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2015年9月23日 (水)

T8 陸上に残ったもの・・水成岩、大理石、水晶、ダイヤモンドも

「氷惑星の謎(高橋実著)」 第Ⅲ部(最終章)
4 陸上に残ったもの(マグマの残留)

《 大ヒマラヤ山塊への考え方 》
 『大きな褶曲山脈を造った圧力の正体が---』 と 私はさらに考えを続ける。
『もし本当に第10図のようなものであるならば、その同じ原理は、陸上すなわちイマの大陸塊の上での、大きな褶曲構造にも当てはまるはずだ。』
 実際、海を干し上げてしまって、海と陸との本質的(?)な違いがそんなにあるものでは無い、と分かって来た今では、広い大陸の上で天体Mが大きな造山作用を行うチャンスがあった---と考えてもよい訳である。Photo_4
 第10図の説明の中で、チラチラと私が持ち出したヒマラヤ山系などは、どうもそのような陸上での造山作業の結果であるようにも見えて来るのである。
 ヒマラヤ山系の南面の斜面---それは実に雄大きわまりない斜面であることが、地図の上ではよく分かるのであるが---これも前出のコーリ(氷)のブルドーザーの図に示したPBの斜面に相当するようなのである。
 だとすると、ガンジス川の流れる大平野は、同じ図のTPの斜面---つまり大海溝の斜面ではないのか? と思われて来る。
 「でもそこは、斜面にはなっていないではないか? 鏡の如く平坦な平野ではないか?」 と、読者は問われるであろう。
 さあ、そこの所の説明であるが、私はここが厚い堆積層 で埋められて、平野になったのではないか?とも考えるのである。
 つまり、私は読者の皆さんに、私がずっと前に この書物の初めの方に出しておいた”隠れ海溝”の話(第Ⅱ部)を思い出して頂きたいのである。
 そこでは、大量の堆積物が海谷を埋め尽くして見かけの上で表面を平坦にしてしまったのではないか? と考えておいた。
 陸上でも、同じことが起こるのではないか?
陸上に落とされた 膨大な量の堆積物(註=落とされた という表現が、私の立場での、堆積物の実体に対する成因観を示しているわけである)が、海溝に相当するような地溝とか、その他地上の凹所を広く埋め尽くしたのが、イマの陸上の大平原なのではないか?

《 拡がってゆく疑問 》
 さて、前項のように堆積物なるものをやや拡大して考えると、堆積物なるものの考え方も一段と切実に、我々の身近な地形と関連を持ってくる。我々が日常において接し、写真に写し、文字に、描いて来た高山やあるいはイマ人類が産業社会を展開している平野などとも、関連が出て来るのである。
 そこでこのような観点をも加えて 今後は堆積物を考えたいのであるが、そこへ行くまでの併行考察として、私はもう少しばかり、陸上に残っている天体Mの造山力学のあとをたどっておきたいのである。
 ただ、私はもうそろそろこの書物の終りを考えねばならないので、簡単に述べてゆこう。読者も長い間、エルグだ気圧だと、難しい話に さぞお疲れになったことと思う。
私の結論(?)を最初に2つ述べておこう。
 私は次のように言いたいのである。
山また山の山岳大陸に見られる無数の山の連続(山だらけの構造は、”氷のブルドーザー”が大陸塊の表面にかけられた(当てがわれた)ときに、その内側すなわち天体Mの腹の中で出来たものだ。
イマの大陸に残る大平原は、天体Mから来た膨大な堆積物が造ったものだ。

《 山はどうして出来た? 》

 ”氷のブルドーザー”が大陸に働いた時、そのヘッドの最強力部分は、例えばヒマラヤ山脈のような巨大な隆起を造った(と思われる)。 しかし、ヘッド(前額部)以外の広大な面積には、圧力は落ちてはいるが、しかし、それでも数百万気圧という平均値を保っている大きな力がかけられている。
 これが、海底の地形の遠因(?)となった熔融層(既述)と大体同じものを、大体同じような圧力とエネルギーの原理で(陸上でも)つくった---はずなのである。

