日記・コラム・つぶやき

2017年1月24日 (火)

現代版、性善説 vs. 性悪説。

 言わずと知れた性善説VS性悪説の論議です。貴方は基本的にどちらの主義で生きていますか?
ブログを書いている人や、このブログを読んでくれている人は基本的にお人好しであり、性善説で成り立っている というのが私の見解です。職業によっても性悪説主義の人か、性善説主義の人かの比率は大きく変わる様子です。

 まずは警察官や自衛官はどちらの主義で教育・指導がされていると思いますか?
私の実経験から言えば、これが意外に「性善説主義」であるように、教育指導がなされており、実際行動面でそれが現れて来ています。
これは、憲法第9条という平和憲法のお陰と言っても過言ではないでしょう。
裁判官は性善説の立場に立っておられる様子です。判決文を見ればそのことが分かるのです。ほとんどの弁護士も、性善説論者でしょう。
性悪説論者として典型的に性格付けされているのが検察官諸氏です。論告求刑文を読んだり聞いたりしていれば、『ああ、検察官は性悪説論者なのだな』と、一瞬の内に理解できます。
 教師や教育関係者、更には報道関係者は2つにハッキリと分かれている模様です。時と場合によって(状況と置かれた立場によって)、手のひらを返すように主義主張がハッキリと変わるのも、教育関係者の”知らず知らずの性格”と言えるでしょう。

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2016年4月23日 (土)

エイリアンとは〔地球先住民の生き残り〕の事。ノアの箱船の出発地点は極東地方であった。Hiro. Oyama

概要:エイリアンは宇宙人のことだとばかり日本人は思っていましたが、何のことはありません。西洋人に取ってはユダヤ人も日本人も皆エイリアンという認識なのでした。エイリアンとは〔地球先住民の生き残り〕という意味だったのです。アルカイダも中東の人々も皆エイリアンだとは驚きを通り過ごしていますね。
『それはありえん(ALIEN)?』とでもおっしゃいますか?

『その子孫
(ユダヤ人)は放浪者(寄留生活者)へと運命付けられた』という日本語の文章を自動翻訳かけたところ、「Its descendants (the Jews) are destined to the Wanderer (aliens living).と出て来たのでびっくりした。
 
言われてみればその通りであり、ノアの子孫はイエスが誕生する以前も以降も(この数千年間)放浪者(Wanderer )であり、且つ、寄留生活者(エイリアン)であったのでした。

 
『その子孫(ユダヤ人)は放浪者(寄留生活者)へと運命付けられた』This Japanese sentence showered the translated, then, "Its descendants (the Jews) are destined to the Wanderer (aliens living)."Since it came out and was surprised.
 The descendants of Noah since well before the birth of Jesus (this thousands over the years) the Wanderer and Life aliens, was, that you say it is so.
 Western and Middle Eastern people explain who we are speaking of aliens, but is thought ", because it means that people who live by the local person (alien) and come from areas of their non-contained Jewish and Japanese, people have been coming from the universe of heaven and to the Aliens' appearance.
 It flipped the concept of God or Angels!
 我々日本人は、エイリアンといえば宇宙人と解釈するのですが、西洋人や中近東の人々は、「よそ者(エイリアン)とは、自分たち以外の地域から来て間借りして住んでいる人々のことを意味しているので、そのエイリアンには、ユダヤ人も日本人も天上の宇宙から飛来してきた人々も全て含んでいる」と考えていた様子です。
 神や天使の概念がひっくり返ってしまいますね!

 Come I know so far, and devoured in a scientific and not expecting at all.
Let's organize.
(1) The Middle East was Noah's Ark was stranded. Backward from the drifting period (approximately harf a year), and is the starting point in the temperate regions of the far East and was presumed.
(2)
Near its starting point in the garden of Eden. Kicked to the East of the garden of Eden and Adam and Eve had Cain killed Abel in addition were driven out further to the East. So, rather than facing the Pacific Ocean is the Garden of Eden, in the East the land was still important.
 聖書を科学的な目で精読して、まさかここまでのことが分かって来るとは、全く予想していませんでした。
整理してみましょう。
(1)
ノアの箱船が漂着したのは中近東でした。その漂流期間(約半年)から逆算すると、出発地点は極東の温暖な地方であると推定できました。
(2)
その出発地点の近くにエデンの園があったはずです。アダムとエバとはエデンの園の東へと追い出され、更にアベルを殺したカインは更にその東へと追い払われたのでした。ですから、エデンの園太平洋に面していたのではなくて、その東には空いた土地がまだあったということです。

In addition, four rivers flowed from the Garden of Eden, that were noted. The four rivers flowing even now on all four sides (terrain) is very special, and so was estimated to be found in elementary and middle school students use atlases.
 また、エデンの園からは、四つの川が流れ出ていたことが、明記してありました。 四つの川四方に今も流れ出ている地方(地形)は非常に特殊であり、小中学生が使う地図帳でも、見つけられることが推定されたのでした。

