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2019年11月21日 (木)

福祉行政改革を推進する旅日記。Travel diary to promote welfare administration reform. "The pen is stronger than the sword!" A real-life story of.「ペンは剣よりも強し」の実体験物語

ペンは剣よりも強し」という諺(ことわざ)を知っていますか?『非暴力の言論は各種団体の暴力行為に勝ち得る』という事を意味している古くからある言葉です。近年は(政治家や評論家だけでなく)科学者でさえも宗教化しており真に多くの人が暴力化(半グレ化)しています。この巨大な悪に対して筆者が啓蒙活動への旅に出た時のノンフィクション物語です。
 Do you know the proverb "Penisisist is stronger than sword"? Non-violent speech is an old word that means "can win the violence of various groups". In recent years, even scientists (not just politicians and critics) have become religious, and truly many people have become violent (semi-gray). It is a non-fiction story when I set out on a journey to the enlightenment activity against this huge evil.
きっかけは某市会議員が我が家に突然に現れ、玄関前で暴言の数々を40分間も私に浴びせたことでした。 ご丁寧に警察官を付近に待機させておいての挑発行為でした。私はあの事件直後に(豊栄町内での啓もう活動は地元の人々にお任せして)中国/四国/九州の旅に出発したのでした。
 The chance was that the member of the S-City-Council suddenly appeared in my house, and showered me with a lot of rants in front of the entrance for 40 minutes. It was a provocation of having a police officer waiting in the vicinity politely. I left my trip to China/Shikoku/Kyushu right after the incident (leaving the enlightenment activities in TOYOSAKA-Cho to the local people).

「福祉行政改革と大統領制への移行と」を推進する旅日記【前編】(ひろ おおやま)  After the good thing, followed by practice!
6月21日、良い事をした後は、好事が続く?
 急にトイレ(大きい方)に行きたくなり、探しましたが見つかりません。付近の人々に聞いたところ、『山を少し登ったところに養護老人ホームがある。あそこなら朝のこの時間でも開いているだろう』とのことで、迷いながらもそこに到着。
 気持ち良くなったところで、旅の目的「オカリナ演奏の御奉仕をしながら、福祉行政改革&大統領制移行への教宣活動」のことを話しました。責任者の方が熱心に聞いて下さいました。ついつい調子に乗って聞かれるままに「私は物理学者なのですが、実は懇意にしている占師の示唆によると、私は14年後にノーベル物理学賞を受賞することになるのだそうです」と話しても、納得顔(?)をされていました。空になったペットボトル4本に水を分けて頂き、その老人ホームに別れを告げたのでした。

 臼杵市だったと記憶しています。 Feeling better, in the travel Purpose;
 佐伯市に入っても好事は続いたのです。偶然に見つけた包括支援センターの人々が暖かく対応して下さり、佐伯市の福祉行政の実情を詳細に知る事が出来たのです。「21世紀のナイチンゲールの応援の方も宜しく!」と伝えても、違和感はありませんでした。大分県の人々の人情の篤さを感じ、九州一周の幸先良いスタートとなりました。
 その日は宮崎県日向市の海岸でテントを張りました。
 6月22宮崎県の海岸線に沿って南下
 今から50年前にこの海岸は自転車で走ったはずなですが、ほとんどその記憶がありません。多分、道が新しくなったのでしょう。堀切峠・鬼の洗濯板・鵜戸神社・・・名前にはかすかな覚えがあるのですが正直、『こんな景色だったっけ』という具合です。会う人々は素朴で暖かく、福祉行政の為政者と民衆との間にさほどのずれは無いように感じました。2019/ 6/22 ・・・ I went south along the coast of Miyazaki Prefecture.
 この日は、地元の人から教わった串間市の海岸でテントを張らせて頂きました。これ以前もこれ以降も、ほとんどの公園には公共の水洗トイレが準備されており、快適な野宿を繰り返すことが出来ました。夕食後も朝食後も海岸で草刈り作業を実行し、オカリナを練習する毎日でした。 

