聖堂(広島)

 中国短編文学賞への応募作-6:「奴隷の手をお書きになった記者様へ(続き)」

 その表紙には大きく、「平和を述べ伝える」と掲げてあり、副題として、世界平和記念聖堂(広島)献堂50周年記念誌 カトリック広島司教区 世界平和記念聖堂50周年実行委員会編 とありました。
 老人ホームの暇人ですから、そのA4版、総ページ数88枚の本を初めから丁寧に読み進めて行きました。
その最後の方で衝撃を受けたのです。身震いしました。
(許可無く転載を禁じます)との注意書きはありますが、
きっとカトリック広島司教様とイエスキリスト様はお許し下さると信じつつ、この手紙に転記させて頂きます。75ページです。
 「破壊の日」 フーベルト・チースリク神父の回想 
    ”一日三度の定期便”
 アメリカの定期便・・・これは毎日三度も来た。
そして当時の国鉄の汽車よりも正確に、その時間を守っていた。
たいていはアメリカ艦隊から来たのであろうが、艦載機二、三十機も上空を飛び、たまには B29型の大きな爆撃機も来た。
その時間は午前10時、午後四時、夜10時ごろであって、その1時間ほど前に、「警戒警報」のサイレンが鳴り出し、飛行機が豊後(ぶんご)水道から本州の西部に向かってくるといったような・・(一部割愛)・・人は皆、退避するはずであった。
ところが何ヶ月もの間、このような定期便が毎日空を飛び、爆弾一つも落とさずに行ってしまうので、人々は段々防空壕に入らず空を飛ぶ飛行機を見物するようになった」
(平和を宣べ伝える。P76)
 転載の途中ですが、私の息子宏のコメントを差し挟ませて頂く失礼をお許しください。

 なぜ米軍はこのような事をしたのか?
合理主義の国が実際に何ヶ月もの間、この様な無駄と思われることをやり続けるには、訳があるはずである。それは広島市民の心理操作以外には考えられない。
原爆を落した時に市民が皆、防空壕に入っていたのでは人体実験にならないと考えていたのであろう。
また、事前に絨毯(じゅうたん)爆撃をしておいた所に原爆を落したのでは、どの位の破壊力があるのかさえもつかめず、原爆投下の破壊力試験にさえならない。そんな事をアメリカ軍指導者達は考えていたのであろう。
 もう少し読み進めてみる。
・・・以上は、後で息子宏からもらった手紙の挿入文章でした。
”破壊の日”の文章転記に、戻ります。・・・

『新聞やラジオでは毎日どこかの空襲が報道され、そしてよそから来る人は、その空襲のひどいことをまざまざと物語った。何回にもわたる東京の大空襲、神戸の空襲や大阪の爆撃、七月に入っては、近くの重要なところも次々にやられた。
岡山、福岡、呉、岩国・・・徳山にあった海軍の石油タンクが焼えたとき、その黒い煙は一日中、広島の空を覆っていた。残ったのは京都、長崎、広島ぐらい。・・・」
 (世界平和記念聖堂広島献堂50周年記念誌 P76

 再度、息子:宏のコメント文を挿入させて頂きます。
 やっぱりそうだったかと私は思った。
京都、長崎、広島は原爆投下人体実験の候補地として、一、二年前から設定されていて、空爆対象から意識的に外されていたのだ。 では何故、
東西南北を山に囲まれていて、効果絶大の京都になぜ原爆は落されなかったのか?
 N H K の歴史秘話の題材としても大変興味深いテーマとなり得るであろうが、我が母が語ったような”日本の歴史遺産を守るため”というのはどうも眉唾物(まゆつばもの)であろう。第一、もしそうだったとしたら、
  広島・長崎の原爆犠牲者に対して失礼であろう。
 私の叔父:典雄は、原爆手帳の交付も申請せず、36才の若さで急死した。小さい頃から一緒に遊んでいた従兄弟:神名潤は被爆二世として20年前に他界した。
従兄弟の両親は勿論のこと、親戚の伯父・叔父・叔母も、遠の昔に亡くなっている。
 このような多くの犠牲者に対して失礼であろう。

 では何故、京都は原子爆弾のテスト地から外されたのか。
 手塚治虫の漫画の一つに、こんな話がある。
「日本に旅行に来たあるアメリカ人が京都の舞妓さんと恋に落ち、そのまま長らく京都に留まっていた。やがて太平洋戦争が勃発し、そのアメリカ人は帰国して軍人となった。
 戦争末期にはそのアメリカ人は米軍の中枢に在籍していて、日本の京都に残してきた妻の安否を気使って、『どうか無事でいてくれよ」と祈っていた。
 ここでその漫画は終っていたと記憶しているが、私はその続きを考えてみた。
 要は、「太平洋戦争末期、そのアメリカ人は日本に原爆が投下されるらしい事、しかもその投下目標の第一候補地が京都である事を知って、行動を開始した。
曰く、『日本文化の中心は何と言っても京都だ。あの京都を原爆のテストで破壊するのは世界の損失である。原爆投下の第一候補から外すべきである!』、と。」
 大方こんなところであろう。
 京都に在住の皆様は、大きな顔をしてはなりません。貴方がたの平和な暮しは東京大空襲・大阪名古屋など日本各地の多数の被災者、とりわけ、広島・長崎の百万人にも及ぶ原爆犠牲者(数十年経過してなお原爆後遺症で亡くなり続ける人々を含めると数百万の犠牲者)のお陰で成り立っているのです。
 こんなことを考えていたら、またまた私は時空トンネルに飛び込んでしまっていた。

 《上空からの眺め。ここは何処?