《 まず陸上熔融層ができた 》
 ムカシの大陸(始原大陸)は、おそらくイマのように山だらけではなかったのに違いない---と思うのである。
地球のような天体(私は固体天体と言っているわけである。---一方には有機物の厚い殻を持った天体もあると推定している)、その地球のような天体の成因を、仮りに”降り積もり説”に従い、かつ固体の降り積もり のメカニズムとして”岩石の雪片”が降り積もったとするなら、始原大陸はやはりこのような降り積もり物質が、なだらかに平坦に積もっていた と考えるほうが順当である。
 そこへ天体Mが、やはり整形美容手術をするためにやって来た。熔融層ができた。
しかし、どうも陸の"皮膚"と、海の"皮膚"とは違っていたらしいのである。それから、陸の上ではうまく超氷河が載らなかった---海盆の方へ流下して、海盆に入ってから超氷河になった---らしいのである。
 こういう違いは、造山作業の過程や、最後の仕上がりの過程で、いったいどういう手術結果の相違をもたらしたのであろうか?
なぜ、海洋での整地作業では広大な平地(海盆)ができたのに、陸上では本当に呆れるばかりの山また山ができたのであろう?
 これは本当に、疑問といえば疑問なのである。
  だが、疑問に感心ばかりしている余裕はもうない。
             私の答案を述べておこう。
 イマの陸地になった部分は酸性岩の多い所であり、イマの海底になった所は塩基性岩の多い所である。---と、そう私は考えているということを、この書物で前に言及しておいた。どうも、そこにも原因の一つがありそうである。
  ●塩基性岩の熔岩は(サラサラとしていて)流動性に富んでいる。
  ●酸性岩の熔岩は、粘性を持っていて(註=もちろん温度にもよるが)、どちらかといえば軟らかいアメのような流動性を呈する。
この物性的な差異と、次の熔岩の流体(としての)圧力の問題が複合している。
塩基性岩の熔岩の隆起圧  海洋盆からの(海山等の)隆起に際して、数千メートルないし1万メートルの熔岩のヘッド(落差)に対する圧力は1500気圧ないし3000気圧になるが、それを支えて押し上げるように加圧した超氷河の圧力があった。
酸性岩(の熔岩)の傾斜  しかし、陸上熔岩の一時的隆起に対しては(天体Mが去った後)それが平らになろうとする動きを抑えるものがない。 だから陸上の熔岩層も、もしそれがサラサラとした塩基性熔岩なら、すぐに平坦になったであろう。
 しかし、酸性岩の熔岩は、もう少し粘っこかったので、天体Mが去った後(その圧力がなくなったときに)自分自身の粘性に応じた傾斜角を保つようにしながら、冷え固まっていったのであろう。
ヒマラヤ山系(の始原熔岩)の流体圧と傾斜(海溝の傾斜)  ヒマラヤ山系(を造ったところ)の熔岩の圧力---基底部を仮りにガンジス川の平野のレベルに置いて計算する---は、熔岩の比重を2.5として、約2200気圧に達する。
これだけの“積み上げ圧力”があるのであるから、山塊の裾のほうでは、これに均衡する圧力があるわけである。表面が固まって来た熔岩の自重が、これに当たるわけである。
 ヒマラヤ山系の南面の傾斜は、平均して16分の1程度になるようである。
これを既出のトンガ海溝の二つの斜面の傾き方(陸側斜面7.5分の1
海側斜面18分の1)と比較して頂くと、何かの参考になるかもしれない。
 というのは、陸側の傾斜を仮りに酸性岩のもの としてみると、それがこのように急な傾斜(7.5分の1)でバランスしたのは、この位置に置かれた氷河または水の圧力が、押えていたからだ(それ故、ヒマラヤの傾斜より急)と思われる。
 そして(同じトンガ海溝の)海側の斜面を仮りに塩基性岩のもの だとしてみると、これも本来はもっと少ない傾斜角になるはずの所が、やはり水圧か氷圧で押えられていたものと思われる。
 陸上(ヒマラヤ山系の場合)では、このような外側圧力がないので、自重で均衡を保つ結果になった---と私は思うのである。

《 マグマ(陸上領域)の冷却・収縮・残留 》
 たとえ陸上部分であっても、熔融層ができる原理や力学や そのエネルギーは、海の部分(ただしムカシの海---水はないとして)で出来る(あるいは、出来ていた)大熔融層との本質的に変わりがないものとすれば、
 大陸の大褶曲構造の下(註=100Kmとか数百Kmの下の方)には、熔融圏の残留部分が残っているか、または、数億年程度以上の古いものであれば熔融状態ではなくなっているにしても、なお高温(千数百度程度より以下)が残っていて、それは収縮を続けている---と考えられる。
 しかし、その収縮実寸法は、100年に1mmのケタのものであるようである。これは花崗岩の熱伝導度や線膨張係数などから高温層の厚さ等を仮定して、推算したものである。
 高温度の層が地表に近い所に残っているなら、この冷却(による収縮)の速度は1ケタくらい早くなる。
つまり、10年に1mm位である。この収縮速度から見ると、通常の我々がよく知っている火山活動のメカニズムは、もう少し違っていて、別の原因〔註=地殻表層部の破砕構造から水が入ってゆき、熔岩帯の物性を変える。〕があるようである。
 地殻のもっと表面の部分では、おそらくもっと早い冷却と収縮があったのではなかろうか?