 I was exploring its terrain in the far East region, where not found beside the Kamo-gun Toyosaka, Hiroshima, Hiroshima Prefecture. World Heritage site, Iwami ginzan silver mine in the region of the river flows and four river; River :Go-no-Kawa (to the sea of Japan), Mishino River (to Hiroshima Bay), Nutagawa River (to Bay of Mihara), Ashida River to (to Fukuyama Bay) and were flowing East-West-North-South directions. District still called "Kushi(comb)" in place and the 'Gihon' is pronounced smell of Japan (Nihon, Gion). Also yielding gold and 'fringe agate' district is nearby.
 Only in this region might be so perfect for the Garden of Eden district around looking for all over the world.
 Objection if you need it.
 その地形を極東地方で探ると、場所は広島県賀茂郡豊栄町以外に見つからないのでした。その川の流れ出る地方には世界遺産, 石見銀山遺跡もあり、四本の川は、江の川(日本海へ)、三篠川(広島湾へ)、沼田川(三原湾へ)、芦田川(福山市へ)と東西南北方向に流れ出ているのでした。地名でも、クシと今でも呼ばれる地方はあるし、ギホンという発音は日本的な匂いがします(ニホン、ギオン(祇園))。ブドラクと、'しまめのう’ とを産する地方も近隣にありそうです。
 こんなにエデンの園にピッタリの地方は、世界中を探し回ってもこの地方だけでしょう。
  異議あれば仰って下さいね。


(3)
In linguistics the following is common-sense, but Japanese-language and Hebrew (to Israel) is very similar in language and in the world specialized in said.
Noah was on the Ark, and leaving Japan six months later washed ashore in the Middle East. "But we survived. We have just chosen by God. Now increasingly spread itself, and is a story that, after a few years or decades, or near the civilizations of Egypt and Mesopotamia civilization already revived and started, that was the story in the Old Testament book of Genesis.
(3)
言語学では常識なのですが、日本語とヘブライ語(イスラエル語)とは非常によく似た言語で、世界の中でも特殊な言語であると言われています。
ノアが箱船に乗って日本を出発し、半年後に中東に流れ着いた。『我々だけが生き残った。我々だけが神から選ばれた。さあ増え広がろう』と思って数年か数十年か経ってみたら、付近にエジプト文明もメソポタミア文明も既に再興し始めていた、
 というストーリーが旧約聖書の創世記物語だったのです。

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2016年3月11日 (金)

奇蹟こそ解明の糸口-1。「12弟子の資質」(ご参考:小澤克彦先生) Hiro. Oyama

 小澤克彦先生(岐阜大学名誉教授)が書かれた哲学論文「イエスにまつわる伝承~イエスは如何にして『救世主キリスト』となったのか~」を引用させて頂きながら、『果たしてイエスは12弟子を選定されたのか?』という検討をしてみたいと思います。

【使徒たちの宣教活動については「使徒言行録」が詳しく伝えてくれていますが、とりあえず、使徒たちはイエスの捕縛の段階で「みんな逃げていた」と福音書は伝えていました。そして、
「マグダラのマリア」を代表とする「女たち」だけが最後の最後までイエスを見守っていたことも福音書は包み隠さず伝えています。その女たちの知らせによって弟子たちはイエスの復活を知らされたとなっていました。

 この段階でようやく弟子たちは再結集してきたとなっています。もっとも先に示しておいたように、「ヨハネ書」での疑いのトマスだけではなく殆どすべての弟子たちは疑っていたとされていますが、ともかく再結集してきたようでした。このあたりの経緯は歴史的には謎としかいえません。「何か」があったのだとしか考えられないわけで、通常それが「イエスの復活」として説明されるわけです。
  そして、集まった弟子たちに「聖霊」が宿り、ここに強固な宣教の弟子たちの集団が形成されていったと「使徒言行録」は説明しています。・・】

 ということで、小澤克彦先生は、12弟子の説明に移っておられます。
但しすでに、「生物的なイエスの復活は無かった」との哲学的推論結果を小澤先生は導き出されていますので、その結論を頭の隅に置いて、弟子たちの資質を検討させて頂きましょう。

1、ペテロ・・・一般にイエスの一番弟子ということになっていますが、別にイエスは弟子に順番など付けてはいません。・・・更に、ペテロがローマで「逆さ十字架」にかかって殉教したというのも、「福音書」や「使徒言行録」には存在しないし、その他の様々の伝承も、ペテロの時代から100年くらいから数百年間の間にさまざまに物語が作られていった時代の物語といえます(たとえば『ペテロ行伝』など)】
 歴史考証としては適切だとは思いますが、我々は『科学の目を通して』読み直して来ましたので、そこから得られたものを加えさせて頂いて、ペテロの人物像(能力と資質)とをまとめさせて頂こうと思います。
〔後で作り出されたペテロ物語を取り除くと、イエスの性格や能力の程度は明らかになって来ます。〕


(1)
リーダの資質はペテロにあった
 イエスが生きて布教活動をしていた時期もその死後も、一貫してエルサレム地域での中心的役割(リーダー役)を果たしていたことは認めてよいでしょう。
(2)
ペテロは超能力者としての能力も獲得していた。
 夫婦二人を呪い殺した実績もあり、恐怖政治の一歩手前の事をやりつつ、エルサレム教会を統制して行った。(使徒行伝前半部、ペテロ第二の手紙第2章辺り)
(3)
「嘘も方便」多用する論法
「キリストによる最後の審判はもうすぐだ」と言わんばかりの強弁と恐怖を与えることで、人を動かす能力の持ち主でもあった。そして、
ペテロ第一の手紙、第二の手紙を読むと、イエスが言ったであろう説教を覚えていて、それを理論とて組み立てる能力も有していた。
但し、(他の愛弟子同様に)律法知識はほとんどが他者の受け売りと推測される。