 携帯電話機が爆発した2014年春、私は幾つかの映像を眼前に見ていた。
夢ではない。 はっきりと起きていて、周囲の天井や壁などと重なるようにして何時間でも、次の日になっても見えるのである。
 島や湖(海?)が点在する広大な地形を上空から見ている、大きな、大きなパノラマ映像であった。 その映像は、いつか何処かで、実際に見たことのある光景のような気がした。
 ふと私は、『 そのスイッチを押させてはならない!』と、突然思った。何とか原爆投下を中止させることが出来るような気がした。
その投下を阻止する努力をすることが、自分に与えられた使命のように感じられた。
 69年前の過去にタイムスリップして、果して原爆投下を阻止できるか? しかしトライしてみる価値は充分にある!と思った。
  
 《時空間疾走試行の真っ最中に
 このような不思議な体験と思索を通して、過去へ時空間疾走する試みの真っ最中に、私の携帯電話機は爆発したのであった。
 21世紀は高度に発達した情報化社会である。
電話でちょっと無駄話をしても、自分の全く知らない人が聞いていて記録し、データ化し、ビッグデータとして活用している。
ブログに記事を載せれば、10分後には地球の裏側から英語で、わずか数文字という短い感想文や、感謝の言葉が返って来る。
〔 日本語を使う人種は手紙を貰っても返事を出さない悪習慣を身に着けた模様で、有難い情報を頂いても感謝の言葉も返さなくなった。自分に都合の悪い情報は聞かなかった事にして無視するか影で悪口を言い合い、相手をはずかしめることに腐心する。
『対岸の火事ほど面白いものはない。』を地で行く人種に成り下がった寂しい人々。・・・、余計な事を言いました。〕
 そんな時代なのだ。
秘密は筒抜けなのだから F B Iや公安警察の影を感じて私が脅えたのは、極々自然なことであったと思う。
 携帯電話の爆発で、69年前への時空間疾走は、何者かに邪魔されたが、それが本当に自分に与えられた使命なら、いずれそのチャンスは廻って来るのであろう。
 私は運・縁と時節の到来とを、待つ事にした。
それまでは時折々に自分に与えられる難問題を、全力で解決していくだけだ。歳を取っている暇はない。ン?
 いや間違えた、私は歳が取れないのだった。
何故なら∵私は時空を超越した旅人だったのだから。∵
                時空間疾走 〔終り〕
  米軍の人体実験-4へ続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 2日 (日)

Magic-Hand 「時空間疾走-2」熟年離婚 Pick up from heaven, banner town church, sediment-related disaster, volunteer divorce, home collapse, ‘Shinran Saint’ 親鸞聖人

:「奴隷の手」をお書きになった記者様へ(続きです

  つい最近のこともちょっとお話してもいいでしょうか?
 広島市の緑井八木地区で大災害が起こりました。80名近い方がお亡くなりになり、本当に痛ましい限りです。ほんの目と鼻の先での災害ですから、『あの宏は、あくる朝にもその現場に即駆けつけ、救援作業をやり始めているのだろうな。』と、テレビや新聞報道を毎日見ながら思っていたのです。
 ところが宏は現場の救助活動には参加していませんでした。
あとで聞くと、『行こうとしたのだけれど止めた。豊栄町の田舎道の草刈をする方を優先した。山沿いの市道の草を刈り続ける事にした。これも立派なボランティアだよ。」と言ってました。
 話が飛んでしまいました。
東北被災地から帰ってきた宏が、私の所に居たのは正味3日だけで、また尾道の岩子島(いわしじま)へと戻って行きました。・・・

続きを読む "Magic-Hand 「時空間疾走-2」熟年離婚 Pick up from heaven, banner town church, sediment-related disaster, volunteer divorce, home collapse, ‘Shinran Saint’ 親鸞聖人"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2015年8月 1日 (土)

Magic-Hand 「奴隷の手」をお書きになった記者様へ Human tests, slaves hand, psychological operation, Tohoku earthquake, meltdown.「宏の時空間疾走-1」・・原爆投下を阻止せよ!

2019/01/10 トップ記事として
 奴隷の手 とは、中国新聞の記者が、今から70年余り前に、「マジックハンド」に対して付けた名前です。 かの記者は、原子エネルギーの平和利用に対して疑問符を投げかけた世界で最初の人でした。彼が広島の原爆の被災者であったかどうかは明らかでは ありませんが、広島県人であったことだけは確かです。 恐らく、ドイツ人宣教師らと同様に、被災者の一人であったのでしょう。
     = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
   中国短編文学賞、応募作品、(6)
    ”「奴隷の手」をお書きになった記者様へ”
     = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = = =
   住所 〒739-2313 東広島市豊栄町清武2463
        小山 澄子(おやま すみこ) 〔代筆 大山宏〕
            生年月日 大正13年2月27日(94歳)
                  自宅(082)432-3041
   職業  ボランティア教師(無給)
  就業先、〒739-0262 東広島市志和町志和東 1201-1
 老人ホーム ドエル東志和
                 電話(082)433ー0777
「奴隷の手」をお書きになった記者様へ

 拝啓 初めてお手紙を差し上げます。 私は小山澄子と申します。大正13年生まれのもうろくしかけた、94のお婆ちゃんです。貴方様は、お元気でお過ごしなのでしょうか。
私は貴方様の名前もお顔もお歳も、まったく存じ上げておりませんし、現在何処にお住まいなのかなど想像することも出来ません。 ひょっとしたら既に天国で、私がこれを書いているのを見守って下さっているのかも知れませんが、何かに揺り動かされるような気持ちで、これを書き送らせて頂きました。・・・

続きを読む "Magic-Hand 「奴隷の手」をお書きになった記者様へ Human tests, slaves hand, psychological operation, Tohoku earthquake, meltdown.「宏の時空間疾走-1」・・原爆投下を阻止せよ!"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2015年7月 | トップページ | 2015年9月 »