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2015年9月11日 (金)

海中のサンゴが富士山よりも高い山登りをした証拠。

《 環礁の成因、成立過程について 》
          ・・・ 「氷惑星の謎(故高橋実著)」より転載
Photo_2

この図はエニウエトク環礁の大きさや形を示したところの、成因概念断面図である。
同じスケールで日本人にはなじみの深い富士山を比較のために示しておく。
 いわゆる環礁は、広大な太平洋の中では、いとも小さいもののような印象を受けるが、南北約40Km、東西約30Kmの環状に出来たサンゴ礁台丘(だいきゅう)のようなものである。
台丘の実質は、後述するような、主に生物の遺骸かたなる堆積物が、未凝固(岩にならない)の状態で積もっていると思われる。
 海面上に出た部分をまず見ることによって、おそらくダーウインの時代(註:ビーグル号の探検が1835年)の誰もが、この環状の配列からして、火山の火口をすぐに想像したことと思われる。 実際の寸法では、日本の阿蘇火山外輪山がつくる楕円形(東西約20Km,南北約25Km)よりも少し大きいであろう。
 つまり、この環状のサンゴ礁のすぐ下の方には、火山の外輪山のような構造があって、その外輪山の上にサンゴが棲んでいて、その遺骸が積もって、それも数10メートルくらい(というのが、おそらく昔の人の心象であったのであろう)に積もって、かくて海面下に環礁ができて、それから後に、海面が下って環礁が海面上に出て来たーーというのが大体の印象であったと思われる。
 黒強調にした部分は、当時の人々の心象の裏面に持たれている数字でもあり、説明理論でもあったであろう。数10メートル程度の海面の上下なら、氷河説で説明できるからである。
 いずれにしても、サンゴ礁の堆積物は数10メートル程度という考えで、そこから成因説が争われ、100年くらいは机上論の時代が続いた。その間も、地道な科学者の資料集めが続いたが、第二次大戦後になって、米国海軍の援助で原爆や水爆実験のため、マーシャル群島の研究が進められるようになって、怒涛のような勢いでサンゴ礁研究の潮流が変わったのだと言われている。
 それにしても、上図に示したような物凄い暑さの堆積物があるかも知れぬという着想でボーリング計画を進めた人達の洞眼には驚くべきものがあるーーと私は思ったのであるが、そこへ着想が行く前には、やはり別の所で、
330m掘っても岩盤に達せず(イギリス、フナフチ環礁にて)、
420m掘っても岩盤に達せず(日本、沖縄東方の来た大東島)、
480m掘ってもまだ岩盤はあらわれず(オランダによるボルネオ沖マラツア島)、
750m掘っても、それでも岩盤に達しなかった(アメリカ、ビキニ環礁)---というような、そのときまでの背後経験があったようである。
 かくなる上は---という訳でもないであろうが、遂にエニウエトク環礁において徹底的なボーリングが行なわれて、岩盤に到達した。
たぶん技術的にもボーリング技術が急速に進んでいたのでもあろう。
 兎に角、こうして千数百メートルの冠層(?)のようなものが在るように推定されるに至った。
これがサンゴ礁を上から下へ掘っていった経過であるが、次は私の流儀で下から上へ、這い上がって見よう。

 読者の皆さんには上図で、前に第Ⅰ部でやったように海を干し上げて頂くと同時に、冠層の部分(上図エニウエトク環礁の頂層、斜線の部分)を全部取り外して頂く。おそらくそれで裸の岩山が現われてくると私は想像する。
 岩山の斜線の形は図に示したように、かなりなだらかなものである。これは普通の地図の等高線から出してきたものである。冠層の下(つまり、海山の頂上)の形は分からないが、全体の傾斜の具合を富士山と比べてみると、(この海山は)富士山型ではなくて、ふっくらした円頂型ではないか?とも想像されるが、また、ちょうど富士山の高い部分を削り取ったような、平頂海山(ギョー)かもしれないとも思える(この程度の高さのギョーが、この辺りにあるからであるが、いずれにしても、よくは判らない)。
 さて、海は一応5000メートルまで干し上げて頂くと、そこは太平洋の海盆になる。
このレベルから逆に上空を見上げながら、増水と共に上に昇ってゆく。
5000mくらい下から見上げたエニウエトク海山(?)は、富士山よりちょっと高い程度の、しかし全容積は富士山より遥かに大きい山である(註:富士山はイマの海面から測り、エニウエトク海山は5000m下の太平洋海盆から測る)。
 後述の検討を多少先取りして言うと、おそらく上図で③に番号を付けたあたり(イマより3500メートルしたの附近)が、サンゴ礁の発生し始めた所である---と私は考えている。
 これは次の章で調べる海水の塩分濃度と生物との関係の考察から推測してみた位置である。時期は古生代であろうか? あるいは番号の④まで待たないと、まだ塩分が濃すぎるかも知れない。
 塩分の話は後で別章に述べるが、いずれにしても、ここでは空気中(海面上)高く出ている山の裾に当る所を取り巻いて、サンゴの生活圏(裾礁と呼ばれる形)ができるわけである。
そのあと、増水とともに山を取り巻く円形の海岸サンゴ礁は、次第に上方に這いのぼってゆく。この期間中に、この山からは何の土砂も流れ込まず、サンゴ礁に襲い掛かる災厄はない。そして⑤の位置(約1500m)のあたりまで来た時がこのサンゴ礁の大転機となるのであろう。
 もしサンゴ自身がお互いに語り得るなら---
オイオイ!もう、ここから上はないぜ!”とでも言うところである。
もし陸棲動物が追い上げられてこの辺まで来たのであれば、もう山の頂上も残り少なくなって、あわれや水没、全滅に至る寸前である。
 ただし、蛇足ながら、この海山には本当は爬虫類も何もいないはずではあるが
---。
この海山は5000mも深い太平洋の海盆の中に孤立した存在である。プランクトンとサンゴ以外の生物は(この島に)やって来たものはないのである。
 ”ここから上はないぜ!”となってから後が、造礁サンゴの見せ場である。人の肩に人を載せ、その上にまた人を載せるサーカスのように、サンゴの上にサンゴが積み上げられていった。こうして、何と1500m近くも積みあがっていった。
 これはまた、何という堆積物であろうか!
私はこんなふうにしてできた厚さ1500mもあるような堆積物の話を、いまだ誰からも聞かされたこともないし、書物で(絵を)見せられたこともない。
 これは天然の大ピラミッドなのであった。
それは、また、構築物であった。私は自分で試しに描いてみたエニウエトク環礁の断面図を自分で見ながら、しばしのほどは呆然としながら考え込んでゆく。
 なんという恐るべき海洋の生命力であろうか!