(4)
、「マルコはペテロの子=ヨハネ?」
 腰ぎんちゃくのようにくっ付き歩いていた弟子ヨハネの様子はあちらこちらに散見されます。このこと以外に、
「ペテロ第一の手紙」の第
5章の文末には、
「・・私の子マルコから貴方がたによろしく」という記述がありました。

 これらは、『イエスを含め皆から可愛がられていたヨハネ』のイメージとぴったり一致します。
 ペテロは結婚していて子供(マルコ)もあり、義理の母(熱病をイエスに治癒して頂いた経緯も早期に明記)もありました。親分肌であり面倒見も良かった人物であることが分かります。

2、アンデレ: 伝承が福音書によって少し異なっていますが、通常ペテロの兄弟で同じく漁師。ヨハネ福音書では「洗礼者ヨハネの弟子」であって後にイエスに従ったとされています。ペテロや次ぎに紹介するゼベタイの子(ヤコブ)ら共々イエスに特に親しい弟子の一人とされ、・・・。伝承ではギリシャのペロポネソス半島の北部に伝道し、そこで殉教したとされます。今日でもその「パトラ」という大きな港町に「アンデレの記念教会があります。】
・・ 12弟子指定の時以降、新約聖書中には活動した記録が見当たりません。イエス死亡直後に(イエス復活騒ぎをよそに)異邦人伝道に向かった可能性もあります)。

3、ゼベタイの子ヤコブ: 彼もガリラヤ湖の漁師。その性格が激しかったため、弟のヨハネ共々「雷の子ら」と呼ばれた。ペテロたちと並んでもっとも信頼された近い弟子であったことが福音書の描写によって理解できます。「山上での変容」や「ゲッセマネの園」など重要場面での登場人物となっています。】
・・ 使徒行伝中で2回、ヤコブは短い手紙を書いています。それを読むと、ペテロと同等以上の知恵者であることが分かります。
 その手紙の一つは「ヤコブの手紙」であり、新約聖書の手紙群に収録されています。高圧的な論法ではなく、理性の人というイメージが漂っています。
もう一つの手紙は使徒行伝の中に組み込まれています。こちらも簡潔で、要領を得た短い手紙になっています。

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2016年3月 6日 (日)

奇蹟こそ解明の糸口-2。「ユダは生きていた仮説」「ユダによる福音書(小澤克彦先生に感謝)」 Hiro. Oyama

 小澤克彦先生(岐阜大学名誉教授)が書かれた哲学論文「イエスにまつわる伝承~イエスは如何にして『救世主キリスト』となったのか~」を引用させて頂きながら『果たしてイエスは12弟子を選定されたのか?』という検討を続けています。
これまでに、11弟子に関して調べてきました。
 今回は、イスカリオテのユダです。


 12イスカリオテのユダ: イエスを裏切ってユダヤ教の神官たちに売り渡して十字架刑で殺させたその張本人としてキリスト教世界では「悪人の権化」のように扱われています。しかし、表ではそうなのですが、実はその「イスカリオテのユダ」を巡っては裏では昔から議論が絶えなかったのです。
 
 というのも、少しでもものを読める人なら、なぜユダは裏切ったのか疑問に思ってしまうからです。現行の『聖書』の四つの福音書はいずれも、ユダが裏切ったその動機や理由について納得に足る説明をしていません。もちろん何も理由をいっていないわけではなく「金で売った」ということになっています(この説は「マタイ」の伝承で、「マルコ」もおなじ筋道と読める。しかし、「ルカ」と「ヨハネ」ではユダにとりついた「悪魔の仕業」とされる)。しかし「金ほしさ」であったとするなら、ユダはすぐに後悔して金を返しに行って首を吊ったとか(「マタイ」)、どうも釈然としません。「ルカ」や「ヨハネ」のように「悪魔がとりついた」などという言い方は「理由がさっぱり分からん」といっているのに等しいです。
 更にここから、何故イエスは裏切を避けなかったのか、とも思われます。現行の福音書の語るところでは、イエスは裏切られることを事前に知っていて、それがユダであることもはっきり示しており、あまつさえユダに向かって、「あなたがしようとしていることをすぐにしなさい」とまで言っているのです(ヨハネ1327)
これは全く釈然としません。裏切りの犯人を知っていて、しかもそれを避けようとはせず、むしろ「促した」というのでは、「わざと裏切らせた」としか読めないからです。

 
 さらにもっと突っ込むと、かりにもしユダが裏切らなければ、イエスの十字架はなかったことになってしまう、とも言えます。そうなると「復活」もなくなって、イエスの神性消し飛んでしまい、今日の正統キリスト教は土台から崩れってしまいます。まして後のキリスト教ではイエスの十字架での死を「人類の罪を背負っての贖罪」などと説明するのですが、これは何なのか、ということになってしまいます。
 
