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2023年10月 6日 (金)

四面楚歌「史記 42話」第8巻 くそ真面目の韓信は異邦人?世界平和にはこれしか無いのか?項羽の最後。

 項羽に榮陽城成コウを取られた劉邦だが、関中で軍を立て直し、再び東信を開始し 成コウ の奪回に成功した。
その頃、項羽は彭越を追っていた。彭越の前身は野党だが、秦打倒の蜂起軍に千人をひきつれ、そして夜襲奇襲で秦軍を撹乱した。部下の数もいつしか一万余人となっていた。
ところが秦滅亡のあとの論功行賞で、彭越はなんの地位も与えられなかった。彭越は部下を養うのに困っていた。

 劉邦はこれに目を付け、楚側の領土は「切り取り勝手」と約束を与え、楚軍の兵糧庫や輸送部隊を襲わせた。
項羽は兵糧確保のためにも彭越を討伐しておく必要があった。ところが榮陽成コウが劉邦に奪回されたと聞き、急いで広武に進軍してきた

その頃、北伐の韓信は斉王を討ち、斉の首都臨シに入っていた。
「韓信上将軍、漢王の勅命にございます。」
「ははーっ。」
「項羽は榮陽成コウが漢王に奪回されたと知るや、大軍を引き連れ広武まで進軍して参りました。韓信上将軍はすぐに軍勢を引き連れ、楚軍を討てとのお言葉にございます。」
「わかりました。すぐに出陣の準備をいたします。」
「大きな功績を立てられることを期待しております」
 韓信はただちに出陣の準備を命じた。

韓信上将軍、この出陣準備は何事でございます?
おお、カイ通先生。
漢王より、すぐ出陣せよと勅使が参った。項羽が大軍をひきいて榮陽に迫っているそうだ。
ほう、項羽は短期決戦を選んで参りましたな。でも上将軍、斉王になってから救援に向かいなされ。」
「な、なに?」
今なら上将軍は王になれまする。
魏、代、趙、燕、斉の平定は、王になってもおかしくないほどの功績です。漢王にそう申し上げれば、漢王もお認めになるでしょう
。」
しかし、時期が時期だ。
何ごとにも、『機』というものが、ございます。このを外しては王にはなれませんぞ。」
しかし、人の弱みにつけ込んでいるようでのう… …
仮の王ということで表文を送ってみなされ。かならず認められます
仮の王のう。
  わかった。表文を送ってみよう。
そうなされませ。

榮陽城にて劉邦:
「なにっ、韓信からの使者が参ったと。
  すぐ、ここへ通せ。」
周叔(しゅうしゅく)にございます。韓信上将軍の使者として参りました。
「おう、韓信の軍は もう発進いたしたか?」
いえ、まだでございます。
なにっ、漢の一大事という時に、何をぐずぐずいたしておるのだ。」
わたしは この表文漢王さまにお届けするよう命じられただけでございます。
「見せよ。」
・・・「うん?」
 臣:韓信は斉を平定してまだ日も浅く、民の心もまだつかんでおりませぬ。古きより斉はいつわり多き国といわれており、安定いたさねば乱が起きること必定… …国に王がいなければ、民を教化し治めるのは至難です。願わくば斉王の印をいただき、しばらく仮の王となりて、これを鎮め、民心を掌握してから出陣いたしたいと考えまする。
な、なんじゃ、これは
わしが楚軍相手に苦戦している最中に、
 斉の仮の王にせよだと!
      なんたるやつだ。」
と、隣に立っていた張良が劉邦の足を踏んで諫めた。
漢王さま、韓信なくして項羽とは戦えませぬぞ。敵にまわすことはお止めください
その通りです。それより韓信に恩義を感じさせておくべきです。
この愚か者!
わしがそれほどケチな王と思っていたのか。
 仮の王とはなんだ、仮の王とは!
  それが気にくわん。」
は、はい。
わしは項羽と違うぞ。あれだけの功績をあげていながら、なんで斉王にしてくれと申してこぬ。
・・・。 張良。
  「はい。」
「そなた、韓信に斉王の印を届けてくれ。」
 「はっ。」
張良はただちに斉王の印を持って臨シへ向かった。
一国一城の主になることが夢であった韓信の喜びようは大変なものであった。

