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2016年1月14日 (木)

S2 灼熱の氷惑星   長楕円軌道    世界の洪水伝説

「灼熱の氷惑星」殿、・・・第一章、2節の続きです。高橋実氏は1974年頃に これを書かれました。(今から約40年前ですが)、今読んでもちっとも時代遅れの感じがしない位、説得力のある文章です。

3 仮説の出発点

《未来工学の研究から》
《水上生活の考え方から》
《マンモスが手がかりとなる》
4 恐ろしく周期の長い惑星か《周期3000年の惑星》
《地球軌道との交差》

M

  《天体Mはどこにいる》
5 「人文」資料の中に見る大異変の痕跡
  《禁書の謎》
  《世界の洪水伝説》
6 予知の形跡
  《黒衣の僧》

1973年の春になって、私は自分の研究室のある大手町ビルで、一人の歴史学者の訪問を受けた。運命の人の来訪である。何かの拍子で、私はその人に例のバンドンの原子力研究所で話したのと同じ天体相互作用説を話した。

黒板には同じような、地球の傍を通る大きな天体の図を描く。矢印で水の移動する方向を示す。”水が移動できるかどうか、そこが勝負どころなのですよ。”と説明する。
”で、この天体の軌道や何かは、計算できるのですか?”と問う。
”計算は、出来るでしょうよ。”と答える。

物のはずみというのであろうか、この問答があとあとまで私の心の底に引っかかってしまった。本当のところそういう計算をやってみる気は無かったのである。

《未来工学の研究から》

私の当時の仕事も、世にいうエネルギー問題が、中心になっていた。問題の要点というのはこうである。 まず、世間では「エネルギーが無い。」という。あるいは「足りない。」といわれる。また「あまりエネルギーを使ってはいけない。」という論もある。

私の調べでは、人類の将来に対してエネルギーだけは不足しないように、欲しいだけ幾らでも供給できるようにする方法はある。百万年でも、一千万年でも、あるいは一億年でも、人類が生きてゆく方法はあるというのが私の大筋の考え方であった。

だが、どうも金属材料が不足するようだ。それから、妙ないい方だが炭素(C)が不足するらしい。その他に、とくに日本では土地が不足する。これは日本人には常識だ。それから、食料も世界的に不足するだろうというのが世界的な定説のようだが、食料には原子力より以上の強力な救世主が出現すべく、出番を待っているらしい(詳しくは述べない)。

生物にとって絶対に安全であるような方法で蛋白(タンパク)をつくってゆく方法としては、微生物産業があるらしい。しかし、この時にも間接的ではあるが、炭素(C)が必要であるので、結局は人類の泣き所は炭素と金属材料とである・・・ということに私の考え方ではなっている。

《水上生活の考え方から》

土地の不足はどうするか? この問題が最後に残って来る。この辺で私のエネルギー問題とノアの余水とがからんでくる。もちろん、すいぶんと先の話であるから読者は心配されなくてもよいのだが、ノア理論(?)によると、人類の土地はまだまだ狭められてゆく。

狭められてゆくよりも一瞬以前において人類は滅んでいるらしいが、生き残って見ると地球はノア増水にやられている訳である。どうも、この辺を先刻の歴史学者は直感していたらしい。

土地の不足あるいは陸地の不足を克服するには、人類は水の上に浮かんだ方が良い。その方が遥かに便利で、しかも少ないエネルギーで文明を造り上げたり生き延びたりすることができる。

水の上に浮ぶには材料がいる。その材料として私はイワ(岩石)を考えていた。原子炉で摂氏1300度くらいの高温の熱媒体をつくり、これで岩をゆっくりとかして、準熔岩状態にやわらかくしてから、巨大なローラーにかけてイワの延べ板をつくるのである。

このイワ・プレートで新しい文明の箱舟をつくる。少々使ったぐらいでは減らないくらい地球にはイワがある。このようなことを数年来、私は研究していた(転記者コメント:高橋実氏は東京大学工学部卒後「中央電力研究所」に長期間勤務された模様)。だから、私の研究にはノアの余水問題が登場するのである。