 要するに、イエスが病気や老衰で死んだ、となったら「人類の罪をしょって死んだ」という「人類のあがない」がなくなってしまうわけで、どうしてもイエスは「十字架の上での非業の死」をとげなければならない、ということになるのです。つまり、イエスが「キリスト」となるために「十字架刑」は「絶対必要条件」であったということです。そういうことになると、この「絶対必要条件」は意図的に準備されなければならない、ということになるわけで、これはイエスの真実を見抜いていた者がイエスの指示の下でやったということになるであろう、という筋道になるわけでした。
 こういうことになると、「ユダは裏切りの極悪人」という通常の解釈はどうも納得できないと思われても当然です。そこには「何か」があるのではないか、と思うのが普通です。
 こうしてさまざまの解釈がされてきたし、現在もされているのでした。それは表だっての神学論争とはなりませんが(やったら異端とされかねないから)、様々の文学や演劇に描かれてきました。
典型的なものとしてロックミュージカル『ジーザスクライストスーパースター』などがあります。そこでのユダはイエスに献身的なを捧げている弟子でした。ボブ・デュランの「神が味方」という歌にも「君はやがて悟るだろう、イスカリオテのユダには、神が味方していたのだと」という一節があります。

 こうしたユダに関わる正統教会の見解に逆らう見解をまさに支えているといえるのが最近復刻されて有名となった『ユダの福音書』になるのです。】

・・ この小澤克彦先生の見解は実に論理的であり説得力があります。
さすがに哲学・歴史学の先生です。私は先生のこの文書を読む1年前から『ユダは実際には死んでいなかっただけなのではないのか?』という疑い
(仮説)を温めていました。
ついでですから「ユダによる福音書」に関する先生の解説をコピーさせていただきましょう。

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2016年3月 1日 (火)

奇蹟こそ解明の糸口-3、外典「マグダラのマリア福音書」「トマス福音書」「ピリポ福音書」より。Hiro. Oyama

 小澤克彦先生、あなたの書かれた哲学論文:「イエスにまつわる伝承~イエスは如何にして『救世主キリスト』となったのか~」は、本当に素晴らしい目の覚めるような論文でした。特に今回参照させて頂く「マグダラのマリア」に関する考察は、非の打ちどころのない哲学論文でした。
このブログの後半に、(読者の皆様向けに)原文を転載させて頂く失礼をお許し下さい。

 さて、先生の「マグダラのマリア」に関する推論を箇条書きさせて頂きます。
(1)、沢山の
共同体の争いの中で、結果的に正当教会となって勢力を張った会派によって多くの共同体は消されていった。その中に、このマグダラのマリアの共同体もあった
(2)、当時イエスのような「教師」の立場にある者は妻帯しているのが当たり前。⇒ つまり、
 当時のユダヤ社会の常識的な習慣からすると「教師」と呼ばれるためには「妻帯者」である必要があった。「独身の若造」では人を導く者たり得ないと考えられていた。⇒
イエスも「教師」と呼ばれている以上妻帯していたはず。
(3)、『フィリポ福音書』にマグダラのマリアはイエスのコイノーノス(伴侶,パートナー)」
イエスはマリアをどの弟子達よりも愛した、彼はしばしばマリアに口づけした」との記述がある。
(4)、外典トマスの福音書』に、サロメ(イエスの最後を見守っている女性達の内の一人)が、イエスに向かって「あなたは私の寝台に上がり私の食卓で食事をした」という語句が見られる。⇒、イエスにも女性関係があった。⇒後にマグダラのマリアを妻としていても何ら不思議とは言えない。⇒それ故イエスは「教師」としての働きもできて、子どもを生んでいても不思議ではないという推定が十分に成り立つ。

 私は、高校3年生の秋に洗礼を受けた者ですが、当時から疑問に思っていた事の中に
「割礼を受けるべきか」「自慰行為は許されないのか」「何故、神父が誘惑に陥るのか」という疑問に悩まされていました。(高名な牧師に相談しても、明快な答えは返ってきませんでした)。キリストの偉大さには異存は全くないのですが、こと生き物のの問題になると、自分を苦しめることしか教会が働いて来ないのでした。
 その後の50年間を隠れキリシタンとして過ごしたのですが、その間に、「キリスト宇宙人説」という本やUFO関連の著書も読みましたし、各種宗教団体の門も叩いてみました(結果は、1~2年もすると、組織エゴが見えて来るだけでした)。
その間に、月に宇宙船が着陸したり、宇宙のビッグバンのことも分かって来ましたが、死海文書や、ユダによる福音書がある、キリストの子孫がいるという聖杯伝説の話も聞きました。
 実に苦しい50年間だったのです。

 もし、洗礼を受けた頃に、先生の哲学論文を読んでいれば、牧師先生達が実は「イエスは人間なんだよ。古今東西で最高の超能力者だったのだよ。」と説明して頂けてたなら、私は50年間苦しみ続けなくても良かったのでした。私は電機会社の技術者としての研究開発をやりつつ、「イエスを最高の教師」として仰ぎつつ宣伝する信仰生活を続けられていたことでしょう。
 何事も嘘はいけません。信教の自由を盾に、嘘を信じ込ませるという姿勢はいけません。「信じよ。さらば救われます」もその通りです。しかし、そんな理屈は何処の宗教書にも初っ端に書いてあるのです。キリスト教会の専売特許ではないのです。