 それを聞いた広武の項王
「なにっ、韓信が斉王に封じられたと。斉は平定されたのか。」
「はい。」
『…斉は七十余城を持つ要害の地だ。それを韓信が平定してしまったのか… …まずいのう……』
項羽は斉救援のために龍且(りゅうしょ)二十万の兵を与えて向かわせた。
その龍且(りゅうしょ)は韓信の「砂嚢(さのう)の計」で敗れ、龍且(りゅうしょ)は討死。かろうじて生き残った楚軍も全員、捕虜となった。
 一瞬にして二十万の兵を失った項羽にとってショックだった。
「のう、韓信を味方につけられぬか?」
えっ。?
「楚と斉とは国境を接している。出来ることなら味方にしておきたい。誰か説得できる者はおらぬかのう。」
「それならば、大夫の武渉(ぶしょう)が ようございましょう。なかなかの知恵者で能弁家でもございます。」
「よし、武渉(ぶしょう)を呼べ。」
  「はっ。」
「それから贈り物をの用意もいたせ。」
   「はっ。」

韓信のいる臨シ城内にて、
「斉王さま、楚の使者が参っております。」
楚の使者が?… …。よし通せ
「はっ。」

これは項王さまからの贈り物にございます。
はてさて、これはどういうことでござるかな。
項王と わしは敵同士、このような贈り物をいただく理由がござらぬが……」
これは斉王、即位のお祝いにございます。」
それはそれは……。しかしお祝いだけに参られたのではござるまい。
はい、項王さまは斉王の勇名を耳にされ、昔の罪を謝し、両国の友好を結びたい、と申されているのです。
ほう。楚に降れということですかな?
とんでもない。斉をいとも簡単に平定なさったお方に、項王がそのような失礼な態度を取られるわけがございませぬ。
項王は漢王、斉王と、天下を三分して統治し、対等にお付き合いしたいと申されております。
その方が斉王さまのためになることは間違いございませぬ。
ほう、どうしてだ?
漢王は信用できぬ人物だからです。
今まで項王がその気になれば、漢王を殺す機会は何度もありました。だが、あわれんで助けました。その恩を忘れ、漢王は平気で約束に背き、項王を攻撃いたしました。もし、
漢王が勝てば、次に邪魔になるのは実力のある斉王さまです。漢王はかならずや自分を守るために斉王さまを裏切りましょう。それ故、天下を三分して友好を保っておいた方がよい、とお思いなのです。
わしが楚にいた時は、無視されていた。それが今になって対等の付き合いとは信じられん。
漢王はわたしを上将軍にして三軍をまかされ、今は斉王にしてくだされた。わたしは漢王の方を信頼いたす。
ともかく、この贈り物は受け取るわけにはいきませぬ。お持ち帰り下され。
  「ははっ。
 武渉の説得は失敗し、すごすごと引き返した

斉王さま、楚の使者が参ったそうにございますな。
ほう、耳が早いですな。
何を言って参ったのです?
天下を三分して統治しようと言って参った。
それでご返事は…?
もちろん断わった。わしは漢王に天下を取らせるために戦っているのだ。
斉王さま、別室で少しお話 しとうございます
人前で話せぬ話か。」
斉王さまは自分の立場をよく理解しておられませぬ。
 ・・・(別室へ)・・・
ここで、よかろう。ここならば、
   誰にも聞かれぬ。」
斉王さま、項王の話を蹴ったのは間違いでございます。
なぜだ。?
韓信さまは、いまや強国:斉の王なのですぞ。…
 斉は南に泰山の自然が国を守り、西に黄河があり、東にはロウ邪(ろうや)の肥沃な土地があり、北には渤海の天然の利があり、国は富み、自然が斉を守る要害の地である
…、今 あなた様は、この要害の地の王なのですぞ。わたくしが王になることを薦めたのは、ここの王ならば天下をうかがう足がかりの地となると思ったからです。
なにっ。?
「今、漢王・項王の運命はあなたにかかっているのです。あなたが漢に味方すれば漢が天下を取り、
楚に味方すれば、楚が天下を取りましょう。」
わしは漢王に天下を取らせるために働いている。
「では、その後は、どうなります?」
なにっ?
「『主を震わしたる者 身を危うく、功 天下を覆う者、賞されずと申します。
今、あなたは主君を畏れさすほどのと、恩賞を与えきれぬほどの功績をお持ちです。
今さら楚王に仕えても楚王は心を許されず、漢王も恐れおののくだけです。身動きならぬ立場に、お気付きにならぬのですか。
ならば、どうせよと申す。?
あなたが天下を取るのです。
な、なにっ。?
まず、項王のいう天下を三分して統治するという話に乗るのです。そして、
漢・楚の戦いを、睨み(にらみ)をきかして うまくまとめるのです。
漢・楚が戦いだして、はや三年天下は二人のために疲弊(ひへい)しております。
これを上手くまと天下の諸侯はあなたについてまいりましょう。
ふむう、天下三分してのう……
 その言葉は韓信の心を少し動かした
それにお気付きならば、すぐに行動を起こすべきです。
いや、それは出来ぬ。漢王の恩に背くことになる。
あなたは漢王を信じすぎておられる。それは危険です。趙の張耳と陳余とは昔は「刎頸(ふんけい)の交わり」として有名でした。だが、一つ疑いが生まれると、一族を殺し合う仲となったのは、その目でご覧になられたでしょう。
あなたは戦いの天才です。合戦があるからその名はとどろきます。しかし平和になったらどうなります?