後になってこの書物の終り頃に出て来ることだが、人類が将来再びノアの余水に見舞われると、一ぺんに数十メートルの増水になるらしい。とても氷河がとけるどころの話ではない。私の頭の中には、次第にノアの余水の大きさ(量)の見当がついてきた。

《マンモスが手がかりとなる》

1973年の夏、私はマンモスの事件を、新しい考え方で検討してみた。北シベリアで発見されたマンモスの冷凍体の中に、食事直後の木の葉が、歯の間や胃の中などに、未消化のまま残っていていたという事件である。

事件と言うにはいささかおかしいが、しかしこれは驚くべき事件の証拠であるようにみえた。マンモスの死んでいた場所は寒い所であった。マンモスが食べていた木の葉は、温かい所にしか生えないものであった。二つの場所のへだたりは、現在の気候でいって千マイル(:1609Km)もの違いにあたるとされた。

昔からこの謎は、”マンモスの死んでいた場所の気候が急に変わった”としか考えられないものとされた。そうして、それは、天変地異の徴候なのだとされた。何かが急激な変化をしたという印象を人々に与えていた。

私は 何も少しも変化しなかったのだ と考えてみた。ただ、巨大な量の水がマンモスを打ち倒し、そのあと、マンモスを一挙に千マイルも運んでしまったのだ・・・と考えてみた。マンモスが草を食べていた所は、昔もイマも同じように暖かいのであるし、シベリヤはその当時と同じように今も寒いのだと考えるのである。

動いたのは一団の巨大な氷塊であった。それは北アメリカ大陸のような広大な面積でも一挙に何百メートルも、あるいは何千メートルもの深さにおおってしまうような量の水であったに違いない。
こういう巨大な量の水が、大森林を覆えし、それを一ヵ所に運んで、あの北アメリカの大きな石炭炭田を造ったのであろうと考えた。

何も変わってはいなかったのだ。あの氷河の痕跡さえも、寒気の象徴ではなかったのだ。二畳紀の赤道直下に発見されている氷河の痕跡も、この考え方でなら解ける。

ここまで考えて来たとき、私はようやく、あの歴史学者の友人の質問に手をつけてみる気になった。私の仮説には証拠が無いと思っていたけれども、マンモス事件はおそらくその唯一無二の証拠だと思われた。少なくとも、仮説の出発点においてはこれしか手がかりがないのである。

4 恐ろしく周期の長い惑星か

私は、この天体を人類が最後にまぢかに見たとき、人類はノアの洪水に出会ったのだと考えた。その時以後、人類はこの天体を、少なくまぢかくには、見たことがないと考えた。見て居れば、何かが騒ぐはずである。

騒ぎも何もなく、また特に記録もないとすると、その時はこの天体は地球軌道の中に入っているにしても地球からかなり離れて、普通の星(水星や金星など)のように見えるだけであったと思われる。

《周期3000年の惑星》

私はこの天体の周期を、ほぼ3000年くらいのものと仮定してみた。この仮定は、「人文」的な見地からの判断である。

しかし周期が判ると、実は長楕円軌道の長半径も判るし、更にはもしそれが地球軌道と交差しているならば、という条件を入れると、近日点でのこの天体の位置や、速度なども判ってくる。だから、地球軌道と交差しているという方程式が入ればのことであるが、周期を決めれば地球との衝突する時の速度も決まってくる。

これが後の力学に極めて重要な数値となるのだから、結局もとに戻って、3000年という周期には力学的な意味があるということになる。しかしこれは後から回帰的に検討すればよい。最初の周期の仮定は人文資料によるというわけである。

ところが、人文資料といってもほとんど無い。これがある意味では奇妙なことであって、むしろ私には異様にさえ見える。こういう異様な気配のある所・・・何か存在するはずのものが消えているように見える所・・・は、私の経験によると何かがある。

このように資料の欠如している理由の一つには、私は”禁書”があったと考えている。そうして、ひょっとしたら、禁書事件が発生した時には、それを起こすようなキッカケが何かあったのではないかとも思われる。

