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2016年1月14日 (木)

S1、地球の近傍を通った巨大な天体から地球に水が・・・?

灼熱の氷惑星殿。 著者である高橋実氏は15年前に亡くなられました。このまま"氷惑星"が忘れ去られて行くに忍びず(勝手ながらブログに)転載させて頂く事にしました。あしからず御了解ください。   

「灼熱の氷惑星」・・・高橋実著

         2月27日のことであった。
        この日、大きな淵の源がことごとく敗れ、
        天の窓が開いて、
        雨は40日と40夜、地にふりそそいだ。
             ( 旧約聖書 創世記 第7章11節~12節 )

第一章 仮説への道

       朝、雨が降りに降った。
       私はこの眼で、夜も大粒の雨が降りしきるのをみた。
       私は頭を上げて、天を眺めたが、
       その恐ろしいことと言ったらたとえようがない程だった。
             (数千年前シュメール出土の粘土板に記載)
1、地球の近傍を通った巨大な天体から地球に水が移された・・・・?
 標題のようなことを、私が頭の奥底の方で考え始めたのは1972年の末近い頃である。
この考え方は、聖書などに伝えられている洪水事象や、古文書等に見られる異変という概念などを、地球以外の天体から水が移される時の自称として説明しようとするものである。
 この仮説は、いわば”禁断の仮説”なのだった。力学的に非常に説明の難しいことなのである。この仮説の背景にあるノア洪水の伝説も、ある意味では禁断の疑惑事項であった。
 ノア洪水の伝説は、いわば人類という特別な「種」が持っている記憶のようなものだと思われた。人類というものは、他の生物が持っていないような、記憶の伝達方法を持っていた。言語と文字とである。
 文字が、人類をかつて襲ったと思われる異常な経験について、何かは知らないが、つたえているように思われた。

”何か巨大な事象が、人類の過去にあったような気がする”のである。ノア洪水の伝説は、いわば「人文」(ジンブン)の中に伝えられてきた巨大な事件についての、記憶なのではないか。

《異変は再現するのか》

 地球の近傍を巨大な天体が通る・・・そういうことがあり得る・・・と考えるだけならば、それも唯一回だけ、そういうことあったと考えるだけならば、あるいはあり得ることかと思えそうだ。

しかし太陽を中心とした惑星系の力学や、銀河系の成因などが判って来ると、かえって唯一回だけ生起する という点が、逆に、あり得ないことにみえてくる。

 そういう巨大な天体から水が地球へ移動する と考えることも、ほとんどありえないことと思われていた。

このような力学が成立する条件は、極めて特殊な場合に限られているようだ。

 最も難しいのは、このようなことが繰り返された、すなわち何度も再現されたし、今後も再現されると考えることであるように思われた。

しかし自然界の法則のあり方からみると、再現できるということがむしろ絶対的な条件なのだ。だから、標題に掲げた仮説の表現は、むしろ次のように書く方が正しい。

 ”繰り返して地球の近傍を通った巨大な天体から、地球に水が移された。”

この表現ならば、これは考え得ることになってくる。第一番目に述べた難点(唯一回だけと考える事の不合理性)は、このような一見難しそうな表現にする事によって、かえって消え去ってしまう。

ところがこの表現に従うと、第二番目の難点が目立ってくるのである。何度も生起し得るはずの事件が、ほとんど起こりそうにない条件を満たす場合にだけ起こっている、と考えることになる。だが、そういう方程式を見つけだすことは、ほとんど至難のワザのようにみえた。

実際に私がこの仮説に最初に手をつけた段階では、この二番目の問題、すなわち、
 ”水が地球へ移動し得るような条件が、繰り返して実現あるいは再現される”という問題を解こうとして、手ひどい反撃を受けた。
なるほど、これは難しい問題だと悟った時、ようやく私はこの問題が禁断事項に入っている理由の奥底まで悟った。そこから私は出直した訳である。後で述べる。

《人類の記憶》

 ノア洪水の伝説は、しかしながら、別の分野でも、禁断事項に入っているようであった。この方は逆に疑う事に対する禁断になっている。平易にいえば、疑ってはいけない事になっているのだった。少し難しくいってみると、次のような事になる。