 623、鹿児島湾を一周。
桜島ってこんなに大きな外輪山を持ってたの?阿蘇の外輪山と比べて数倍も大きいじゃないか!』と感動しました。私は学生時代に磯公園から見た桜島しか、知りませんでした。勘違いの最たるものは『鹿児島湾を囲むすべてが鹿児島市』と思っていたのですが、垂水市・福山町・国分市・霧島市・隼人町・加治木町・姶良町・が桜島を取り囲んでいたのでした。あの日は汗が噴き出すような熱い日でしたが、1週間後にこの地域が集中豪雨に見舞われる、なんて想像にも及びませんでした。人情の篤さは大分県・宮崎県と同じです。この日は、阿久根市直前の山中で、テントを張らせて頂きました。テントの有難さは、蚊よけ、蟻よけ、虫よけです。時にはムカデだって付近にいるのでした。2019/ 6/23 I've circled this day Kagoshima bay.・・・
 624日、天草群島長崎県へ。
 旅の目的の一つとしてキリストの福音メッセージを伝える使命を感じていました。私の左胸には生まれながらの大きなあざがあります。4年前の夏に突然、そのあざがうずき出して赤く腫れ『不思議なことだな』と思っていました。天草群島にフェリーで渡った直後から、キリスト教会の十字架が目に付くと、どうしてもそちらの方向に足が向かうのです。プロテスタント教会、カソリック教会の区別なく訪問しました。

 人々の反応はハッキリと2つに分かれました。疑いのトマスという諺から話始めて、最初は皆さん「見ないで信じる者です」と仰るのですが、メッセージを伝えると、素直に喜ばれる方々と疑いの虜になっていかれるばかりの方々との2種類にハッキリと分かれるのでした。『私が強要する事ではない。メッセージを伝えるだけ』と割り切り握手を交わして去ることを繰り返しました。
握手をしてみると、一瞬の内にその人の心が伝わって来るから不思議です。嘘でもいいから握手は力強くやるのがいい手の暖かさ(熱さ)だけでもその人の心の内は、相手に伝わっていくのでした

 6月11日~14(朝)尾道市にて海岸清掃で三泊四日

 東広島市内での啓蒙活動(草の根運動)は地元の人達にお任せして、私は東広島市以外の地区の現状調査と啓蒙活動にチャレンジすることになりました。
 出発は6月11日の昼過ぎでした。寝袋を2つ、テント、毛布3枚と炊事道具一式と米7升を車に積み込んでの出発でした。その日は尾道の向島に隣接する岩子島(いわしじま)にテントを設営しました。その場所に足掛け4日間滞在することになります。 その間、テント設営場所付近のごみかたずけと鎌(かま)を使っての草刈りに汗を流したのでした。愛媛県に渡る直前に尾道社会福祉協議会を訪れて、ボランティア保険(350円)をかけておきました。1年間有効です。万一(億が一)右翼連中に狙われて崖から突き落とされた場合、その保険金は豊栄町に全額寄付して頂くように、土屋民生委員の奥様にお願いして置きました。(遺言書は整えていませんが、土屋民生委員様、よろしくお取り計らいのほど、お願いいたします)。
 6月14日(夜)~15 昼過ぎの出発時から雨がパラついていました。
しまなみ海道を渡り、愛媛県の松山市を目指したのでした。 庄原市の牧師から、「北条アライアンス教会を訪ねては…」という助言をいただいたので、立ち寄ってみました。教会には鍵がかかっていましたが、近所の教会員様のご配慮で、会堂内で雨露をしのぐことができたのでした。
私は典型的な晴れ男であり、後にも先にも、雨にたたられたのはこの1日だけです。梅雨時にも関わらず、3週間のこの旅行中は、毎日汗が噴き出るほどの快晴に恵まれたのでした。 天の采配とは不思議なもので、雨に降られた愛媛県北条市の夜は、教会の中で眠ることができたのでした。感謝の意味を込めて、オカリナを1時間演奏させて頂きました。
 15日の朝、松山市にある公益特別養護老人ホームに入園なさっておられた副牧師(90才)を訪ねました。初対面でしたが、感動の対面となりました。『ベッド数を倍増し抜本的な行政改革を図るべき。日本は大統領制に移行すべき』という主張を全面的に支持します」という力強いお言葉を、数時間後に携帯電話に頂きました。
 6月16日 私の誕生日です。71になりました。
この日、愛媛県愛南町久良の神社でご厄介になりました。再婚相手(2番目の妻)の故郷であり、昨年10月には20名以上の方々から、『澄子の願いをかなえて』署名活動にご協力頂きました。そのお礼と今後の活動への協賛のお願いをするために、一泊したのです
 早朝出発前には、さい銭箱の中にそれ相応のお金を納めさせて頂きました。(あいにく万札しかなかったので909円の小銭を納めたのですが、占い師の板金勝美さん、この数字に何か意味がありますでしょうか?)