 神父さん、牧師さん、もう「聖書に書いてあるから正しい。これしか真実は無いのです」なんて説教はやめましょうよ。
そうしたら、現代人は、教会に足を運ぶようになりますよ。毛嫌いしていた宗教を見直すようになりますよ。まずあなたが(牧師さん、あなたが)その第一歩を踏み出してください。そうしたならば、イエスキリストは「よくそのことに気が付いたね。青い鳥は自分の内に居たんだということによく気が付いたね。平安が貴方にあるように。世界が平和になるように。」と言ってくださいますよ。

 哲学を含めたすべての科学を愛する人々へ一言。

科学には土俵があります。考える範囲を限定して宗教学も物理学も数学も成り立っているのです。自分の土俵の範囲内で戦うのは止めましょう。相手の土俵にも踏み込んで戦う勇気(度量の広さ)を持ってください。
むしろ、本当に勝ちたければ、相手の土俵の範囲内で戦うことです。そうすれば、相手は降参すべきところは降参するのです。
 科学の発展には目覚ましいものがあります。太陽系外にまで宇宙船を飛ばせるようになったのですよ。コンピュータの演算能力や記憶能力は、既に神の領域にまで入り込みつつあります。あなたのちょっとした想い(祈り)が、自然現象からあなたや周りの人の環境さえも変えてしまう、ということさえも、コンピュータは証明しつつあるのです。
 この時代に生きていることを有り難く思いましょう。
 どんな苦境にあっても、『この苦境はきっと良いことになるのに必要なことなんだ。無駄は一切ない。きっと自分の願う幸せが来る』と心から信じて祈って努力して御覧なさい。
きっとその想いはある時間が経過した後に、実現するものなのですよ。

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2016年2月29日 (月)

「12弟子をイエスは選んではいなかった(仮説)」小澤克彦先生へ提案です。Hiro. Oyama

 たびたび失礼致します。
小澤先生、私はふと最近疑問に思うようになったのです、『イエスは愛弟子を沢山抱えていましたが、その中から実際に12弟子を選んだ(指定した)』のでしょうか?
 4つの福音書のすべてに
12弟子指定の記述があるのですが、どうも腑に落ちない事が多過ぎます。
 ちょっと先生のHPイエスにまつわる伝承~イエスは如何にして『救世主キリスト』となったのか~」の《12弟子》の項を引用させていただきつつ、私の妄想仮説を聞いて頂けませんか。 

『《12弟子》ただ、この12弟子というのはイエスの在世中はとても「できの悪い弟子達」として描かれています。たとえばもっとも信頼すべき弟子であったペテロやヤコブ、ヨハネにしてもゲッセマネの園でイエスが苦しんでいた時、眠らずに居ろと命じられたのにぐっすり眠り込んでしまったり、イエスがユダヤ教の神官に捕まった時、イエスの弟子であることを疑われたペテロは三度もそれを否定していたり、あるいはいろいろと言い争っていたり、およそどの場面でも「立派な弟子」とは描かれていません
 それがイエスの昇天後となると人が変わってしまい、非常に立派な弟子達となっています。このギャップには驚かされるくらいです。ただ実際歴史的事実としてこの弟子達はイエスの共同体を発展させていくのに成功しているわけですから、少なくともこの段階では立派であったと考えていいでしょう。
 
 ちなみに、有名な「伝道師パウロ」はこの使徒達の時代に、天からイエスの声を聴いて回心した人なので生前のイエスは知りません。つまりイエスの直接的な弟子ではありませんでした。
 
 また、「裏切りのユダ」は何故に裏切ったのかどうしても問題になってきますし、さらに福音書でも特別な存在として描かれている「マグダラのマリア」とは何者なのだという疑問も生じるのが普通です・・』

 先生がお書きになっている通りで、指定された12弟子は、揃いもそろって皆ぼんくらばかりです。科学の目を通して新約聖書を読めば読むほど、それが目立ってくるようになりました。
4つの福音書の中で一番最初に書かれた書「マルコ書」に、「イエスは
12弟子を選ばれた(指定された)」と書かれているから、誰もが『そうなのだろう』と考えていますが、どうも怪しくなって来ました。

 こう考えるようになった直接のきっかけは、マルコ書のオリジナル著者は私の目からすれば、どう見ても医者(科学者)なのです。
そして「オリジナルのルカ書」を書いた著者は、どう考えても役人
(公務員)なのです。その役人が広く情報を集めて来て整理して上司へ報告した報告書が、「オリジナルのルカ書」「オリジナル使徒行伝」だと読み取れるのでした。

 しかし、パウロ書簡の中に「ルカは親しくしている医者です」という記述があるので、この
2000年間「ルカ書」を書いたのはルカという人物という扱いになっています。

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2016年2月26日 (金)

