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2015年9月21日 (月)

T6 ハワイ島・海山・海膨・海盆・海嶺・・・読み物としても面白い

氷惑星の謎(高橋実著)第Ⅲ-3-2 を転載させて頂いています。
原書房さん、復刻版をよろしくお願い致します。

2 乱舞のあと

《 海嶺・海膨・海山の出現 》
 ”白いガウンを着た地球”に対する大手術(整形美容手術?)の経過はようやく判った。大熔融層は広さ数1000Km四方に及ぶ広大な表面を、黒い始原堆積物におおわれた肌から「岩石の肌」に変えた。大熔融層の表面は「岩石」に変わったのだ。---冷却して。
 地球にしてみればこの美容手術のあとを誰かに見てもらいたかったかもしれない。だが大熔融層ができたあと、その広大な表面には「超氷河」が載せられていた。あたかも大手術のあとの発熱する皮膚を冷やし続ける大氷嚢のように--。
 地球は なおも”白いガウン”を着けたまま、手術台の上で静養し続けていた。いや何と、その後10数億年近くもの間、静養し続けていた。

 手術(皮膚の手術)は一回きりではなかった。およそ40回ほど受けた施療のうち約70%は直接の皮膚の手術であった(註=全衝突40回のうち30%が間接衝突で、あとの70%は直接衝突であるという見方による。既述の確率計算を参照)。
 一回の手術のあとは、およそ3億年ほど経過すると、完全な、堅い、かつ厚い岩石層に冷え固まるのであったが、そうなる前に地球は引き続いて1億年に2回という頻度で、手術を受けていた。そのうちの1.4回が皮膚の手術で、0.6回が別の手術(間接衝突)であったが---。
 とにかく一回の手術面積は地球のイマの海の面積の40分の1くらいに当たるのであるから、何十回も手術を受けないと、全表面積の皮膚を整形し直すという訳にはゆかないのであった。
 そんな訳で、とにかく地球は なおも長い間、ベッドに横たわり続けていた。そうして、一回の手術が終わるごとに大氷嚢を取りのけたり、ほうたい を取り除いてみたりして、起き上がって鏡を見て、手術のあとをホレボレと見直す---といったロマンチックな病院関圧は出来なかったのであった。
 こうして、ほうたいを取り除けても見ずに、連続数十回の大手術を受けていたのである。手術の予後の経過は、しかしながら必ずしもうまくは行かなかった---らしい。鏡のごとく平坦な「岩石の皮膚」をつくることが、天体Mの目的であったのかどうか よくわからないが、それが目的であったのなら、手術の結果は少々デコボコであった。
 大氷嚢(超氷河)の載せ方が、必ずしも均一ではなかったらしいのである。そのため順調にゆけば手術後3億年くらいで、平坦で堅固な不動の岩石層として固まるはずの所が、まだ下の方まで冷え切らないうちに様々な形や、様々な規模の不均等な圧力を受けることになった。
 こうして大海嶺海膨海山ができた---如くに見える。天体Mは、自分の手術の結果を”さあごらん下さい”と誇らしげに見せるほどには好結果が得られず、地球のゴキゲンを損じるかもしれぬと見て、ちゅうちょしたのかも知っれない。
 そのため大手術のあとを、全部海で覆い隠したのかもしれない。

 大海嶺や海膨や海山は、それぞれ地形の規模から言っても、かなり違う。
それらは皆同じ熔融層からできたものと考えるにしても、その物性や力学などの関与の仕方は、少しずつ、規模や大きさなどで異なっている---と私は考える。