 617日 足摺岬経由で高知県に入りました。途中で何度か図書館を探しました。自分のブログをチェックするためです。しかし、NG.の連続です。 こうなると意地になって、高知県立図書館を目指して渋滞の道路を行き来しました。工事中でもあり、日曜市も開催されている最中だったのです。
やっとのことでたどり着けて、30分間の閲覧を許されました。 図書館司書の女性が優しかったので、『家に持ち帰って家族の方々と読んで、なるほどなって思ったら貴女の出来ることをして下さい』と言いつつ自作のリーフレット(投票率を80%以上にする秘策)を渡しました。『出来ることをする。後は神様が選ばれる事!』と心は軽やかでした。
 6月18日 室戸岬に到着。初めての室戸岬でした。
 岩場にサンダル履きで行ってずりコケ、海水パンツでむき出しの太ももをフジツボの殻で、こんかぎりすりむきました。出血がひどくて少々困惑!海水で傷口を洗って放置。 海での傷は膿まないのです。
室戸岬の灯台は岬先端の高台になり、そこに上る道路は絶景です。なお、360度が見渡せる展望台は少し内陸に入った高台にあり、一度は行って見る価値があります。 その日は、徳島県との境を接する小さな漁村でテントを張りました。地元民と仲良くなるコツは、簡単です。草刈り清掃の作業をすれば良いのです。村人はみんな素朴で親切です。リーフレット「大統領制への移行提案」を機会ある毎に手渡しました。
 619日  一路、鳴門の瀬戸を目指して北進中に、小さな教会を発見!
立ち寄ってみましたが不在でした。『キリストは既に再臨された模様です』のメモ書きを添えて、参院選への投票を促すリーフレットを置き手紙して置きました。この日は香川県の海岸でテントを張りました。勿論、お米を鍋で炊いての自炊です。旅館と外食生活を繰り返していたのでは、経済が成り立ちません。 一昔前までは旅は野宿が大原則です。修行と考えること!苦行だとは考えないことです