自然奇跡は自然科学で扱うべき。病気治癒奇跡は自然科学と人文科学の中間領域(参:小澤克彦教授殿) Hiro. Oyama

 小澤克彦先生、たびたびお邪魔致します。先生のホームページ「イエスの行動、その使命と奇跡物語」のを読ませて頂きまして、哲学という人文科学分野のお立場での御主張は良く分かりました。学ぶべきものが多くありました。
失礼は承知の上で、「イエスの行動、その使命と奇跡物語」に関して、コメントさせて頂きます。

【3、病人の癒しの奇跡
 さて、イエスの奇跡にまつわる話しとしてはこの
「病人の癒し」の物語が圧倒的に多いです。ここにイスエのもっとも顕著な特徴が出ていると考えられる物語です。つまり、これは「実際のイエス」に基づいていると考えられるのです。
 すなわち、医者にもかかれず、また人々から見捨てられている病人を、本当に心からいたわり看病し、その愛と看病は常人の在り方をこえていたイエスです。それがために、イエスの存在は病人にとってはまさに
「奇跡」と映ったであろうし「神様」とも思われたと考えられます。そして実際、それがために本当に治癒したこともあったかもしれない、少なくとも、心安らかになり、生きていることに意味も見えて精神的には「生き返った」ということもあったと考えられます。
 その「イエスの病人の癒し」の例を、最初の福音書で、素朴な描きとなっている「マルコ福音書」を中心にたどって見ます。

「穢れた霊(病気)にとりつかれた男を癒す」1,21~28。
「シモン・ペテロの姑を癒す」1.29~31。
「夕方、多くの病人を癒す」1.32~34。同文は3.11~12にもある。
「らい病を患っている者を癒す」1.40~45
「中風の人を癒す」2.1~12
「手が萎えた人を癒す」3.1~6
「悪霊にとりつかれたゲラサの女を癒す」5.1~20
「ヤイロの死んだ娘を生き返らせる」5.22~43
「イエスの服にさわって癒される長血を患った女」5.25~34
「ゲネサレトで病人を癒す」6.53~56
「異邦人ギリシャの女の娘から悪霊を追い出す」7.24~30
「耳が聞こえない人、口のきけない人を癒す」7.31~37
「ペトサイダで盲人を癒す」8.22~26
「悪霊にとりつかれた子を癒す」9.14~29
「盲人を癒す」10.46~52  】

 哲学者ってのは、先入観念を持って物事を見るのが、ご職業なのでしょうか?
聖書の何処を読んで”看病”というイエス行為があった、と断定されたのですか。上記に挙げられた15もの「病人の癒しの奇跡(マルコ書)」の例を詳細に読んでみても”看病”らしきことはちっともイエスは行っておられません。
 あの行為に呼び名を付けるならば、”治療”もしくは”施療”ですよ。医療行為であって、看病ではありません。
 看病の「看」の字は「看護婦」の「看」です。
先生は『奇跡なんてものは物理現象ではない。』との先入観念を持ってその文章を読まれるから、それが事実として見えてこないのです。高名な哲学者であられる先生として「恥ずかしい間違い」だとは思われませんか?
  

【・・、しかし、ここでの思想史的立場からこのことを見ると、これはイエスの実際行動を「人がどのように受け止めたか」というところでの物語として理解されると考えられます。
 すなわちここには、イエスの病人にたいする献身的な愛があり、病人側からしてみるとその愛は常人の域を超えていると見られ、そこにおいて病人側のイエスにたいする
「絶対的信頼」があったと考えられるのです。これを簡単に言ってしまうと、昔の日本人が信じられないほどの愛の献身の姿に「観音様」を見たのと同じ精神構造があっただろう、ということです。】

 先生のこの結論は、施療行為・医療行為を”看病”だと勘違いして導き出されていますね。ですから先生の論が”一面的な捉え方”になってしまったのではないでしょうか。
これは科学者の姿勢ではありません。
 物理学や化学、医学など自然科学分野の中には数学という学問がありますが、人文科学分野の中で哲学は、”自然科学の中での数学”に相当する位置付けです。その専門の哲学者が先入観で持って論を進められては、他の科学者が大迷惑しますよ。
 でも、致し方ありません、実体験した人々がいくら熱心に体験談を語っても、3~5世代後には、大抵のことが架空の物語(神話)としてしか後世には伝わらないのでした。

 ルカは非常に多くの人々(大衆)から、イエスの起こした奇跡に関して情報を聞き『それらを精査しその報告書を書いたのだ』と、科学の目を通して見ると分かります。そのルカ報告書には、自然奇跡もありました。


【2、自然奇跡
 イエスの行動の物語となり、先ずその奇跡とされる行動に、
「嵐を静め、湖の上を歩き、水をブドウ酒に変えたり、パンや魚を何千人分に増やしたりする物語」があります。ここには、嵐に怯えている人々を慰め救い、食物を増やし与えるなど生活苦や物理的に苦しむ人々の「救い」や「喜びを与える」イエスが描かれイエスの「使命」の一つが暗示的に示されています。】