《 玄武洞の成因 》
 地殻の本当の表層部(我々が日常眼にし得る程度の所)には、前項末尾に述べた熔岩の急速な冷却によってできたのではないか、と思われるところの洞穴構造がまま在る。日本の山陰地方のある温泉郷にも、玄武洞と通称されている洞穴があって、古くから土地の名所になっている。
 玄武岩の六角柱状の構造が洞穴の天井に、すき間もなく現れていて(六角柱は垂直に並んでいる。六角形の断面のほうが下方を向いている)、洞穴の高さは10メートル程度のものである。
 この玄武洞は一例であるが、それは鍾乳洞とは岩石の質が違うわけで、鍾乳洞は石灰岩が水に溶けて出来たものとされているが、玄武岩は深成岩とされており、最も固い岩石に属する。
 私の考えでは、この玄武岩は熔岩状態の後、かなり早く出来たもので、その後その下の岩層が収縮沈下して天井岩盤から離れ、かくて洞穴空間が出来たものと思っているのである。
 このような深成岩の洞穴(鍾乳洞ではない)の大変大規模なものが、出来ていたとして、その後を考えてみると、上部岩盤は六角柱状に冷えて固まり(寸法も縮んで)遂に大規模な落盤になる。と同時に大量の六角柱状の石材がバラバラになって崩れ落ちる。
 このようにして出来た何万本か何十万本かの玄武岩柱を、利用して造ったのが、ポナペ島(太平洋の大洋島の一つ)にあってナンマタール遺跡と呼ばれている所の、謎に満ちた大石造構造物群なのである。---と考えているのである。

《 火山活動---水の参加と熔融点の低下 》
 人類が現に見ている火山活動は、考えてみると、大体、海面に近いレベルで起っているようである。 海面に近い---といっても、エベレストのように高くはない、という意味であって、海抜1000メートルから1500メートルぐらいまでの所---という程度の気持ちである。
私はこれを、初め爆発の圧力の関係からだけで考えていた。
 しかし、専門家に教えられたところによると、火山のマグマ自体には、水の追加による物性の変化がある、と考えられる由である。
 一番重要なことは、熔岩物質の分子構造にH2Oが加わって、溶融点の温度を著しく下げるのだそうである。
だから今でも、地表面に極めて近い所(註=この場合は例えば別府温泉地帯の”地獄”、熔岩がブクブクと沸いている所---のように、ほとんど地表面に出ている所を指す)にあっても、熔岩が熔融状態に在り得るのだ---と言う。
 熔融層(または高温層)に、地殻の破砕帯を透して水が浸入し、それが高温層の物性を変え、熔融点を下げたので、マグマの冷え残りがさらに永く流動状態を保ち得たものであるらしい。
なお、火山の爆発圧は、どうもこの考え方からすると、水蒸気の(高温における)圧力が主体になっているように思える。
 さて、このように(火山活動の)大体の原理を考えてみると、
私には、この書物の第Ⅱ部で既に出しておいた一つの疑問であるところの『・・あの火山活動が、なぜ、長い長い40億年以上にも及ぼうかという地球史の中で、その10分の1にも当らぬ最後の数億年になって急に思い出しでもしたかのように、活動し始めたのか?』という謎にも、漸く解釈の道ができた---と、思われるのである。
 その答えは何か? と言えば、
その時になって、漸く、その場所に、水が来た のであったのである。

《 大圧力と大減圧が残したもの 》
 かつて地球の表面(註=表層よりもさらに外側---我々が日常でも見得る表面---いわば陸地をここでは指す。海は長いこと引き剥がしたままで来たわけであるが、ここでは全部元に戻し、イマ我々が見ている表面に話題を移す。) その地球の表面にかつて、圧力がかかった結果として出来たものではないか?と思われるものが随分ある。
水成岩は、どうもそういう大圧力の産物であるように思えるので、これ(水成岩)は量的にも分布範囲的にも、多く、かつ広い。そういう一大システム物質である。