次に、私の考え方をメモ的に記しておく。

大海嶺  太平洋と大西洋には海嶺(リッジ)と呼ばれる大きな膨らみ がある。海洋盆(大きな海の海盆)の位置と見られるところの、イマの海面の下方5000メートルの位置を基準にして考えると、そこから1000メートルないし2000メートルくらいの高さに(大海嶺は)膨れ上がっている。
 全体としては、地表の大褶曲山脈などよりは さらに長さも幅も数倍づつ以上も大きい隆起地形 を造っている。この地形の両側が海盆の低さであるので、隆起している という感覚(認識)があるわけである。地形用語としてという文字が使われているので、山脈のようなものか? と思われがちである。
 しかし、膨らみの平均比高(海洋盆との高さの差)を海嶺の幅(1000~2000Km程度)と比べてみれば直ぐに判るように、マクロに見れば、そんな高いものではない---のである。人間の皮膚で言うと、じんましん のときのように、プッと膨れ上がっているものである。
 ただ、恐ろしく規模(面積)の大きいじんましん である。では、熔融層の仮説を基にしたところの海嶺の成因(?)への解答案を述べてみよう。私案は次のごとくである。
===”海嶺の基盤面積の全部が熔融層であった。熔融層はその周囲にも拡がっていた。しかし海嶺になった部分が最も激しいエネルギーを受け、高温になり、熔融状態になった。その後すぐに大圧力は去った。
 温度が上昇していたので、圧力が去ると熔融層の厚さは約2.5%ほど膨れた(註=熔融層の温度を摂氏3000度として)。---ということは、熔融層の厚さを100メートルと仮定すると、こうして膨れた高さは2500メートル である---ということになる。
 この膨張は冷却と共に再度収縮するはず のものであるが、周囲の熔融層から(超氷河などで)加圧された熔融物質(岩しょう)がジリジリと押し寄せて来て、収縮体積(註=それは全熔融体積の数%である)の半ば以上を補給した。そのため膨れ上がりの厚さは、何割かは減ったが、全体として高いままで残った。”===
 以上が私の解答案である。
この案は既述の熔融層の全体積と、イマの海嶺の大体の体積とを比較して考えた案である。なお、周囲の熔融層からの熔融岩石の供給は、海嶺の表面が固まってからでも続く(深層部で横に移動する)かもしれない。
 それから海嶺の中央部には地震帯(シーズミック・ベルト)が走っている。このことも前述の収縮の理論で説明できそうである。古い海嶺では既述した冷却計算が示す如く、冷却の過程は数億年でほぼ終わる。
 しかし深い部分にはなお冷却しつつあるマグマが残っていて、それが収縮すると、上層の固い岩石層が落ち込んで地震を起すのではないかと思われる。

海嶺に対してその周囲から熔岩が補給されるという過程では、補給の方が(冷却・収縮よりも)優勢である時期(長くは続かないであろうが)においては、海嶺の表面の冷却した岩石を押し上げるように働くであろう。
 よく知られているところの”地下のマントルが湧き出したように見える構造”は、この熔岩の補給過程(即ち、押し上げ過程)の存在を考慮することによって説明できる。
このような補給過程はおそらく早くに終息し、それから後は冷却と収縮とが、更に奥深く進んでゆくであろう。
 このようにして前出の地震帯構造が 今なお海嶺の中軸部分に残っているのではないか?

海膨 海嶺よりはだいぶ小さいが、それでも日本列島くらいの面積の、そして形もアミーバ状の膨らみが沢山ある。特に太平洋には多い。このでき方は、おそらく前述の海嶺と次の海山との中間のでき方であろう。
 つまり周囲から加圧供給された熔岩が、自前の熔岩と半々か、またはその前後くらいの量に達しているといったものであろう。膨らんだ部分を周囲から不均等に押しつぶすように加圧すると、アミーバ状になるように思えるのである。

海山 太平洋には特に多い数百個の海山は、熔融層の表面がまず固まった後で、超氷河の圧力やあるいは海水の圧力が内部の熔融物質(マグマ)に加えられて、それが流動して表面の薄い所を押し上げ、ニキビあせも のように、プツプツと吹き出したもののように見える。
 ニキビ---とは言っても、一つの海山は富士山よりはよっぽど大きい。海山はまた、海洋盆から直接に立ち上がっているものが多い。
その頭がイマの海洋面上に出て大洋島 になっているか、または海面近くにまで来ているか(註=このグループが最初に海山として興味をひいた)のどちらのものも、その高さは5000メートル級のものである。もっとも、大洋島は海山とは言わない訳であるけれども。
 太平洋の海山群は数個のグループに分れるように見える。たとえばアラスカ湾海域(太平洋の東北部分)の海山群と、ハワイ諸島西方の海山群とは、別の時期にできた別の溶融層(または熔融圏)から立ち上がったものと思われる。