 人類が持っている記憶の伝達方法は実に独特なものだ。それは言語と文字だと考えられる。聖書その他の古文書には洪水に関して、人類が遭遇したある巨大な事象についての記憶を、文字で書き記してある。同じような古碑だとか古記録が、世界の方々に断片的ではあるが残されている。

その中には、到底今後繰り返しては起こりそうにもない事が、起こったとして記録されている。起こったということを記しているこの”人類の証言”のようなものは、例え物的証拠は何一つ無いにしても、人類だからこそ残すことができた証言なのではないのか。

いや、そのように証言だとして受け取るべきものであろう。これを疑うのは、どうも人類の稟質(文字の所有)をまで疑うという、自己否定にまで及びそうなことと思われた。

 私はこの「人文」の中に伝えられてきた一つの重大事件を、繰り返し性の場の中で再現してみようと思う。つまり、それは地球の長い長い歴史を通じて、何度も繰り返されてきたことであり、今後も起こりうるのだということを明らかにして見たいのである。

 それは途方もない大事件であった。そのことが判ったのは、随分と後になてからであるが、肇の問題はかなり簡単に考えていた。そうして、手ひどい反撃を理論計算の結果から受け取った。こんなことは起こりそうにもない・・という結果であった。

《固体天体モデル》

  私はこの巨大な天体・・・人類がその名前も何も知らぬ所の、名を聞いたこともないような天体・・・に、と文の間の仮の名称として、天体M という記号名を使うことにした。

 それは始めの間、地球と似たような構造を持つと考えていた。それはいわゆる小惑星といわれるところの、地球や水星・金星・火星と同じような固体天体である。

 このモデルにも、それだけで充分に軌道計算はできるという意義はあったが、地球との相互作用を考える段になって、完全に90%近くまで失敗したモデルだと断定される憂き目に合った。

この固体天体モデルでも、地球に水が移り得ないことはなかったが、確率のあり方が極めて不自然であった。間接衝突で水が地球に移り得ると考えられる空間の半径は、天体自身の固有の半径のわずか10%くらい外側にまでしか伸びなかった。

それであるのに、個体部分との直接衝突は避けながら、このわずかしかない間接衝突の空間へ、過去の地球は何回も何回も入り込み、あるいは接触している、と説明しなければならぬ羽目におちいった。

そんな確率があるのなら、もっともっと大きい確率で、地球は天体Mの個体部分と衝突したはずである。 間接衝突の確率を高めようとして、両天体のニア・ミスの距離をひろげてみると、もうこの固体モデルの天体からは、ほとんど水の移ってくる可能性は無かった。

 私は初期のモデルから出直さなければならなかったが、それはしたたかに思い知らされる程の難事業であった。出直すかわりに退却してしまおうということはしなかった。退却してしまうと、あの「人文」の中に伝えられた事象は、もう一度謎のままに残る。

「人文」の方を信じるなら、私の使ったモデルの方がまちがっていたのだと考えられる。水は移ってき得たはずなのである。そうでなければおかしい。こういう考え方から私は大惑星型のモデルを考えていったのである。

これが私を、途方もない事件の連続へと導いていった。これらの考え方は第二章以下に述べる。それまではこの第一章で、この巨大な疑惑の城城に対して、遠くの方から少しづつ近づいて行った経過を述べておくことにする。

2 ある因縁の旅

  ”どうも、やはり、地球以外の他の天体から地球に水が移ってきた、と考える道があるのかも知れない・・。”

  考えていたのは、飛行機の窓からじっと下界を眺めていた時である。1972年の終わりの部分の40日ほどの間、私はタイランド(タイ国)とバングラディッシュと、それからインドネシアとを訪問した。

途中で10日ほどオーストリアのウィーンに行ったけれども、ウィーンを別にすればこの時の訪問地域は、偶然ながら後で私の仮説の中に出てくるある広大な水域の周辺を飛び回っていたことになるのであった。この水域のことは、後で第四章の終りの方に出てくる。