 ルカによる福音書の中で、この自然奇跡の文章を先入観念なし読んで御覧なさい。そのどこにも「慰め救い」「「救い」や「喜びを与える」イエスが描かれてはいません。こんなことを岐阜大学で小澤先生は講義しておられたのですか(呆れて果ててしまいます)。
 パンの奇跡に関して言えば、「食べて5000人の人々が満腹して解散して行った」のであって「慰められた後に解散して行った」のではありません。こんな読み間違いは小中学生だってしません。
目撃者が5000人~1万人もいるのですよ。子供まで空腹なんだけどお腹が一杯になったと口裏を合わせさせることは不可能です。この様な多くの実体験談をルカ書のオリジナル筆者は集めて来たのです。
 小澤克彦先生、哲学の専門家として『とんでもない大間違いをした』と、大反省して頂きたいところです。

 ルカは、パン奇跡に関して「マルコによる福音書」を詳細に読んで、自らも人々(大衆)からも多くの証言を集めた上で、あの報告書(後の人が追記改変する以前のオリジナルのルカ書)を書いています。
その理由の2つ、3つ紹介しましょう。
1、「海の上を歩いた事件」は、弟子達の作り話だと判断して”ルカ”報告文章には採用していない事。∵身内の弟子達だけしか目撃者が居ない。⇒作り話と判断した!
2、「五つのパンで男5000人が満腹事件」は採用。∵信じられない事なのだけど、何百人~何千人から《その場に居て、そのパンで満腹した》との報告証言が得られたから信憑性が高いと判定して採用。
3、四福音書の内最初に書かれた”マルコ書”には、〔七つのパンと人々四千人満腹事件〕があり、それも手を取るような科学的な観察記録である。
しかし、(報告書が長くなり過ぎる、もしくは、”5パンの事件”の派生噂話の可能性etc.)を考慮して割愛。

  小澤克彦先生のお話しに戻りましょう。
【 
ですから、「イエスに対する信仰が奇跡を起こしている」と理解できるわけで、そのためイエスを単に「木工師ヨハネの息子」としか見ることのできない故郷にあっては殆ど奇跡が起こせない(マルコ6.1以下、マタイ13.55以下、ルカ4.23以下)、となるのでした。つまり、故郷の人々にとっては、イエスは単に「ヨセフの子ども」でしかなく、「救世主キリスト」と見る目、つまり「信仰の目」がなかったので、イエスは奇跡が殆ど起こせなかった、というわけなのでした。】

 この結論は、《自然奇跡も物理的に起こり、病人の癒しの奇跡も現実として起こった》との見解の立場であっても、修正の必要性がありません。お見事です。

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2016年2月18日 (木)

「パクリ・偽作・ねつ造部」発見の(ノウハウ)。仮説の作り方。ご参考までに:小澤克彦先生 Hiro. Oyama

 ある一人の人(例えばエジソン)についての伝記は、多くの人によって書かれています。また、歴史書に関しても、同じ時代同じ地域の歴史に対して、様々な人々が書いています。
それらは読んでみると互いに整合が取れていて、そこに本質的な矛盾は通常はありえません。
 そのように矛盾がないという理由は、以前に書かれた文献を新たな著者が丁寧に読み込み参照しているからなのです。これは”文学”という立派な科学(人文科学)であり、学問なのです。自然科学の基礎中の基礎の学問は数学(算術、算数)なのに対して、人文科学の基礎中の基礎の学問はと言えば、それは”哲学”ということになります。

 歴史学も宗教学も心理学も、皆、人文科学の一分野なのです。この個々の作品は、言うなれば個別に提出された、科学論文書とも言えるのです。(そうでなければ、後世の人々が読む価値はありません)。
 さて、近年流行している言葉に「パクリ」というものがあります。パクリとは他人の書いたものをコピーしてさも自分が考え出したものと装うことを言います。インターネットは簡単に検索とコピーが出来ますので、「パクリ」が横行しているのでした。
 ひどい人になりますと、誰かの質問に対して、ウィキペディアの内容をほとんどコピーしチョッとだけ文章を整えてすまし顔して、さも”自分が書いた”かのように回答している人も見かけられます。これは限りなく犯罪に近いでしょう。

 科学者が論文を書く場合の最低限の礼儀は、参考文献を最後に添付する姿勢です。
沢山の本を参照しただけで、ほとんど自分が考えたものが無い書物も沢山あります。こんな書物を読んで読者が感じることの第一は、『時間の無駄であった』という虚しさでしょう。
 ブログを書き続けている私ですが、この印象を与える事だけは避けたいと常に心掛けています。

 さて、聖書を科学の目で読んでみる試みを一昨年から続けています。聖書は古今東西でベストセラーの文献です。最高の書物と言えるでしょう。
それは「心の科学書」でもあり、実は「自然科学の記録書」でもあるのです。
文学作品という性格もありますが、これは勝手なフェイク(空想物語)で私はあまり興味がありません。(「天使とUFOを探す旅」にはむしろ邪魔になるくらいのものです)。これらフェイク物語を取り除いて行くと、過去の歴史上で起こり、記録されている自然科学上の現象が「過去の奇跡実績」として取り出せるのでした。

 『パクリ、偽作、ねつ造部』の見つけ方のノウハウを列記しておきましょう。
1)、話の流れが不自然に感じられる時、その個所はねつ造部分と疑ってみる。
2)、話し方が突然に変化する時、疑ってみる。
3)、突然に一見無関係な事象の挿入が有った後元の文章流れに戻っている個所(近辺)。
4)、著者の観点(立ち位置)に大きな変化が認められる個所。