狡兔(こうと:うさぎ)死して良狗(りょうく:猟犬)煮られ
高鳥(こうちょう)尽きて良弓(りょうきゅう)(しま)われると申します。天下が治まればあなたは必要なくなり、かえって恐れられて危険な立場になりましょう。
ムムム、
「『功は成り難くして敗れやすく、時は得難くして失いやすしです。
斉王さま、真の知とは決断することなのです。
わかっている、わかっている。…
確かにそなたの言うことは よくわかる。だが わしを王にまでして下さった漢王を裏切れぬ

さようでございますか。『天の与うるを取らざればその咎(とが)を受け、時いたって行わざれば反ってそのわざわいを受ける』と申しますのに、……」

『惜しいものだ、天下が目の前にあるというのに……』

カイ通(かいとう)は狂人のふりをしていずこかへ去って行った。謀反をすすめたことが劉邦の耳に入った時の報復を恐れたのである

榮陽城にて、
「漢王さま、」と張良。
「おう、張良、戦況はどうじゃ。」
一進一退でございます。
「韓信が来てくれればすぐに勝負が付くのに、何をしているのだ。」
それより面白い情報が入りました。
「なんだ?」
彭越が糧道を断っているため、楚軍の兵糧は底をついたそうでございます。
「ほう、」
天下を二分して鴻溝(榮陽の東)から西を漢領、東を楚領という条件で和睦を申し出てはいかがです?
今なら項王は応じると思います。そうすれば捕らえられているご両親や奥方様も無事、取り戻せます。
「なるほど、よし すぐに使者を送れ。」
っ。
 ただちに使者が出向き、和睦の話はまとまった。
 項羽と劉邦は和睦の調印をした
  父母や妻は無事 返された。
 項羽は早々に彭城へ引き揚げた

「さ、これで戦いは終わった。帰国するぞ。」
とんでもない。
「えっ?」
これからが決戦なのです。
「どういうことだ!?」
項羽が油断している時に追撃をするのです
「張良、和睦の協定を破れ、と言うのか?」
漢王さまは、項王がこのままおとなしくしているとお考えですか?
楚は兵力を消耗し食糧も底をついております。この機を逃しては討ち取れませぬ。
項王とて兵を充実させ体制を整えれば、協定を破って西進して参りますぞ
このままでは『虎を育てて禍の種をまく』ようなものです。
わたしもそのように考えます。
「陳平、おまえもか。」
両雄ならび立たずと申します。
「ムムム、ふうむ、張良、最初からそう考えて和睦をすすめたのか?」
「はい。」
『ふうむ… …「よし、わかった。韓信や彭越にも出兵するよう伝えい。陽夏合流だ。
「はっ。」
 劉邦は雌雄を決すべく、項王追撃を開始した

劉邦は陽夏の南で進軍を中止し、韓信・彭越軍の到着を待った。
だが、韓信・彭越軍は現れなかった。
仕方なく漢軍だけが固陵まで進んだ
ところがそこで楚軍の反撃を受け…
 大敗して逃げ帰った