途方もない事件がこの水域にも起こっていたらしいのであるが、その時は私はそこまでの事は知らず、ただじっと飛行機の上から下界を眺めていた。それも、水面を眺めていたのである。

人類というものは、ほんとうにぎりぎりの水際に住んでいるものだ、という感想が頭の中を去らないのである。 飛行機の上から見ると、水面からの反射光が消えて、水面下の陸地からの反射光が出てくるものだから、海底数メートルくらいのところが、色が変わって見える。沈んでいる陸地なのである。

”あの陸地が、これから徐々に浮き上がってくるところなのか? それとも沈みつつあるところなのか? そこが問題だ。”と、私は考えていた。 ”ティー?orコフィ?” そうだ。スチュワーデスにとっては、お茶かコーヒーかが問題なんだ。というわけで、”ティー”を返事しておいてからまた考える。

《ぎりぎりの文明》

20世紀の人類の文明は大都会文明に象徴されている。その大都会の大半が、海面ほとんどすれすれの所に展開されている。東京、ニューヨーク、ロンドン、シャンハイなどがそうだ。日本だけで言えば大阪も神戸も、名古屋も横浜もそうだ。
大都会だけではない。日本民族は臨海工業地帯というものを発明して、海際に工業王国を築いた。

”この海の水準面がわずか5メートル上昇すれば、日本の生産経済の50%はマヒしてしまうのではなかろうか?”と思うのだが、このぎりぎりの文明が、もし南極の氷が融けでもすれば、一挙に滅ぶのだという。

これはほとんどの人が知っている有名な警告である。地学の方での計算によると、南極の氷が全部とけると、世界の海面は150メートルくらい上昇するかも知れないという。数値が多少不確かな趣があるのは、南極の氷の量が正確には推定できないからである。

しかし、とければ大変なことになるのは間違いない。 現実には世界の陸地には、平均してみて大きな海進も海退も 今は起こっていない。海面は泰然自若として安定している・・と判断されているようだ。

南極大陸の氷が安定なのなら、どうやら世界の大都市も、日本の工業地帯も、安心してよさそうである。 しかし南極の氷の安定条件も、もし地球の温度が少しでも変わると、かなり微妙なものになるらしい。

厚さ約1500メートル程の大陸氷の底面の温度が1度変化すると、その位置のコーリの変態点が、圧力にして約100気圧ほど変わる。

100気圧は氷の厚さにして1000メートルであるから、もし変態点附近のギリギリの所で平衡を保っているなら、その平衡点からわずか1度の温度変化でも、1000メートルの氷の融解を招くという油断できない事態が起きる。

《1度気温が上がると・・・》 

余談であるが、大陸の氷河が寒冷気温のたびごとに海水から変化して氷になり、それで大陸氷が発達するのだとすれば、地球にはむしろ寒冷期が訪れてくれた方が、海面が低くなって、大都会の方は安心である(工業をさらに発達させてもよい)ように見える。

しかし緯度の高い地方の農業は、寒冷期が来ると大打撃を受ける。これも人類社会の崩壊へと移ってゆきかねない大事件である。地球を温かくすることは食料のためにはよいが、海面の水位からいうと、よほど要心してかからない限り、臨界の大都会や臨界の大生産機構の方が危ない。

どちらにしても経済的に大問題であるから、現在の地球の気候は寒暖どちらの方向にも、ぴりっとでも動いてもらっては困るということらしい。 これは少々厳しい注文である。ぴりっとでも気温が変われば困るというのでは、人類は工業を展開できなくなる。

南極大陸の氷をとかさないようにしながら、北半球だけ気温を上げるように、工業は北半球でその主力を展開するものと考えればどうなるであろう? 北半球の農業も同時に寒冷から救い、同時に人間の生活も暖かくなってよいではないか? 名案のように見える。

しかしどうも危ない。北半球にも大陸氷河があるのだ。北半球の気温を摂氏1度上げると、グリーンランドその他の北半球大陸氷が3分の1ほどとけだして、それで全世界の海面は20メートルほど上昇しそうである。