付記〔Ⅰ〕 私はもうそろそろこの辺で、サンゴ礁の話を終りにしたいのであるが、構造的な問題で書き残したことを簡単に記しておく。
(1)、サンゴ礁の外側をワクのように形つくっているのは、分岐サンゴといって、サンゴ体が木の枝のように分岐する種類だそうである。
(2)、サンゴ礁(の内側)に堆積しているのは主にプランクトン類の死骸とか、成長中にサンゴ(並みに砕かれて運び込まれたもの)や生物の殻などだそうである。
(3)、植物性のものには、サボテングサという名の、石灰を分泌して、底を這う植物や、リソサムニヨンという、殻をかぶった石灰藻などがある由である。 おそらく、古くなった同じ海山の裾のほうのサンゴ体が、砕かれて打ち上げられることもあるのではなかろうか。
この環礁には土砂は流れ込まない
(4)、いわゆる環礁がなぜ円くなっているのか?(内側が凹んで水面下に沈んでいる)という問題に対しては、私は割合に簡単に考えている。
 本文に述べたように、この干渉の出発点の形は円い山の裾を取り巻く裾礁の形であった。それが海水面の上昇と共に山の高いほうに這い上がり、円の直径もまた山の傾斜に従って小さくなっていった。こうして、最後に山の頂上に近づいて、”もうこれからは上(陸地のこと)がないよ”という段階に来る。
 さて、そのときの情況は如何にといえば、サンゴ礁の基礎工事ともいうべき古いサンゴ体の蓄積は、やはり円形に、あたかもタコ坊主のテッペン近くに巻いたはちまきのように、海山の頂上近くを取り巻いている。
 この鉢巻(はちまき)を土台にして、その上にサンゴ体の成長を積み上げるから、まずは、たとえて言えば平原に円陣をつくった幌馬車(これは西部劇の話)のような陣形ができる。 
この陣形の外側から、エサであるプランクトンを含んだ海水が、流れ寄せてくる。当然のことに、いちばん外側にいるサンゴはエサが豊富で、どんどん育つが、内側にいるものほど、エサの濃度が薄くなって、おこぼれのエサしか拾えないから、円陣の内側はサンゴ礁の発達が遅れる。
 結局、外側には構造が発達し、内側には堆積が発達して、いろいろな生物遺体の集積場になったのではなかろうか?
要するに私の環礁成因説は、大変に単純に外側の成長が早かった---というものである。早すぎると、桶のようにフチが高くなり、高くなると波で壊れて内側へ堆積する---というような考えである。
 昔はこれを上から解釈して、何か平らなものの内側が沈下した、という考え方であったようである。
沈下もあり得ると思うが、それは海山全体としての沈下であったのであり、または海山全体としての浮上であったと、私は考える。

付記〔2〕 石灰を分泌する植物性プランクトンから、被殻性のプランクトン、ついで有孔虫やサンゴ虫など、無機のカルシウム塩を利用しているように見える生物の発達史は大変に興味あるものである。
 同じカルシウム塩の利用が、貝殻のような大型・超大型の殻の形成につながり、また脊椎動物の骨の形成へとつながってゆくのであろう。 ところで、この過程の中でのサンゴ虫が、無機カルシウム塩を利用したやり方は、一種独特だ---とは読者は思われないであろうか?
 大抵の生物は(無機カルシウム塩を)自分の自身の周囲を守るもの、すなわち「殻」として利用している。この貝殻を、たとえばトレーラーかキャンピング・カーのような移動性住居にたとえてみると、サンゴ虫がつくっているのはこういう移動性の住居ではなく、もっと不動産的なもので、その場所に固定されているところの、いわば永久建築物にあたるもののようである。
これが大規模に集まった「礁」は、サンゴ虫にとっては、都市の基本工事(土地造成)であったようである。

 ・・・ こんなサンゴ成因説は図書館でお目にかかったことはないでしょう。
 1500メートルもサンゴの殻が積み上がっているのを覚えておいて下さいね。富士山よりも高く積み上がっているのです!
これが、大増水の最大の証拠!

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