それに、何よりも肝心なノア異変の発生が、今から何年前であったのか判らない。これさえ判れば、仮定周期をいろいろとあてはめて見ることによって、この次にこの天体が地球に近づくのが何年後になるのかを知ることも可能になるのだが、いまはそれができない。

既述した3000年という周期は、だから、力学的分析の結果などを色々と組合わせてみた判断であって、強いてこれを変更する理由も無いのでそのままにしておく。

《地球軌道との交差》

周期が3000年とすると、長楕円軌道の半径は300億キロメートルであるが、離心率は大きく、遠日点は約600億キロメートルになる。だから、この点からも周期3000年という数値は、そんなに無闇に動かすことが出来ない。

M 第Ⅰ-1図は、太陽系の諸惑星と一緒に天体Mの推測軌道図を描いたものである。冥王星のある位置は、太陽から約60億キロメートルであるので、天体Mはその約10倍遠くまで太陽を離れて運行することになる。

3000年に一回の割合で太陽附近、つまり惑星ファミリーの居る所へ戻ってくる。

惑星ファミリーの所に戻って来たところで、この天体Mの軌道が、厳密にではないがほぼ地球の軌道と交差する位置にある・・・とする。

本当の正確な交差からどの程度どの方向へ外れたり傾いたりしているかは判らないのだが、他の惑星のあり方と比較して、そんなに違ったあり方ではないと考えてある。

地球の軌道面との傾角は、1度くらいと考えた。

《天体Mはどこにいる》

第Ⅰ-1表は、天体Mがその軌道上のどの位置で、どの程度の明るさに見えるものかという点を、その反射能:0.52として計算したものである。

M

六等星になると肉眼で見えるものとすれば、大体土星の位置まで来た時に見えることになる。
そうして土星の位置から天体Mが地球の位置へくるまでが約1年半である。木星の位置からだと、約1年で地球に来る。

パロマ山の展望台の200インチ反射望遠鏡は、冥王星を観測して各種の測定をしている。

冥王星と同じ等級のところで天体Mを発見するとすれば、それは大体太陽から120億キロメートル離れた所である。さらに、光点を発見するだけでよいというなら、およそ200億キロメートルの位置ででも発見できるかも知れない。
その位置から地球までの所要年数は約150年である。
この辺をパロマ限界と名付けておくと、現在のパロマ山天文台がまだ天体Mを見つけていないならば、天体Mは少なくとも150年間はまだ地球を訪問することはないといえる。
パロマ限界よりも外に居るとして、どれほど遠くに居るのか?
それは全く判らない。しかし過去1500年くらいの間、天体Mの見えたらしい記録が無いとすれば、天体Mはどうも遠日点を廻り込んで、後半の旅程に入っているように思われる。

5 「人文」資料の中に見る大異変の痕跡

古代人が遭遇したと思われる異変に対する観察記録や経験した事を記したものは、かなりあったのではないかと思われるが、現在では残っているものが極めて少ない。

絵文字によるもの、象形文字によるもの、および現生人類が発展させたと思われる文字によるもの、と三段階にわけて考えると、最後にあげたものが大量に禁書事件によって失われており、むしろ全滅させられているように見える。

次に象形文字によるものも相当残っていたらしいのが、これもまたかなり近代になってから禁書的事件で失われているらしい。

《禁書の謎》

メモ的に禁書事件の起こった年代と場所とを記しておくと次のようなものである。

◎1549年、メキシコのマヤの神殿中にあった絵や記号が一杯書きこまれた古い書物文章が、神殿の前に積み上げられ、火を放って焼かれた。

禁書の指導者は、メキシコを征服したスペインの若い修道僧ディエゴ・デ・ランダ。

絵文書の時代と現世人類の文字の時代との中間を解明できると思われる人文資料の大群が、この宗教がらみの禁書事件で全滅したと思われる。この時の難を逃れて残ったのはわずかに古写本が3点だけだといわれている。