北半球でどれだけエネルギーを使えば、北半球の気温を1度上げることになるのだろうか? これは結局のところ、天体の表面温度を計算するときに使う熱輻射の法則を使って概算して見るより他にない。北緯30度以北において1年に4200億トンほどの石炭を使う時が、このような時なのである。

石油なら2500億キロリットルを年間に使う時である。 まだまだ余裕がありそうに見えるが、これは余裕ではない。20メートルも海面が上昇するのではおそらく日本の場合、生産機構の90%はマヒしてしまう。

10分の1の所で(上)の数値を抑える程度に考えてゆかねばならない。石油換算で250億キロリットル毎年くらいの経済の時に、海面上昇も10分の1なら、実数で2メートル上昇するという程度で、くいとめられる。

しかし、これもまた淋しい話なのである。石油換算で250億キロリットル程度の経済なら、人類は今世紀の末にでも、早くもこの程度の力にはなってしまう。もう、そこで限界なのであろうか? そこが限界だとすると、来世紀末頃に150億人にもなりそうな人類人口の予測も、大圧迫を受けることになる。

《地球の水は多すぎる》

私が、もう少し人類には余裕が欲しいものだと思って、南極大陸に氷を積み上げる計算をしてみたらどうか? といったのは、この(バングラディッシュ等を訪問するところの)旅に出る直前のことなのである。これは地球の排水計画みたいなものだ。

 だが、この計画は決定的に良くない。排水のための動力エネルギーが膨大なものになる。この計算は結局のところ、”反面教師”に終わったのである。氷がとけるということが、いかに人類にとって大変なことかを悟らされる結果になった。

後に出てくる数字であるから、読者にとっても無駄にはならないと思う一つの計算をここで御紹介しておこう。 3.5京トン(京は兆の1万倍)という氷を南極大陸に積み上げるのに、およそ20兆トンの石油が動力源として要るようだ。

厚さ1000メートルの氷層を、この動力源によって積み上げて造るのである。 これで海の水面が100メートル下がる。それが3.5京トンという水量の意味である。 石油の埋蔵量は、大陸棚のありったけを見積もっても2兆トンになり得るかどうか判らない。それが石油20兆トンがいるということの現実的意味である。

どうも、人間のえい智がいかにすぐれていても、水と直接ケンカをしてはかなわないのであるらしい。人類としては、結局水に浮かぶより他に手はない。到底かなわないという感じから私には、

 ”地球には水は多すぎる” という感じが出て来た。

どうにもやり場がないのである。地球の水を”排水”する計画は御破算にしてあきらめるとしても、他にどうする方法もなさそうにみえた。 だんだんと、私には地球上の氷塊がウラメシクなってきた。ウラメシクなってくるとそれだけ、頭の中でこの氷塊を見つめる度数が増えてくる。

地球上の水もまた、ウラメシイ相手だ。これも、じっと見つめる回数が多くなってくる。生物の本能みたいなものである。 見ている内に、この氷や水は”いったいどこからきたんだ?”と問い詰めたくなってくる。これはウラミとツラミの果ての問い詰めなのであって、向学心なんて上品なものではない。

食いもののウラミは恐ろしい、とよくいわれる。生活とか生命とかにかかわってくると、関心の持ち方も真剣になる。”水はいったいどこからきた?”と質問するとして、通り一遍の答えでは満足できなくなるのは、やはり一種のウラミにそそのかされた執念である。氷についても同じである。

《氷がなぜあるのか》

 私は旅に出る前、南極大陸に氷を積み上げる試算をやってみると同時に、一方では別の予感のようなものをも持ち始めていた。地球上の増水が、全部地球上の大陸氷からくるものだとするにしては、氷の挙動と水の挙動との間に、少々説明し難いものがあるような感じがしてきた。

簡単に言うと、氷がとけて海水になるというクダリは、非常によく納得がゆくのだが、逆に、海の水が陸の氷になるというクダリの説明が、よく判らないのである。ここのところはほとんど常に気候の変化があった、という前提で説明してあるように思う。

なるほど気候の変化があれば陸氷は増加する、とは思える。しかし、理論というものはつらいもので、特定の場所や特定の時点だけに通用するものであっては駄目なのである。いったん一つの方程式を立てたなら、それを何時の時代にも通用させなければならない。