「のう、張良、韓信も彭越も約束を守らん。どういうことだ。」
今、楚の旗色の悪さは天下が認めていることです。それがかえって韓信・彭越に不安を抱かせているのです。
「何故だ?、わしが天下をとると、何が不安なのだ?
今、漢王と項王が戦っているから、二人の存在価値は高いのです。しかし、
漢王は、韓信が斉の王を求めてきたことにも激怒なされました。その後、とりつくろっても、使者の目からみれば、いやいや認めたことは明白です。また、
彭越も、楚の兵糧庫や糧道を襲って奪った兵糧をどんどん漢軍に届けました。しかし漢王さまは彭越にそれなりの地位を与えておりませぬ。それ故、漢王さまが天下を取れば、自分達はどうなるのだろうと、不安なのです。
「ふうむ。…では、どうすればよいのだ?」
漢王さまが天下を取れば、陳以東~海岸に至るまでの地を韓信に与え、
スイ陽以北~穀城までの地域を彭越に与え、王になることを許すのです。今度は大義名分で戦うのではなく、自分の利につながる戦いです、二人は必ず動きます。
「よし、韓信・彭越にはそう伝えい。
また、諸将にも項羽を討ち取った者は楚の領土をさいて万戸侯とし千金を与えると伝えい。」
はっ。」
 漢陣営は恩賞の大きさにがぜん騒がしくなった。
韓信も…彭越も動き出した。そればかりか、
楚の大司馬の周殷までが楚に反旗をひるがえし、糾江の兵を動員して彭城を目指した。
 漢軍の総勢は百万にもなった

彭城の項羽:
よいか、漢軍は四方から押し寄せて来る。その総兵は百万という。わが軍の三倍だ
だが戦いは数ではない。スイ水の合戦では、われらは三万の兵で五十六万の漢軍を蹴散らしたことを思い出せ。
報告では、劉邦の本陣は三十万ということだ。
ならば兵力は互角、劉邦の首さえとれば、漢軍は大混乱になる。目指すは劉邦の本陣だけである。

 項羽は漢と決戦すべく彭城を出た。
まわりに見える漢軍の旗など見向きもしなかった。ただひたすら劉邦の本陣を目指したのである。
この中に虞美人もいた。
項羽はこの女を愛し、いつも側からはなさなかったのである。
「后」「貴妃」「美人」は、女性の身分の官名である。
項羽は劉邦の本陣を目指して突入した。
だが、スイ水の合戦の時と違って、今度は韓信が万全の布陣をしていた。
さらに、項羽の首を取れば、万戸侯の地位と千金が約束されている。
 諸将の目の色も違っていた
漢軍は次から次へと新手の兵をくりだして、楚軍を攻めたてた。
さすがの楚軍もだんだん旗色が悪くなってきた。
 大きな被害が出はじめた

「項王さま、彭城が落とされたそうにございます。」
なにっ。」『ぬうう。』
よし、垓下に引けっ。」
 垓下は四方を山に囲まれた土地であった。
 楚軍はこの中に逃げ込んだ。
ところが、どういうわけか、愛馬のウスイがここで足をつっぱり、動かなくなった
項羽は仕方なく ここに陣を築かせた
「なにっ、わが軍は五万になったと。」
「はい、被害の程度を調べましたところ、無事なのは五万だけでございました。」
「むむむ。」
「それに兵糧もそう長くは持ちませぬ。」
「わかった。ここを脱出し軍を立て直そう」
だが、四方の山々には漢軍の赤い旗がひるがえっていた

 それから連日、漢軍の猛攻が始まった。
だが項羽は強かった。一度に八人の将を相手にして倒したり、一日で60余人の将を相手にしたこともあった。
 これを見て楚軍は奮い立った。
  項王に続け、と暴れ回った。

漢軍韓信
張良どの、さすがに楚軍は強い。わが軍の被害は日増しに大きくなっております。ここは兵糧攻めにしようと思うのですが。」
それがようございましょう。
それともう一つ、楚兵を望郷の念にかりたてるのです。戦意をそぐことが出来ると思います。」
「ほう、どうやって… …?」
楚の歌を聞かせ、故郷の家族を思い出させるのです。」
「そういえば、項羽が秦で蜂起してから もう八年…、兵士も故郷が恋しいでしょう。効果があるかもしれませぬな。」
では、兵士に楚の歌を習わせ、やってみますか。」