ハワイ島の謎 ハワイ諸島そのものは「ハワイ海膨」(ハワイアン・ライズ)と呼ばれるフクラミからさらに立ち上がっているように見える。
 そこまでは普通に理解できるが、ハワイ海膨(海面下にある)の東端にある主島「ハワイ島」の隆起の仕方は、ほぼ海洋盆(海底5000メートル)から直接に立ち上がっているように見え、しかもその上に高い山があって、目立っている。
 ハワイ島には海抜4000メートルを少し超える大きな山が二つ連らなって、この大洋島の主体をなしている。この4000メートルに海洋盆の深さ5000メートルを加えると9000メートル以上になる。この9000メートル以上も隆起 している山の成因が、実を言うと、かなり大きな謎なのである。
 何故、ハワイ島の山の高さが謎なのか?
著者を含めてのことであるが、地学のシロウト(失礼ながら、読者の大部分もシロウトであられるでしょう)は、この山の高さが(基盤部分に対して)加える圧力 のことに、全然気が付かないわけなのである(私も長い間、気が付かなかった)。

 ”4000メートルくらいの山なんて、世界の陸地(大陸)には幾らでも---それこそ山ほど 存るではないか? 何が不思議なのか?” と問われるであろう。
 さあ、その大陸の山なるもの(註=大部分は褶曲山脈であると解釈されるが)を造った力のバランスも実は大問題なのであるが、褶曲山脈のほうは著者にも何とか解釈の道がある(後述)のであるが、広大(一辺が3000~4000Kmもある)海洋盆の中央でひょっこりと、海洋盆から計算すれば9000メートルもの高さにまで、隆起しているハワイ島 に対しては、早い話が褶曲圧(?)も造山圧(?)も周囲の地形からは、考えられないのである。
 それからまた、多くの読者は”それは火山性の成因で、マグマの圧力 で隆起したのではないか?” と問われるであろう。私も結局はそう思うのであるが、この質問で特にピンク強調を施したマグマの圧力なるものが、いったいどうして生じたのであろうか?

ハワイ島及び一般海山の成因 前述の問題への私の見解をごく簡単にメモしておく。
 熔岩性の隆起だとするならば、まず熔岩の圧力(基底部に対する)を考えねばならないが、一応それは液体であるとすると、液体圧力の伝わり方を考え、かつ9000メートルの高所に液体が上昇している---と見て、基盤部には約2700気圧がかかっている(熔岩の比重を3とする)と考えることになる。
 これは、仮りに超氷河(比重1と仮定)の高さに換算すると27000メートルの高さであるわけだ。では、超氷河の高さは27000メートルあったのか?
 一次回答としては、上の問いにイエスと答えるほかにない(後に註があるので参照されたい。)熔岩の重力圧を支えるに足る圧力の実体(加圧者)がほかには見つからないのである
 火山(の爆発)にはミズが関与している(水蒸気の圧力で爆発している)とも考えられるらしいのであるが、その爆発の圧力はどうも数百気圧程度のもので、1000気圧を超えるものには、ならないように思える。すると、前述の2700気圧の隆起圧 を説明するには、火山性の爆発性 でも圧力不足のように見えるのである。

隆起圧の謎 火山については、いずれ、特に陸上にある場合について、考えて見なければならぬことも多いのであるが、大雑把に考えると、(陸上の)火山のほうは造山エネルギー(後述)の残留現象であると考えられる。
 そして一方の海山とか海膨とかは、広大で平坦な岩石性の平面に残った熔融層の残留事象であると考えられる。エネルギー(熱量)の残留している位置とか、それの残留の状況などは、陸上の山と海の山とでは、かなり違うようである。圧力を加えた事象の本質は(両者とも)そんなに違わないのであるが。

 隆起圧が前述のように爆発圧とは本質が異なるのではないか?
という考え方はハワイ島のような大型の隆起では特に目立つようであるが、一般の海山にも適用出来るのではなかろうか。
 例えば既述したように、海山にはイマの海面スレスレのあたりまで来ているものがある。それは海盆から測ると5000メートルの隆起であり、その隆起圧は1500気圧にもなる はずなのである。このオーダーの圧力は単なる海水の圧力では加えられない。
 つまり、海水の深さ5000メートルでは500気圧にしかならないのである

 私の結論としては、海山や海膨に加えられた隆起圧の原因としては、超氷河をつくっていた固体のコーリの山が主役であったような気がするのである。超氷河が不均等にコーリの山を造っていたのだと考えれば、1500気圧(氷塊の高さ15000メートル)の隆起圧は、考え得ない値ではない。
 そして、多くの大洋島が5000メートル程度に大体揃っているのも、うなづけるような気がするのである。
 しかしながら、である。
ハワイ島の隆起圧(?)を考えると、このような平均的な隆起圧の上に、更に二度目の造山圧のようなものが、加わったのかも知れない---とも思える。その確率は、ありそうである。
(転記者注 : 氷が融けての無くなった現在も噴火し続けている現状を考慮すると、「広大な面積の熔融物質の温度が異常に高い」と解釈すべきでしょう。最近の”地震波トモグラフィー”データ が、傍証となっているようです。)