氷の挙動の中で、いちばん不可解なのは、二畳紀といって今から約2億年くらい前の、古生代末期に近い頃の地層に発見される氷河痕跡である。これがオーストラリア大陸にも南米大陸にも分布しているばかりでなく、アフリカ大陸の中央部、赤道直下にも、それから赤道の北にも南にも広く発見されている。

この事象を説明するのに、気温の変化によって氷ができ、気温の変化によって氷がとけた、という方程式を使うとすると、まず気候の変化を(この赤道直下の位置で)説明しなければならない。それには非常な困難を感ずる。

とける方は説明の道があっても、できる(形成される)方の説明はなかなか難しい。

《地球外成因の予感》

いま氷について、それが(地球の上で)できたのであろうと、ほぼ万人が考えているのは、極冠と呼ばれている南北両極圏の氷である。 そこで、このことをかりに方程式にして、

極地であれば氷はできる” と表現したとすると、
「では二畳紀においては、アフリカは極地であったのか?」と問われることになる。

この質疑応答の行先は果てしもなく拡がって、地軸の姿勢(地球の自転軸の傾き方や、方向のあり方)にまで議論がいく。だから気候論もなかなか通り一ぺんの解釈では済まないのである。

私が当時もっていたかすかな予感は、
”どうも氷は地球の寒暖とは関係なしにできたものらしい” という第一方程式と、
”しかし氷がとける時は、寒い所はとけ残り、暑い所はとけて海水になった”
という第二方程式とが、組み合わさって成立するのではないか?                          という考え方であった。

こういう予感がきざし始めた頃から、私の心の片すみに、ちらりちらりと”ノアの余水”という概念が動きはじめた。 ”どうも、イマの地球の水の一部は、ノア洪水の時の水なのかも知れない。” という考えである。

こういう考えをした上で、イマの地球の大陸や浅海底の地形が、いったいどうしてできたのか? どういう事件の順序で、かくは地球に水が多くなったのか? と考えるのである。 

これは理論の体系を組み立て直すことになる。途方もない複雑な仕事である。飛行機の窓から見る光景は、このような考え方の中の一つの枝<ブランチ>さえもまとまらなぬうちに海面を過ぎ、大陸に移る。

山また山の大陸というものもまた、人類にとってなかなかに手をつけ難いものであるらしい。広大な山岳大陸をヨソにして、人々は海際に集まっている。タイのバンコクも、ビルマのラングーンもである。

《雨季に水没する国》

バングラディッシュは私にとって、驚異の国であった。海の水準と陸の関係という、私の正面にあった問題を、バングラディシュは国ぜんたいで背負っていた。それは、まるで平らな国であったが、ブラマプトラという、チベットから流れてくる大きな河のデルタなのであった。

しかも、この国は世界でも最も雨量の多い地域にあった。雨季になると、国土のほとんど全部が水びたしになった。この国の人々は、これを常態だと考えていた。他の国と比較すれば。異常で特殊な国土であるが、バングラディシュとしては国土が水びたしになることは常態なのであり、毎年このことが繰り返されるのである。

この国は雨季が過ぎて、ほんの数メートル水位が下がると、それだけで国土の全部が顔を出す。それほどに平らな国であった。この国こそ、もしも北半球の大陸氷がとけて海面が数メートル上がれば、それだけで全国土が永久的に水没するという、そういう国であった。

”この国では、大陸が5メートル浮上するか、それとも五メートル沈没するかが運命のわかれ道だ。おそらく、五メートルともいうまい。三メートルの差が、7500万人の民族の運命を変えるのだ。 こんな国は、本当に他にどこにもなかった。太陽が照っているにも拘らず、この国の米の収穫率(単位面積当たりの収穫率)は、日本の八分の一であった。