 620日 一気に愛媛県を横断して、佐多岬の先端(三崎港)からフェリーで大分県の佐賀関でテントを張ることになります。途中で何度か、「オカリナを吹かせて頂けませんか?」奉仕活動を試みました。しかし、どういう訳か、愛媛県内では、断られることが多かった記憶が残りました。ひどい時には「乞食/押し売り/お断り」とインターホンで冷たくあしらわれたこともありました。 『田舎と比べて都会では、老人ホームで働く人の心が冷たいのかな?』とも感じた次第です。
 6月21日  朝4時過ぎにテントの中が少し明るくなりました。飛び出して見ると東の海(水平線)や空の色が刻々と変化していき、朝日が顔を覗かせて来ました。地元の人々によると、『元旦にはこの海岸線にはすらりと人が並んで朝日を拝んでいる』のだそうでした。大分県の海岸は瀬戸内海に面しており、太陽は海から昇って来るのでした、夏にも冬にも!
 トイレはありませんでしたが、気持ちの良い休憩所でした。朝日をあびながらの草刈り作業も気持ちが良かった!朝の散歩者が多かったのも、印象に残りました。
福祉行政改革と大統領制への移行とを推進する旅日記」【後編】
6月24の夜は、天草諸島からフェリーで島原半島に渡った直後の海岸でテントを張ろうとしましたが、思いのほか風が強くて、テントが動くのでした。数十メートル、テントを移動し、海に向かってオカリナを奏上。月は既に下弦の月となり、出発から15日が経過したのが分かります。・・・
6月25日、島原半島の西側を少し北上したところに、奇妙な岩を発見。両子岩との事。地元の人によると、両子岩と書いて、読み方は「ふたごいわ」と読むのだそうです。海(橘湾)の向こうの高台のその向こうは長崎市です。気持ちいい海岸でした。
 十字架の尖塔を目にすると、どうしてもそちらの方向にハンドルを切ってしまう癖が付きました。この日は日曜日でした。しかも9時過ぎです。牧師さんらしき人が草刈り作業をされていました。メッセージを伝えると、先を急ぐ私を引き留めて祈って下さいました。短い出会いですが、その日を待っておられたのが伝わって来ました。プロテスタント系の小さな村の教会でした。 a small village of the Protestant Church.
 教会堂の設立は明治以降ですが、その多くはカソリック系の教会でした。先日炎上したノートルダム大聖堂の数分の一ですが、天井も高くてオカリナの音が良く響きます。その多くは神父様は不在でしたが、観光客が入れ代わり立ち代わり入って来られます。ほとんどの方が、私の吹くオカリナの音に耳を傾けて下さり、有難く思いました。長崎と広島とは共に原爆を落とされた土地です。もう二度とあのような無慈悲な事は起こらないように祈りつつ奏上させて頂きました。
 長崎市を後にして「西彼」を北上しつつ、5年前にピアノを弾かせてくれた喫茶店を探しました。見つかりませんでした。地元の人によると「廃業され、更地になった喫茶店でしょう」とのことでした。わずか5年で、あの綺麗だったコンクリート造りのお食事処兼喫茶店が消えて無くなっているとは、信じがたい思いでした。
 この日のテントは、大島大橋を渡って西の端の「崎戸町」の先っぽにあった展望台下に張らせて頂きました。夕陽も素晴らしかったし、朝日も素晴らしい場所でした。
6月26、佐世保市経由、平戸市経由で松浦市を過ぎた海岸にテント設営。
6月27、未明の1時半に、突然雷鳴と稲光とを伴った大雨になりました。テント内に水が浸み込んで来たので、雨の合間をヌッて公衆トイレのひさしに、テントを移動しました。夜が明けても雨は降り続いたのです。毛布三枚もぐっしょりと濡れ『これを乾かすまで足止めだ。休みなさいということだな』と解釈しました。朝の7時頃、軽トラックに乗って二人のおばさんが現れました。市から委託された掃除のおばさん達でした。トイレの掃除に来られたのです。テントを設営していた所は後で私が掃除することになりました。雨の合間をぬって草刈りと大規模の公衆トイレの掃除を、その日と次の日に実行しました。
6月28、天気予報が大きく外れて、快晴です。毛布や寝やテントを乾かしながら、草刈りボランティアを実施。 合間では、海パンに履き替えて少し泳ぎました。疲れて、昼寝していたら、警察官の顔と制服が、青空を背景にヌーっと出現!
奉仕作業はやっておくものですね。大きな剪定ハサミも鋸(のこぎり)も、怪しまれませんでした。田舎の派出所のお巡りさんであり、話が合いました。ふと、豊栄町のポリボックスの為政警部補のことを思い出しました。出発前に我が家の見回りを頼んでおいたのでした。
6月29日は福岡県内⇒山口県内の活動。
6月30日早朝に米子⇒尾道向島経由⇒昼前に豊栄に帰着しました。飛谷さん達も聞いて下さった文化祭の「ひばりコーラス」出演に間に合いました。天の采配に感謝!

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