 一方、減圧の過程でできたものではないかと思われるものが、各種の結晶構造のある岩石性物質(非金属の意)である。
 名称をあげれば水晶が最も知られた物質で、且、減圧過程で出来たものであろう(註=これは既出の西堀博士の指摘による)と思われる由であるが、その他にも、私見によれば、何と意外にも、ダイヤモンド天然産)の成因を、大圧力の結果と考えるよりは、大減圧の結果と考えたほうが、よさそうに思えて来た。
 しかし、大減圧の前には大圧力があったわけであるから、大減圧とは言っても、それは大圧力の裏言葉である。 何十万気圧---と思われるような大圧力からの減圧なのである。
 ところで、結晶質のものは加圧過程でなく減圧の過程でできる---と考えると、読者にも納得ゆく点があるのではないか?
(註=ダイヤモンドが加圧過程だけで出来るのなら、水爆の地下爆発を利用して、ダイヤモンドの大量生産もできそうである。しかし、このような人工的な超々高圧は、ほんの0.1秒とかあるいは1秒間とか、瞬間的にしか得られない。
そして、その後には高熱過程が続くから、むしろ結晶にはならず、ガラス状になるであろう。巨大なダイヤモンドの結晶が得られるためには、熱を伴わない超々高圧からのゆっくりした減圧過程が必要なようである。)
 減圧と結晶現象の関係で言えば、既出の玄武洞の六角柱状の構造についても、同様に考え方をなすべきであろう(減圧過程で柱状構造ができている、の意)。
 水成岩の加圧過程等について、まだ充分な考察の結果ではないが、新しい考え方の露頭のとうな思考結果を、次にまとめておきたい。

 水成岩は広い概念なのであって、地質学的には泥・粘土・ローム・黄土・泥板岩(頁岩とも言われる)・粘板岩・泥灰岩・凝灰岩・苦灰岩・砂・砂岩・礫岩・石灰岩(この中に大理石が含まれる)・石炭・石膏岩(これは硝酸カルシウム)などが分類されているわけである。
 私の考えでは、これら諸物質の中には、加圧される前の材料物質のようなもの(岩石にならなかったもの)と、加圧後の岩石状の形態になったものとが、複雑に混じっているように思われる。
そのひとつ一つを考察する余裕はもうないので、特に読者にもナジミが深いもので、かつ既にこの書物の前の方であげておいた大理石のことを、ひとつだけ、述べておく。
大理石の有名な原産地は中国雲南省の大理という所で、それで大理石と呼ばれる由であるが、そういうわけで産出の場所は陸上である。
 成分は炭酸カルシウムであるが、その原体物質はウミユリ・サンゴ・オウムガイなどの遺体または殻で、その中にアンモン貝の見事な殻が原体のままと想像される形で出て来る(研磨面に断面として)わけである。
 このような、海底成因と考えられる岩石が陸上に上がって来ているので、従来は岩盤が隆起したと考える以外に説明の方法もなかったわけであるが、私の立場からは次のように説明できる。
 まず最初に、陸と海の接点の所に前記古生代の動物遺骸が積もって堆積層をつくり、その中にはアンモン貝の殻もあり、殻の中には前記のサンゴなどの細かく砕けた遺体も充填されていた。そこへ、圧力がかかった。
この圧力温度または熱を伴わない圧力であったのであろう。
高熱はなく、しかし圧力は極めて大きい。こうして緻密質の水成岩である石灰岩大理石)ができたのであろう。ナンモン貝の殻も(変成されないで)そのまま残り得たのであろう。

 さて、その加圧の結果の産物が、なぜ陸上に上がっているのかと言えば、それは第10図に示したの勢いで加圧物質(氷殻の砕けたもの)が動いているのである。
この動きを考えると、(氷のブルドーザーは)海底の物質(堆積物または堆積層)を幾分さらい上げる ようにしながら、褶曲山脈をつくっていった---と思う次第なのである。

   [ 氷惑星の謎(第Ⅲ部) 完 ]
・・・ ブログへの転記者より一言。天体M説の名誉回復を目指す者です。
ここまで読んで下さったあなた(貴方、貴女)、今度はあなたが主役です。
ダメ元で、ノーベル賞を狙ってみてはいかがですか。
 陰ながら応援しています。
  2015年 9月23日 大山宏

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