 漢軍は垓下へ通じる道を完全に封鎖した。
どこからも兵糧を持ち込めぬようにした。楚軍の兵糧は底をつき、兵士は飢えはじめた。
「こう腹がへっては、戦もできぬぞ」
「このままでは、ここで飢え死にだ」
「うん?」
「おい、(しょう)の音だぞ。?」
「耳をすませ、歌声が聞こえる。」
ああ誰がために遠く故郷を離れる
 ああ老母は朝な夕なに
  わが子帰りを待ちわびる
ああ糧(かて)尽き 援軍 途絶える
なのにどうして我ら故郷に帰らざる
 ああ九月 秋深く
  雁(かり)は空を飛んでいく
それはもの悲しく胸をゆさぶるような調べであった。故郷を思い、涙する兵士もあらわれた。
「考えてみれば長い間 戦い続けてきたのう。おれの子はいくつになったのかな」
「おっ母はまだ生きているのかのう」
「それにしても漢の陣営から何故、楚の歌が聞こえるのだ?」
「楚語もうまい。これは楚の人間がうたっているのだ。」
「漢はすでに楚を平定し、降伏した楚兵に歌わせているのではないか。」
「これはそれを我らに知らせるためにうたわせているのではないのか?」
「そうかもしれんぞ。」
「これから冬だ。食糧もなしに、どうやって越冬する?」
「ここで飢え死にしたら、わしの家族の面倒は誰がみるのだ。」
「楚が滅んだのなら、もうここで頑張る必要はないではないか」
「その通りだ。ここでおれ達だけが頑張って、何になる」
「よし、おれは降伏する。」
「おれもだ。」
「まてまて、項王さまには何か策があるはずだ。はやまるな。」
「なにっ、策があるならなぜ実行せん。近ごろは姫と酒ばかり飲んでいるだけじゃないか」
「そうだ、われらが飢えているのに、自分はうまいものを喰らって酒浸りだ」
 飢えと不安で兵士はいらだち、反対する者は殺されかねない雰囲気となっていった
その夜、楚兵は続々と楚陣をはなれだした。
叔父の項伯も項羽を見捨てた。 
   ・・・ ・・・
漢軍は、武器を捨てた楚兵は黙って通した。
四面楚歌は絶大な効果を発揮したのである
   ・・・ ・・・
「項王さま、項王さま。一大事です。」
なんだ、朝早くからうるさいのう
「項王さま、兵士の姿が見当たりませぬ」
なに
「申し上げます。兵のほとんどが昨夜脱走したそうにございます。」
な、なに
「それに気づいて止めようとした者は、その場で殺されかねないような有様であったと申します。」
それで残った兵は!?
「八百余名にございます」
なにっ、たった八百名。」
・・・この事態に、項羽は一旦 退却するつもりであったが(虞美人が自決してしまい)結局、八百騎を二つに分けて漢陣突破を決行した。
漢軍は怒涛のように押し寄せてきた。
項羽を逃がそうとした後陣の四百名がまず全滅した。
項羽は江東をめざして次々と漢陣を突破していった。
四潰山までたどり着いた時には、項羽の供は、二十八騎となっていた。
「ふふふふ、見渡すかぎり漢軍だのう。
みなの者、良く聞け、われ等が江東に兵を興してから戦えば必ず勝った。それが今、このありさまだ。
だが、これは、我らが弱くてこうなったのではない。天がわれ等を見捨てたからじゃ。
よいか、今から四隊に分かれて、三度 漢軍に突っ込む。そして敵を蹴散らしたら山の東に帰って来い。われ等の強さを見せつけてやるのだ。」
項羽以下、二十八騎は四隊に別れて漢軍に突入していった。・・・
三度目の突入後も、二十六騎が残っていた。
天よ見たか、わしは弱くて負けたのではないぞ。」
項羽以下二十六騎はそのまま烏江へ走った。だが 烏江に着いて、
項羽の気が変わった。
「のう、この烏江を渡れば江東だ。わしは八千の子弟をあずかって兵を興した。だが今、それら子弟をみな、死なせてしまった。
わしだけ生き残ってその父母たちにどう詫びればいいのだ。
わしは武将らしくいさぎよく討死にし、その名を後世に残したい。」
「われらは項羽様と運命を共にする気でついて参りました。最後まで項王のお供をいたします。」
「そうか。」
烏スイ(カラスのように真っ黒な愛馬)よ、いままでよく頑張ってくれた。おまえまで死ぬことはない。放してやるから自由に暮らせ。」
 供の者もこれを見て、みな馬をおりた。
そして徒歩で漢軍に斬り込んだのである。
項羽は手傷を負いながら、数百人を討ち取った。そして自決したのである。
 漢軍の将たちは自分の手柄にせんと同士討ちまで始めて、その死体に群がった。
項羽の体は手、足、首とバラバラになった。
項羽、享年 三十歳であった。
  ・・・ ・・・
 劉邦が漢王になってから五年、漢楚の戦いは終わった。
項羽は貴族出身であったため肩書きを重んじ
農民あがりの劉邦は身分を気にせず、才能を重視した。
それが勝敗を決めたのである

 横山光輝著のマンガ「史記」を図書館から借り出し、是非一度、熟読してみて下さい。
21世紀の現代政治に通じる教訓がきっとあなたの心に届くことと確信しています。

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