平頂海山(ギョー)の成因
『 ギョーは、なぜ、あるいは、どのようにして頭を削られたのであろう?』
 永く保留して来た疑問に、ここで初めて答えを出してみよう。次に述べる私の答案は、私の水についての力学的物性概念から、助けを得ているのである。つまり水というものはもし逃げ道をふさがれたままで圧力を加えられると、鋼鉄よりも固い抵抗を示すものだ---という知識に頼っているわけだ。 では答案を次に---。
 ”ある時期、海山は海水面よりも上に頭を出していた。ムカシ(において)海山は数千メートルも海盆から立ち上がった隆起であったが、その後、海ができて海山の腰から胸まで、あるいは頸のあたりまで、海面が来ていた。
 その海面はイマより数百メートルも、あるいは千数百メートルも下にあった。海山がその当時どれほど海面上に頭を出していたかは分からぬが、とにかく頭を出していた。そういう時期に天体Mの氷殻の表面は、この海山が頭を出している海面を、巨大な圧力で押し付けられた所の 鋼鉄のように固いコーリ でもって、こすって 通った。”

 それはある程度(の深さ)まで海が出来てから後のことなのであった。海が出来てからでも、天体Mは平均して1億年に2回の割合で地球と衝突していた。さて、海ができたという条件を入れて考えると、直接衝突の様子は少し違ってくるわけである。
というのは、海の表面はツルツルで、たとえ巨大な圧力が加わっても、海水はほとんど動かず、エネルギーも吸収しなかった。つまり、
海面への直接衝突はそういうものであって、地殻には特別の変化は起こらなかった。
 ところがここに、気い好分で海に漬かって頭を出しながら海水浴をしていた海山の一群は、全く途方もない眼に遭った。彼らの上空の全面に、一挙に数百万気圧の圧力のかかった固い氷が襲いかかって来たのである。
 ”彼らの体(ボディ)のうち海水面下にある部分は、海水自身が固い保護物質となっていたので、何らの損傷も受けなかった。しかし、海面から上の部分は、一つのカケラが何千万トンもあるような氷のカケラの密集した大群に襲われ、しかもその氷自身も、どこへ動くすべもなく高圧で押し付けられていたもので、海山の頂上部分はアッという間に削られてしまった。”
 平頂海山(ギョー)がこうして出来た後、海はさらに増水し、ギョーの頂面はイマの海水面の遥か下方に沈むことになった。ギョーの群がある所では深度を揃えているのは、彼らが一緒に海水浴をしていたときの海のレベルを示している---と考えられる。

 ハワイ諸島の西方には「マーカス・ネッカー海膨」が東西方向に連なっている。そのさらに西方には「マーカス・ウエーキ海山群」が群立しており、それをさらに西に行くと、日本の「本州」から南下している「本州南方海嶺」(サウス・ホンシュウ・リッジ)と直交する。
 ついでながら、この本州南方海嶺に沿って、有名な日本海溝とマリアナ海溝とが、南北の方向に走っているわけである。
 さて少し元に戻って、前述のマーカス・ネッカー海膨の、ハワイ諸島に近い方の半分の領域に 幾つかの平頂海山が、高さ(但しイマの水面から下がっている深度で示す)を揃えている。
1477メートルの海山(東経177度・北緯20度)
1440メートルの海山(西経175度・北緯18度)
1400メートルの海山(西経168度・北緯17度)  などである。

こういうふうに揃っているところが専門家(海洋地理学)の注意を惹くところなのである。
もし既述したような”氷のかんな”が働いた---という推測が本当に”ほんとう”なのならば、この海山群は第Ⅱ部に述べた大増水の計算からゆくと、およそ白亜紀前後の頃に、頂面を削り取られた もののように見えるのである。

 アラスカ湾(太平洋の北東部)のギョーには、790メートル、710メートル、787メートル、731メートル(いずれもイマの海水面からの深さ)というふうに揃っているグループがある。
これもまた、第Ⅱ部に述べた大増水の理論とからみ合せると、第三紀始新世の頃に、頂面を削り取られた ものとして、納得できる。( この地域のギョー頂面からは第三紀始新世のものと決められた化石が見出されている。

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