国民の一人あたりの総生産は、当時約40ドルであった。一人一年あたり40ドル。統計の上でもおそらく世界最低であった。

《水没対策》   ・・・  割愛
《陸を造る》     ・・・ 割愛
《言語と文字の出現》・・割愛
《C14年代測定法》・・ 割愛

《文字時計と放射年時計》

この二つは、ともに、人類の過去数万年の範囲に起こったことを逆推定(時間をさかのぼって推定)するのに、極めて重要な武器になる・・と思うのである。

私は全く偶然に過ぎないのだが、インドネシア滞在中、バンドンの原子力研究所で、わたしとしてはじめて、ノア洪水が地球の傍通った大きな天体によって惹き起された、という仮説を話した。非常に幼稚な段階での考え方であるが、ポイントは天体から天体への水の移動にあった。

”そんなに近くを通ったのでは・・・”と一人の人が私の描いた図を見てすぐにいった。 ”巨大な潮汐力が働くのでしょう? 何千メートルというような・・・” 私は潮汐力がノア洪水の事象の一次原因なのではなく、水の移動(天体間の移動)が主眼目だ、という意味を話した。

この時の話は雑談のようなもので、そんなに深く追求する気持ちは無かったが、私の頭に一つ巣くっていた考え方は、”この事件には、イマとなっては証拠がないのだ。”というものであった。

ここで読者は気づかれるだろうが、読者自身がノア洪水のことを聖書で読まれたとき、この事件は何時頃のことだと感じられただろうか? たぶん、地質学的な時間に比較すれば恐ろしく近い年代のことだという第一印象を持たれるであろう。

その印象はどこからくるのかといえば、おそらくそれは、この事件が文字で書かれているからだ、とは思われないか?
つまり「人文」の中で文字が出現した時点が明らかになれば、その文字の種類によって、それがいつ頃書かれたものかが推定できるはずだ。

それで、もし文字というものがそういう”人文時計”のような役割を果たすのなら、これは人間の言語が化石になったようなもので、示準化石(地層の年代を示す目安になる化石)と同じように、示準文字という概念もでてきそうである。

先刻、私が原人・旧人・新人の脳容積と言語の発達との関係を述べた時、これがもう本の一息現生人類の方向へ延長されると、文字の時計ができそうだと思われた読者もあると思う。それは冗談として、とにかくノアの洪水は何となく至近の過去に起こったことだという印象がある。

一方ではC14測定法は、この程度のことを測る手段を提供している。故に、もしノア洪水の時の証拠物件が何か残っていれば・・・それは炭素を含んだ有機物とくに植物の遺体であってほしいのだが・・・我々はかなり正確にノア洪水の生起した時点を、放射能時計で測ることができるのである。

《証拠はなにもない》

”残念ながら、そういう証拠物件は何一つ無い。ノア洪水の時に限らず、それ以前の多くの事象に証拠が無い。” とその当時には私は思っていた。

氷も水も、それがいつどこで起こったか、あるいは造られたかを示す証拠物件があれば、どんなに物事が考え易いかと私は嘆じたのだけれども、考えてみればそのような証拠があるくらいなら、もっともっと早く、このノア洪水事象は解明されていたことだろう。

証拠がないからこそ、禁断事項の扉の中にしまいこまれたままできたのである。 直接の証拠が無いのなら、私は非常に広い”理論集合”のようなものを組み立てて、それで禁断の城城を包囲してみるより他に手段はない。

”理論集合”のほかに“資料集合”も必要なようだ。どのような些細な資料でも、この仮説の解明には役に立つ。

1972年の暮にジャカルタから東京に帰ってきた。例の“五メートル海水面が上昇したら、その経済活動の50%はマヒするであろう”という、きわどい所に大生産地帯を置く、名人芸のような離れ業を演じて見せている日本民族の首都である。

五メートルぐらいの浸水ならたいしたことはあるまいと思うのは大間違いで、港湾を始めとする大抵の流通機関が危ない。こういう“システム”になっているものは、一ヵ所がマヒすると全体が動かなくなる。

日本民族の名人芸ぶりは、臨海都市や臨海工業地帯だけではない。地震対策でも同様である。自分の国に資源が無くても、泰然自若として驚かない。食糧を生産するための土地は、もともと不足気味であったのだから、それ以上不足になっても平然としている。

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