◎カルタゴの数ヵ所の図書館に収容されていた50万巻以上の書物がローマ人によって焼かれ、一つの著作だけが助かった。ローマ皇帝アウグスツス(紀元前63年~紀元後13年)天文学と占星術に関する書物のすべての焼却を命ず。

◎シリアに起こった禁書事件。帝王アンティオコス・エピファネス(紀元前215年~163年)ユダヤ人の書物を火に投ず。

◎紀元前273年、ローマで禁書事件。

◎ギリシャの哲学者プタゴラス(ピュタゴラス:ピタゴラス?紀元前5世紀)の著作は、全て焼かれた。

以上のような禁書事件によって、真実のところ何が失われたのか? 大きな疑問であると私は思っている。これらの事件の背後に何かがあったのではなかろうか? 今後、解明してみなければならないところである。

《世界の洪水伝説》

ギリシャの哲学者ソロン(紀元前6世紀の人)はエジプトを訪問し、エジプトの神官から次のような話を聞かされているという。

”ソロンよ、あなたは一つの洪水についてしか知って居られないが、このような洪水はその前にもたくさんあったのです。私たちの文明は他国民のそれのように、これまでにしばしば天から降りて来た雨水によって滅び去っているのです。”

ここには、洪水事象が繰り返して起こったということが述べてある。私には、またなぜこの時期(紀元前6世紀)にソロンが洪水のことを調べようという気になったのかという点にも若干の興味がある。

生き残った現代の人類に伝えられている幾つかの人文資料を次に例示しておく。

◎シュメールの粘土板(英国のアッシリヤ学者ジョージ・スミスが1872年12月に発見した)。一連の叙事詩を期した12枚の中の11枚目に洪水の記述があった。

”朝、雨が降りに降った。私はこの眼で、夜も大粒の雨が降りしきるのを見た。私は頭を上げて、天を眺めたが、その恐ろしいことといったら例えようがない程であった。”

◎”天が地に接近し、一日のうちにすべてのものが滅び去った。山もまた水の中に隠れた。”[メキシコの古代文書の一つ『チマル・ポポーカ絵文書』の中の記述]

◎”あるとき天地もとどろくようなものすごい音がした。すべてのものが闇につつまれ、このあと大雨が降り始めた。雨はすべてのものを洗い流し、全世界を水浸しにした。[あるアマゾン流域のインディオの伝説]

このほか、現在グァテマラに居住するインディオであるキチエ族(キチェ族?)や、アラスカのインディアンであるトリンギト族にも、水に襲われて逃げに逃げた恐ろしい記憶を伝える伝説があるという。

6 予知の形跡

洪水が繰り返し起こったというエジプト神官の話と関連があると思うのは、古代人が洪水の来襲を予知していたのではないかと思われる記述があることだ。バビロンの叙事詩の中には、水の神エアがクシストスの国王に与えた指示として、
”自分の家を壊して代りに船をつくれ”と押した話が出てくるし、アステカ族の古文書には、”りゅうぜつらんで酒を造ることをやめなさい。そして大きな糸杉の幹をくりぬいて丸木舟をつくり、トソストントリ(3月を意味する)になって水が天にとどいたとき、この丸木舟の中に入りなさい”というような、神が教えたとされる指針が記されている由である。私にとってものすごく興味があるのは、次のビルマの年代記に記されているという話である。
《黒衣の僧》
 ”最高の僧院からやって来た一人の人があった。彼は黒色の衣を身に着け、人々の集まっている所に姿を現わし、国中くまなく歩きまわって、近く起るべきことについて悲痛な声で人々に警告を発した”とある。私にはこれが、人類の肺腑をえぐる言葉のように思える。
第二章「謎の大天体の構造」へ飛ぶ
第三章「大天体、地球の近傍を通過。」へ飛ぶ
第四章「大陸の浮上」へ飛ぶ
第五章"砂"天体Mから来ている」へ飛ぶ
第六章「三葉虫、恐竜の絶滅は「天体M」大水圏への地球突入であり、地軸は傾けられた。」へ飛ぶ
氷惑星の解説」へ飛ぶ 
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