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2016年2月15日 (月)

小澤克彦先生、「一人KJ法」ってご存知ですか?100枚のラベル書き Hiro. Oyama

小澤克彦名誉教授殿、
 先日は唐突に公開ブログにてお手紙を差し上げ失礼致しました。一度や2度お手紙をインターネット上からお送りしたくらいで、先生に届くとは思っておりません。そこで、先生の著書「神々の故郷と神話・伝承を求めて」を引用させて頂きつつ、今日は、一人KJ法なる科学的な分析を皆さんに紹介させて頂きたいと思っています。
《哲学・心理学と物理学とを融合》化した新しい学問の模索です。

まずは、先生の著書より“キリスト教の光と影”の中から
イエスの十字架と復活』の論文の結論部分を転載させて頂きます。

『しかしともあれ、その立場でこの「復活」を説明しろと言われるならば、「実際には復活はなかった、それは弟子たちの策謀であった」といった、「マタイ」の時代のユダヤ教徒の間にあったと伝えられている態度が「あり得る話し」ということになってしまいます。これは「事実としてあり得るからです。それで結局、ユダヤ教徒のように「死体が盗み出された」とするか、あるいは「替え玉説」とか現代人の好みそうな「三文芝居的解釈」をおもしろおかしく話題にする・・・』

 科学する者に取って、先生のこの哲学的に検討された結果のこの文章は、大変有り難いものです。この結論を物理学をかじっている私に言い換えさせて頂きますならば、以下のようになります。
「哲学という人文科学の観点で厳密に検討した結果、『実際に生物学的な肉体の復活はなかった』という結論が証明されました(小澤克彦哲学名誉教授)」。

 これは有り難いことで、私が50年間思い悩んだ事に対する明確な回答となりました。
キリスト教会に限らず、何処の宗教であっても、入り口のところには、「まず信じよ。そうしたら救われる」と書いてあります。現代人に「イワシの頭も信心からですが、他宗では救われない。我が宗派においてのみ救いがある」とした宣教活動に、現代人は付いていけないのです。これが現代のキリスト教の宣教活動に対して大きなブレーキ(障害)となっているのでした。

 21世紀に突入したのです。改めて「生物学的な復活はなかったのでした」との事実を認めた上での宗教活動が大事なのでした。これを避けては、宗教はじり貧となる世の中であると、認識すべき時代なのでした。
 これに学問という名前を付けるなら、《哲心物理学》とでも呼べるでしょう。
こんな学問が成立するとして、
      その例題を示しましょう。
その研究手法の第一は、「一人KJ法」というものであり、
40年前から一般企業内で頻繁に活用されている手法です。
その手法のポイントは、2つです。
①、~100個の仮説を紙に書き出してみる。
②、そしてそれらが暗示する事を想念で整理していく。
論より証拠です。
 まずは仮説を書き出してみましょう。

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2016年1月18日 (月)

エイリアンとは? 異邦人とは?  エリアとは? アライアンスとは? Hiro. Oyama

 日本人は「エイリアン」と聞けば、宇宙人のことだと解釈するようになっていますが、どうもこれは違うようです。
英語の辞書で「エイリアン:alien (ありえん)」を引いてみると、①外国の,異国の,外国人の,
②異なる,性質の違う,相容れぬ,(名詞)外国人,在留邦人・・・と出て来るのです。

『エイリアンは宇宙人だとは言えない、それはalien (ありえん)』と、どの辞書も述べています。 映画とかテレビの教育効果(影響)は怖いですね。

 西洋人は、「
エイリアン」という言葉を、単に、外国人Foreigner)というつもりで使っているのでした。
一方、日本人が使う時のエイリアン(宇宙人)は、コスモポリタン(Cosmopolitan)のイメージなのですが、こちらの方は、
あちらでは〔世界人,世界主義者,世界を家とする,世界主義的な・・・〕だと使われているのでした。
 これって、ものすごく怖いことだとは思いませんか?

では異邦人とは?と引いてみると、〔a foreigner, an alien〕と出て来ます。

 彼らの感覚では、自分たちの環境外の人々は、誰でも彼でも、エイリアンだったのです。
日本人の我々に取っては、外人さんは皆、エイリアンだったという訳ですよ
アメリカ人西洋人は言うに及ばず、中国の人も韓国の人も、フィリピンの人も、皆エイリアンと呼ぶ習慣が西洋人の頭の中にはあったのでした。

 
エイリアン:alien を分解してみると、
   a-lien a + lieの過去分詞〔lien〕です。
lie〕は「横たわる、動物のすみか」。更には、
「嘘をつく、迷信」なんて意味も含まれています。

「横たわる、動物のすみか」の過去分詞形という意味を重視するなら、
エイリアン:alien」とは、
 先に住んでいた人、先住民族という意味になりますね。

 ほら、はっきりと出て来たじゃあないですか。
日本人の大山宏や手塚治虫・高橋実氏の宇宙人観と一緒でしょ。宇宙人とは、ノアの箱船事変以前に地球表面上で暮らしていた先住民だったということが、英語の中に証拠として残されていたのです。

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